1-3 悪魔を使う者
5月10日午後17時00分
水希がこの学園に転校してきたこと以外については特に何事もなく変わり映えの無い1日が終わった。
HR終了前…水希が何かを伝えようとしていた気がするが、あれは一体何だったのだろう。
あまり深く詮索したくはなかったが、やはり気になってしまい一日中考えてしまった。
あれこれ考えているうちに放課後を迎え、今は帰路を歩いている。
「何やら考え事をされているようですが、どうかなさいましたか?」
考え事をしている雰囲気が伝わったのか、ガブリエルが問いかけてきた。
「あぁ、ちょっとな…」
「もしかしてあの転校生の女の子ですか?」
「まあな、その通りだ」
「なんだ勇飛、お前まさかあの子に惚れたのか?」
「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、今朝の話の中で突っかかる部分があってな」
「あの子の視線が私たちの方を向いていたことですか?」
「なっ、ガブリエルお前…気づいていたのか?」
「はい、視線は確かにこちらを向いていました。ただ、それが私たちの存在を認識してのことかどうかまでは確信が持てませんが…ヘラクレスはどうでしたか?」
「確かに俺たちの方を見ていたな」
なるほど、この二人も水希の視線を感じていたのは確かだったか。
「ってことは水希も神魔を持っている可能性があるってことか」
「そうですね。私たちの存在を認識していたのであれば少なくとも勇飛様と同等の神魔の力を持っていることでしょう」
「そうか…だったらあいつもお前たちの誰かと契約しているのかな」
「その可能性も無きにしも非ずですが…彼女からはそのような雰囲気は感じられませんでした」
「まぁ、明日にでも直接本人に聞いてみたらいいんじゃねぇか?」
ヘラクレスの言うとおりだ。
考えるくらいなら直接本人に確認した方が早い。
とりあえず明日、学校で話しかけたついでに探りを入れてみるか。
そう思った時だった。
「勇飛様、あれは!」
ガブリエルが前方を指し示す。
その方向に目をやると、水色の髪が特徴こと水希流華の姿が目に入った。
しかし水希はこちらに気づいた様子はなく、何かから逃げるようにして路地裏へと姿を暗ました。
そしてその数秒後、如何にも不審者という感じの男が彼女を追いかけるように路地裏へと入っていった。
その男を目にした途端、何か悍ましい空気がこちら側に漂ってくるのを感じた。
無論、俺より先にその悍ましい空気をガブリエルとヘラクレスは察知していた。
ガブリエルとヘラクレスの表情が強張っていた。
どうやら悪魔と初めて遭遇したみたいだ。
あの男が悪魔に操られた人間なら、水希の身が危ない。
「おい二人とも、水希を追いかけるぞ」
考えるより先に足が前に出ていた。
「遂に奴らの気配を見つけましたね。気を付けてください勇飛様」
「よっしゃ、久しぶりの戦いだ。気を引き締めていけよ勇飛」
ガブリエルとヘラクレスと共に水希の後を追いかける。
水希の後を追いかけ狭い路地を抜けると、人通りの少ない住宅街に出た。
その住宅街の奥にある公園に水希と不審者の男の姿が見えた。
今にも水希に襲い掛かろうとする男まで全力でダッシュし、そのまま勢いを利用して男にドロップキックをお見舞いする。
ドロップキックを諸に受けた男は約5mほど吹き飛んで地面に倒れる。
「ゆ、勇飛君!?」
いきなりの出来事に驚く水希。
「間に合ったか。大丈夫か水希?」
「う、うん。私は大丈夫」
「なら良かった。とりあえず詳しい話は後にして…まずはあの不審者をどうにかしないとな」
地面に倒れていた男が起き上がる。
「テメェ、いきなり現れて何しやがる」
物凄い形相でこちらを睨みつける男。
その瞳は人間とは異なる赤色をしていた。
そしてよく見ると何やら寄生虫のような物体が右手首を覆うように張り付いており、その中心部には紫色の鈍い光を放つ石が埋め込まれていた。
「悪魔に憑りつかれたお前を退治しに来たと言えば伝わるか?」
「なぜそれを…」
驚いた男だったが、俺の右人差し指に付けられた指輪に視線を向ける。
「そうか、お前もそう言う事か。ハハッ!!」
男は不敵な笑みを見せると、寄生虫らしき物体が覆われた右手首を前に突き出した。
「テメェに悪魔使いの力を見せてやるよ。来い、ヨルムンガンド」
紫色の石が発光すると男の前に巨大な蛇が姿を現した。
「これが悪魔の姿か」
初めて目の当たりにする悪魔の存在に唖然とした。
「魔界の毒蛇ヨルムンガンドですね」
契約の魔具が発光し姿を現したガブリエルがヨルムンガンドの姿を見上げながら言う。
「ほぉ、この我を召喚したと思えば目の前にいるのは忌々しい神ではないか」
ヨルムンガンドがガブリエルを見ながらその長い舌をシュルシュルと鳴らす。
「ヨルムンガンド、こいつらも神使いという奴だ。丸飲みにしてやれ」
男がヨルムンガンドに命令する。
「ふん、人間が調子に乗るでない。貴様は所詮我の器に過ぎぬのだ」
しかしヨルムンガンドは男に指示に反抗する。
悪魔が人間と契約する本来の理由は人間が持つ負の感情から生まれる神滅を利用とするためであり、いわば悪魔にとっての人間は人間界で活動するために必要なエネルギーの器に過ぎないのである。
「愚かな人間よ、貴様のその魂、我の糧とさせてもらうぞ」
「蛇の餌になるのはごめんだな、それに俺にはガブリエルだけじゃないぜ」
首に下げていた魔具が赤く発光する。
「おいおい、なんだこのデカブツは?頭の中まで筋肉で詰まってそうだな」
続けて現れたヘラクレスがヨルムンガンドを挑発する。
「黙れ小僧が!!」
挑発を受けたヨルムンガンドが牙を突き立てヘラクレスに襲い掛かる。
「おっと、そんな攻撃じゃ俺には当たらねぇぜ」
ヨルムンガンドの強襲を難なく回避するヘラクレス。
「小賢しい」
攻撃が回避された瞬間、今度はうねらせた尾をヘラクレスに叩きつける。
「ぐおっ!!」
回避した瞬間では対応しきれず、ヨルムンガンドの尾による強烈な一撃がヘラクレスを襲う。
その瞬間、腹部に強烈な痛みを伴った。
「うぐっ、何だ…この痛みは」
いきなりの事で思わずその場に屈みこんでしまった。
「勇飛様」
ガブリエルが慌てて駆け寄って来る。
「ガブリエル…これは一体」
「申し訳ありません。勇飛様の神魔を頂いて活動している私たちがダメージを受けると神魔の副作用によりその受けたダメージが勇飛様にフィードバックしてしまうのです」
つまり神と契約した人間はこの人間界において一心同体であるということだ。
「そ…そういう大事なことは先に行ってほしいな」
「すまねぇ勇飛、俺としたことが油断したぜ」
「ヘラクレス、少しの油断が勇飛様を危険に晒します。気を引き締めなさい」
「あぁ、分かったよガブリエル。低俗悪魔だからって油断ならねぇわけだな」
ヨルムンガンドの一撃を受けたヘラクレスが立ち上がりながら言う。
「ククク、神使いなんて所詮この程度かよ。ヨルムンガンド、毒牙連撃だ」
男の右手首に巻かれた紫色の石がさらに禍々しく発光した。
その光に呼応するようにヨルムンガンドの体から禍々しいオーラが発生すると、ものすごい速さで牙を突き付けた連撃を放って来た。
「これ以上、貴方に勇飛様を傷つけさせはしません」
ヨルムンガンドの前に光の壁が現れる。
「な、なんだこれは」
「守護の盾、これであなたの攻撃は私たち及び勇飛様には届きません」
「こんな盾、すぐに壊してくれるわ」
ヨルムンガンドが力ずくで守護の盾を壊そうとする。
「残念ですが、貴方はここで終わりです」
そういうとガブリエルはヨルムンガンドの周りに光の剣を展開した。
「守護の剣、この剣は貴方の動きを封じる」
光の剣がヨルムンガンドに突き刺さり、その動きを止めた。
「グオオ、小癪な」
「今です、ヘラクレス」
「あぁ、さっきの倍返しだ」
ヘラクレスは自分の背丈と同様の長さを誇る大剣を構える。
「いくぜ、闘神の剣!!」
動きを封じられたヨルムンガンドの頭に向け、その大剣を振り下ろした。
「ぐあぁぁぁぁぁ」
首を切り落とされたと同時にヨルムンガンドは断末魔を上げながら消滅した。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ヨルムンガンドが消滅した瞬間、ヨルムンガンドと契約していた男も断末魔を上げる。
そして男の右手に巻かれた寄生虫のような物体も消滅する。
悪魔の支配から解放された男はその場に倒れ込み意識を失った。
「やったのか?」
「はい、あの男を支配していた悪魔は消滅しました。時期に正気を取り戻すでしょう」
倒れた男をそのままにしておくのは気が引けたため、とりあえず傍にあったベンチに運ぶことにした。
男との戦闘を終え、離れて見守っていた水希の下へと歩み寄る。
「勇飛君…」
「奴は倒したよ。無事で何よりだ」
「うん、助けてくれてありがとう」
お礼を言う水希だが、その視線は相変わらず俺とその後ろにいるガブリエルとヘラクレスに向けられているようだった。
この際だから今朝の件について聞いてみることにした。
「こんな状況に巻き込まれたんだ。今朝の事も含め、色々聞きたいことがあるんだが」
水希も俺が言わんとすることを悟ったのか、少し間を置いてから口を開いた。
「そうですね。勇飛君が思っていることについてお答えします。勇飛君、私にも神様が見えています」
ようやく悪魔使いとの戦いを描くことが出来ました。
とりあえず、今回はモブキャラですが今後はメインを張るキャラが登場するかもです。