episode.1 銀狼族の村のおはなし~母娘のガールズトーク~
わたしはライラ。
獣人族銀狼族の女の子で、ビートくんの奥さんです。
いつも大好きなビートくんと一緒に、日々を過ごしています。
でも、今はビートくんはいません。
ビートくんは今、村の男の人たちと一緒に、北大陸でしか産出されない希少な金属のスノーシルバーを採掘しています。わたしのお父さんのシャインも、ビートくんと採掘作業に出ています。
銀狼族にとって、スノーシルバーの採掘はとても重要な仕事の1つです。スノーシルバーは希少な金属なので、とても高く売れます。わたしとビートくんの婚姻のネックレスも、スノーシルバーでできています。高く売れますが、採掘には大変な労力を伴います。それに危険です。本当は鉱山奴隷を使うといいのですが、銀狼族は奴隷を扱ったりはしません。なので、スノーシルバーの採掘は村の男の人の役目になっています。
もちろん、わたしたち女性が何もしなくていいのかといいますと、そんなことはありません。
採掘を終えて戻ってきた男の人たちを、出迎えて労をねぎらうことになっています。そのために、レモンスカッシュを用意して、待っていることになっています。
男の人たちが戻ってくるまでの間、わたしはお母さんのシルヴィと一緒に、紅茶を飲んで過ごすことになりました。
お父さんとお母さんの住んでいる家で、お母さんの淹れた紅茶を飲みながら、わたしは午後の時間を過ごしていました。レモンスカッシュの準備は終わって、あとは男の人たちが帰ってくるのを待つばかりです。男の人たちはみんな、スノーシルバーを採掘するために村から出ているため、村はとっても静かです。
静かなことはいいのですが、わたしは隣にビートくんがいないので、少し寂しいです。
「ライラちゃん、ビートくんとはどう?」
お母さんが、わたしとビートくんについて聞いてきました。
もちろん、わたしの答えは1つしかありません。
「毎日、とっても楽しく過ごしているよ!」
ビートくんと過ごす時間は、わたしにとって必要不可欠なものです。もう結婚してから数年は経っていますが、今も結婚した時と同じ気持ちで過ごしています。よく結婚してから3年でダレてくるとか、マンネリ化してくるという話は聞きますが、わたしは今もビートくんと過ごす日々が刺激的で楽しいです。
マンネリ化なんて、どこの世界の話なのかと思ってしまうことが、度々あります。
「そう。それはとっても良かったわ。お父さんも安心するわ」
「お父さんってば……心配性なんだから」
お父さんが、ビートくんのことをとても信頼しているのは、知っています。
それでも、わたしとビートくんのことが気になってしまうみたいです。長い間離れて暮らしていたから、気になるのは分かります。でも、ちょっと心配しすぎです……。
すると、お母さんが顔に笑みを浮かべて口を開きました。
「お父さんはライラの話題になると、よく『早く孫の顔が見たいなぁ』なんて、云っているのよ」
「んぐっ!?」
お母さんの言葉に、わたしは飲みかけていた紅茶を、噴き出しそうになりました。
まっ、孫!?
孫……ということは。
わたしのお父さんとお母さんから見た孫。
つまりそれは、わたしの子供ということ。
わたしと……ビートくんの……子供!?
そこまで気がつくと、わたしの身体が一気に熱くなっていきます。
ジンジャーティーを飲んだわけでもないのに、身体が熱いです。
「おっ、お父さんってば!! そんなことを考えていたの!?」
「あら、ライラちゃんは、子供はほしくないの? ビートくんとの間に、子供はいらないの?」
「う……」
わたしは、押し黙ってしまいました。
本音をいいますと、ビートくんとの子供は、欲しいです。他の男の人の子供はいりませんが、わたしとビートくんの血を分けた子供は、何人でも授かりたいです。これはグレーザー孤児院で、ビートくんのことをはっきり好きで愛していると認識したときから、変わっていません。
自分よりも、きっと可愛いはずの、わたしとビートくんの子供。
「……ビートくんの子供は、産みたいよ。ビートくんとわたしの血を分けた子供は、何人でも産みたい」
「そう……やっぱり、それほどビートくんのことを愛しているのね」
お母さんが、目を細めて云います。
でも、わたしはビートくんとの間に子供を授かることに対して、不安があります。
「でも、まだ早いような気がするの。それに、ビートくんは人族で、わたしは銀狼族でしょ?」
「それが、どうかしたの?」
「ビートくんとわたしの間に生まれてきた子供が、人族になるのか銀狼族になるのか、分からないの! もしも生まれてきた子供が、周りから変な目で見られたら、わたしは……!」
わたしは思わず、泣きだしそうになってしまいました。
ビートくんとの子供は、何人でも授かりたいです。ビートくんの血を後世に残すのは、わたしの使命だと思っています。ですが、ビートくんは人族で、わたしは銀狼族。その間に生まれた子供は、どんな子供になるのでしょうか?
もしも人族と銀狼族の合いの子のような子供が生まれたら、周りから偏見を向けられてしまうかもしれません。
それが怖くて、わたしはずっと、ビートくんにも打ち明けられない気持ちを抱えてきました。
そんな気持ちを打ち明けられる人は、お母さん以外に居ませんでした。
「……気持ちは、よく分かるわ」
「本当……?」
「もちろんよ。私も子供を産みたいと思ったとき、産みたいという気持ちがある中で、本当に産んでもいいのかすごく悩んだわ。女にとって出産は、命がけの大仕事。時には命を落とすこともある、大変な事。だから、簡単には決断できないのよ」
お母さんはそう云って紅茶を飲むと、そっとわたしを手招きしました。
何があるのでしょうか?
少し首をかしげながらも、わたしはお母さんの手招きに導かれるように、お母さんのところまで進みます。
隣に座るように、お母さんが手で指示してきます。
わたしはそっと、お母さんの隣に腰を下ろしました。
わたしが腰を下ろすとすぐに、わたしはお母さんによって抱きしめられました。
お母さんのいい匂いが、わたしを包み込んできます。
「ライラちゃんは、優しいわね」
「お母さん……?」
「まだ生まれてきてもいない子供のことを、そこまで考えているのだから。ライラちゃんは、とっても優しい女の子だわ。きっと、いいお母さんになれるわよ」
お母さんは、まるでそうなることを分かっているかのように、わたしに云いました。
わたしは生まれてきた子供が、どんな目で見られるのか、不安でたまらないというのに。今からこんな状態で、どうしていいお母さんになれるのでしょう?
どうしても、わたしにはそこが分かりません。
「心配する気持ちはよく分かったわ。でも、大丈夫」
何が大丈夫なのでしょう?
いい匂いに包まれつつ、わたしは首をかしげました。
「人族の子供でも、銀狼族の子供でも、ライラちゃんとビートくんの子供であることに、間違いは無いわ。好きな人との間に生まれた子供は、どんなことをしても守りたいと思える、何よりもかわいいものなのよ」
「お母さん……」
「それに安心して。人族と獣人族の間には……」
お母さんが、何か大切なことを、教えてくれる。
わたしはそう思い、じっとお母さんの目を見つめました。
「……人族か獣人族のどちらかが生まれるの。決して、人族と獣人族が混ざり合ったような……合いの子みたいな子供が生まれることは無いわ。私はこのことを、ミーケッド国王から教えてもらったの」
「ミーケッド国王から!?」
わたしは、自分の耳を疑いました。
ミーケッド国王は、かつて西大陸にあった都市国家、トキオ国の国王です。かつてお父さんとお母さんがお仕えしていた王様で、とっても優しい王様だったと聞いています。わたしは写真でしか、その姿を見たことはありません。わたしが生まれて少ししてから、亡くなってしまったためです。しかしわたしは、トキオ国の女王様であるコーゴー女王と共に、とても尊敬しています。
だって、ミーケッド国王はわたしの大好きな人、ビートくんのお父さんです。
それにコーゴー女王は、ビートくんのお母さんなのです。
ミーケッド国王とコーゴー女王がいなかったら、ビートくんはいません。
ビートくんを産み、わたしに合わせてくれた、偉大な2人です。
だからわたしは、とても尊敬しています。
「お母さん、それって本当!?」
「本当よ。ミーケッド国王はとても博識で、国王様でありながら、文化人類学者でもあったの。かつては冒険者でありながら、多種多様な人族と獣人族に興味を持ち、文化人類学を学びながら国王様になったのよ」
「文化人類学?」
聞きなれない単語です。
よく分かりませんが、何かの学問であることは分かりました。
「そう、人々の生活やしきたりを研究する学問よ。本が好きだった私は、ミーケッド国王とも話がすごく弾んだの。それこそ、主従関係を忘れてしまいそうになるほどね。時にはミーケッド国王の好意で講義をしていただいたこともあるの。そしてその時に、人族と獣人族の間に生まれる子供について、教えていただいたのよ」
「ビートくんの、お父さんが……」
ミーケッド国王が、ケイロン博士のような学者だったなんて、全く知りませんでした。きっと、ビートくんも知らないことでしょう。
ビートくんが知ったら、驚くに違いありません。
「それに、ミーケッド国王からはこうも教えていただいたわ。『私にもビートという最近生まれた王子がいるが、生まれた後にビートの笑顔を見たら、何としても守りたいと思った。これは国王としてではなく、父としてだ。ビートのためなら、世界中を敵に回したとしても、怖くはない。これがきっと、親になったということなのだろう』とね。ライラちゃんが生まれてから、私もその言葉の意味が、よく分かるようになったの」
お母さんは紅茶を一口飲むと、続けました。
「私だって、ライラちゃんを守るためなら、世界中を敵に回しても、怖くは無いわ。アダムから逃げてグレーザー孤児院の前に置き去りにした辛さに耐えられたのも、ライラちゃんを守るためだったから。……ライラちゃんを産む前は、そんなこと考えてもみなかった。でも、生まれたライラちゃんの笑顔を見た時に、どんなことをしても守りたいって、思ったのよ。誰から云われたわけでもないわ。自分の奥底から、沸き上がってきたの」
お母さんからの優しい言葉と、ミーケッド国王から教わったこと。
この2つが、わたしの中に渦巻く不安を取り除いていきました。
とっても不思議な気持ちです。
時間が進むにつれて、不安になる必要など無かったことを、わたしは理解していきました。
心配していた、どんな子供が生まれてくるかの不安。
これに対する答えを、わたしのお母さんとミーケッド国王が、教えてくれました。
「それに、ライラちゃんは一人じゃないわ。私やお父さんだっているし、それに誰よりもライラちゃんのことを思ってくれる、ビートくんという素敵な旦那さんがいるんだもの。ビートくんを見ていると、冒険者だった頃のお父さんを思い出すわ。私という好きな人のために、どんな苦労も厭わない人だった。ビートくんも、ライラちゃんのためにどんなことだってしてくれるはず。だから子供を産むとなっても、安心していていいのよ……」
「お母さん……ありがとう」
もうわたしに、迷いはありませんでした。
人族と獣人族の間に生まれてくる、子供がどんな子になるのかの不安が消えてしまいました。
そしてわたしには、お父さんにお母さん、そして大好きなビートくん。
たくさんの味方になってくれる人が居ます。
ビートくんはもちろん、お父さんとお母さんもわたしを支えてくれます。
絶対に、ビートくんとの子供を産みたい――!
わたしはお母さんに抱かれながら、そっと自分のお腹を撫でます。
ビートくんとわたしの、子供を授かるための、大切な場所。
いつ授かるかは分かりません。
だから、大切にしていきたいです。
もちろん、ビートくんとのお楽しみだけは、止められませんが……。
そのとき、鐘の音が聞こえてきました。
銀狼族の村に、何かがあったときに鳴り響く、鐘の音。
緊急時だけでなく、多種多様な連絡のために、使われています。
鐘の音は、耳の良い銀狼族には、よく聞こえるのです。
何があったのか、わたしとお母さんは顔を見合わせます。
そしてすぐに、鐘の音が鳴った意味が、分かりました。
「シルヴィさん、ライラさん!!」
ドアがノックされ、女性の声が外から聞こえます。
わたしとお母さんは立ち上がり、ドアを開けました。
そこには連絡員の、アイスちゃんが立っていました。
グレイシアちゃんの同期です。とてもスレンダーな身体をしています。
「男たちが戻ってきたわ! みんなに出迎えをお願いしているの!」
「アイスちゃん、ビートくんは!?」
「もちろん、ライラちゃんの旦那さんもいるわ! だから、出迎えをお願いね!」
アイスちゃんは、親指を立ててそう云いました。
そしてすぐに別の家に走っていきます。
わたしとお母さんは、顔を見合わせました。
そしてこれからやることを確認するように、頷き合います。
「行きましょう、ライラちゃん」
「うん!」
わたしはお母さんと手を取り、ログハウスを出ました。
ビートくんが、帰ってきたのです。
戻ってきたビートくんを労って、思いっきり抱きしめたいです。
きっとビートくんも、わたしの癒しを求めているはずです。
いつか、わたしのお腹に新しい命を宿す大切な人。
ビートくんのために、わたしは駆け出します。
もう迷いも不安も、どこにもありません。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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お久しぶりです!
ビートとライラに、また会いに来ていただきありがとうございます!!
こちらの「幼馴染みと大陸横断鉄道~番外編~」では「幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~」の後日談に当たるお話を連載していきます。
なお、こちらは原則的に1話完結となり、また不定期更新となります。
予めご了承ください。
銀狼族の村での出来事や、ビートとライラが繰り広げる想像のお話などが中心となります!
第1回目は、ライラとシルヴィのお話でした!
ライラのように、出産に不安を抱えている方は少なくないかと思います。
しかし、シルヴィの云う通り、1人ではありません。
そんな気持ちが少しでも伝われば、幸いです。