1-4 囚われの神
ヨルムンガンドとの戦いを終え、一緒に帰路を歩きがら水希の話に耳を傾ける。
「まさか、水希にも神が見えていたなんてな」
「私も今朝、勇飛君と同じクラスになった時、勇飛君の後ろからガブリエルさんとヘラクレスさんの姿が見えた時は正直驚きました。でも、それが勇飛君の契約している神様かどうか確信が持てなかったので、今朝は話を濁すような形になってしまいましたが」
「契約のことを知っているってことは水希も神と契約している神使いだったのか?」
「えぇ、つい1週間前までは…」
そう言うと水希は何かを思い返すように悲しい表情を見せた。
この数日の間、水希と契約していた神との間に何があったのだろうか。
「水希様、もしあなたが私たち聖天六神の誰かと契約を交わしていたのであれば、契約の魔具が存在するはずですが、貴女からはその魔具の力が感じられません。魔具が存在しないというのであれば、それは私たち神々が人間と契約する上で、これまでに類を見ない状況であると伺えます…一体何があったのでしょうか?」
ガブリエルが言うようによく見ると水希には契約の魔具らしきものが見当たらなかった。
また、契約の魔具を持つ契約者とその神々は、魔具から発生する力を感知することが出来る。
つまり水希が神使いであるなら、その証となる魔具が存在することになり、少なからず水希が神使いであるということを認識出来たはずである。
「私の魔具はある悪魔使いに奪われてしまったのです」
「悪魔使いが魔具を奪っただと?そんな強い悪魔使いが存在するのか」
「私も初めての事でした。その悪魔使いと出会う前までは、それほど強力な悪魔使いと対面することもありませんでしたし…そのほとんどが今日出会った男の人と同レベルの悪魔使いでした」
「ってことはここ一月は水希が人間界に巣くう悪魔とその悪魔使い達を退治してくれていたのか」
ガブリエルとヘラクレスと出会ってここ一月、悪魔と遭遇しなかったのは水希が契約した神と悪魔使いを退治していたからということを考えると納得がいった。
「なるほど、どうりで私たちが悪魔の気配を察知できなかったわけですね」
「1人で悪魔退治とは、なかなかやるじゃねぇかお嬢ちゃん」
こんな女の子が一人で悪魔と対面し悪魔退治をしていた事についてガブリエルとヘラクレスが感心している。
「でも、あの悪魔使いだけは違いました」
「そいつはどんな奴だったんだ?」
「顔は分かりませんでした。ロングコートを着ていて頭はフードで顔を隠していましたので。ただ、体格から見て男の人だと思います。そして私たちの前に現れたその悪魔使いの男は2体の悪魔と契約を交わしていました」
「に、2体の悪魔と?」
「はい、それにその悪魔も下級レベルとは比べ物にならない実力を持った悪魔だと思います。恐らく聖天六神と同等もしくはそれ以上の力を持っているのではないかと」
「そんな強い悪魔を従えた悪魔使いが存在するのか」
「2体1では彼も手が付けられず、私を逃がすことを条件に私は契約の魔具をその悪魔使いの男に奪われてしまったのです」
話を進めていくうちに水希の目から涙が流れているのが見えた。
「水希様、お気を落とさないで」
涙を流す水希に慰めの言葉を掛けながらガブリエルが寄り添う。
「ありがとうございますガブリエルさん」
ガブリエルがそっと渡したハンカチで水希が涙を拭う。
「水希様、先ほどのお話の中に私たち聖天六神の力を上回るほどの悪魔がいると仰っていましたが、貴女が契約された神は聖天六神の何方だったのでしょうか」
「ガブリエルさんとヘラクレスさんも聖天六神でしたね。でしたら彼のことはよくご存じでしょう。私が契約したのは聖天六神序列1位、天星のヒュペリオンです」
水希の発した一言にガブリエルとヘラクレスの表情が一変した。
「ヒュペリオン…まさかあの方が悪魔に負けた…」
「まじかよ、あのヒュペリオンが…信じられねぇ」
その名を聞いたガブリエルとヘラクレスが驚愕している。
確かに聖天六神の中で序列1位の神が悪魔に負けたという事実は同じ聖天六神にとっては衝撃的な事実なのかもしれない。
しかし、ここまで話を聞きながらここで引き下がるわけにはいかないだろう。
話を聞くうちに水希の悲しい表情を目にした途端、俺がヒュペリオンを助け出してやらないといけないという強い衝動に駆られた。
「聖天六神が悪魔に負けたことのショックは大きいかもしれないけどよ、これまで水希が1人で頑張って来たって言うなら今度は俺たちがそれに答えてやらないといけないよな」
「勇飛君…」
まだ目元に涙を浮かべた水希がこちらを見つめながら言う。
こういう状況の女の子の涙に男というのは滅法弱いものだ。
「ありがとう、彼が言った通りかもしれない」
「言った通り?」
「彼が私を逃がす前にこう言ったの。『他の六神と契約した人間の中に複数の六神と契約した人間がいる。彼ならきっと君の助けになる。僕がいなくなっても流華のことはその彼がきっと守ってくれるから。』ってね」
「俺が複数の神と契約したことを知っていた?」
「ヒュペリオンならそれが出来るの。彼は近い未来を見ることが出来るから」
水希曰く、ヒュペリオンは能力によって水希にこれから起こりうることを予知したと言う。
「相変わらず現実離れした能力なことだな。そこまで見透かされたら後にも引けないよな」
何故かヒュペリオンのシナリオ通りに事が進められていそうな気もするが、水希の相方を取り戻すこと、そして今後現れる悪魔使いどもを殲滅することを心に決めることにした。
「ヒュペリオンが悪魔に囚われた件につきましては一度天界に報告しておきます。悪魔側の勢力も私たちが思っていた以上の速さで勢力を拡大しているみたいなので」
「ヒュペリオンが捕まっちまった今、他の六神と契約した神使いとも早く合流する必要がありそうだな。これから悪魔どもと全面戦争が始まるわけだ、勇飛も覚悟決めろよ」
「あぁ、お前に言われなくても分かっているよヘラクレス」
「勇飛君、それにガブリエルさんとヘラクレスさん、ありがとうございます。私も今は神使いとして役に立てないかもしれませんが、出来る限り皆さんに協力します」
こうして水希の過去を知った俺は、神使いとして悪魔を退治する覚悟を決め、ヒュペリオンを助けるためにまずは他に協力の出来る神使いを探すことにした。
勇飛たちの通う精霊学園から東に6㎞ほど離れた場所に今は誰も使っていない閉校となった大学が存在する。
閉校になってから数十年が経過しているその大学は4階建てであり、建物の形は残っているもの建物内部は所々柱が腐敗して倒れていたり、ガラスが割れ外からの風が筒抜けた状態になっている。
夜になるとその風貌からさらに不気味さを増すため、近くに住む人はその気味の悪さに近づこうともしない。
そんな廃墟の大学の4階にある教室の1室。
窓の隙間から月の光が差し込む部屋の中にその男はいた。
使われなくなった机が積み重ねられた上で男は胡坐をかいていた。
その男の後ろには人間と何ら遜色の無い姿をした2体の悪魔がいた。
そしてその男とその悪魔が見る先には十字架を模った廃材に体を縛り付けられ囚われの身となっている男がいた。
「ヒュペリオンよ、お前が逃がした主様は今頃どうなっているだろか」
悪魔使いの男がヒュペリオンを見下しながら問いかける。
「…さぁね、僕にも分からないよ」
男の問いにそれとなく返すヒュペリオン。
「ふん、まぁいいさ。あの女は何れまた現れる。奴を連れてな」
その言葉を聞いたヒュペリオンがかすかに反応する。
「なるほど、君の目的は僕や流華では無く…」
ヒュペリオンが言い続けようとした瞬間、男の右隣にいた悪魔が、持っていた黒い剣でヒュペリオンの左肩を貫いた。
「うぐぁっ…」
「貴様がそれ以上言う必要は無い」
黒い剣を持った悪魔がさらに力を込めて剣を前に突き立てようとする。
「おいおいエレボス、そんな痛めつけてやるなよ。まだこいつを殺すのは早い」
一見穏やかに言っているようにも聞こえたが、その赤く光った目がエレボスを刺し殺すかのように見つめている。
「くっ、申し訳ありません」
エレボスと呼ばれた悪魔は悪魔使いの男から注意を受けるとその黒い剣を引き抜いて鞘に納めた。
悪魔使いの男は立ち上がると窓側に歩き出した。
「さて、愚かな神々を潰す時は近い。絶望と共に全ての神使いを消し去ってくれる」
窓から差し込む月の光を見つめながら、男は不気味な笑みを浮かべた。
本当は3話にまとめて書きたかった内容ですが、文章の長さも考えて分割することにしました。