第1話「それは何の為?」
夢を見た。
幼い頃の出来事の、漠然とした夢。両親から過去に交通事故に遭った事を聞かされたからだろうか。
でも俺はほぼ怪我が無くて、誰かに助けられたんだと。記憶には無いけど、そんな事が昔あったらしい。
事故直後の現場の状況も何もかも、全く覚えていない。それよりも今日からの講習の方が楽しみだ。
出勤の準備を整えて家を出れば、ただいつもの日常が待っていた。
「で、過去に空奈さんが起こした炎上事例として」
あくびを堪えつつ、ノートに筆頭ライバーの空奈さんが起こしてしまった炎上案件について講習を受ける。
カラオケで歌配信を無許可で行い、スパチャ設定をオンにしたまま配信。これにより著作権に引っ掛かり、配信は削除された。
更にスパチャで収益が入った事により炎上。友香さんの咄嗟の判断で運営である会社からの当面の配信禁止処分でどうにか大炎上は避けられたものの、当面の祝い事は避けたという。
俺の横には気まずそうに講習を受ける空奈さんの中の人、由比さん。炎上騒動を起こした当の本人だ。
やっぱりどこか既視感があるなと思いつつ眺めていると突然立ち上がり、俺の方を向く。
「ねえ友香、坂三田さん真面目にやってない」
「しっかり聞いてメモってます」
友香さんは俺の様子を数秒見てから、由比さんに着席するように合図をする。
「空奈さん、着席」
「はーい」
由比さんと友香さんはかなり仲が良いようで、どこか姉妹に見えなくもない。
それはそうと由比さんは20歳との事。でも既婚者らしく、結婚指輪をはめている。
相手がどんな人なのか少し気になるところで、でも聞くに聞けない。
そのまま講習は続けられ、最後のまとめに移る。この会社で企画運営をしているのは社長の友香さんと美羽さん。
配信タイミングはライバーの任意ではあるけど、炎上を未然に防ぐ為に事前に配信内容を報告する決まりがこの会社には存在する。
「じゃあこの後は由比に施設の案内してもらうから」
「うん」
筆記用具を片付けた後、由比さんの後ろをついて施設の部屋を回っていく。
このスカイスタジオ株式会社は居住として使う事もできるくらい設備が充実している。
お風呂やトレーニングルーム、更にはキッチンもある。
トレーニングルームは誰が使うかというと、主に由比さんと美羽さん、それから達川さんだ。
「私はランニングマシンしか使わないけどね」
「体力には自信があるんですか?」
「かなりね」
トレーニングルームへ来ると、由比さんが早速ランニングマシンのパネルを弄る。
平均距離が出され、一日15キロ走っている事がわかった。
「私は歌配信がメインだから、どうしても肺活量が無いとね」
「そういえばライブで結構激しい動きしても余裕で歌ってますよね」
「元々が体力が必要な事やってたから」
歌が上手いから歌手や声優を目指していたのかと思えば、全く違う事をやっていたと言う。
インターネットで中の人について調べようとしても全く出てこない。ファンから見れば、フライトシムが上手で歌の上手な女の子だ。
まさかパイロットをやっていたとか?でも軍人にも見えない。ならこの既視感はいったい。
「じゃあ次はお風呂場ね」
「わかりました」
色々と考えながら少し歩き、お風呂場へとやってくる。鏡の傍に張られた掃除当番の名前を見て、由比さんはあっと声を上げた。
「掃除当番私だ」
そう苦笑いしながら掃除の準備を始める。ちょうど俺もいるので、手伝える事は手伝ってあげよう。
「そういえば、坂三田さんは元々工場勤務だっけ」
「そうですね。例えば戦車の履帯の部品を作ったりしてました」
「戦車かあ。あんまり近くで見た事無いんだよね」
戦車に関しての知識は俺の方が上かもしれない。これを期に知ってもらうのもありだろう。
掃除の為にブラシや洗剤を取り出し、半袖になる由比さん。冬も近いこの時期に半袖は寒くないか?
「寒くないよ。前にナールズにいた事もあるんだけど、あっちの方がよっぽど寒いかな」
「ナールズに?何か仕事とか?」
「うーん、仕事だね」
どうやら仕事でナールズに行っていたらしい。だとすると外資系?でも数年前までナールズと扶桑はとても仲が悪かったはず。
それはそうと由比さんの体形に少しだけ目が行ってしまう。
「あんまり人の身体見ない方がいいと思うけど」
「見てません」
「...」
ばれてしまったけど、正直由比さんは引き締まっている割に少し大きめだなと感じた。
でも反応は普通の女の子とは違う。少しだけ怖い感情をその表情から読み取れた。
お風呂の掃除が終わった後は休憩時間。由比さんは配信を始め、代わりに達川幸喜さんが案内をする事に。
「とは言ってもほぼ案内も由比が終わらせちゃってますね」
「そうですね。あとはキッチンだけです」
達川幸喜さんはスカイスタジオが出来た当時から友香さんと共に働いているメンバーで、桜宮空奈のモデルを作った3Dモデラ―。
他にも収録機材のメンテナンスを担当していて、ライブの時にはひっきりなしに調整をしている。
「休憩時間なので、空奈の配信を見て楽しみましょうか」
そう言ってノートパソコンで配信を見始めた。どうやら空奈さん最推しらしい。
そもそも由比さんにライバーの道を示したのは友香さんとの事だ。そこに達川さんが乗っかって、初めは三人で企画から収録、編集とアップロードまで行っていた。
「坂三田さんも初配信見てますよね。最初は由比も上手く喋れなかったんです」
確かに最初はしどろもどろになりながらも頑張って喋っていた。今と比べればずいぶんかわいらしく慌てていたりする。
今はと言えば、登録者数も30万人を超える立派な一人のライバー。トークも饒舌で、演技力もかなりのもの。
「由比は色々ありながらも、ライバーを続ける道を選び続けた。ようやく落ち着いて専念できるようになった今は、さらに上を目指してる」
「色々?家庭内の事情とか?」
「ん-、もっと大きな事。他の人に言っても信じられないような事」
そうはぐらかされた後に俺は由比さんの、空奈さんの配信を見る。歌を歌い、それが終わればリスナーと対話をする。そこからまた歌を歌っていく。
そしてリスナーは澄んだ空のような、そんな彼女の歌声に癒しを求めてやってくる。
「由比は誰かを守るために何かをする人だよ。歌うのはきっと、リスナーの心を守るため」
「リスナーの心、か」
そういえば、俺の配信の目的は何だっただろうか?ただ自分のゲームをやっている所を見てほしいだけかもしれない。
だとしたら俺の配信に面白みを見出すことは難しい。しばらくは配信者としての心得を学ばなければ。




