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猫とシオンと日没する国の果ての果て  作者: 大本営
序章 猫とマルドゥク神とエテメンアンキ
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第四話

 僕は魔法陣の真ん中で、鎖によって拘束されている。

 誤解してほしくないけど、僕にそういう趣味はない。マルドゥク様によると、異世界転送儀式には必要な準備だとか。


 本当かよ。


 重犯罪者みたいな扱いに「僕が逃げると疑っているんじゃないの?」とボヤいたら、「その方の安全のためだ」と真顔で返された。説明によると転送対象者の位相がズレたら相当ヤバいらしい。あのマルドゥク様がガチな警告するのだから、大人しく身を任せるとしよう。

 精霊の身としては、神に全てを託すなんて絶対に嫌だけど、今回だけは別。僕とマルドゥク様は同じ目的を達成するための同志なのだ。


 猫と神が同志なんて世も末だけど、些末なことを気にしてはいけない。


「準備もあらかた終わった。ケイよ、転送前に聞きたいことはあるかな」

 魔法陣を書き終えたマルドゥク様は、額に汗を拭いながら僕に話しかける。

「あのぉ、転送先の情報を聞いていないのですが」

「おお、そういえばそうだな。すんなり同意したので、うっかり失念しておったわ」

「うっかりじゃねぇ!」

『50の称号持つ』とか大層な肩書きがあるくせに、マルドゥク様のやることは毎回どこか抜けている。

「その方が向かう異世界は、地上界であって地上界はない。その場所は地上人達が作り上げた仮想世界であり、彼らはそこに意識だけを転送させて過ごしている。ある種の精神世界というべき存在なので、精霊界に近いかもしれんな」

「僕に白羽の矢を立てたのは、僕はケット・シー(妖精猫)だからですね」

「然り。50の称号持つ余であっても精霊界は手に余るが、幸いその方であれば問題はあるまい」


 案外まともな選考理由だった。「こいつは天上人じゃないから、使い捨ての駒にしても構わないか」みたいな、打算的理由だと思っていたので正直意外。


「聞くがよい!

 転送先の名は、和風オンラインゲーム『日出ずる国 日ノ本オンライン』。

 リアルさを追求しながらも躍動感溢れる戦闘を再現した、本格派アクティブロールプレイングゲーム。

 最大の特徴は、初心者でも熟練者のような動きを再現できる手軽な操作性です。只今絶賛ダウンロード中! だそうだ」

「なんですか、その分かったような分からないような説明は!!」

「余に聞くでない。『日出ずる国 日ノ本オンライン』公式HPとやらに、そのように記載されておるのだ。傘下のリサーチ班に命じ、様々な世界に対して徹底的な調査を行った結果がこれなのだ。彼らの報告書に記載された選考理由によると、

『我らの世界と親和性が最も良く、登録キャラクターの実力が飛びぬけている』とある。余も些か不安であるが、リサーチ班が寝食を削ってまで調査したのだ。上司としては、その努力と手腕を信じるほかあるまい」


 神が自分以外のなにかを信じるとか、マジ世も末である。


「そもそもオンラインゲームって、なんですか? 僕も幾つか異世界の名前を知ってますが、聞いたことないですけど」

「安心するがよい、余も聞いたことがないわ。至高神たる余も知らぬことを調べ上げるとは、リサーチ班の実力恐るべし。いやはや世界は未だ未知と脅威に溢れておるな。はっはっはっ」

「……もういいです。好きにしてください」


 不安でたまらなくなってけど、振り返ってはいけない。


「己が世界を『日出ずる国』と称しておるとは実に不遜な口上だが、そこがよい。その上でだ。隣国の大国を『日没する国』と言い放ったとか。

 はっはっは。

 小気味よいではないか。」

「日ノ本オンラインを気に入った理由がなんとなくわかったきました。『日出ずる国』の口上だけで選びましたね」

「うむ。わかっておるではないか。こやつらからみれば余の世界など、差し詰め『日没する国の果ての果て』、といったところ。実に不遜な態度だが、そこがよい。そうはおもわぬか、ケイよ!」



 お気に入りの悪戯っ子をみつけたような目で僕を見つめないで。

 ……もういいや。

 適当に相槌をうちマルドゥクの機嫌をとっておくとしよう。ここまで気に入ってしまったのなら話し合うだけ無駄なのだ。

 僕は話題を変えることにした。



「異世界人を連れてくる方法ですが、やっぱり勇者召喚方式ですか?」

「いや、あれは拙い。勇者召喚方式は様々なトラブルを生じさせており、天上界でも問題視されておるのだ」

「どのようなトラブルなのでしょうか」

「拉致された者達の意志や権利を完全無視し、召喚先の世界から帰還させないらしい。デスゲームと称する殺し合いを強要する神までおるとか。まったく怪しからん話ではないか!」

「誘拐犯が裸足で逃げ出す程の悪行ですね」

「悪神共には後程鉄槌を下すとして、善神たる余はそのような振る舞いはせぬ。異世界人との契約期間は一年とした上で、十分な契約金を提供する用意がある。仮に契約の延長を望んだとしても、一旦帰還させた上で、再契約を結ぶ形式を踏むことを神の名の下に誓約しよう。他に要求があるのなら応相談可能。どうだ、実にホワイトな契約であろう?」


 善神を自称するだけあって、意外なくらいちゃんと考えていた。神の立場を悪用してブラックな契約を結ぼうとしたら、転送云々の話しは御破算にしてやろうと考えていたけど杞憂みたい。


「良いと思いますよ。ホワイトすぎるので逆に怪しまれそうな気がしますが、そこは僕がなんとかします」

「期待しておるぞ、ケイよ」

「ところで一つ確認したいのですけど」

「言うてみよ」

「『十分な契約金を提供する』とは、どのくらいが妥当な金額と考えています? 今更ケチることはないと思いますが、目安くらいは聞いておかないと交渉に支障がありますので」

 マルドゥク様は指を三本立てる。

「年収の三倍ですか。拘束期間の長さは考えると妥当なところですね。ただ固定給にするとやる気がおちるかもしれません。転送後の収入は追加報酬とするとはどうでしょう?」

「なにを勘違いしておる、国家予算三年分よ」

「国家予算!」

「地上の王達が泣きついてきたのだ。『魔族の侵攻は年を重ねるごとに増すばかりでございます。このままでは遠からず人間族の王国は崩壊しかねません。何卒我らに御助力下さいませ』とな。王国の未来がかかっておるのだ、そのくらい支払うであろう」


 この悪党。

 他人の財布だと思って、無茶言いやがる。


「国家予算三年分も差し出したら、魔族云々以前に王国が財政破綻します! それだけは考え直してください!!」

「その方の言は分かる。然れど異世界転送は大魔法なのだ。王達の訴えは心に迫るものがあったが、対価と代償が嚙みあわなければ等価交換の原則が崩れる。余は神として道理に合わぬことはできぬ」


 うわ、超面倒くせー。

 建前を宣ったのかと思ったけど、マルドゥク様は真顔である。どうやら本気で建前を信じているらしい。他の神々なんか建前すら忘れて、気まぐれやで地上界に迷惑をかけているのに。事あるごとに善神云々と口にしているけど本気だったのね。

 僕はマルドゥク様を少しだけ見直した。

 少しだけだよ。

 政治的な話しに僕を巻き込んでほしくないんだけど仕方ない。その意気は買わないわけにはいかないね。


「マルドゥク様を讃える祭典を毎年開催させるというのは、どうでしょう?」

「余を讃える祭典は既に存在しておるぞ」


 ですよね。

 僕は右足で耳をカリカリしながら、少し考える。

 王国に過度な財政負担をさせず、しかもマルドゥク様への信仰心を高める方法かぁ。

 うーん、うーーん、うーーーん。

 あっ、そうだ。


「マルドゥク様、地上にもエテメンアンキは存在するのですよね」

「うむ。造りは些か粗末だが、構造自体は全く同じである」

 まだ拘っているね、日干し煉瓦造りだったことを。

「マルドゥク様の神殿エテメンアンキは七層構造です。祭典もこれに対応させて七年ごと、より盛大に開催させるのはどうでしょう」

「その言や良し、採用!」


 方針が決まったところで、魔法陣が輝き始める。

 異世界転送の大魔法が発動する前兆なのだろうか?


「ケイよ。長い旅になるかもしれないから、余から選別を送ろう」

 マルドゥク様が僕に首輪をつけた。

 麦藁で編み込んだそれは、アピスラズリかなにかで着色したような瑠璃色をしていた。

「……首輪は嫌なんですけど」

「地上界では飼い猫以外を駆除する地域もあると聞く。悪いことは言わぬ。死にたくなければ我慢するのだな」

「……仕方ないかぁ」

「その首輪は呪術神たる余が丹精込めて造り上げたある種の神器。仮に『日出ずる国 日ノ本オンライン』にマナが存在せずとも、神器が触媒となることで魔術を行使できよう。手向けだ、持っていくがよい」

 そこまで言われては、外すわけにもいかないか。

「マルドゥク様。ケット・シーのケイ、行って参ります」

「吉報を待っておるぞ」


 僕の体が光に包まれ、世界が真っ白になっていく。


 困難と困惑に満ちた日々が待ち受けているとは、このときは想像だにしていなかった。

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