episode.5 銀狼族の村のおはなし~ライラとグレイシア~
「これ、美味しい紅茶ね。いいものでしょ?」
わたしが出した紅茶をひとくち飲んで、グレイシアちゃんはすぐに見抜いてしまいました。わたしが出した紅茶は、クラウド茶会が取り扱っている紅茶です。そしてその中でも、本来は貴族や王族でないと飲めないような、ちょっとした贅沢品です。
今日は、わたしの家にグレイシアちゃんが来ています。
ビートくんはお父さんに呼ばれて、ソルトくんと一緒に出ています。連絡員の人手が足りなくて、どうしても手伝いに来てほしいと、お父さんが連れていってしまいました。グレイシアちゃんはお休みなので、出なくてもいいそうです。それに仕事の内容から、どうやら男手が求められているようでした。
「分かる? クラウド茶会の上級品なの。ナッツさん曰く、王侯貴族じゃないと買えないものなんだって」
「すごいじゃない。ライラちゃんは、紅茶にはお金を掛けるタイプなの?」
「そうじゃないわ。ナッツさんとココさんが、わたしたちに安く売ってくれるの」
「いいなー。わたしも安く売ってほしいわ」
「もちろん、タダじゃないの。紅茶の味や品質が落ちていないか、購入したお店の雰囲気や接客態度がどうだったかとか、そういったことを手紙に記して送らなくちゃいけないの。月に1回送ったら、お礼として紅茶を安く買えるチケットが貰えるのよ」
わたしがそう述べましたら、グレイシアちゃんはため息をつきました。
「そうなんだぁ……わたしは筆まめじゃないから、無理かも……」
グレイシアちゃんは少し残念そうに云うと、紅茶をもうひとくち飲みました。
「そうだわ!」
グレイシアちゃんと紅茶を楽しんでいると、グレイシアちゃんがティーカップを置きました。
「ねぇライラちゃん」
「なぁに?」
「その……お、男の人って、どうすれば……喜んでくれるのかな……?」
グレイシアちゃんが、少しだけ顔を赤くしながら、わたしに訊きました。
それから、グレイシアちゃんは詳しいことを話してくれました。
グレイシアちゃんは最近になって、ソルトくんと付き合い始めました。グレイシアちゃんが連絡員の仕事でミスをした時に、ソルトくんが穴埋めをしてくれたからです。その後、ソルトくんと共に過ごす時間が増え、付き合い始めました。
しかし、グレイシアちゃんとしては、初めての家族以外の男の人。
ソルトくんに喜んでほしいみたいですが、なかなか上手くいかないみたいです。
「ソルトくんの喜びそうなことねぇ……」
「ライラちゃんには、ビートくんがいるでしょ? ビートくんとソルトは違うけど、同じ男の人。きっと喜んでくれることに、何か共通点のようなものがあると思うの」
「わたしは、ビートくんとしか付き合ったことが無いの。だから、ソルトくんにも当てはまるかどうかは分からないよ? それでもいい?」
わたしは念のため、グレイシアちゃんに尋ねます。
わたしがこれまで付き合ってきた男の人は、ビートくんしかいません。ビートくん以外の男の人とは、一切付き合ったことが無いのです。ビートくんが喜んでくれることが、他の男の人でも同じなのか、自信はありませんでした。
師匠から教わったテクニックなら、他の男の人も喜んでくれると、断言できますが……。
「今は、どんな些細なことでも教えてほしいの!」
グレイシアちゃんは、前のめりになりました。
「ソルトに喜んでもらえなかったら、私は……!」
「グレイシアちゃん、落ち着いて!」
その目に涙が浮かんでいたので、わたしは少し慌ててしまいます。
大好きな人を、喜ばせてあげられない。それがどんなに恐ろしくて辛いことか、わたしにも分かります。喜んでくれないと、どんどん相手からの興味は失われてしまいます。自分の存在意義が分からなくなってしまう絶望感は、本当に恐ろしいのです。
好きになった相手には、最後まで尽くそうとする。銀狼族でなくても持っている感情ですが、わたしたち銀狼族はそれが強いといわれています。強すぎると、それが時として苦しみの元ともなります。
「グレイシアちゃんとソルトくんのためにも、何かいい方法を考えるから!」
「ありがとう……ライラちゃん……!」
グレイシアちゃんは、目に溜まった涙を拭いました。
それからわたしは、グレイシアちゃんに思いつく限りのことを話しました。
日常のこと、食事の時のこと……。
ちょっと人前では話しにくいこともありましたが、グレイシアちゃんとわたしは「乙女の秘密」ということで口外しないことを、約束しました。
「他には、どんなことをしたら、いいかしら?」
「そうねぇ……」
グレイシアちゃんは、わたしの言葉をメモ帳に記入していきます。
万年筆を手に書き込んでいくグレイシアちゃんは、まるでビートくんのようでした。
ビートくん……。
そのとき、わたしの脳裏に電気が走りました。
そうだ、あれです!
ビートくんがとっても喜んでくれて、わたしも気持ちよくなること。
あれがありました!
「思い出した!」
「どんなこと!?」
グレイシアちゃんが、再び身を乗り出します。
「ビートくんは、これをするとすごく喜んでくれるの!」
「それって……やっぱり、キスとかエッチなこと……?」
顔を赤くして、グレイシアちゃんは訊きます。
ソルトくんとキスをしているところを、想像しているのかもしれません。
でも、わたしが思い出したのは、キスではありません。
やっているわたしが云うのもあれですが……おススメしにくいことでした。
「キスももちろんだけど……これは、グレイシアちゃんには、ちょっと……」
「どんなことでもいいの!!」
グレイシアちゃんは、真剣な目で叫びました。
「その……ソルトが喜んでくれるなら……え、エッチなことでも……。私の身体じゃあ、喜んでくれるか分からないけど……」
顔を紅くしながら云うグレイシアちゃんは、スレンダーな身体をしています。
女性的な身体つきのわたしとは、だいぶ違います。胸も控えめで、わたしのような大きさはありません。それが羨ましいのか、時折グレイシアちゃんはわたしに羨望の眼差しを向けてきました。
でも、そんなことは関係ありません。
銀狼族なら、誰でもその気になればできることなんです。
「グレイシアちゃん、本当にいいの?」
「構わないわ!」
その言葉に、強い意志を感じたわたしは、頷きました。
グレイシアちゃんなら、きっとできる。そう思ったわたしは、そっと口を開きました。
ビートくんがとても喜んでくれる、おススメしにくいこと。
それは――。
「自分の尻尾を、触らせてあげるの。そうすると、すごく喜んでくれるの」
「――えっ?」
わたしがそう告げた直後。
グレイシアちゃんは、目を点にしていました。
そして確認するように、再度わたしに尋ねました。
「えっ? 尻尾を触らせる……?」
「そうよ」
「この、尻尾を?」
グレイシアちゃんは自分の尻尾を手に取り、訊いてきます。
その目は、冗談だろうと云っていました。
でも、これは冗談でも何でもありません。
「そうよ、その尻尾よ。わたしも持っている、この尻尾! これをビートくんに触らせてあげると、ビートくんはすっごく喜んでくれるの。それに、好きな人に尻尾を触ってもらうと、気持ちいいのよ?」
「ほっ、本気で云ってるの!?」
「うん、本気よ」
グレイシアちゃんは、わたしの言葉に驚いていました。
その反応に、わたしは異を唱えたりはしません。銀狼族……いえ、ほとんどの獣人族にとって、尻尾は男女問わず、触られたくない場所です。人族で例えるなら、胸やお尻に触るようなものです。しかし、獣人族の女性の中には胸やお尻よりも、尻尾に触られることのほうが嫌だという人も居ます。スキンシップが好きな女性や、体つきに自信がある男の人も、尻尾に触られるのだけは、ダメです。プライドが許さないと云います。
獣人族にとっては、まさにタブーともいえる、尻尾への接触。
それを許していると知ったら、驚かないほうがおかしいかもしれません。
「らっ、ライラちゃん! 尻尾を触られて、嫌だったりしないの?」
「ううん、嫌じゃないよ。だって、ビートくんだから」
「そうじゃなくって!」
グレイシアちゃんはそう云うと、紅茶をひと口飲みました。ヒートアップしているのを自覚して、落ち着けようとしたみたいです。
「正直……予想外だったわ。ライラちゃんが、自ら……尻尾を、触らせているなんて……。友達でも、尻尾を触らせたなんて、聞いたことが無いわよ。いたずらで触られたことがある友達はみんな『不快だった』『力が抜けそうになった』『ゾクッと嫌な感じがした』『触られるのは二度と勘弁』と、云ってたもの。ビートくん一筋で清純そうなライラちゃんが、そんな娼婦でさえしないようなことを、していたなんて……!」
「もちろん、最初から触られるのが好きだったわけじゃないのよ」
わたしは、ビートくんに初めて尻尾を触らせたときのことを、思い出しました。
「グレーザー孤児院に居た頃に、ビートくんから触ってもいいか訊かれたの」
「ビートくん……元からそういう趣味を持っていたのね」
グレイシアちゃんはジト目で云います。ドン引きしているみたいです。
「もちろん、その時はわたしもビックリしたから『ダメに決まってるじゃない! バカ!! エッチ!! スケベ!!』って、怒っちゃった。そしたら、ビートくんしょんぼりしちゃって……」
「それは当然よ。私が同じことを云われたら、ビンタしてるわ。まだ胸を触らせてと云われた方が、理解できるわよ」
「それで……ちょっとかわいそうに思って、触らせてあげたの」
「えぇっ!?」
再び、グレイシアちゃんが叫びました。
「そこで触らせるの!? 普通、さっさと立ち去るんじゃないの!?」
「わたしも、ちょっと云い過ぎちゃったと思ったの。だから贖罪も兼ねて、少しだけ触らせてあげようかなって……。そこまで深く考えていなかったの」
「それで……ビートくんは触ってきた……と」
「うん。それが初めて」
「……気持ちよかった?」
「そのときは……あんまり。くすぐったくて、あまり気持ち良くはなかった」
わたしの答えに、グレイシアちゃんの表情は「ダメだこりゃ」というものに変わっていきます。
「それでよく、2回目も許したわね……」
「わたしも正直、やめてって云おうか、悩んだわ。だけど……尻尾を触らせてあげると、ビートくん、すっごく喜んでくれたの。いつも『ライラ、ありがとう!』って、大喜びで何度もお礼を云われると、やめてほしいっていう気持ちがどこか行っちゃって……許せちゃったのよ。それから、何度も尻尾を触られていくうちに、気持ちよく感じるようになってきたの。その頃になると、ビートくんも触るのが上手になってきて、ビートくんに触られる度に、なんともいえない気持ちよさを感じるようになったわ。それも少しずつ強くなってきて……今は、毎日のようにビートくんに触ってもらっているの」
「いくら喜んでくれるといっても……正直、理解できないわ……」
唖然としながら、グレイシアちゃんはこめかみに指を当てていました。
「まさか……ビートくん以外にもそうやって――」
「してないわよ! 触らせているのは、ビートくんだけ!! 他の男の人に尻尾を触られるなんて、絶対に嫌!! 想像しただけで恐怖を感じるわ!!」
わたしは叫んで、両手で自分の尻尾を抱きしめます。
ビートくん以外の男の人が、わたしの尻尾を触ってくる。想像しただけで、とてつもない恐怖を感じてしまいます。
「……でも」
すると、グレイシアちゃんが口を開きました。
「尻尾触ってもらうと……本当に気持ち良くて、喜んでもらえるの……?」
「勇気は必要だけど……試してみる価値はあるわ」
わたしはそう云って、紅茶を飲みました。
すっかり冷めてしまいましたが、紅茶の味はしっかりと感じられました。
それから数日後のことでした。
その日、わたしはビートくんと一緒に家の掃除をしていました。
わたしが箒でゴミを掃き出し、ビートくんはぞうきんを使ってあちこちを拭って行きます。
「ライラ、リビングとキッチンは終わったよ!」
「それじゃあ、わたしは玄関に行くから、寝室をお願い!」
「わかった、まかせて!」
ビートくんに寝室をお願いすると、ビートくんはそう答えて、寝室へと向かって行きます。
わたしもビートくんも、グレーザー孤児院で掃除をしていました。掃除の仕方は知っています。掃除の時間になると、よく男子は掃除道具で遊んでしまい、周りを困らせていました。しかし、ビートくんは他の男子とは違って、黙々と掃除をしていました。
だから、任せておいて、安心です。
わたしが玄関に向かおうとした時、ドアがノックされました。
「誰かな?」
わたしは箒を手に、ドアへと駆け寄ります。
内側から掛けてあった鍵を外して、そっとドアを開けました。
「はーい」
「おはよう、ライラちゃん」
そこにいたのは、グレイシアちゃんでした。
手にはなぜか、果物が入った籠を持っています。籠の中には、リンゴにブドウ、そしてイチゴなどが入っていました。
「ごめんね、朝早くに」
「どうしたの?」
「あ……あのさ……この前のことなんだけど……」
わたしが首をかしげいていると、グレイシアちゃんは、顔を紅くします。
それを見たわたしは、グレイシアちゃんが何を云いたいのか、すぐに分かりました。
「……どうだった!?」
「その……尻尾なんだけど……お、思っていたよりも……良かったわ……」
湯気が出そうなほど、顔を真っ赤にして、グレイシアちゃんは告げます。
わたしの尻尾は、自然と左右に揺れました。
「ソルトも……すっごく、喜んでくれたの。ソルトったら『まさか、グレイシアさんが触らせてくれるなんて……! 信じられない! なんて僕は恵まれているんだ!!』って……すごく喜んで……ライラちゃんの云う通りだったわ……」
「良かったじゃない!」
「それに……その……尻尾って……触られると、あんなに気持ちいいものだったとは……知らなかった。だから……これはそのお礼!!」
グレイシアちゃんはそう云って、果物の入った籠を差し出しました。
「ライラちゃんの気持ち、すごくよく分かった! そして、ありがとう!!」
「グレイシアちゃん……ありがとう! それと、おめでとう!」
わたしは箒を手放し、籠を受け取ります。
いつの間にか、わたしの尻尾は、左右にブンブンと振れていました。
玄関が騒がしくなってきて、オレは掃除を中断して、寝室から出てきた。
ライラに何かあったのかと思ったが、聞こえてきたのはグレイシアの声だった。
「なんだ……?」
寝室を出たオレが目にしたのは、玄関で楽しそうに話すライラとグレイシアの姿だった。
ライラは尻尾をブンブンと振りながら、グレイシアと話している。グレイシアが何か用があって訪ねてきたみたいだが、会話の内容まではオレの耳までは聞こえてこない。
「女の子って……おしゃべりが好きだなぁ……」
呟きながら、オレの視線はライラの尻尾へと移っていく。
モフモフした、白銀の美しい尻尾。ライラが日々手入れを怠っていないから、いつでも触り心地は最高だ。あの触り心地を知らない奴は、可哀そうだ。しかし、ライラの尻尾はオレだけが触っていいものだ。他の男には、死んでも渡したりはしない。
「……ムフ」
ライラの揺れ動く尻尾を見ているうちに、オレは触りたくなってきた。
突然触ると怒られるが、オレがお願いすれば、ライラはまず断ったりはしない。
「今夜も……お願いして触らせてもらおう」
毎日、ライラの尻尾に触れるのが、オレの日課であり、楽しみの1つだ。
そのためには、今日の仕事を全て終わらせないといけない。
さて、掃除の続きだ!
夜には、ライラの尻尾をモフモフする至福のひと時が、待っているのだから!!
ライラの尻尾は、最高だ!!!
オレは胸を高鳴らせながら、途中だった寝室の掃除に、戻っていった。
お久しぶりです。ずっと更新していませんでしたが、以前書いてそのままになっていた短編がありましたので、投降しました。
今回は、ライラとグレイシアのガールズトークです。
実際のガールズトークはほとんど聞いたことがないので、ほぼ100%想像の産物です。
しかし、書いていてとても楽しい内容でした(笑
グレイシアは「クーデレな美人のキャリアウーマン」という位置づけのキャラです。
そのためライラとは対照的になるように考えました。
ライラが好きな相手には積極的なのに対して、グレイシアは恥ずかしさからなかなか積極的に出られません。
今回は尻尾を触らせたことによって、少しだけ前進しました。
自分の触られたくない部分を、好きな相手には自ら差し出す。
すごく勇気が必要なことだと思いますが、これを行うことで「いかに相手のことを信頼しているか」「それだけ相手のことが好き」という気持ちを伝えることができると信じています。