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モンスター&アンブレラ

私はすぐに傘を忘れる。

コンビニに入る度に、通勤のバスの中に、仕事帰りのジムに。

見かねた友達が誕生日プレゼントに買ってくれたちょっといい傘も一月でなくして、しばらくLINEが既読無視になったのは辛い思い出だ。彼女は反省させるために心を鬼にして無視したのよと言ってたけど、本当に嫌われたと思ったので毎日泣いていた。

それでも次の傘を一週間でなくすんだから、私の失くしもの癖はどうなっているのだろう……。


「いよいよ、ハイブランドの傘を買うしかないんじゃない? Diorだと20万の傘とかあるよ。自分の一ヶ月分の給料と思いながら使えばどうよ? 怖くて手放せないんじゃないの? 」


仲直りしてすぐに友達に言われて、初めて買ったハイブランドの商品。給料一ヶ月分の傘を持って歩く、初めての帰り道。


私はなぜかその傘で、ゴブリンを撲殺した。





その日は台風が近づいていると天気予報で言っていたが、秋らしい穏やかな夕暮れであった。赤トンボ舞う神社前のバス停は人も少なく、しっかり傘を握りしめ私はバスから降りた。

ここから自宅まで、ゆっくり徒歩5分の道ではさすがに傘は失くさないはずである。

すこし強めに握っていた傘の柄への指の力を抜いた時、後ろから聞いたことない音がした。

振り向くと、見たことない造形の、何かが動いていた。自分の影なのか、黒いなかに大きいカマキリみたいなものが両手を挙げて私の方に向かってくる。


「…ギャキ、ギャキ! 」


大半の女性は虫は苦手だ。私も例に漏れず苦手だが、さらにそれが自分と同じ大きさだったら。考えてみて欲しい。漏らさなかったのは奇跡だと思う。


「………ギャアアアアアア!! 」


叫んでいるのは自分なのか、よく分からないカマキリみたいなものなのか。

とにかく手に持っていたハイブランドの傘を振り回したことしか、記憶にない。



『ポーン! ゴブリン・一匹・撃破! 』


頭のなかで機械のような声がして、我に返ると目の前のカマキリみたいななにかが、黒い煙とともに消えるところであった。


『経験値・3・取得! 初めての撃破・おめでとう・ございます! おめでとう・ございます・武器に銘が・つきます! 』


「……武器? って、この傘? 」


手元のハイブランドの傘は、ハイブランド故か傷ひとつなく、曲がってもいなかった。

目でよく見ようとすると、文字が浮かび上がる。


"武器:中田和葉のアンブレラ 銘:失くしちゃ駄目な傘 攻撃力+50 防御力+20,5000 "


「武器なのに防御力? ってかもしかして、この傘の値段だったりして……。」

まじまじと傘を見つめるが、文字以外はさっきと何ら代わりもないお洒落な傘だ。確かに税抜き20万5千円であったが。カードを出す手が震えるくらいに緊張したのだ。値段を忘れるわけがない。

なんとなく、開いてみる。うん、とくに変わったところはない。

閉じようと傘の中心部にある中棒に手を伸ばしたとき、また、あの声がした。


「ギャキ、ギャキ、ギャキ! 」


傘を閉じる余裕はなかった。両手を挙げて突進してくる"ゴブリン"を傘で受け止める。

ボスっと鈍い音はするが、傘はびくともしない。

中から見ると、腕らしきものが飛び出て見えるのが気持ち悪いが、破れそうにない。


「っ、あ、さ、さすが防御力20万越えっ! 」


難なく弾き返し、私はそのまま突いた。傘の先の石突きと呼ばれる部分をゴブリンの胸の辺りに。


「……ァァァァアアアアア! 」


傘を閉じるころには、黒い煙が上がってゴブリンが消えていくところであった。

ころり、と石が地面にころがり、静寂が訪れる。

カラスが鳴きながら飛び立つ声だけが、遠くに聞こえた。さっきまでたくさんいた赤トンボはもう飛んでいなかった。


『ポーン! ゴブリン・一匹・撃破! 経験値・3・取得! 』


すこし遅れて聞こえてきた機械的な声に、私は途方に暮れるしかなかった。




「ねえちゃん! 大変だよ! て、テレビみて! 」

帰宅すると、高校生の弟が私の腕を引きリビングのソファに押し込む。興奮しているらしき弟は、私が虚無なにも気づいていないようだ。

テレビなんて最近は見ないでSNSばかりなのに珍しいなと、ぼんやり思いながら見たテレビには、先ほど出会ったゴブリンと人が戦うライブ映像。

リポーターが『この世界はダンジョンになってしまいました! 』と叫んでいる声がしていた。


「……あ、ゴブリン……、」

「そーだよ! やべえ、どうしよう! モンスターだよ! 」

「……さっき、遇ったし、倒したわ……」

「マジで! ねえちゃん、え、たおした?! 倒したらなんか、ステータスとか、出るって! 」

「え、ステータスって? 」

「ほら、あれ、レポーターがやってるじゃん! 」


弟が指差した画面で、レポーターが手元に透けたタブレットの様なものを出現させていた。名前や年齢、あれこれ個人情報大丈夫なのかと思いながら、下の文書に目が止まる。


『装備武器:マイク 攻撃力+34』


「あの人、マイク振り回したのかなあ。」

「使った武器がああやって装備として出てきてるんだろうけど、ほら、鎖鎌みたいにも使ってる。ヤバい、ちょっと変な図だね。」

「……銘はないのか……どういうこと? 」

「うわー、本気で血がでてる! リアルじゃん、どうなってるんだよっ! 」


「ステータス……。」

手のひらを見つめながら呟くと、ブーンと透けたタブレットが出現した。


「ねえちゃん、マジか、すげー! ステータス画面、俺にも見せて! 」

「ちょ、待ってよ……」


『中田和葉 24歳 女性 生命値140 魔力値0 攻撃力25+50 防御力23+20,5005 知力値53 精神値26 』

『装備武器:中田和葉固有武器 アンブレラ 銘:失くしちゃ駄目な傘 攻撃力+50 防御力+20,5000』

『装備防具:ぬのの服 防御力+5 』


「なんなん……。なんてゆーか、防御力がお化け。」

「うわー、装備が凄い! あの、むっちゃ高級な傘で戦ったん? 」

「だって、あれしか手元になかったし。」

「ねえちゃんが無事で良かったけど、もしかして、これは値段が関係あるんかな……俺もそういう武器使えばいいのか? 」

「でも、そんな、高級なものあとは我が家にないでしょ? 」

「いや、ひとつ、俺にも心当たりが。」





「ねえ、紘太やめとかない? 」

「大丈夫だよ、もしなんかあっても、その傘の防御でどうにかなるって。」

「それもそうなんだけど、パパの大事なゴルフクラブ持ち出したの、バレたらヤバいって。」

「えっ、そっちー……? 」


弟が持ち出したのは、父の書斎に飾ってあったゴルフのドライバー。

初心者が陥りやすいミスとして安いゴルフクラブで済ませ、プレイ中に少しの衝撃や負担でゴルフクラブが曲がってしまい、何回も買い換えて結果として出費が増えてしまうことがある。だから、高級なゴルフクラブを買えと、父が友人に勧めているのを聞いたことがある。

そんな父が一番大事にしていたドライバー、高いに決まっている!


「だから、高級品のがきっと、いいんだよ! 」


弟と私はゴブリンに出会ったバス停に来ていた。

近くにはゴブリンらしきものは居なかったが、人も誰もいなかった。町内放送で避難しろと言っていたから、みんな学校等に批難しているのかもしれない。

すでに日は暮れて、とても不気味な雰囲気だ。懐中電灯の光が実に頼りない。


「ねえ、うちらも避難しない? 」

「……しっ! ねえちゃん、静かに!」


ゴブリンを探して神社のとなりにある児童公園の、大木のうろから緑色の物体が這い出るところに遭遇した。

まだ、全て身体が出てきていない。つまりチャンスと弟は思ったらしい。素早くドライバーをゴブリンの頭に振り下ろした。


「ギャアアアアアア!! 」


「うわー………。」


ゴブリンの断末魔を聞きながら、私はなんとなく、手を合わせる。私は攻撃されそうになり、仕方なく反撃したわけだけど、これは不意打ちすぎないか……?

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ゴブリンに同情した。


「おぉ! ステータスが出た! 見て、ねえちゃん!」

「あー、ハイハイ。」


『中田紘太 18歳 男性 生命値210 魔力値0 攻撃力45+40 防御力60+5 知力値43 精神値20』

『装備武器:父の大事なドライバー 攻撃力+40 耐久値+55,0000』

『装備防具:ぬのの服 防御力+5』


「耐久値は、すごいけど……、ただ単に壊れにくいってだけなんじゃ。っていうか耐久値55万って、このゴルフクラブの値段だったりしたら、お父さんはお母さんにめちゃくちゃ怒られるんじゃないの? 」

「そんなことより、傘より攻撃力弱いって……。武器の名前も父の大事なドライバーって……。」

「固有武器ってはでないんだね。お父さんのモノだからかなあ……。」

「でも、これで俺も戦える。リアルモンスターハンターだよ! 」




その日を境に、日本にはダンジョンが生えた。

全国各地269箇所にモンスターの出てくる穴が観測され、中はモンスター犇めく迷宮であったため、そこをダンジョンと呼ぶことにしたのだ。

ダンジョンからやってくるモンスターは、地震や津波のような災害となり、人やモノを破壊した。不幸な事件も数多く起こったが、それは日常となった。

戦えるものは武器を手にモンスターを排除し、戦えないものは後方支援をする。

そのうちに"スキル"や"魔法"など特殊技能も見つかり、一年としないうちにモンスターをダンジョンに閉じ込めることが出来るようになった。

戦えるものは"ハンター"となり、ダンジョン内のモンスターが溢れないように間引きするようになった。

高校卒業した弟の紘太は、念願のハンターになって『装備武器:父の大事なドライバー』を振り回している。父には他の高級なゴルフクラブについて、母に内緒という取引をし、ドライバーの所有権を譲ってもらったらしい。なのにまだその名前なのは仕様か?


まあ、兎に角。日本は少しずつ、平穏な日常を取り戻しつつあった。



「で、あんたはハンターにはならなかったのね。」

私の唯一の友人は席の横にある傘を見ながら言った。

LINEでは毎日のようにやり取りしていたが、逢うのは久しぶりだった。それはそうだ、つい最近まで、自宅から出ることすら危険だったのだから。

やっと友人と気兼ねなくランチもできる――私はそんな穏やかな日常を噛み締めていた。


「武器はすごくても、扱う人間が弱いと結局危ないしね。固有武器は他人に譲れないし、宝の持ち腐れではあるけど。」

「まあ、そうよね。あんたのキャラクターじゃ、戦ってるイメージないもん。」

「運動音痴なのも知ってるでしょ。」

「高校の体育の授業思い出すよ。バレーボールを顔面でトスしてたよね。」

「なんでそんなん、思い出すのよっ。」

「それなのに、スポーツ用品の会社に就職したから笑ったけど。まあ、でも、今は防具メインなんだって? 」

「ユニフォームのノウハウがあったしね。今は完全にハンター御用達のお店ね。私もすこし戦ったから、経験を仕事に生かしてるよ。あなたもダンジョン付属病院でしょ。毎日大変じゃない。」

「医者や看護師に治癒魔法使える人間が多いって噂は本当だと思うよ。ダンジョン付属病院の職員、ほとんど回復師(ヒーラー)だからね。下手な医者より、オバチャン看護師のほうが魔力高かったり面白いけど。」

「まだ噂の段階だけど、今後ダンジョンやスキルの研究が進んで行くんだろうねえ。」

「モンスターのドロップから、あたらしい薬とかも作られてるしね。」

「どうなるかと思ったけど、お互い無事で、なんとか適応出来てて良かったよ。」


食事を終え、ふたりで店を出る。

モンスターの食材なんかも使う店だったが、なかなかの味であった。デザートも久しぶりの甘味だった。

外には一度破壊されたが、新しく手に入れたスキルや魔法で美しい町並みに再建されている。

神社や寺院は結界があったのか、モンスターも破壊しなかったため、日本は古きものと新しいもので溢れていた。


「あっ、和葉! また、傘忘れてるよ! 」

「えっ、ああ。またやっちゃった。――武器召喚:失くしちゃ駄目な傘 」


私が腕を広げると、ブーンという音がして傘が手のひらに光が集まる。

やがてそれは、傘の形になった。

20万円した、ハイブランドの私固有の傘は、召喚により私の手元に戻ってきたのだ。


「……っ、和葉、それって?! 」

「うん、日本にダンジョンが出来たお陰で、私、傘を失くさなくなったんだよね。」


―――これで、私はもう、友達に呆れられずにすむよね。

私はダンジョンの恩恵に、にっこり微笑んだのであった。

新しい傘が欲しいなーと思いながら書いた。高級なやつはさすがに怖くて持てないですが。

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