第三話
マルドゥク様は胸に下げている天命の粘土板を手に取り、空中に地図を展開させた。地図は地上の勢力圏を示しているようで、五大種族が大陸を分割統治しているのがよく分かる。
五大種族とは、竜族、魔族、エルフ族、ドワーフ族、人間族。
実力順に並べるとこうなるのだけど、勢力圏の広さは必ずしも実力に比例しないので要注意。勢力圏の比率では魔族が四割、竜族と人間族がそれぞれ二割ずつ、残る二割をエルフ族とドワーフ族が別け合っていた。
これが四百年前の状況。
最強種族である竜族の領域が二割しかないのは意外かもしれないが、それは彼らが必要以上の狩場を求めないから。竜族はコボルトみたいに鼠算式で個体数を増やさないので、代を重ねても勢力圏を増やす必要はないのだ。種族的事情だとしても、竜族が実力見合った領土を主張しなくて、ほんと良かったと思う。
竜族は尊大な性格だが祀ろう種族には寛大な性格も併せもつ――よく言えば王者気質な種族である。そのため大陸中の種族は竜族に対して近づかない、敵対しない、侵入しないの基本三原則を採用している。ただし何事にも例外があるもので、やんちゃな性格をした若造がいないでもない。気分転換とか憂さ晴らし等の理由で魔族や人間族に喧嘩を吹っかけて、都市の一つや二つを焼き尽くすけど、相対的には稀な行動である。
気分次第で焼き尽くされる側にしたら迷惑以上の存在だが、手の打ちようがないので天災と理解するしかないのだ。決して恨みとか復讐心を抱いてはいけない。竜族への報復とか竜殺しの名誉に心を奪われて、挑み散った者達のなんと多いことか。
同じ轍を踏んではいけないのだ。
手の打ちようがないからと言っても、他種族が何もしていなかったわけでもない。
ある王国は供物を捧げ、ある王国は主人に祭ろったりもした。またなかには竜族の行動原理を調査したというものがある。それによれば竜族は魔族と人間族の両方に定期的に喧嘩を売るらしい。勢力バランスが崩れない動いていると好意的に解釈できなくもないけど。
この件に関してマルドゥク様はなにも教えてくれないので、真実は闇の中である。
エルフ族は亜人最強の集団である。その気になれば人間など豊かな平野部から駆逐する力があるのだが、彼らは平野へ進出する気がない。森林地帯以外に王国を創るつもりがないのだろう。
交易や文化交流等はするけれど、他種族と争う気がない彼らは、悪く言えば保守的であり、よく言えば現状維持を好む。
ある意味、もっとも無害な種族である。
ドワーフ族は貴金属を好むため、鉱山開発に余念がない貪欲な種族である。
いや、強欲とはちと違う。
貪欲なまでに鉱山開発に従事しているだけなのだ。
ドワーフ族は自分達で価値を造り上げるため富を蓄積しやすく、その富を元に新たな鉱山を探して未開の地に踏み出す。エルフ族と異なり冒険心が強いため、現状維持に甘んじない気質がある。ただしドワーフ族の興味は鉱山や鉱物や工芸製品の作成に限定されるため、広大な領土保有には感心がなかった。
広大な領土保有に関心がないこともあり、ドワーフ族は無害とは言えないが、自ら戦争を起こすことは稀な種族である。
人間族は五大種族のなかで最も実力で劣る。
魔力でも体格でも劣る彼らは、農耕を主産業とすることで生き残ってきた。実は彼らに灌漑農業のイロハを教えたのは、マルドゥク様だったりする。そのこともあり人間族は熱狂的なほどマルドゥク様を信仰している。
人間族の問題は、農業にある。
収穫量を増加させるには、新たな土地と水を獲得することが手っ取り早いこともあり、人間族は新天地に進出する意欲が強い。結果、他種族とトラブルを発生させる、実に迷惑な種族である。
ただし人間族には愛すべき点がいくつかあり、その中の一つが五大種族の中で最も猫を愛してくれる種族という点なのだ。
僕としては彼らを邪険にすることがどうしてもできない。
愛すべき乱暴者というべき種族だろう。
魔族は魔物と呼ばれる強力な獣を率いる種族。
魔族というと誤解を与えてしまうが、魔族という種は存在しない。魔族とは魔王を頂点とする魔物達の集合体である。ゴブリンやドワーフなどの種族が人間族などに対抗するため集結し、各々の種族を越えた種族を形成するまでに至ったのだ。
魔族は羊か何かを飼い慣らす遊牧と狩猟を生業をしている。その生活スタイルから未開拓の広大な土地を必要としている。
土地開発を生業とするドワーフ族と人間族との相性は最悪であり、三者の間で紛争が絶えない。
空中に浮かぶ地図をみていると、徐々に人間族の勢力が拡大していく。エテメンアンキの建造時期を重なるが、案外信者が増えた=勢力拡大だったのかもしれない。割りを喰ったのは魔族のようで、この状況を好機をとらえたドワーフ族が、人間族と同盟を結び協力して攻め込んでいく。
機を観るに敏ですな。
魔族の勢力が一割まで削られたところで、人間族とドワーフ族の連合軍は竜族領にも侵攻していく。
決して怒らせてはいけない相手に喧嘩を売るとか馬鹿なのだろう?
余程の技術進歩か加護でも得たのだろうか。
爆死するよ、きっと。
マルドゥク様の表情を伺うと、四つもある目がいずれも視線を合わせようとしない。
なにかしましたね?
怒り狂った竜族によって、人間族とドワーフ族の連合軍は敗走を重ねる。このまま両種族共滅ぼされても不思議ではなかったけれど、竜族はある段階で侵攻を停止した。
多分、気が済んだのだろう。
四百年が経過しての勢力図は、魔族が微増の六割、竜族が安定の二割、残り二割をエルフ族、ドワーフ族、人間族で別け合っていた。尚、この大戦で割を喰ったのはおそらくエルフ族だろう。エルフ族は大戦争に対して徹頭徹尾無関心を決め込んだのに、終わってみれば勢力圏を削り取られていたからだ。
完全なとばっちりである。
「マルドゥク様、正直に仰って下さい。一体、なにをしました?」
「余はなにもしとらんぞ」
「僕の目を見ても同じことを言えますか!」
今日も空はきれいだな、みたいな感じで外を眺めても無駄です。
僕は渾身の猫パンチでマルドゥク様を正気に戻す。
「……仕方なかったのだ。エテメンアンキの建造には圧倒的なまでの信仰心が必要だったのだ。その見返りにとして、人間族の王に神器を下賜したのだが、まさかあそこまで無茶をするとは想像もしなかったわ。はっはっはっ、この世はいまだ未知に満ちていておるな」
「笑い事じゃありません! エテメンアンキが最近汚れているので不信に思っていたのですよ。その理由が信仰心が減ったのではなくて、勢力圏が減退していたとは思いませんでした」
「ケイよ、起きたことは振り返っても仕方あるまい。問題はこの不始末をどうするかよ」
「その無駄にポジティブな思考はどうにかしてください。神として責任を感じないないのですか?!」
「余も流石に不憫に思い、天上人に昇華する者達を増加させたぞ。その方も見たであろう、エテメンアンキを献身的に掃除する者達を」
不憫だ、不憫すぎる。
大戦争の元凶というべき神殿を、日々掃除するなど余りに不憫だ。
僕も似たような境遇にあるけれど、ここまでは酷くない。
「余の振る舞いにも問題はあっただろうが、このまま人間族が零落されては困る」
「でしょうけど、人間族以外にも信者を増やすというはどうです?」
「竜族は余の加護を必要としておらぬし、魔族は農耕神としての余を憎悪しておる。エルフの方は脈はある。余は呪術神と治癒神も兼ねておるので、魔術を嗜むエルフとは相性が良いので余に好意を寄せておる。ドワーフはもっと好意的だ。ドワーフは炉で火を使う関係上、太陽神でもある余に近しい存在なのだ。ただし生憎とエルフもドワーフも元は精霊であるため、神である余を強く信仰せぬのだ。その方と同じだ、ケイよ」
「駄目じゃん」
「然り。そこで余は考えた。これ以上神器を与えるのは有害であるが、技術や力を持つ人物を与えるのなら別だろうと」
「そうかなぁ?」
「他の地域から未知の技術が伝播すると同じ理屈よ。違うのはその人物を別世界から呼び寄せるという点だけ。無能力者と無気力者を呼んでも仕方がないので、先に人選を済ませる必要があるがな」
「その任務を僕にしろと」
「理解しておるな、ケイよ!」
荒い声で炎を生み出しながら、マルドゥク様は4つ目で見つめる。
「……わかりました」
「うむ、頼むぞ」
マルドゥク様の頼みだからではない。
人間族は五大種族で、最も僕達猫を愛してくれた。
僕らを捨てた屑もいるけれど、圧倒的大多数は僕らを愛してくれた。
その彼らがこのまま零落していくのを、僕はどうしても看過できない。
できないのだ。
この決断がシオンとの出会いに繋がるとは、予想すらしていなかった。