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じいちゃんと魔法少女アニメを見ていたら、ワシも魔法使えると言い出してきた。

作者: 秋野 夕


「ワシもなぁ…魔法使えるんじゃよ」


ある日のことだった。冬休み、暇だった俺はリビングで魔法少女のアニメを見ていた。可愛い女の子たちが困難を乗り越えながらも成長していく、涙なしには見られない神アニメだ。


隣で同じくコタツに入っていた、じいちゃんもアニメを見ていた。そして、じいちゃんはそんなことを言い出した。


俺は剥いていた蜜柑をポトッ…と手から落とした。しかし、すぐに冷静になり、ニッコリとじいちゃんに笑みを向けた。



「…そっかぁ!じいちゃん、ちょっと待っててくれな」



コタツから出て、家に設置されている電話の受話器を手に取る。そして、母親の携帯番号を押した。



「どうしたの?」



五コールくらいして、母さんが電話に出た。



「母さん、母さん、ごめん!今、仕事?忙しいところ本当にごめんね。うん、実はじいちゃんがさ。じいちゃんにもさ…ボケがきたみたいなんだ…」


「本当?!あらやだ、お父さんはまだまだ元気だと思ってたのに…」


「うん、そうなんだ。こういうのって、病院に連れていっていいのかな?駄目なのかな?」


「ええ~、どうなのかしら。母さん、ボケたことがないから分からないわ」


「うん、そりゃ母さんはまだボケたことがないだろうね。そうだったら今ごろ仕事してないよね」



じいちゃんは元気だったから、ボケるのなんてまだまだ先だと油断していた。しかし、ついには魔法が使えると信じ込むまでボケてしまったのだ。俺の手に負えず、俺はこうして母さんに助けを求めた。



「孫や、孫や。ワシの可愛い孫や、聞いておくれ。ワシはボケてはおらん。本当に魔法が使えるんじゃ」



じいちゃんがコタツから声をかけてくる。



「駄目だ。本格的なボケが始まってるよ。手遅れかもしれない」


「ボケてないわい」


「それ、ボケてる人が言う台詞じゃない?酔ってる人が酔ってない!って言うみたいな」


「まぁまぁ、聞いておくれ、我が孫よ」



俺はため息をついて、「もう少し様子を見るよ」と母さんに告げて電話を切った。そして、コタツに入り、取り敢えずじいちゃんの話を聞いてみることにした。



「ワシはなぁ…若い頃は今の姿からは想像もつかないくらいヤンチャでのぉ」


「今も十分ヤンチャだと思うよ?じいちゃん。この前なんて、庭に現れたヘビにさ、小枝で戦ってたじゃない。俺、自分の目を疑ったよ。小枝でさすごい剣術を披露してるじいちゃんを見て。そしてその晩御飯がヘビの唐揚げだった時はもっと驚いたよ」


弘法こうぼう筆を選ばすと言うじゃろ。それじゃ、実力があればな、剣も小枝も同じなんじゃよ」


「いや、すっげぇ違うと思うよ?殺傷能力」


「でのぉ…その若い時にのぉ…」


「じいちゃん、俺の話聞いてる?」


「ワシは武道を極めてやろうと思い立ったんじゃ。孫も読むといい。少年漫画は男の教科書じゃからな。それで、漫画でのぉ…格好いい拳法を使うキャラがおって…」


「ウッソでしょ?じいちゃん。まさか漫画の技を使うために修行したとか言わないよね?」


「そのまさかじゃ」



俺のじいちゃんが若い時からぶっとんでいた件。



「じゃが、竹林に入って、血が滲むような努力をしてもワシは技が出んかった」


「そりゃあそうでしょうね」


「これじゃ駄目だと思うてのぉ…ワシは必死にアルバイトをした」


「何がどうしてそうなったのか分からないけど、そっか、やっと現実的に生きようと思ったんだね」


「いや、そのアルバイト代で中国に行って、仙人に稽古をつけてもらった」


「…マジで?」


「苦しい日々じゃった。朝起きて稽古、昼飯を食って稽古、夜は寝ながら稽古」


「寝ながら稽古ってできるもんなの?」


「そして、ワシはやっと技が使えるようになったんじゃ」


「マジかよ」


「じゃが、ここでもう一つ問題が起こった」


「…それは?」


「師匠である仙人のような術ではなかったんじゃよ。師匠はのぉ…雲の上に乗ったり、食べなくとも生きていられたりしたんじゃが…」


「おお、リアル仙人って感じ!」


「ワシはのぉ…技を使おうとすると変身するんじゃ」


「パードン?」


「ワシは英語が分からんぞ。まぁ…変身して服が変わる。そうしてやっと技が使えるんじゃが…何故か師匠に禁止されてしまったんじゃ。お前は術を身に付けてはならない人間だったのだと、諭されてのぉ…」


「そっか。悔しかったよね。変身とか意味分からねぇ単語出てるけど、一応それはじいちゃんの夢だったもんな」


「あぁ、悔しかったとも。何でですか師匠!と何度も泣き叫んだとも。理由を教えてくださいと叫んだとも。しかし、師匠は首を振るばかりじゃった…。世の中には知らない方がいいこともあると、犠牲は自分だけでいいと言っておった」


「…ん?犠牲?別にじいちゃんは師匠を攻撃してないんでしょ?なんで犠牲?」


「さぁ…師匠の考えは深すぎる。故にまだまだ未熟なその頃のワシには彼の言葉の意味が分からんかった。今も分からん。師匠と同じくらいの歳になったというのに、恥ずかしい限りじゃ。あぁ…ただ、視界の暴力!目が焼け死ぬ!とは叫んでおったのぉ…」


「変身する時に、めっちゃ発光するとか?」


「さぁ…分からんのぉ…ワシも自分の変身をじっくり見たことがないからのぉ…」


「じゃあ、一度ここでやってみたら?俺が見ていてやるしさ」


「変身をしないという師匠の約束を破る訳には…」


「まぁ、身内だしいいんじゃない?別に俺、言いふらしたりしないしさ」




そして、俺はこの時の発言を死ぬほど後悔することになった。



「そうかのぉ…じゃあ孫の可愛い頼みを叶えてやるかのぉ…」



そう言って、どっこいせ、とコタツから出るじいちゃん。まさか本当に変身なんかするわけないよね、と思いながら見る俺。


バッ…とじいちゃんの手が動いた。左胸、心臓がある位置に両手を持ってきて、その指で円を作り、その上の部分を中にへこませる。そう、その形はハートマークだった。左胸のところにハートマークをつくるという、普通ならば可愛いはずのポーズをとり、じいちゃんはその低いバリトンボイスで叫んだ。



「きらめくハート!かがやく光!愛の女神よ、ワシに力を!おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」



じいちゃんの服が弾けとび、ピンクの光に包まれる。じいちゃんはくねくねと左右に動いたり、上下に跳び跳ねる。すると、じいちゃんの動きに合わせてら靴やら靴下、服、飾り、ヘアスタイルなどが順に変身していった。


そしてピンクの光がおさまる頃、リビングにはお花とレースたっぷりのスカートとブラウスを着た、頭にティアラをのせたじいちゃんが立っていた。


まぶしい。そのピンクが白が、お花が、レースが、それに似合わぬシワシワの肌が、まぶしい。俺は思わず自分の目を両手で覆い隠した。



「ぐっああぁぁぁぁぁ!!止めて!じいちゃん!止めて今すぐしまって!変身解いて!今すぐ!」



目に失明するような光線を当てられたような気がした。駄目だ、見てはいけない、次じいちゃんの姿を見れば俺は無事では済まない、と脳が警報を鳴らす。



「孫よ…どうじゃ?」


「こっち来んな!ヒラヒラ揺らすな、スカートを!じいちゃんの師匠が正しかったよ!これは世に出しちゃいけないやつだよ!」



やっと、じいちゃんの師匠の言葉が分かった。彼も見たのだ。じいちゃんの変身後の姿を。そして今の俺と同じようにダメージを食らい、せめて他の奴は自分と同じような思いをしないようにと、じいちゃんにその変身を封じさせたのだ。


ごめんよ、師匠。貴方の気遣いを俺は無駄にしてしまったんだ。貴方は正しかった!



「え?でもホラ、テレビの可愛い子ちゃんたちと似たような服じゃぞ?」


「魔法"少女"と魔法"じいちゃん"を一緒にするな!彼女たちは視聴者に夢を与えるが、じいちゃんは絶望と不幸しか与えない!魔法少女には枯れることのない需要があるけど、魔法"じいちゃん"なんて世界中どこを探しても需要なんてないよ!」


「そうかのぉ…まぁせっかくじゃ、魔法の一つや二つくらい孫に見せてやろう」


「いらないよ、そんな気遣い!お願いだから!俺のことを思うなら今すぐ変身を解いて!俺の魔法少女という幻想を壊さないで!彼女たちをこれ以上汚すな!」


「ほれほれ、孫よ、ちゃんと見んか」



俺は逃げ回った。じいちゃんは、そんな俺を「久々に孫と遊ぶかのぉ…」と追いかけ回した。じいちゃんは変身したら体力も化け物並みになるらしい。止めてよ。化け物は見た目だけで十分だよ。


こうして俺は捕まり、ロープでぐるぐる巻きにされ、芋虫のように床に転がされ、何時間もじいちゃんが魔法を使う光景を見させられた。



「俺、何やってんだろ…何で生まれてきたんだろ…」



やっとロープを外された時、俺は生きることに絶望していた。何で俺は生きているんだろう。俺はじいちゃんのフリフリの女装を見るためだけに生まれてきたのだろうか。それならば、そんな生に価値などあるのだろうか。



「ほほぉ…孫よ。魔法とはこんなに心踊るものだったんじゃな。師匠との約束なんて糞食らえじゃ。ワシはこれから魔法少女として、いや魔法"じいちゃん"として生きるぞ!この世の悪を許してはならぬ!正義は勝つのじゃ!」




じいちゃんは変身姿が気に入ったようだった。これからはずっとこっちの姿で過ごそうかなどと言い始めている。そんな彼を絶望一色に染まった虚ろな目で見る俺。闇堕ち寸前である。



(なんか腹立ってきた。何で俺だけ見たくもない、じいちゃんの魔法少女風の女装を長時間も見せつけられてるんだろ。もう俺の魔法少女への夢はバキバキに折れたよ。もう魔法少女アニメ見れないよ。見るたびにスカート姿のじいちゃんがフラッシュバックするよ。不公平だよな。何で俺だけこんな不幸な目に遭うんだろう)



そんな気持ちがむくむくと膨れ上がった。そして、俺は決意した。



(そうだ、この不幸を誰かと共有しよう。俺だけ魔法少女の夢をぶっ壊されるなんて、不公平だもんな。誰かの夢もぶっ壊そう)



他の奴らも自分と同じ目に合わせよう。そうだ、ナイスアイディア、俺天才、ジーニアス。俺はそっとリビングを抜け出し、俺の自室からビデオカメラを取ってきて、またリビングに戻った。



「じいちゃん、ちょっと今から動画とるからさ、さっきの変身のところからもう一度やってもらっていい?」


「いいぞ!なんじゃ、孫も見たいじゃな?!」


「はははっ…」



その晩、俺はその動画を編集し、YouTubeにアップした。最初はそのまま投稿しようかと思ったが、少しだけ残った良心が痛んだので、タイトルに括弧で注意事項をつけておいた。よし、これで全ては自己責任だ。これを見た視聴者たちが、魔法少女の夢を壊されようが俺には知ったことじゃねぇ。


俺はクリックして、その動画を投稿した。







タイトル「魔法じいちゃんの誕生。(注意!夢を壊される覚悟がある方のみ見てください)」


「きらめくハート!かがやく光!愛の女神よ、ワシに力を!おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」「この世の悪はワシが許さないわ!犯罪者さん、覚悟しなさい!愛と力で解決♥️して、あ げ る ♥️」



コメント欄:


大した覚悟もなしにこの動画を見たことを後悔しました。お陰で俺の魔法少女の夢はぶち壊しです。魔法じいちゃんのせいで。イラついたので、魔法少女オタクの友だちにもこの動画を見せて八つ当たりします。


鳥肌が立ちました。三日間、食事が喉を通りません。もしこの動画を見た方で似た症状が出た方は、対処方を教えてください。


素晴らしい動画をありがとうございます。仕事場のムカつく上司にこれを見せました。大人しくなりました。俺は彼の様子を見て、晴れやかな気持ちになりました。ありがとう、魔法じいちゃん。


俺は犯罪者でした。警察からも上手く逃げられてて、このまま働かずに楽して生きていってやる!と息巻いていました。金に囲まれて、ウハウハしてました。しかし、この動画を見て全うな道に進むことを決めました。だって、警察に捕まるのはいいけど、魔法じいちゃんには絶対に捕まりたくない。これからは、清く正しい道を進みたいと思います。






この動画が一ヶ月後、百万回以上再生されるとはこの頃の俺は思ってもみなかった。そして動画のお陰で、少しだけ犯罪件数を減らすことになったとは思いもよらなかった。





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[良い点] じいちゃんがボケたと母親に伝えるくだりは好き。 [気になる点] タイトルの言い出してしまったよりは 「言い出してきた」にした方が合う気がする。
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