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猫とシオンと日没する国の果ての果て  作者: 大本営
第一章 猫とシオンと日ノ本オンライン
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第8話

 滔々と流れるせせらぎを聞きながら、僕は川面を泳ぐ魚を見つめていた。数十匹単位で泳ぐ小魚達は、視線に気付くと一斉に逃げ出す。


 逃げなくてもいいのに。


 右足を大きく振って、川底を泳ぐイワナをすくい上げる――といっても僕はほとんど濡れていない。右足だけを瞬間的に移動させただけの攻撃。気配どころか水音もしないのだから、空中に放り出されたイワナが目を白黒させている。


 鮭狩りで有名な熊でも、これほど見事にはいかないだろうね!


 ドヤ顔であたりを見渡したけど、見下すべき相手はいない。

 空しい。

 ……いや、熊なんて凶暴な獣は傍にいなくていいんだけど。


 こんな感じで5匹ほど捕獲したので、もういいや。

 食べるには十分な量だし、なによりも「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」と言うしね。 以来僕は程々というものを、気を付けることにしているのさ。イワナを5匹で抑えるのも、一角兎を皆殺しにしないのもそういうこと――と、うそぶいてみる。


 ほんとうのところ一角兎については違うけどね。


 一角兎相手に使用した斥力場。

 本来の僕なら、全ての一角兎達を余裕で吹き飛ばしていた。

 それが半数程度で精いっぱい。

 火球のような攻撃魔術で倒しきる自信がなかったから、相手の力を利用する加速の魔術で無力化しただけ。『柔よく剛を制す』と言えば聞こえがいいけど、僕の場合は他の手段がなかっただけなのさ。


 数十匹とはいえ一角兎相手にこれじゃ、正直落ち込んでしまう。


 まだ確定ではないし日ノ本オンラインに慣れていないのかもしれない。けど、根拠のない楽観論は戒めるべきだろう。楽観的に見積もっても弱体率は半分以下、悲観的に見積もれば1/10以下。


 眩暈を覚えるけど、これ現実なのよね。


 おまけに魔力の補充するには、食事をするしかないときた。神殿とかレイラインとかあればベストだけど、無いもの強請りなんてマルドゥク様みたいなことは言わないよ。


 非効率だけど仕方がないさ。

 上を向いて歩いていこう。


 ポジティブ思考へ無理やり切り替えた僕は状況の整理を始める。

 現在問題とすべきは何か?


 そう、それは食事!


 問題1、食事中は無防備になる。

 問題2、イワナが5匹も10匹も捕れるような場所は、他の生物にとっても良い狩場になる。

 数十匹の一角兎にさえ殲滅できない僕では、ソロ活動するには弱すぎる。仲間が必要なんだけど、猫である僕を仲間に加えてくるのだろうか。


 むりじゃね?


 悲観的な未来図。

 落ち込みかけた僕を、程よく焼けてきたイワナの香りが慰める。


 ……食事しよ。


『『『ウォォォォォォォ、ウォォォォォォォォォ、ウォォォォォォォォォ!』』』

 ガッッッッキィィィィィン!!!


 一匹目を丸かじりしようとした、そのとき。猛り狂うような魔獣の唸り声と鈍い金属音が聞こえた。激しくぶつかり合う音はどんどん大きくなる。危険を察知した動物は一斉に逃走を始めた。


 どこで?


 僕は自慢の耳をそだたてる。


 発生場所は東の森。


 分厚い肉壁と金属が衝突する鈍い音と、薙ぎ倒される木々の音が聞こえる。唸り声から察して、正体は熊系魔獣が三匹。

 これは、マズいかも。

 日ノ本オンラインに僕がいた世界と同じ理で通用するなら、熊系魔獣はかなりの強敵なのだ。こいつらは動物である熊が魔素を大量吸収することで誕生した変異種で、強靭な身体能力が魔素によって大幅に強化されている。剛腕から繰り出される鋭い爪の一撃は、重武装した兵士であっても鎧ごとミンチにする。

 これほどの攻撃を有しているにもかかわらず、こいつらは集団戦闘をするという知恵まで会得していた。少しでも危険と判断したら仲間を呼ぶので、最初に相対した魔獣を倒しただけでは終わらない。

 熊系魔獣と戦うということは、周辺に存在する同一種を全て狩り尽くすくらいの覚悟が必要なのだ。

 森で遭遇したくない魔獣ランキングの常連に位置するのも道理。


 ……そいつが三匹もいる、ね。


 発生場所でなにか起きているかは知らないけど、死亡フラグMaxのイベント会場だね。瞬殺されても不思議ではない状況だけど、不思議と悲鳴や絶叫は聞こえず、あるのは金属音だけ。

 相対しているのは誰?

 足音から察するに戦っているのは人間、ないしエルフなどの亜人種。僅かに聞こえる呼吸から男性的な粗さなく、しかもどこか幼さを感じる。

 

 もしかして、女性が一人で戦っている!?


 彼女が地面を蹴る度に擦れるような金属音が聞こえる。

 身に纏っている鎧の音だろう。

 絶え間なく聞こえる鈍い金属音は手にしている武器だとすると、魔獣と戦っているのは村娘ではなく女性冒険者。騎士の可能性も否定できないけど、単身で戦っている時点でそれはない。騎士は必ず従者や従騎士を伴う。仮に狩猟に来て迷ったとしても、彼女を探す声がまったく聞こえないのは不自然だ。


 結論、魔獣と戦っているのは年若い女性冒険者。


 金属製の武器が折れた音は未だ聞こえない。

 かなり質が良いのだろう。

 武器に金をかける余裕がある冒険者なら、共に行動する仲間には事欠かないはずだ。にもかかわらず彼女は一人で戦っている。相応の実力者がとる行動とは思えない。


 このチグハグナな印象は、なに?

 道場剣術かなにかで天狗になった、貴族か領主の娘なのだろうか?


 いや、違う。


 まったく乱れない呼吸が、彼女が受けてきた鍛錬の凄まじさを語っている。


 それにしたってだ!

 森で遭遇したくない魔獣ランキング常連を3匹相手に、単身で挑むなんてどうかしている!!


 余計なお世話かもしれないけど、知ってしまったからには見過ごせない。

 彼女の自信と未知の実力から想像すると、僕が辿り着くまでには持ち堪えるだろうさ。


 ……多分。


 向かう先は死亡フラグ全開の死地。

 普通だったら絶対行かないけど、聞いてしまったら無視するわけにはいかないのさ。

 だって、人間は僕の友人なんだから。

 両足の震えが止まらないけど、これは武者震い。

 食べ頃になったイワナを打ち捨てて、僕は駆け出した。


 グッパイ、僕の食事。

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