第7話
日出ずる国 日ノ本オンラインでのファースト・コンタクトは、意外なくらい早かった。どのくらいかというと、メッセージ消失とほぼ同時。
偶然?
いやいや、タイミングが良すぎるよ。
僕の前に姿を晒した奴の名は、一角兎。
体長120メーターもあり、一角兎にしてはかなり大きい。
うん、大変結構。
じゅるりと、思わず舌なめずりしてしまう。
悪いけど逃がさないよ。
君には狩りというものを教授してあげよう。
30分後。
いやー、喰った喰った。
久しぶりの食事に満足である。
生で食べたかった?
まさか!
僕は結構グルメなの。
塩と胡椒で下ごしらえしてから、丸焼きにしてみました。
我ながら中々の出来栄え。
シンプルな丸焼き料理だけど、存外悪くなかったよ。
えっ、なんで塩と胡椒を持っているかって?
アイテムボックスなるものに入っていたよ。
コンバート前に保有していたアイテムは継承されるとか書いてあってけど、あれはなんだったのだろう?
まあ、いいや。
美味しく頂いた一角兎は、冒険者にとって御用達な存在だったりする。
兎だけあって一角兎の肉も柔らかく、臭みも少なくてかなり旨い。頭部に生えている角は、工芸品の材料として重宝されている。強さは大したことないのに、得るものが大きい獲物なのだ。
似たような強さではゴブリンやコボルトあるいはキラーウルフがいるけど、あいつらは副収入をもたらさない。
この差は大きいのさ。
力自慢の農夫や木こり達が、副収入目当てに一角兎を狩ることもあるとかないとか。
あれでも一応魔獣なのに、よくやる。
一角兎を頭部に生えた角だけの兎、と侮ってはいけないよ。角の先端は尖っているけど意外に太くて硬いので、剣や斧で叩いても容易には折れない。奴らがそのことをよく理解しているので、衝角さながら体当たり攻撃を敢行してくる。
男前な戦い方だよね。
兎の癖に。
衝角を敢行するのはいいけど全長80~120メーター程度にすぎない小型魔獣なので、体重が軽すぎて中々一撃必殺とはいかないけど一角兎は諦めなかった。『質量が足りないのなら速度でカバーればいいじゃない』と。脚力を進化させたのさ。
ほんと、見事なくらいの体当たり攻撃。
やればできるじゃないか、兎の癖に。
だけど、それが弱点。
後先考えない突撃攻撃をしたら、周囲を視るのは流石に無理。罠とか網とか魔法で迎撃されたら回避など不可能。十分に備えて立ち向かえば村人でも狩れるのは、こういう理由なのさ。
がんばっても兎は所詮兎なのだ。
冒険者だけでなく勇気ある村人にも愛される《狩られる》存在だけど、兎だけあって繁殖力が半端ない。こんなに愛され《狩られ》ているのに絶対数が減少してるなんて話しを、僕は聞いたことがないのだ。
そう、その繁殖力が問題なの。
逃げるしか能のない兎と違いそれなりに戦える上に、討ちもらすと仲間を呼んであっという間に大きな群れになる。良い稼ぎのなると甘く考えて単身狩りに出るとか、実はかなりの死亡フラグ。
数を頼みにした衝角攻撃とか、海賊並みに質が悪い。
やつらを相手にするときは一撃で仕留めなければいけないのさ。
もし多数の一角兎と遭遇したら、並くらいの実力の冒険者達でも一目散に逃げたほうがいいよ。
ほんと、マジで。
『警告! 至急回避行動をしないとトレインに巻き込まれます!!』
目の前に大きな赤文字が表示された。
困惑する僕の前を、武装した男4人が僕の脇を走り抜けていく。
「「「「わりー、集まりすぎて倒すの無理だ。すまんが、頼むわ!!!!」」」」
えっ?
数秒後、僕は一角兎から十重二十重に囲まれていた。
どうやら男達を追ってきた群れらしい。
優に30、40匹いる。
そりゃ逃げるか。
僕は迷惑だけど、その判断は間違いじゃない。
生き残るために他者を踏み台にする姿勢とか、まったく悪びれない口調とか。外道さ加減もここまでくると、いっそ惚れ惚れしてしまう。
感慨に浸る僕に対して、一角兎は小生意気にも血走った眼で睨んでくる。
ちっ、数を頼みにするだけの能なし魔獣のくせに。
おっと、僕のブラックな面が出てしまった。
自重しろ、自重するんだ僕。
そうこうする間もどんどん数が増え、いまでは60、70匹になっている。
あーやだやだ。
僕は無益な殺生を好まないのに。
これはあれ。
誤解だよ、誤解。
こちらに敵意のないことを示さないと。
「僕の名前は、ケイ。
誤解があるようだけど、僕に敵意がないよ。
もしかして、食べるための戦いのつもり?
やめなよ、やめなよ。
そんなに数がいちゃ、食べることなんて無理だよ。
お互いにとって無益だからさ――ここは友好的に話し合おうよ?」
「「「「「「「……!!!!!」」」」」」
無視ですか。
そうですか。
一角兎達は示し合わせたかのように、一斉に襲いかかってきた。
大地を駆け、後ろを強く蹴って飛び上がり、頭部の角を突き立てる。
小さな体は吹き飛ばされ、左足は千切れ、右目が抉れ、腹が引き裂かれた。飛び散った血飛沫で緑の大地は深紅に染まり、こぼれ落ちた臓物がまき散る。
ケット・シーのケイの旅、完。
新シリーズをよろしく。
違うから。
吹き飛んだのは僕じゃなくて、展開した斥力場で弾き飛ばした一角兎達のほうだから。
「ああ。だから言ったじゃないか。『そんなに数がいちゃ、食べることなんて無理だよ(僕が)』と。大体野味なんて趣味じゃないよ。僕は天上界に長く滞在してたので、結構グルメなの」
あっという間に半数まで数を減らされたことで、実力差が分かったのだろう。怒りで体を震わせているけど、襲いかかってこない。
僕が一歩踏み出す度に、包囲網が少しずつ遠ざかっていく。
じりじりと。
やがて一匹が背を向けて走り出すと、残りも我先に逃走を始めた。
あ~あ。
どうなっても知らないよ。
膠着状態になったとき、残る全てに加速の魔術をかけていたのさ。
二倍以上に加速された一角兎達は、次々と制御不能となっていく。あるものは隣を駆ける味方に衝突し、あるものはバランスを失い地面に激突し、運よく森まで逃げた奴らも生い茂る木々を回避できず正面衝突した。
あの速度で転倒とか衝突すれば、ただで済むはずがない。
悪くて即死、良くて骨折。
最大の武器である脚を失うことは、一角兎にとって死を意味するのと同じ。
でも、それは自業自得というもの。
大人しく謝罪すれば、加速の魔術は解いてやったのにな。
僕は殺戮を目的とした闘いはしない。
降りかかる火の粉は払うけど、それはそれ。
運よく生き残った奴らに止めを差すなんて面倒な仕事は、遠見に眺めていた男達に任せるとしよう。トラブルを解決してあげたんだから、そのくらいはやってもらわないとね。
僕はこの場を後にすると、時を置かずして金切り声が響き渡る。
そんな声で僕を責めないでよ。
だって仕方ないじゃないか。
弱肉強食は自然のルールなのだから。
ところで気になったことが一つある。
お金とか経験値とかいう数字が増加してたけど、なんのことだろう?