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episode.3 イフのおはなし~トキオ国の王位継承~

 オレはアルバムを見ていた。


 アルバムの中には、いくつもの写真が収められている。その写真のほとんどは、銀狼族の村に来てから撮影されたものだ。銀狼族の村に辿り着くまで、オレはカメラのような高級品は持っていなかったし、今も持っていない。

 撮影したのは、銀狼族の村でカメラを所有しているオブスクラとケプラーの2人だ。ノワールグラード決戦から現在に至るまで、何枚もオレは写真に収められてきた。そのほとんどが、ライラと共に写されている。いつもどんな時も、ライラはオレの側を離れなかったからだ。

 そしてオレは、撮影された写真を譲り受けている。


 アルバムのページをめくっていく途中で、オレはふと棚の上に目を向けた。

 そこには、写真額があって、中には1枚の写真が入っていた。

 オレはアルバムを閉じて立ち上がり、棚の上から写真額を手に取った。


 写真に写っているのは、生まれてすぐの頃のオレとライラ。

 ライラの両親である、シャインさんとシルヴィさん夫妻。

 そして……ミーケッド国王とコーゴー女王。

 オレの両親だ。


「……父さん……母さん」


 唯一、オレの両親の姿が映された写真。

 トキオ国の跡地にある王宮跡で見つけてから、オレはそれを大切に保管してきた。

 廃墟から持ってくるのも気が引ける思いだったが、これが無かったら一生、両親の姿を見ることは叶わなかっただろう。

 それくらい、神様は許してくれるはずだ。


 すると、部屋のドアが開いた。


「ビートくん」


 ライラが、紅茶とクッキーをトレーに載せて持って来た。

 時計を見ると、もう3時を過ぎていた。


「お茶にしようよ」

「ありがとう、ライラ」


 ライラは机の上にトレーを置き、ティーカップに紅茶を注いでいく。

 オレは写真額を机の上に置いて、イスに腰掛けた。


「はい、ビートくん……あれ?」


 紅茶が入ったティーカップを置いたライラが、写真額に気がついた。


「これ……」

「うん。さっきまで見ていたんだ」

「……ねぇ、ビートくん」


 ライラが、自分の紅茶をティーカップに注いで、オレに云う。


「もしも……もしもだけど、トキオ国がアダムに滅ぼされずに済んで、ミーケッド国王とコーゴー女王が生きていたら、どうなっていたのかな?」

「そうだなぁ……オレはきっと王子になっていたけど、ライラは……」


 オレはしばらく写真を見つめてから、こう答えた。


「シャインさんとシルヴィさんが、父さんと母さんに仕えていたから、ライラは侍女とかになっていたかもしれないな」

「私が、侍女に……!?」

「シャインさんはかつて、近衛兵団の団長をしていたんだって。父さんと母さんに近い場所だったそうだから、きっとライラもオレに近い場所にいたんじゃないかな」

「ビートくんの近くで……?」

「そうだなぁ……」


 オレは想像を膨らませていくうちに、トキオ国の光景が目の前に浮かんできた。

 そうだ。きっと、そうなっていたに違いない。


 オレは頭の中に浮かんできた光景を、ライラと共に語り始めた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 西大陸にある国家、トキオ国。

 この国は、決して大きい国ではなかった。しかし、ミーケッド国王とコーゴー女王によって統治され、国民は平和で安全な暮らしを享受していた。そしてミーケッド国王とコーゴー女王の間には、1人の王子がいた。

 王子の名はビート。

 ビートは次期国王として帝王学教育を受けつつも、度々王宮を抜け出しては庶民の食事を口にし、市井の人々と交流を深めていた。家臣からは度々注意を受けていたが、ビートは何度注意されても止めることはなく、ミーケッド国王もそれについてたしなめるようなことはしなかった。


 それが、ミーケッド国王の意向でもあったためだ。

 ビートはミーケッド国王から『国民の気持ちにならなければ、国の舵取りはできない。国民の気持ちが分からない者は、国王として国と民を守ることはできない』と云われてきた。ビートは国民のことを知り、国民の気持ちになろうと思い、度々王宮を抜け出していたのだ。

 家臣からはその態度を快く思われていなかったが、国民からは『庶民派王子』として好印象を持たれていた。

 そしてそれは実際に、国政に影響を及ぼしてもいた。

 ミーケッド国王に直接意見を述べられるビートは、国民の声をそのまま伝えていた。それを聞いたミーケッド国王は、ビートの言葉に沿った政策を打ち出したりもした。

 そんなことから、ビートは王子として絶大な人気を誇ってもいた。


 月日は流れて、ミーケッド国王は高齢となっていった。

 そしてある日、ミーケッド国王は側近の近衛兵団団長のシャインに、自らの気持ちを表明した。


「このまま私が国王として続けていくのは、トキオ国のためにも良くはない。私はこの国を未来ある者に任せて、そろそろ隠居して見守っていきたいと考えているのだ」


 シャインは驚いた。


「国王様、それはまさか……!」

「うむ。王位継承をせねばならん。幸い、私にはビートという王子がいる。それにビートは庶民派王子として、国民から私と同じかそれ以上に慕われている。しかし、1つだけ問題があるんじゃ」

「その問題とは……?」

「王妃となる者が、ビートにはまだおらん。トキオ国の貴族から迎え入れるか、同盟関係を重視して、他国から迎え入れるか……。いずれにせよ、早いうちから王妃を迎え入れねばならん」


 ミーケッド国王の言葉に、シャインは頷いた。


「国王様。それではすぐにでも、未来の王妃候補者を選出いたします」

「すぐに他の者たちにも伝えておくれ。頼んだぞ、我が友人よ」

「はっ!」


 シャインは部下に命じ、部下はすぐに駆け出した。


 それから数日後に、王位継承が決まったことと、それによる王妃探しが始まった。

 深夜まで幾度となく続いだ議論の末に、ビートの王妃となる女性は、トキオ国の貴族から迎え入れる方針が固まっていった。

 それを知った貴族たちは、すぐに自慢の娘たちを次々に王宮へと推薦し始めた。

 貴族の娘たちは、誰しもが容姿端麗で教養もあり、王妃として迎え入れるのは申し分ない者たちばかりだった。家臣たちはどの娘を候補者として絞り込むかでさらに議論を重ね、素行調査や実技試験の内容まで検討を始めた。


 その様子は新聞で報じられ、トキオ国の国民は誰がビートの王妃となるかに夢中になった。

 中には早くも誰になるか信じて疑わなかったりする者や、王妃になる者を予想して賭けをする者まで現れ始めていた。

 トキオ国全体が、王位継承とビートのロイヤルウェディングで盛り上がりを見せていた。


 しかしそんな中で、ただ1人だけ浮かない表情の者がいた。

 他ならぬ、ビート本人であった。




「……はぁ。みんな気楽でいいなぁ」


 トキオ国が僕の結婚で、どこもかしこも盛り上がっている。

 民が喜んでくれるのは嬉しいけど、僕の心は重たかった。

 そして心が重くなると、僕は書斎に籠って、1人で考える。


 いきなり結婚するなんて云われても、僕は結婚したい相手なんていない。


 それに家臣たちが選んできた貴族の娘たちだって、僕は誰ひとりとして、どんな人なのか知らない。

 誰と結婚するのが、正しいのだろう。

 トキオ国と国民のため、そして未来のためにも、僕が王妃を貰わないといけないことは分かっている。

 父さんだって、そのことを何よりも気に掛けていた。


 だけど、僕は――。


「ビート王子、いらっしゃいますか?」


 ドアの向こうから、聞き覚えのある声がした。


「いるよ。どうぞ」


 僕がドアに向かって云うと、ドアがゆっくりと開いた。


「失礼いたします」


 ドアから現れたのは、メイド服に身を包んだ獣人族の少女。

 侍女のライラだった。


 ライラは、近衛兵団団長のシャインさんと家政婦のシルヴィさんの娘で、僕と同じ年に生まれた。

 シャインさんとシルヴィさんは銀狼族という少数民族で、ライラも銀狼族だ。美男美女の間に生まれたからか、ライラもとても美しい。

 幼い頃から同じ王宮で育ったが、僕とは違って使用人として育てられた。そして主な仕事は、僕の遊び相手だった。家臣からは獣人族ということもあって、あまりいい目では見られてはいない。だけど、僕はライラと遊ぶことが好きだったし、ライラも僕と一緒の時間を楽しんでいた。


 僕の父さんと母さんは、国王と王妃だから、あまり一緒には居てくれない。

 だけど、ライラはいつも僕と一緒に居てくれた。きっと、父さんと母さんと一緒に過ごした時間よりも、ライラと一緒にいた時間の方が長いかもしれないな。

 その証拠に、僕はライラにはどんなことだって話せる。

 難しいことは分からないみたいだけど、ライラはいつも僕の話を真剣に聞いてくれた。だからこそ、僕は悩んだときは、ライラに相談した。ライラは僕の背中を押してくれたり、弱気な時には叱ってもくれた。


 他の家臣たちと違って、いつもありのままでライラは接してくれる。

 僕にとって、それは嬉しかった。


「ビート王子、また書斎におこもりになられていたのですか?」


 しかしそんなライラも、いつしか僕に畏まった言葉遣いで接するようになってしまった。

 僕はそんなこと、一度だって望んだことは無い。

 年上の家臣から何度も注意されて、このようになってしまった。

 だから、ライラの言葉はいつも、どこかたどたどしい。


「王子、お部屋にお戻りくださいませ。お父様とお母様も、ご心配されます。結婚が間近に迫っているのですから、あまりお勝手な行動は……」

「ライラ……僕は、結婚にはあまり乗り気じゃないんだ……」


 僕はライラに、自分の気持ちを打ち明ける。

 自分の抱えている気持ちを話せる相手は、今の僕にはライラしかいなかった。


「ビート王子、どうか今一度、民のことをお考えになられてくださいませ」


 ライラは僕の前で跪いて、そう云った。


「トキオ国の民は、王子の結婚に最も関心を抱いています。それに現在選定されているどの方も、申し分ないお方ばかりです。未来の王妃として、これ以上の方はそうはいらっしゃいません。もちろん、私のような獣人族の者は居りません。トキオ国は人族の国家でございます。獣人族から選ばれたら、民の心情としては納得のいかない部分が出てくるやもしれません。どうか王子、民とこれからのトキオ国のことを、もう1度お考えになられてくださいませ」


 僕は、ライラのその言葉が苦しかった。

 トキオ国のことも、民のことも、もちろん大切だ。そのことは十分承知しているつもりだ。


 だけど、それ以上にライラとの間に、距離ができているような気持ちがするのが耐えられなかった。


「ライラ、僕のことを王子と呼ばなくても、いいよ」


 僕はライラにそう云った。

 ライラは驚いて、顔を上げた。


「昔のように、僕のことはビートくんと呼んでくれないかな? 堅苦しい言葉遣いも、僕と2人っきりのときには、ナシにしようよ」

「そんな、畏れ多いことでございます!!」


 ライラはとんでもないというように、首を振った。


「ビート王子、そのようなことをしていては、王子として接しなくてはならない者たちに示しがつきませぬ!」

「いいから、いいから。昔のようにさ、頼むよ」


 僕はライラと同じように跪いた。

 そのまま、オレは顔の前で、両手を合わせて、頭を下げる。


 歴史の授業で、これは太古にお願いをするときに使われていた姿勢だと習った。

 どういうわけか、僕もこの姿勢がお願いをすることと合うような気がして、好んで使っている。


「……わかったよ、ビートくん」


 僕の気持ちが通じたのか、ライラがそう云った。

 僕は顔を上げた。


「ありがとう、ライラ」

「ビートくん、まずは部屋に戻ろうよ。それから、ゆっくりと話そう」


 ライラの云う通りだ。

 とりあえず、そうしよう。


 僕はライラの手を取り、書斎を後にする。

 他の家臣にこんな光景を見られないように、僕はライラと人目を忍びながら、部屋へと戻った。




 僕の部屋には、基本的に女性の使用人が出入りすることは認められていない。

 既成事実を作られたり、暗殺されたりすると大変なことになる。

 スキャンダルを防ぐためにそう決められ、自由に出入りができる女性は、コーゴー女王だけだ。

 しかし、唯一の例外としてコーゴー女王以外に、自由に出入りが許されている女性がいる。

 それが、ライラだ。


 ライラは僕の遊び相手として、共に王宮で育てられた。

 だからライラの出入りを禁止することは、僕から遊び相手を取り上げることと同義だった。その名残で、今でもライラの出入りだけは、自由に認められている。そのため僕のベッドを整えたり、着替えを用意するのは、いつもライラの役目だった。


「ビートくん、これからは王子から、トキオ国をまとめる王様になるんだよ?」


 ライラは僕の隣でベッドに座りながら、そう云った。


「王様に最も近い女性として、ビートくんのことをちゃんと支えてくれる王妃になるような女性じゃないと、私も心配でたまらないよ」

「ライラ、僕は一体どうしたらいいんだろう?」


 これから王妃になる人を決めるとしても、誰を選べばいいのかなんて、分からない。

 そもそも、女性にどう接したらいいかさえ、僕は知らない。


 こんな状態で王妃を選んでも、この先ずっと一緒に過ごしていくことなんて、できるのだろうか。

 相手を信頼できずに、国民を不幸にしてしまうのではないだろうか。

 僕はそんな不安に、押しつぶされそうだった。


 身体が自然と、震えてくる。

 国王になることに不安はない。むしろ、僕は国民から好かれている。

 国王として玉座に座っても、国民は僕を支えてくれるに違いない。


 だけど、王妃を選ぶのは話が別だ。

 どうすればいいのか、まるで分からない。

 貴族の娘といっても、僕には誰もが同じ人に見えてしまう。


 不安が渦巻き始めた頃、僕の手が握りしめられた。

 温かい手が、僕の緊張を解きほぐすようだ。

 不安が、嘘のように消えていく。


 僕の手を握ったのは、ライラだった。


「ビートくん、大丈夫。私で良ければ、女性に慣れるための練習台になるよ」

「えっ?」


 ライラの発言に目を丸くしていると、ライラは続けた。


「私じゃ力不足かもしれないけど、私も女性よ。だから女性に接するときに、どうされたら嬉しいのかくらいは分かるよ。それに……」


 するとライラは、顔を赤らめた。


「王妃様は、王子を産まなくちゃいけないから……その……そういったことの練習も……わ……私が――」

「ライラ! ちょっと待って!!」


 何を云おうとしているのか理解した僕は、叫んだ。


「……ぼ、僕はそんなことは、望んでいないよ? ライラ、侍女として僕の気持ちを聞いてくれて、それに応えてくれるのはすごく嬉しい。だけど、ライラの身体を練習に使うなんて、そんなこと――!!」


 文献で、忠義に尽くした家臣が居たことは、僕も知っている。

 時には命に代えてでも、その使命を果たした家臣に対しては、たとえ外国の出来事であっても敬意を払っている。


 しかし、それはあくまでも過去の出来事だ。

 今の時代には、そこまでする家臣などいないし、僕や父さんも一度だって望んだことはない。


 だが、ライラはその忠義に尽くした家臣でさえしなかったようなことを、しようとしていた。


「いいのよ、ビートくん」


 ライラはどこか寂しそうに、云った。


「どうして!? ライラ、いくら幼い頃から共に過ごしてきたといっても、そこまで望んでいないよ!?」

「私は、ビートくんが幸せになってくれるのなら、どんなことだってしたいの。これは私が家臣だからとかそういうことだからじゃなくて、私がそうしたいの」


 僕は理解できなかった。

 そんな気持ちに、なぜ至ったのか。


「ライラが……?」

「ビートくん、私は獣人族の銀狼族だってこと、知っている?」


 ライラからの問いに、僕は頷いた。

 銀狼族については、家庭教師から教わっていた。北大陸の奥地に暮らす少数民族だ。そして奴隷として、とても価値が高く、奴隷商人が血眼になって追い求めることもあるという。

 実際、トキオ国にも奴隷商人が来た時に、銀狼族を探していると聞いたことがあった。


「もちろん、知っているよ」

「トキオ国では、獣人族ってだけでも少し珍しいのに、私はもっと珍しい銀狼族。それに、奴隷としてとても価値があると云われているの。だからお父さんとお母さんが、国王様と女王様に仕えていても、私は他の人から偏見を感じていたの。『奴隷になるような者は、王宮にふさわしくないんじゃないか』って。だから、私は王宮の中では孤独を感じていたの」


 ライラの言葉に、僕はじっと耳を傾けていた。

 僕の前で、ライラが自分の気持ちを口に出している。

 これまで長いことライラと一緒に過ごしてきたが、僕には初めての出来事だった。


「でも、ビートくんはいつでも私の大切な友達でいてくれた。いつかは国王様になるんだから、侍女の私とは立場が全然違うことも、分かっていた。他の人は私には冷たかったけど、ビートくんはいつでも優しくしてくれた。そんなビートくんのそばにいられるから、辛いことがあっても、ずっと侍女として奉仕してこれたの」


 ライラはそこまで云うと、深呼吸をした。


「だから私は、この生涯をビートくんの幸せのために、捧げたいの!」


 その言葉に、僕は目を丸くした。

 そして同時に、心臓が高鳴った。初めての経験だ。


「小さい頃に云われたことを、今でも覚えているの。ビートくんが『僕の女王様になってください』って、私に云ってくれたこと」


 ライラの言葉は、僕も覚えていた。

 ずっと昔、まだ本当に小さかった頃だ。


 そんな昔のことまで、覚えていてくれたなんて……!


「すっごく、嬉しかった。女の子って誰でも一度は、プリンセスに憧れるの。実現しないと分かっていても、私はあの時のビートくんの言葉が、本当に嬉しかったの」


 僕の中で、不思議な感情が動き始めていた。

 それと同時に、ライラがただの侍女ではなくなっていく。

 ライラの存在が、1秒ごとにどんどん大きくなっていった。


「だから私は、ビートくんのために生涯とこの身を捧げたい。ビートくんが幸せになるためなら、どんなことだって私はしたいの!」


 ……そうか!

 そういうことだったんだ!!


 僕は、この感情が何なのか、やっと理解できた。

 これまでどうしてそのことに気がつかなかったのか、今となっては不思議でならない。

 王妃を選ぶことで、悩んだりしなくて良かったんだ!


 もう心は決まった。

 僕にはこの女性以外、王妃としては考えられない!


「……ライラ、ありがとう」


 僕はライラに向かって、頭を下げた。


「ビートくん……?」

「おかげで、王妃として迎え入れる人が、決まったよ!」

「本当!?」


 ライラはまるで自分のことのように、喜んだ表情を見せてくれた。


「すぐに父さんと母さんに、報告したいんだ! 一緒に来てくれる!?」

「うん、もちろん!!」


 僕とライラは立ち上がると、すぐに玉座へと向かうことになった。

 僕は正装として、マントを羽織り、剣を携えた。動かぬ決意を国王に伝えるときには、剣を携えることが定められているためだ。そしてマントは、公式な場に出るために、着用が義務付けられている。


 傍から見れば、僕は騎士そのものに見えるかもしれないな。

 いや、それは当たっているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、ライラと共に王の間にある玉座へと赴いた。




「父上、母上! お話がございます!」


 僕がライラを伴って玉座の前に立つと、父さんと母さんはゆっくりと頷いた。

 側近のカリオストロ伯爵が、そっと脇にそれていく。


「我が息子ビートよ、話とは何だ?」

「はっ!」


 僕はその場に跪いた。

 ライラも慌てて、僕に合わせるように跪く。


 ――あの獣人族の侍女、まだビート王子と一緒にいる。

 ――ミーケッド国王の側近の娘だから、変な手出しをするなよ。

 ――幼馴染みとはいえ、ちょっと行きすぎじゃない?

 ――おい、ビート王子に聞こえるぞ。


 辺りからは、ライラに向けた小言が聞こえてくる。

 全て、僕の耳には届いていた。


 見てろよ、爵位しかすがれるものがない貴族共め。

 お前たちがいくら自慢の娘を勧めてきても、もう僕の心は動かないからな!


「王妃として迎え入れたい者が、決まりました!!」


 僕の一言に、辺りは騒がしくなった。

 家臣たちはほぼ全員が驚いた表情になり、貴族たちも驚いている。


 その中で、父さんと母さんは落ち着いた表情をしていた。


「静まれ!!」


 父さんの一言で、騒がしかった家臣や貴族は大人しくなる。

 父さんはいつも穏やかな国王だが、こういうところはしっかりしている。


「我が息子ビートよ、その言葉を待っておったぞ。これで私も、安心して王位継承に臨める。これからは、若き者がトキオ国を引っ張って行かねばならない」

「たとえ誰であったとしても、私たちはあなたの気持ちを尊重するわ」


 母さんの言葉に、僕は頷いた。

 この言葉が、今の僕には心強かった。


「それでビートよ、その相手とは誰なんだ?」


 訊いてくると思ったよ、父さん。

 僕も、是非この場所で発表したかったんだ。


 隣を見ると、ライラも僕のことを見つめている。

 ライラも相手が誰なのか、気になっているみたいだ。


 僕は父さんと母さんに向き直ると、口を開いた。



「僕の隣にいる、侍女のライラです!!」



 僕の叫んだ内容に、その場にいた全員が驚いた。

 父さんと母さんはもちろんのこと、その隣にいるシャインさん、家臣や貴族たちも信じられないという表情に変わっていった。

 当然、隣にいるライラも、目を丸くしていた。


 辺りがすぐに騒がしくなった。


「侍女を王妃に!?」

「前代未聞だ!!」

「ビート王子は血迷ったのか!?」

「獣人族を迎え入れるなど――!」


 僕はライラを抱き寄せた。

 そしてマントの下で、剣に手をかける。


「ビートくん……!」

「ライラ、大丈夫だ」


 すると、父さんと母さんが立ち上がった。


「静まれ!!」


 父さんの怒号に、家臣や貴族は押し黙った。

 そして父さんと母さんは玉座から降りて、僕とライラの前に歩み出る。


 自然と僕とライラは、父さんと母さんと対峙する形になった。


「我が息子ビートよ、それは誠であるか?」


 父さんの視線は厳しく、たとえ嘘を云ったとしても見抜いてしまいそうだ。

 だが、僕の気持ちに嘘はどこにもない。


 なぜなら、本心だからだ!


「はい! 僕の言葉に嘘偽りは、一切ございません!!」

「これまで多くの家臣が、お前のために多くの候補者を集めてきた。その誰もが、王妃になるには申し分ない者ばかりだった。しかしなぜお前は、トキオ国の者ではなく、侍女のライラを選んだ?」

「これからのトキオ国は、人族のみの国家としてではなく、人族にも獣人族にも開かれた国になるべきだと僕は考えております。その第一歩として、これまでトキオ国の貴族から迎え入れてきた王妃を、獣人族から迎え入れたいのです。でもこれは、国としての理由であり、僕の本心ではありません」


 僕の言葉を、誰しもが口を挟むことなく、聞いてくれた。

 父さんと母さんも、僕の言葉に耳を傾けてくれている。


「では問おう。その本心とは!?」

「ライラほど……僕に寄り添ってくれた女性はいないからです!」


 僕は父さんと母さんを見据えて、そう云った。


「父上と母上は、国王と王妃です。一人っ子の僕よりも、国と民のことを優先されてきました。もちろん、そのことを恨んだりなどはしておりません。それはトキオ国を導く者として、当然のことです。しかし、僕は同時に寂しさを抱えておりました。その寂しさにライラは寄り添い、支えてくれました。そしてライラは先ほど、僕のために生涯を捧げたいと申してくれました。これからも僕を支えてくれる、唯一無二の女性に間違いありません!」


 僕の言葉を聞いた父さんは、ゆっくりと頷いた。


「我が息子ビートよ、トキオ国の民からではなく獣人族から王妃を迎え入れる事、そしてお前の理想を民がどう考えれるか考えたことはあったか? これは、王としてではなく、子を持つ父としての問いだ」


 父さんは僕をじっと見据える。


「民の中には、獣人族に良くない印象を抱いている者もいる。もしも獣人族から王妃を迎え入れたのなら、反発はもちろんのこと、暗殺や民の分裂などの悲しい出来事が起きることもある。そうなったら、お前のその決定が、多くの民を苦しめることもあるのだ。お前には、それを背負う覚悟はあるか?」


 父さんの云うことも、最もだ。

 だけど、僕の心は決まっていた。


 運命の歯車は、もう回り始めたんだ!


「はい!」


 僕は頷いた。


「そうか。……では、侍女のライラよ」

「はっ……はいっ!」


 ライラが緊張しながら、父さんに応える。


「そなたはビートを支え続けていける、覚悟は持っているか?」

「わ……私は……」


 周りから、刺すような視線を感じる。

 僕でさえそうなのだから、きっとライラは、想像を絶するものなのだろう。


 ライラは身体を震わせながら、口を開いた。


「私は……ビート王子を支え続けます! この生涯、全てビート王子のために使いたいのです!!」


 声を震わせながら、ライラが宣言する。

 ふと見ると、シャインさんとシルヴィさんが、今にも泣きだしそうな表情になっていた。


「ビート王子!!」


 突然、家臣が叫んだ。


「い、今ならまだ間に合います! お言葉ではございますが、考え直しても……」

「左様です!! どうか――」


 家臣が何か云っているが、僕には聞く価値もない言葉のようだ。

 僕はライラに視線を送り、家臣を無視するように促した。


 ライラが笑顔で答える。

 安心した僕は、父さんと母さんに向き直った。


 そしてゆっくりと、剣を抜き、自らの首元に剣をあてがう。

 これは覚悟を決めた者だけが行う、宣誓の儀式だ。

 家臣たちの顔が引きつっていくのを感じつつ、僕は父さんと母さんを見据えた。



「もしもこの結婚を許して下さらないときは……僕は王位継承権を捨てます!!」



 僕はそう宣言した。


 そして同時に、家臣たちからの言葉も一切、聞こえなくなった。

 ライラを意地でも僕から引き離そうとしていたようだけど、僕がこれを宣言してしまえば、もう何も云えない。


 王位継承権を捨てることは、僕がただの一般庶民になることだ。

 それは同時に、王宮から僕を追放することに他ならない。

 そんなことが起きたら、どうなるかは誰だって分かるはずだ。人気のある王子を追放した王宮に対して、民が武装蜂起する……。

 本当の反乱が、起こりかねない。


 父さんと母さんはもちろん、そそのかした貴族たちでさえ、処刑は免れるのは不可能だ。

 僕は生まれて初めて、生みの親に反抗した。


 パチパチ……。


 すると、父さんと母さんが拍手を始めた。


「よくぞ云った、我が息子ビートよ。周りの声を聞き入れつつも、自分が決めたことに対しては決して流されず、自らの意思を貫く。お前はもう、立派な一人前の男だ。そしてまさにそんな男にこそ、新しい時代のトキオ国を任せるに、ふさわしい」

「誰にも負けない強い意志と、優しさを持っている。そんな王子に育ってくれて、嬉しいわ」


 父さんと母さんの言葉に、僕とライラは驚く。

 僕はそっと剣を下ろし、鞘に納めた。

 すると、シャインさんとシルヴィさんが僕たちの前にやってきた。


「ビート王子、我が娘ライラをよろしくお願いいたします!」

「ライラちゃん、コーゴー女王様のような、優しい女王様になってね」


 うれし涙を流しながら、シャインさんとシルヴィさんが云った。

 僕はライラと共に抱き合った。


「ビート王子殿」


 抱き合うオレたちに、カリオストロ伯爵が声をかけた。


「私からもお祝いを。王家に仕えてきた側近として、そしてビート王子を見守ってきた身としても、嬉しい限りでございます。今後とも命ある限り、王子と王家を支える所存でございます」

「ありがとうございます!」


 いつしか、僕とライラは無数の拍手に取り囲まれていた。




 そんな出来事から1ヶ月後のこと。

 僕とライラの婚約が発表された。


 侍女として僕を支えてきたライラが、僕の王妃となることが正式に決まった。

 国民は発表された当初こそ驚いてはいたが、すぐに「ビート王子らしい」「さすがは庶民派王子だ」「獣人族から迎え入れるなんて、歴史が動いた瞬間に立ち会えた」「新しい国王様と女王様を一目見たい」と好意的な声が多く聞こえてくるようになった。

 当初予想していたような国民からの反発や混乱などは、ほとんど起こらなかった。


 僕は僕が思っていた以上に、国民から愛され、信頼されていたみたいだ。

 僕の決定を受け入れてくれた国民には、感謝しかない。


 当初はいい顔をしていなかった家臣たちも、さすがに国民の声を無視することはできなかった。

 これで反対するようなら、家臣たちは国民全員を敵に回すことになっただろう。

 最後には僕の決定が正しかったことを、認めてくれた。


 そして僕は、ライラと結婚の儀式を取り交わした。

 堅苦しい礼儀などは苦手だが、これを乗り越えないとライラとの結婚は認められない。

 僕はライラと共に、堅苦しくて長い結婚の儀式を乗り越えた。


 無事に結婚が終わると、次には王位継承の儀式が待っている。


 父さんから僕には、王冠が手渡された。

 母さんからライラには、ティアラが手渡される。


 多くの家臣や貴族に見守られながら、僕とライラは王位継承を経て、トキオ国の国王と女王となった。


 だけど、これで終わったわけじゃない。


 これからは、僕とライラがトキオ国を率いていくんだ。

 そのことを、これからまずは国民に伝えなくてはならない。


 そして僕は今、国民の前に出るための、バルコニーの奥にいる。

 隣にいるのは、もちろんライラだ。


 重要な儀式にのみ用いることが許されている一張羅を着た僕とライラは、誰が見ても国王様と女王様だと信じて疑わないだろう。

 何度も鏡で確認したが、今でも自分が国王になったという実感が湧かない。


 でも、もう僕は国王になった。

 そしてライラは、女王だ。


 国王となった自覚を持つためにも、僕は国民と対面しなくてはならない。

 なぜなら、民こそ国の礎となる存在だからだ!


「行くよ、ライラ」

「うん、ビートくん!」


 僕はライラと共に、バルコニーへと歩み出る。

 それと同時に、国民の声が聞こえてきた。


 見渡す限りの、群衆。

 どこを見ても、僕の目に映るのは、人ばかり。

 これほどまでの国民が、集まってくれたのか。


 僕はライラと共にバルコニーに立つと、口を開いた。


「よくぞ集まってくれた、愛しい民たちよ! 私が我が父ことミーケッドから王位を継承し、新国王となったビートである! そして隣にいるのが、我が母ことコーゴーより王位を継承した新しき女王、ライラである!」


 国民が、熱狂的に手を振ってくる。

 歓声も聞こえてくる。


 誰しもが、僕たちを受け入れてくれた。

 これならきっと、大丈夫だろう。


 僕は事前に用意しておいた言葉を、口に出す時が来たと思った。


「私には夢がある。それはこのトキオ国が、人族にも獣人族にも等しく優しい、開かれた良い国になることだ。だが、これは決して夢で終わることではない! 現実にできることである。しかし、そのためには愛しい民たちの協力が必要不可欠である! どうか、私たちに力を貸していただきたい!」


 国民が真剣に、僕の話に耳を傾けている。

 よし、大丈夫だ、行ける!!


「民と私たちとで、誰に対しても誇れる祖国、トキオ国を作っていこうではないか!!」


 その直後、割れるような拍手と大歓声に僕たちは包まれた。

 ブーイングなど、どこからも聞こえてこない。

 国民は、僕たちの味方だ!!


 僕とライラは、誓った。

 これからのトキオ国を作っていくのは、間違いなく僕たちと国民だ。


 どんな苦難があっても、共に乗り越えていこう――。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「……こんな感じかな?」

「いいわねぇ……すごいシンデレラストーリー……」


 ライラがうっとりとした様子で、空を見つめている。

 しかし、すぐに元の表情へと戻っていった。


「でも、そんな簡単に侍女の私が、女王様になれるかしら?」

「実現していたと思うよ」


 オレには、そう思える自信があった。

 初めてトキオ国の跡地にライラと行ったときに、父さんと母さんの墓の前での出来事が、オレにそう思わせてくれた。


「ほら、前にトキオ国の跡地に2人で行ったよね?」

「うん。ビートくんがミーケッド国王とコーゴー女王のお墓の前で泣いた、あの時でしょ?」

「あの時、父さんと母さんに会ったって云ったこと、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「あの時……父さんと母さん、オレがライラと結婚したことを、喜んでいたんだ」


 オレの言葉に、ライラは目を丸くした。


「そうだったの!?」

「だから、実現していたと思うよ」

「嬉しい! ミーケッド国王とコーゴー女王も喜んでいてくれたなんて!!」


 ライラは尻尾をブンブンと左右に振りながら、喜んでいた。


「ただ……」


 オレは立ち上がると、窓辺に歩いていった。

 そこからオレは、トキオ国の方角を見る。


「もうトキオ国は滅ぼされて無くなっちゃった。オレは王子じゃないし、ライラを女王として迎え入れるなんてこと、できないんだよね……」


 オレはため息をついた。

 トキオ国は、アダムとその部下によって、滅ぼされてしまった。その時に父さんと母さんは殺され、オレは孤児になってしまった。もうトキオ国の国王になることはできないし、トキオ国の跡地はオレの帰る場所ではない。

 もしもトキオ国が滅ぼされなかったら、オレもライラも、きっと国王と女王になっていたはずだ。


 すると、オレの背後から誰かが抱き着いてきた。

 振り返ると、ライラがオレの背後にいた。


「ビートくん、私は女王様になれなくたって、いいの」


 ライラはそう云うと、オレの顔を見つめて、微笑んだ。


「だって、私は今、ビートくんといつも一緒にいる。ビートくんと一緒にいられるだけで、私はこの世界中の誰よりも、幸せなんだから」

「ライラ……!!」


 オレはライラの手を取ると、ライラを正面へと連れてくる。

 そして正面から、オレはライラを抱きしめた。


「きゃんっ!」


 嬉しそうな悲鳴を上げるライラ。


「妻として迎え入れる女性は、ライラ以外に考えられないよ!」

「……ビートくんっ!」


 オレの言葉に、ライラは尻尾をブンブンと振った。




 午後の柔らかな日差しの中で、オレとライラはしばらく抱き合っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

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今回は、イフのお話ということで「もしも~だったら」という内容でお送りしました。

おそらく読んでいただいた方が一度は想像したであろう「もしも、トキオ国が滅んでいなかったら?」という問いへの、1つの答えです。

もちろん、これ以外にも様々な展開があってもおかしくありません。それを想像していただくのも、面白いと思います。

ライラにとっては、すさまじい玉の輿です。まさにシンデレラドリーム。


王様になったビートのスピーチは、有名なキング牧師のスピーチをイメージして書きました。

学生の頃、英語の授業で聞いて印象に残ったので、書く際に参考になりました。


そして実はこのお話は「幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~」の本編よりも先にできていました。

内容的にはその後になりますので、トキオ国への道の本編終了までは、お蔵入り状態になっていました。(笑

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