1-16 開幕、生徒会総選挙
勇勢との戦いから一夜明け、まだ癒えない身体の傷を抱えながら、普段通り学園へと登校する。
身体のあちこちに包帯を巻いた姿を見る他の学園の生徒の視線を痛いほど感じる。
特に鉄也には何か不祥事を起こしたのではないかと疑いの目を持たれたが、マンションの階段を踏み外してそのまま盛大に転んだという古典的な嘘で何とか誤魔化した。
昨夜の帰り道で事の全てを龍夜とヘパイストスに説明し、龍夜も俺に兄がいたことには驚いていたが、それ以上に悪魔使いに対する闘争心を更に燃やしていた。
まぁ、あれだけボコボコにされて煽られた挙句に何もできなかった以上、龍夜もやり返さなければ気が済まない性分なのだろう。
教室に入ると普段と変わらない様子で女子友達と会話をする水希の姿が見えた。
昨夜の様子とは打って変わって普段通りクラスメイトと接しているが、その内心はヒュペリオンのことが心配で気も休まらないことだろう。
当のヒュペリオンはというと、何とか救出は出来たものの、神魔欠乏症により危篤状態であることには変わらなかった。
一刻も早く天界で治療を行うため、今はガブリエルとヘラクレスと共に天界へ戻っているところだ。
ガブリエルとヘラクレスも昨夜の連戦による神魔の消耗を回復させるため、一旦天界へと帰天している。
いま悪魔使いの襲撃を受けようものなら、弱った雛を狩るかの如くお手上げ状態だ。
龍夜とヘパイストスに何とかしてもらうしかない状態ってわけだ。
その辺に現れる悪魔程度なら龍夜1人でも大したことは無いと思うが、問題は勇勢が率いる天魔と呼ばれる悪魔使いたちだ。
まだ見ぬ得体のしれない存在であり、何時何処から攻めてくるか分からない以上、こちらも早く回復して体制を整える必要がある。
それに俺の存在自体が、勇勢が悪魔を従えて行動する何かしらの目的に繋がっていることも何となくだが感じている。
奴の目的が本当に俺だとしたら、俺自身が悪魔使いという存在と何かしら関係してくることになるのだろうか。。。
どちらにせよ今は敵が本格的に動き出す前に、こちらも残りの聖天六神と契約した神使いと合流して結託する必要がありそうだ。
昨夜の出来事から色々と考えているうちに午前中の授業が終わった。
携帯を手に取ると龍夜から1通のメールが入っていた。
『話があるから昼休み屋上に集合!あ、流華ちゃんも連れてくるように』
何やら龍夜から招集がかかっている様なので、とりあえず水希にも声を掛けてみることにする。
「水希、今からちょっといいか?」
水希の席に近づき声を掛ける。
「はい、大丈夫ですが…どうかしたんですか?」
「龍夜から何か話があるみたいなんだが水希も連れて来いって。まったく今度は何を企んでいることやら…」
「分かりました。私は大丈夫ですよ。あ、勇飛君その…」
「ん、どうした?」
「私のせいで勇飛君や龍夜君に大怪我を負わせてしまって本当にごめんなさい…二人のおかげでヒュペリオンを助けることは出来ましたが、結局私は何もできなくて…」
水希も昨夜のことをかなり気にしているのだろう。
シャツの隙間から見える包帯を見て申し訳なさそうに俯いている。
「水希は何も悪くないさ。俺達が勝手にやったことなんだからさ。それに目的だったヒュペリオンを助け出すことが出来ただけでも良かったじゃないか」
俯く水希の肩をポンと軽く叩きながらこれ以上気にさせないようにと慰める。
「それより龍夜を待たせてるし、そろそろ行こう」
何を企んでいるかは知らないが言われた通り水希と共に龍夜が待っているいつもの場所へと向かった。
水希と二人で屋上に着くと、ヘパイストスと談笑している龍夜の姿が見えた。
「おーい龍夜、呼ばれたから来てやったぞ」
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
「いや、それにしてはヘパイストスと楽しそうに話してたじゃん。あ、そう言えばヘパイストス、ガブリエルから何か聞いてるか?」
「む?どういうことだ?」
「いや、あとでそっちの様子はどうなっているか聞こうと思ってたんだけど、魔具を使って呼び出すのも悪いと思ってさ…彼氏なんだし何か連絡でも来てるかな思って」
「そう言う事か、それなら心配には及ばん。先ほど連絡があったがマイハニーとヘラクレスは昨晩受けた傷の治療は終わったようだ。明日には人間界に戻ってこれるらしいぞ」
「そうか、それは良かった。それとヒュペリオンについては何か言っていなかったか?」
「あぁ、ヒュペリオンもかなり危ない状態だったらしいが、ミカエル様の治癒魔法のおかげで何とか最悪の事態は回避したみたいだ。まだ目は覚めないみたいだが事なきを得たって感じだ」
「そっか、それなら一先ず安心して良さそうだな。良かったな水希」
「はい、彼が無事という報告が聞けて良かったです」
ヘパイストスの言葉を聞いた水希もほっと安堵のため息をついた。
「ところで本題に戻るが、俺たちを呼んだ目的は何だ龍夜?」
心配の種が多少緩和されたところで、俺達を呼び出した目的を龍夜に問いかける。
「よくぞ聞いてくれた我が友よ」
謎に高いテンションで答えた龍夜が1枚の紙を手渡してきた。
そこに書かれていた内容は俺も一度は目にしたことがあった。
「これは生徒会選挙の案内ですね。確か今週は次の生徒会選挙が始まるって今朝のHRでも先生から話がありましたね」
横で見ていた流華が今朝のHRのことを思い出しながら言う。
「勇飛、流華ちゃん。お前たちはこの学園生活に満足しているか?」
急にらしくない事を問いかけてきた龍夜。
「急にどうした?お前らしくもない」
とりあえず適当に返すと、龍夜は右手に持つ缶コーヒーを一口飲み、一息ついた後で空を見上げた。
「俺はな勇飛、この学園のために1年間厚生委員としてそれなりの結果や知名度を上げてきたと思っている。だからそろそろ厚生委員から足を洗っても良いのではないかと思っているんだ」
「厚生委員が足を洗うって、何か悪いことした言い回しだから使い方間違っているけどな」
「龍夜君どうしたんでしょうか…ちょっと怖いです」
龍夜の誤りを指摘すると同時に若干引き気味の水希の姿が目に入るも、自分の世界に泥酔している龍夜の耳には届いていないようで一人語りを続ける。
「しかしな、お前たちだけでなくこの学園の皆がこの俺をまだ必要としていると…俺の心がそう語りかけているんだ」
「確かにお前は俺と違ってそれなりに学内の人気も高いからな。俺たちはともかく、少なからずお前のことを信頼している学園のやつもいるのかもな」
「私も龍夜君のことは学園でも信頼していますよ」
この言葉を待っていたと言わんばかりに龍夜が目を輝かせながらこちらを見る。
「二人ならそう言ってくれると信じてたぜ。というわけで、この俺、火炉瀬龍夜が次期生徒会長の座に立候補しようと思う」
人差し指を空に突き上げ、高らかに宣言する龍夜。
「お~それはまた一大決心なことで。まぁがんばれ~」
「私は賛成です。頑張ってください!」
「流華ちゃんの応援はありがたく貰うとして…何か勇飛は冷めきってんな」
「だってお前が生徒会長に立候補するのもお前の自由だし、俺には関係ないだろ」
「何言ってんだ?お前たちにも当然協力してもらうし、俺が生徒会長になったら勇飛は副会長になるんだぞ」
「…は?どういうことだよそれ?」
「さっき渡した紙の裏面をよく見ろよ」
龍夜に言われ持っていた紙の裏面を確認する。
なんと裏面は生徒会選挙の応募用紙となっていた。
「あ、勇飛君ここを見てください。立候補者の記載の下に推薦人ってところがあります」
水希に言われたところに目をやると、生徒会長立候補者の記載には当然の如く龍夜の氏名が書かれていたが、その下の推薦人の記載にあろうことか俺と水希の名前が記載されていた。
「おい、龍夜お前…何勝手に俺と水希を推薦人のところに入れてんだよ!」
「いや~やっぱり持つべきものは親友だよな」
さらっと都合の良いように嘲笑う龍夜。
更に龍夜が仕掛けた罠はこれだけでは無かった。
「勇飛君、この部分も見てください」
手元の用紙の中で水希が指す部分を読む。
「なお、立候補者が生徒会長に当選した場合、推薦人も生徒会に所属すること。次期生徒会の役職については新生徒会長に権限を委ねるものとする…ってまじかよこれ」
「つまり龍夜君が生徒会長になった暁には、私たちも強制的に生徒会の一員になるってことですね」
「そういうこと!その場合、勇飛が副会長で流華ちゃんには書記をお願いしようと思ってる」
「いや、俺はまだ賛成したわけじゃないし、この提出用紙さえ出さなければ無効だろ」
これ以上、龍夜の勝手にはさせるものかと手元の用紙を破ろうとする。
「残念だが勇飛、その用紙はコピーだ。原本は既に鉄也に提出済みだ」
なんということだ…龍夜如きに先手を打たれているとは…
「ちっ、龍夜の分際でここまで対策しているとは…てか水希にも許可もらってないだろ?」
「あ、私は別に構いませんよ。それに皆で生徒会って楽しそうじゃないですか」
「お、流石は流華ちゃん。頑固な勇飛とは違って話が早くて助かる!」
まさかの水希も龍夜に賛成派だったとは…
今回ばかりは龍夜の策略にまんまと嵌められたってことか。
「あぁ~もう仕方ねぇな。今回ばかりはお前の策にやられたってことにしてやる」
諦めたように頭を掻きながら龍夜に言い放つ。
「おい、さっきからセイトカイ?とかの話で盛り上がっているようだが、龍夜よ、セイトカイやセイトカイチョウとは一体何なのだ?」
さっきから自分一人置いてけぼりを食らっていたヘパイストスが不服そうに問いかけてきた。
「あぁ、確かに神様の世界じゃ聞かない言葉だよなぁ。生徒会っていうのは何て説明したらいいかな…そう、ヘパイストスたちの世界でもゼウス様が一番偉いだろ?それと同じでこの学園の中から一番偉い生徒を決めて、その中で選ばれた一番が生徒会長になれるんだ。そしてその生徒会長を補佐する役割が生徒会って組織のことを言うんだ」
龍夜にしては珍しく分かりやすい表現でヘパイストスに説明をしている。
何故だろう、普段の遡行からは絶対に生徒会長の器じゃないのに今日の龍夜はそれっぽく見えてしまうのがもどかしい。
「なるほど、つまり俺たちの天界で言うところのゼウス様と四熾天のような存在か。それはすごいことじゃないか龍夜よ」
「まだ決まったわけじゃないけどな。でもこの俺がこの学園の頂点に立つことは、いまお前たちの前で約束する」
「龍夜君なら絶対になれますね。応援しています」
調子づく龍夜を水希が更に持ち上げようとする。
「相変わらず調子のいいように…ところで他の候補者に対して勝算はあるのか?」
生徒会に参加する以上、他の候補者との票の争いになることは当然だろう。
他のライバルと差別化できる戦略が必要になるのは間違いないということで、龍夜に策を問いかける。
「ん~どうしよっかね。何も考えてないわ」
知ってはいたが案の定、戦略のせの字も考えていないみたいだ。
「生徒会の選挙期間は今日を含めて1週間ありますから、まずはクラスの皆にも協力を仰ぐのはどうでしょうか」
何も考えていない龍夜に対して水希が助け舟を出す。
常套手段ではあるが、水希の案がとりあえずは吉といったところだろう。
「水希の言う通りだな。とりあえず俺たちはAクラスの皆に協力を頼んでみるから、お前は自分のクラスを何とかしろよな。あとお前の推薦演説用の原稿も考える必要があるのか…ったくやることが多そうで気が滅入りそうだな」
「私も原稿一緒に考えますから、頑張りましょう勇飛君」
「あぁ、そいつは助かる。俺だけじゃこいつの悪い部分しか原稿に引き出せない気がしてならないからな」
「それはそれでありのままの俺ってことで良いんじゃね?」
「いや、神聖な生徒会選挙の場でふざけるなと後から鉄也の鉄拳制裁を受ける未来しか見えねぇから真面目にやるさ」
「あぁ~それは勘弁してほしいな。鉄也の鉄拳で俺の顔が傷ついたら選挙に影響しそうだもんな」
「ふふっ、二人とも真面目に考えましょうね」
こうして俺たちは龍夜の思惑により生徒会選挙に参加をすることになった。
この生徒会選挙が一体どのような結末を迎えるのか…少し荒れそうな展開がしてならなかった。
もはや不定期更新で申し訳ありません。。。