第6話
種族:ケット・シー
名前:ケイ
LV:1
緑の大地に立つ僕の上に、理解できない文字が表示された。
これ呪いじゃないよね?
僕は猫のふりをしているだけで、別に隠しているわけではない。それでも「僕、妖精族のケット・シー。よろしくね!」と、ばらして回る趣味はないのに。
本当に頭に来るけど、どうやらこの表示は消せないらしい。
名札じゃないんだからさ。
あとLV 1という文字も気になる。
レベルという概念がなにかは知らないけど、微妙に馬鹿にされてるような。
僕、これでも500歳以上のケット・シーだよ?
もっと敬意を払ってほしい。
具体的には、年齢=レベルとか。
不平不満と口にしていると、空中に文字が表示された。
「貴方は『日出ずる国 日ノ本オンライン』を、初めてプレイされますか?」
「Yes or No?」
意味不明の二択。
初めてだからなんだというのだろう?
差別はよくない。
僕は至高神たるマルドゥク様相手でも、NOと言える猫なのだ。意味不明のメッセージに対して、当然のように「No」を選択する。
「貴方が初心者ではないことが確認できましたので、ノーマルモードが解放されました。ノーマルモードを選択できるようになりましたが、イージーモードのままゲームを開始しますか?」
「Yes or No?」
ノーマルモードってなんだよ!
初心者無用の不親切仕様に怒り満点の僕は、今度もNOを選択する。
「ノーマルモード適応により、戦闘で敗北しても戦闘開始前に戻れる回数は1回だけに制限されました。またノーマルモードが選択されたことにより、チュートリアルモードは不要と判断されましたので注意して下さい」
チュートリアルモードがなにかは知らないけど、気にしないことにしよう。
うん、そうしよう。
「ノーマルモード適応に伴いハードモードが新たに解放されましたが、ノーマルモードでゲームを開始しますか?」
「Yes or No?」
当然のようにNOを選択しているので、選択というよりNOを押す作業と化している。メッセージが理解できないのはあるけれど、これでよかったのだろうかと少し不安になる。
正直、分からないなりに理解する努力をするべきだったのかもしれない。
でも、戻るというボタンが存在しないのだ。
……泣きたい。
「ハードモード適応により、戦闘で敗北しても戦闘開始前に戻ることは不可能になりました」
墓穴を掘っている気がするが、振り返ってはいけない。
「ふっ、僕は過去を振り返らない猫なのさ」と嘯く。
嘘です。
もう自棄だ!
後退など敗北主義者の言い訳に過ぎない。前進あるのみ! と無理やり自分を鼓舞する。
ザザァ、ザザァ、ザザァァァァァ。
全身を舐めるように見られたように感じたと思ったら、波のような音を上げて一瞬画面が切れた。
故障かな?
まあ、いいや。
そろそろ解放されたいので、故障であっても終了するのは都合がいい。
さっさと、この場を後にして街を探しに行こう。
けど数秒が経過すると、再び表示された。
ちっ、壊れたままでいいのに。
「……最後の質問です。貴方は別のゲームないし、別の世界からコンバートされたキャラクターと運営によって認識されました。貴方のようなバグかウィルスじみた存在に対して、運営はベリーハードモードを適用する方針です。ベリーハードモードではアイテムボックスに保有できるアイテム数が、装備を含めて9つに制限されます。
相当にきつい制限ですが、運営は非常に情け深い存在です。
貴方が頭を垂れて自らの罪を認めるならば、事情を考慮してベリーハードモードの適用を特別に免除してもよいと申されています。どうなさいますか?」
「Yes or No?」
よくわかないけど、断罪されている気がする。
まったく内容が理解できないけれど、とてもとてもよくない流れな気がしてならない。
僕はゲームを開始すらしていないので、罪を犯していない――と思う。NOばかり選択しているけど、いくらなんでもそれを罪とは言わないでしょう?
だったらマルドゥク様がなにかヘマをしたのかも。
いや、そうに決まっている。
僕は絶対悪くない!
運営という不可思議な存在に追い詰められている気がするけど、理解不能な問いには不同意の意志だけは押し通そう。どんな逆境でも意思の表明は重要と、マルドゥク様から僕は嫌というほど学んでいるのだ。
……悪い予感しかしないけどね。
いやいや弱気になってはいけない。
僕は至高神たるマルドゥク様相手でも、NOと言える猫。
躊躇しないではないけど、NOを選択する。
「己を偽らず、安易な妥協しないですが。高貴な精神を持つこと方をお見受けしました」
あれ?
よく分からないけど、褒められた気がする。
「『高貴な魂を持つ勇者には、それに相応しい処遇で応じよう』と、運営が申されています。貴方にはベリーハードモードを適用した上で、ステータス値を本来の値から1/10に修正します。コンバートによるステータス減少は、本来あり得ませんが例外です。これは罰を与えることを目的にしたペナルティーはありません。自ら困難な道を選び続ける被虐思考の貴方のために、運営が特別に用意した御褒美です。
代わりに運営は、貴方のような存在がゲームに参加することを、御認めになりました。
喜びなさい。
むせび泣きなさい。
感謝なさい。
そして讃えなさい。
心広き偉大な存在を!
さあ、旅立つのです。
ケット・シーのケイよ。
貴方の旅が良き日々であらんことを!」
壮大な讃美歌と共に、巨大な虹の橋が空に現れた。
数分にも及んだ演出が終わりを告げると、メッセージも同時に消滅する。
侮辱されて枷まで嵌められたのに、最後は何故か祝福されたような?
語るべきは語った。
生意気な猫如きが、生き残れるならやってみやがれクソ猫が!
と言われた気がする。
違うかもしれないけど、ステータス値とか運営が認めるとか、まったく理解できない内容が書いてあったので、適当に解釈するしかない。
取り返しがつかない事態に直面した気がするけど、前向きに行くとしよう。
そうだ。
まずは、街は目指そう!