1-14 数字を刻む者
「終わりましたね」
ヘラクレスの一撃を受けたケルベロスを見たガブリエルは、守護の光鎖による束縛からケルベロスを解放する。
「グハッ!!…お、おのれぇぇぇ」
紫色の血を吐血しながら力尽き地面に倒れたケルベロスが元の魔犬の姿へと戻る。
「俺たちの勝ちだ荒北。もう終わりにしよう」
俺は元の姿に戻るケルベロスの姿を見ながら荒北に声を掛ける。
「…ま、まだだ!まだ終わりじゃねぇ!!」
しかし荒北は、まだ諦めまいと声を荒げる。
声を荒げる荒北に呼応するように右腕の契約の印から禍々しい瘴気が溢れ出てくる。
「よせ荒北、そんな体でまだ戦おうってのか?」
「ハハッ、俺の神滅を全て喰らわせても構わねぇ…お前たちはこの場で皆殺しにしてやるよ」
「そこまでして…お前自身どうなっちまっても良いのかよ!?待っている奴がいるんじゃねぇのか?」
咄嗟に先程頭に過った光景を思い出し、荒北に向かって叫ぶ。
「なっ、何故お前がそれを…」
荒北に一瞬の動揺が見えたが、その動揺を掻き消すように鋭い視線で睨みつけてきた。
「だが、テメェに指図される筋合いはねぇ。俺は俺のやり方であいつを助けられたらそれでいいんだよ!!」
荒北からあふれる禍々しい瘴気がケルベロスに力を与えようとした時だった。
「ガハッ!!」
突如荒北が口から吐血し、前方に倒れかける。
一瞬のことで何が起きたか理解が追い付かなかったが、よく見ると荒北の背後に1人の人影が立っているのが見えた。
「全く素晴らしい兄妹愛やなぁ。感動もんやわぁ。でも、みっともない真似は程々にしとき。自分の出番はこれで終いや」
突然現れた男が、寝首をかくように背後から荒北の背中をナイフのような小型の刃物で突き刺していた。
「ジ、ジンガさん?な、なんで…」
振り向き様に男の名前を言いながら地面に倒れ込む荒北。
「安心せぇ、急所は外しとるから」
まるで荒北を見限るようにジンガと呼ばれる男が応える。
「お、お前…仲間を刺したのか?」
突然現れた男の行動に衝撃を受けながら男に問いかける。
「仲間って言いますか…同じ悪魔使いとしてある方に仕える同志ちゅう関係やな。仲間なんて…そんな友情ごっこみたいな綺麗ごとなわけありまへんよ」
男は嘲笑いながら俺の問いかけに応えると
「あ、自己紹介がまだやったな。自分、真月神牙っていいます。よろしゅう」
言い忘れていたかのように自身の名前を名乗り一礼する。
一礼から顔を挙げた神牙と目が合うとこちらに向かって笑みを浮かべているが、その表情の裏には何か不気味さを感じるものがあった。
それもそのはずであり、神牙の背後から荒北からは感じられなかった、より強力な瘴気を感じているからだ。
また、神牙自身も背後に感じる強力な瘴気に相応しい神滅を持つ悪魔使いなのだろう。
突然現れた神牙と名乗る男を前にガブリエルとヘラクレスも身構えているのが分かる。
「それよりも無様やな自分、それでもあの方に仕える悪魔使いかいな」
地面に倒れる荒北に見下した表情で神牙が問いかける。
「ま、まだ俺はやれる…天魔の名に懸けてこんな所で負けるわけには…」
荒北は地面に手を付き、何とか立ち上がろうとしながら答える。
「何勘違いしとるん自分?」
「…なっ?」
神牙が立ち上がろうとする荒北の頭を掴むと視線を合わせるように荒北を睨みつける。
「紋章を刻まん奴が天魔を名乗れるわけ無いやろ。その程度の実力で思い上がるのも大概にしときや」
そう言うと神牙は、着ている黒シャツの第1ボタンを外すと左胸に刻まれた悪魔の羽をモチーフにしたような紋章を荒北に見せつける。
さらに紋章の隣にはローマ数字でⅡという数字が合わせて刻まれていた。
「そ…そんな。俺たちは最初からあんた達に利用されてただけだったのかよ…」
その紋章を目にした荒北は、自身が天魔という肩書に踊らされていただけの存在である事実を知り、目に涙を浮かべながら力なく崩れ落ちる。
「そういう訳やからお勤めご苦労さん。あ、ついでにそこで倒れている悪魔もお役御免やな。ほな、おやすみ」
倒れるケルベロスに対して馬鹿にするような視線を向けながら、神牙が荒北の契約の印を掴む。
神牙が契約の印に触れた途端、荒北の腕に巻かれていた契約の印が音もなく崩れ去り消滅する。
「ち、ちくしょう…すまねぇ真雪」
「ぐっ、人間の分際で…このペテンがぁ…」
契約の印が消滅したと同時にケルベロスの姿も消滅し、荒北もその場で気を失い気絶した。
「あんた、いきなり現れて何者だ一体…」
「自分らを出迎えに来ただけやで。だからそんな身構えんでほしいわ」
警戒する俺たちに向かって神牙は笑いながら答える。
「そんな見るからに悪魔の気配を漂わせているあなたに油断する程、私たちは甘くありませんよ」
「おぉ、えらい美人な神様やなぁ。これから自分と一杯お茶でもどうですか?」
「あなたのような軽率な人はタイプではありませんが…」
「はは、フラれてもうたかぁ、ざ~んねん」
ガブリエルに対しても神牙はふざけた様子を見せている。
こいつの目的は一体何なのだろうか。
「まぁ立ち話もあれやからな。自分らに会わせたい人がおるんや。ついて来てくれるか?」
「俺たちに会わせたい奴だと?」
「せや、自分らと…特にその奥に隠れてた水色の髪の嬢ちゃんが探してる人って言ったら話は早いやろ?」
神牙の言葉に反応した水希が、隠れていた身を露にして神牙に問いかける。
「まさか…私とヒュペリオンを襲った男がここにいるのですか?」
「それは会ってからのお楽しみっちゅうことで。ほな、俺の後について来てや」
そう言うと神牙は俺達を先導するように建物の奥へと歩み始めた。
「勇飛様、あの方の言うことを信じて宜しいのでしょうか」
「分からない。でもあいつは水希を襲った男を知っている。そいつに会えるってことはヒュペリオンもそこにいるはずだ。水希もそう思ってんだろ?」
「私も全部は信じ切れませんが、あの男も私の事を知っているような口ぶりでしたし、恐らくこの先に私を襲った男がいるのだと思います」
「ってことで今は奴の誘いに乗るしかないな」
「分かりました。勇飛様と水希様の意志を尊重します。ですが、常に気は抜かないよう細心の注意を心がけてください」
「あぁ分かってるよ。水希も俺たちの傍から離れんなよ」
「はい、ありがとうございます。あの男に会ったら私は…いえ、何でもありません」
何かを言いかけようとした水希だが、寸前のところで言葉を飲み込む。
自分の身代わりとなって囚われた相棒とようやく会える気持ちとその相棒を囚えた男への怒りの気持ちと、水希にも思うことが多々あるのだろう。
だが、その男を倒せば水希の相棒であるヒュペリオンを取り戻すことが出来る。
これで俺達の目的も達成出来ると俺は思っていた…俺たちを待ち受ける男に出会うまでは。
神牙に誘導され建物の奥へと進んでいく。
「さぁ、着いたで。この奥や」
神牙が歩みを止めると、そこは礼拝等が行われるチャペル(礼拝堂)のような場所だった。
ここでは廃校になる前に授業の一環でチャペルが行われていたのだろうか。
と言うよりも悪魔使いが礼拝堂にいるって違和感しかないだろうと思ったのは俺だけだろうか…
「悪魔使いの癖して似合わない所で待ってんだな」
「こういう場所の方がラスボスって雰囲気が出ますやろ。って王道RPGちゃうわ」
勝手に一人でノリツッコミを入れる神牙。
「今はノリツッコミしとる場合ちゃうわ。ほな、中へ入るで」
神牙が扉に手をかざすと、俺たちを招き入れるように扉が勝手に開かれた。
礼拝堂の中には使われなくなった木製の座席が無造作に並んでおり、中の明かりは壁に掛けてある燭台の蝋燭により微かに灯されていた。
その奥、礼拝堂の中心にある祭壇の前にその男は居座っていた。
「お~い、連れてきましたで。まったく人使いが荒いで」
祭壇に居座る男に手を振りながら声を掛ける神牙。
「こういう雰囲気にお前の性格は合わないな」
まるで緊張感の欠片もない神牙の素振りを見て、男は鼻で笑いながら答える。
「え、まさかのダメだし?傷つくわぁ」
「いや、よくやってくれたよ。感謝はしている」
「感謝は…ね。まぁ気持ちだけ受け取っておきますわ。そんじゃ自分の役目はこれで終わりってことで、後は皆さんで再会を楽しんでくださいな」
そう言うと神牙は、男のいる祭壇よりも奥へと歩き、横に転がる椅子を立てかけて腰を下ろしつつ一息つきはじめた。
「さて、久しぶりだな水希流華。1月ぶりといったところかな」
男は立ち上がりながら水希に話しかける。事前に聞いていた情報の通り、顔は相変わらずフードを被っているため分からない。
「私は貴方との再会を喜びに来たわけじゃないわ。ヒュペリオンは?彼は一体どこにいるの」
水希にしては珍しく強気な口調で男に問いかけている。
「まぁそうかっかするな。ほら」
男が指を鳴らすと、男の背後の空間が歪み、その黒く渦巻く空間の中から傷だらけの姿をしたヒュペリオンが姿を現した。
姿を現したヒュペリオンは意識を失っており、その場に倒れ込む。
「そ、そんな…ヒュペリオン!!」
倒れるヒュペリオンの下に水希が駆け寄る。
「お前とこいつの役目は終わっている。こいつはお前に返すとしよう」
そう言うと男は、水希から奪っていた契約の魔具を水希の目の前に投げ捨てるように放り投げた。
水希は投げ捨てられた契約の魔具を拾うと、傷だらけのヒュペリオンを抱きしめながらその場で涙を流した。
「お前…なんてことをしやがる」
俺は男の言動に憤りを感じて今にも殴り掛りそうになったが、その衝動を抑え、それよりも水希の下へ駆け寄りヒュペリオンの様子を確認する。
「…ガブリエル、ヒュペリオンの状態は?」
「彼の体内にある神魔がかなり欠乏しています。このままではかなり危ない状態かもしれません」
水希から離れた後、悪魔からの拷問を受け続けたヒュペリオンの体はすでにボロボロの状態だという。
「とりあえず、急いで水希様に戻ったその魔具を身に着けてください。水希様の神魔を彼に供給できれば、一時的な応急処置にはなるかと」
ガブリエルに言われた水希が、急いでサファイア色の宝石が埋め込まれたリング状の魔具を指に着ける。
これで一時的ではあるが、神魔の欠乏から一命を取り留めることができるらしい。
「俺の契約する悪魔の手癖が悪くて申し訳ない。まぁ、大事に至らなくて何よりだったな」
「お前…ぜってぇ許さねぇ。ヘラクレス!!」
「あぁ、俺もお前と同じ気持ちだ勇飛!!」
俺の呼びかけに呼応したヘラクレスが、男に向かって大剣を振るう。
「ふっ、いきなりのご挨拶だな」
ヘラクレスの大剣が男に届く寸前で防がれる。
ヘラクレスの前に現れたのは黒い紳士のような姿に黒い羽根を生やした悪魔エレボスだった。
エレボスはヘラクレスの持つ大剣よりも細いその黒き剣でヘラクレスの一撃を容易に受け止めていた。
「主の敵は我が敵、この場で排除する」
「そんな飄々とした剣で俺の一撃を受け止めるとは、お前なかなかやるな」
「我を甘く見る出ないぞ神々風情が」
エレボスは鍔迫り合いの状況からヘラクレスの大剣を弾き返す。
お互いに間合いを取り、敵との目を合わせつつ体制を立て直す。
「呼んでもないのに出てくるなよエレボス。お前はいつも心配性だな」
「申し訳ありません、主の身に危険が迫ったのでつい」
男の意志に背き勝手な行動をしたエレボスが男に頭を下げる。
これ程までに主従関係が成立している悪魔使いも珍しいものだと思ってしまった。
「まぁいいさ、それよりも勇飛、俺はお前が来るのを待ちわびていたんだ」
男が急に俺の名前を呼んだ。
「お前…なんで俺の名を知っている?」
「知っているも何も俺はお前のことをよく知っている。それに俺の声まで忘れちまったのか?悲しいな」
声?確かにこの声…どこかで聞いた記憶が。
「昔どっかで会った事でもあるのか?」
「…本当に何も覚えてないのか。まぁ仕方ない、本当の記憶じゃないんだからな」
男はため息をつくと被っているフードを脱ぎ、その素顔を露にする。
その素顔を見た瞬間、俺は驚愕した。
聞いたことのある声の記憶、それを結び付けるその素顔。
「まさか…あんただったのかよ。勇勢…」
「あぁ、久しぶりだな勇飛、俺の弟よ」
桐城勇勢、俺の兄貴であり、悪魔使いとなった男が俺の目の前に現れたのだった。
投稿頻度が月1になっている。。。
久々にヒロインの会話、そして黒幕の正体、等々色々と展開が動き始めたってところです。