召喚勇者のその後
「……みんな、ここまで俺についてきてくれたこと、本当に感謝している」
「勇者様、その言葉は魔王を斃すまでとっておこう?」
「そうですよ勇者様。もうすぐ私達の悲願が達成されるのです、ここはガツンといきましょう!」
パーティメンバーの2人に励まされる。その魔法の腕を買われて王女でありながら俺の旅についてきてくれたシルフィーナ、聖教神殿から自ら同行を申し出た聖女のカナン。彼女らには、多くの場面で助けられてきた。
「……レイ、あんまり気負いすぎないで、いつも通りにやれば大丈夫。ボク達は結構強いし、ここまで努力してきたんだからさ」
メンバーの中で唯一俺を呼び捨てで呼んでくれるのは、実力だけで成り上がり、国からの正式な依頼とはいえここまでついてきてくれた、最高ランク冒険者で狼獣人のセイラだ。拳闘士である彼女とは、戦場で何度も背中を合わせて戦った。
「……セイラ、勇者様に対して不敬ですよ。これだから獣人は……」
「……」
シルフィーナとカナンがセイラに厳しい視線を向ける。これももういつものことになってしまった。俺が召喚された国では、獣人差別が激しい。それでも国から直々に同行を命じられる程度にはセイラは強い。
「シルフィーナ、そもそも呼び捨てにしてくれって頼んだのは俺だし、口調も楽でいいって言ったんだ。それに、大一番の目の前で諍いを起こしたら、何が起きてしまうかわかんないからさ」
「勇者様……勇者様は獣人にもお優しいのですね……では、私も一旦は目を瞑りましょう」
「ま、レイもそんなに気にしないで。ボクも慣れたし、これも依頼の内だしね」
「……悪い」
雰囲気が若干悪くなってしまった。ここは1つ……
「……よし、一旦その辺は忘れて……勝つぞ!」
「「はいっ!」」
「おー」
勢いのままに、俺達は最終決戦へと挑んだ。
◆◇◆◇◆◇
魔王へと挑んだ、その1ヶ月後──
勇者レイのパーティは、玉座の前にて膝をつき、頭を垂れていた。玉座には、だんだんと白髪が混じり始めた、恰幅の良い人の良さそうな男が座っていた。
「面をあげよ、勇者殿」
玉座に座る男が声をかければ、勇者たちは伏せていたその顔をあげる。
「勇者レイ一行、ただいま帰還いたしました。ご健勝のようで何よりです、王よ」
「よいよい。して、見る限り聞くまでもなさそうじゃが……結果は、どうじゃった?」
周囲に侍る貴族たちも、これが聴きたかったとでもいうように、一斉に勇者の言葉に耳を傾ける。
「……魔王討伐の任、完遂いたしました」
瞬間、玉座の間に小さくではあるが歓声が響き渡る。ついにあの魔王討伐が成し遂げられたのだ。喜ばないはずがない。
「そうかそうか、勇者殿の口からその言葉が聞けて本当によかった。では勇者一行よ、貴殿らに褒美を遣わそうじゃないか。各々、望みを言ってくれたまえ」
王がそう口にすると、順番にそれぞれの望みを言葉にした。
シルフィーナは、国民のためにといくつかの法改正案を。
カナンは、貧しいものたちのために活動するべく、孤児院や教会への出資を。
セイラは、依頼通りの富と名声を。ついでに獣人の待遇改善を。
そして勇者は……
「魔物による災害、自然災害以外での徴兵免除の確約。それと、帰還術式を組み上げるまでの資金の援助をお願いしたいと思います」
「それだけで良いのか、勇者殿? 伴侶を求めても良いのだぞ? 何なら我が娘シルフィー……」
「それに関しましては、帰還術式が完成したときに改めて」
「……む、そうか。わかった、貴殿らの望み、しかと承った。必ず叶えてやろう」
そうして、勇者帰還の謁見は幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇
国王謁見から約半年後──
「……だーっ! なんなんだもう魔法術式ってほぼ全部数式かよーっ!! 文系なめんなこんちくしょーー!!!」
王都から少し離れたところに位置する学術都市、その下町にあるごく一般的な一軒家の部屋から、そんな声が響いてくる。
「こんなことなら理系にしとけばよかった……なんか楽そうだからだなんて理由で文系にしなきゃよかった……なんで俺は文系にしたんだ……あ、楽そうって思ったからか……くそう……」
目の下に隈を作り、髪もボサボサな不健康そうな男は、かつての勇者、レイである。現在は、帰還術式の研究でいっぱいいっぱいになっているようだ。
「や、お疲れ様。これでも飲んで落ち着きな」
さっ、とレイの背後から、ほくほくと湯気の立ちのぼるミルクの入ったマグカップが差し出される。
「あ、ああ、ありがとう……って、は!?」
レイは一人暮らしのはずだ。近所には自分の正体は隠してるし、この場所を知るのはごく少数の限られた人物だけである。慌ててレイが振り向けば……
「は、え、なんでセイラがここに!?」
以前と変わらず、動きやすい格好で頭頂部に生えた耳をピコピコ動かしているセイラが、どういうわけかそこにいた。
「いやぁ、依頼でこっちの方寄ったからさ、久々に顔を出してみたわけ。まぁ、いくら呼び鈴鳴らしても返事なかったし、出かけてるのかなって思ったけどレイの気配は家の中だし、ピッキングして中に入ってみればゴミ屋敷同然だし、ようやくレイを見つけたから声かけてもまるっきり無視だし、そんでよくみたら不健康そうな顔してたから、台所借りてちょちょいとホットミルク作ってきたってわけ」
「…………大変に申し訳ない」
どうやらセイラの方は(最初は)ちゃんとレイを訪ねにきていたらしい。それに気づかなかったのはレイの落ち度だ。
「まーいいさ、レイも帰還術式だっけ?を作るのに必死なんでしょ? まぁ一旦休んだらどうかな、あんましうまくないけど料理も作ったしさ」
「……え?」
言われてみれば、リビングのほうからいい匂いがするような。
匂いにつられるまま、レイはリビングへ入る。
「……お、おぉっ! すげぇ、うまそう!」
そこには、ご馳走というほどではないが、そこらの食堂の定食くらいの飯が並んでいた。鶏の肉を衣でカラッとあげた揚げ鳥や、ホッと一息つくようなスープ、さらに、この国ではあまり見ることのない白米まである。
「レイって米好きだったでしょ? ボクの故郷じゃこーゆーの割と食べてたから、郷土料理風で作ってみたんだ」
「ありがとう、こんなまともな飯は久しぶりだよ……」
「そんなにかい……」
半分泣きながらガツガツと胃に掻き込んでいく。よほど腹が減っていたのだろうか。
「セイラ、ここに住み込みで働かない?」
「エッ!? ……給与が良ければ?」
元勇者の生活は改善するのだろうか。
◆◇◆◇◆◇
勇者が魔王を討伐してから約3年後──
その日、かつての勇者パーティ全員が集められ、玉座の間にて王に謁見していた。
「……して、勇者殿よ、帰還魔法の術式が完成したとは真か?」
「はい、実験データも全て揃い、9割7分は成功するだろうと思われます」
そう、勇者レイが、帰還魔法を完成させたのだ。今日はその報告である。
「そうか……勇者殿は、すぐに元の世界へ帰還するのか?」
「いえ、もうしばらくはこちらに残るつもりです。いくつかやり残したこともあるので」
「そうかそうか……ああそうじゃった、忘れるところじゃったな。勇者殿、貴殿は伴侶は選ばんのかね? 以前、帰還魔法が出来上がったらと申しておったしの」
「伴侶……やはり、選んだ方がいいのでしょうか?」
「それはそうじゃ、血筋を残すというのも大事なことである。してどうだろう、我が娘シルフィーナを伴侶に迎えるというのは」
「まぁ、お父様ったら……」
シルフィーナが王の言葉にイヤンイヤンと体をくねらせる。こちらは満更でもないようだ。
「……いえ、俺……私が伴侶にしたいと思う女性は、1人だけですので」
言外に『お前じゃねぇ』と言われたシルフィーナは、その姿勢のままでピシリと固まる。
「ほほう、シルフィーナでないのなら、誰を選ぶのじゃ?」
玉座の間が、張り詰めた雰囲気に包まれる。共に侍っているカナンに関しては、すでに勝ち誇ったような表情を浮かべ、セイラは興味なさげにしている。
「私は……」
そしてついに、勇者が口を開く。
「私は、リィンと共に過ごしたいと、願っています」
その瞬間、その場にいたほぼ全員の思考が一致した。即ち──
「「「…………誰?」」」
◆◇◆◇◆◇
リィンは、レイが帰還魔法の研究をしている際、隣に住んでいた少女だ。最初こそ、よく知らない人物が越してきたということで敬遠していたのだが、幾度か交流するうちにレイがこれ以上ないほどの家事ダメ人間ということを知り、几帳面な性格であったリィンは、どうしても世話をせざるを得なかったのだ。
レイの方も、ただ世話されるだけではと忍びなく思えてきて、リィンの家に幾らか野菜やらなんやらを分けたり、ちょっとした修繕などを請け負ったりなどしているうちに、いつの間にか家族同然で迎え入れられていたのだ。リィンの父親も、『レイ君ならうちの娘をくれてやってもいいかもなアッハッハ!』などと酒の席で言ってしまうくらいには受け入れている。
そうこうしているうちに、レイとリィンの間に淡い思いが芽生え始め……と言ったところだろう。
なお、このことを元勇者パーティの中で知っていたのはセイラただ1人である。そこそこの頻度で顔を出していたセイラは、何度かレイの家に赴き世話をするリィンとかち合っているのだ。
『自分が勇者様に選ばれるに違いない』と無条件でそう信じていたシルフィーナとカナンは、いつかレイが迎えにきてくれるのだろうと、情報を仕入れるのを怠っていた。
王や貴族たちも、レイの方から『出来る限りの不干渉を』と言われていたため、ろくに情報を集められなかった。勇者を敵に回そうなどと考える者は、いくら野心家だとしても、この国にはいない。
結果的に、当事者であるレイと、事情を知るセイラ以外には、寝耳に水の話となったのだ。
◆◇◆◇◆◇
「……レイさん、本当にこのまま残るの? 私のことは気にしないで帰ってもいいのに……」
「そういうわけにもいかないさ。もともと、俺はあっちの世界にはろくに居場所なんてなかったしね。最初こそ、この世界に召喚されて『うわなんてこった』とか思ったけど、結果的にリィンと出会えたし、よかったって思ってるよ」
「だったらもっと生活習慣改善して。もうきかんまほう?も出来上がったのに、すっかり魔法の研究にハマっちゃって、いまだに不摂生な生活のままじゃない」
「おーおー、言われてんぞーレイ。このままじゃ一生嫁さんの尻に敷かれたまんまなんじゃない?」
「セイラ、多分それはもう確定事項だと思う」
「うーわぁ認めやがったよダメな旦那だねぇ」
「ちょっと、それどういう意味なの!?」
ある下町のとある一角、今日もまた、かつての英雄とその戦友、それと英雄の婚約者たちが和気藹々と騒ぐ声が響いていた────
おまけ
in 元同僚女子会
「そんな……私が、私が選ばれないなんて……勇者様、どうして……」
「ぶつぶつぶつぶつ…………」
「そりゃあ、あんだけボクに見下したような態度を取ってたら、百年の恋も醒めるってもんでしょ」
「あ、あの時は、勇者様に近づくセイラへの嫉妬もありまして……その、うぅ……」
「ぶつぶつぶつぶつ…………」
「いやさっきからそこの聖女サマ、ずーっとぶつぶつぶつぶつ怖いわ!」
「……そういえば、セイラは勇者様のことをどう思っていたのですか?」
「へ、ボク? うーん……戦友、兼……弟?」
「「弟……」」
「レイの方も『セイラはどっちかというと、姉ちゃんとか、そんな感じだった』って言ってたし」
「「言ってたんだ……」」
「『家族愛みたいなのはあったけど、ついぞ恋愛感情は生まれなかった』ってさ」
「……セイラ、それでよかったの?」
「何が?」
「「(ほんとに勇者様のこと何にも思ってなかったんだ……)」」
「ま、おかげで完全に行き遅れたけどねー……どうせ好きになった人とは結ばれないから」
「好きな人いたんですか!?」
「驚いた……」
「あはは……その……レイには悪いんだけど…………リィンのこと、好きだったんだよねぇ……はぁ……」
「「(まさかのそっち系!?)」」
そこには、かつてのギスギスした雰囲気はなく、彼女たちは、恋バナに花を咲かせる女子そのものになっていたとかいなかったとか。
「……ねぇ、どっちかボクと付き合わない?」
「「お断りです!!」」