9 最終決戦!魔法乙男VS夢魔の王
何処を、どう、走ったのかも、わからない。
気がつくと俺とリリアンは、旧校舎にある魔法少女同好会の部室へとたどり着いた。
礼二郎は、ぼろぼろになった俺を見るなり、怖い顔をして、言った。
「誰に、やられた?」
俺は、何も言わずに礼二郎の腕の中に倒れこんだ。
「諭吉!」
礼二郎は、俺を抱き上げて、部室内へ運び込んだ。
奴は、俺を離さなかった。
礼二郎は、俺を抱いて、部室の隅に座り込んだ。
「伊崎君」
見上と岡部が、離れたところから俺たちを心配そうに、見守っていた。
武木田が、リリアンにきいた。
「何があったんだ?」
「それが」
リリアンが、おぅおぅ、泣き出した。
「だめ。あたしの口からは、とてもじゃないけど、言えないわ」
「マジで?」
山田が気まずそうに言った。
みんな、まるで、誰かが死んだかのように静まりかえっていた。
「誰か、すぐに」
リリアンが泣きながら叫んだ。
「ボラ○ノールを!持ってきてちょうだい!」
「ボ、ボ○ギノール?」
武木田が、きいた。
「どうするんだよ、そんなもん」
「決まってるでしょ」
リリアンが言った。
「諭吉の肛門にぬ」
「お前はぁ」
俺は、リリアンをわしづかみにして、睨み付けた。
「キャーっ!誰か、助けてぇ!」
「冥王星まで、行ってこい!」
俺は、リリアンを窓の外へ、思い切りぶん投げた。
リリアンは、星に、なった。
俺は、ふぅっ、と、溜め息をついた。
あの時。
親父に犯されると思った時。
俺は、確かに、奇妙な胸の高鳴りを感じていた。
それは。
何だかよくわからない感情だった。
とにかく、俺は、親父の体が俺の体の上に重なってきた時に、その感情の高まりのあまりに、うち震えた。
恐怖?
いや、違う。
悲しみ?
絶望?
そのどれでもない、初めての感情だった。
子供の頃から、遠くて近い存在だった。
それを。
やっと手に入れられるという思い。
ああ。
俺は、あの時、やっと、自分の慾望が何なのか知ったんだ。
俺は。
親父に愛されたかったんだ。
父親としてではなく。
こうして。
ケダモノの様に交わりたかった。
だけど。
俺の願いは、叶わなかった。
親父は、すぐに、俺から体を離して言った。
「私には、できない」
親父は、言った。
「お前を抱くなど」
何故?
俺は、何より、そのことに深く絶望した。
お袋のことは。
娘は、抱けたのに、何故、俺のことは、抱くことができないんだ?
親父は、言った。
「今なら、逃げられる」
西園寺も、リリアンも、時が止まっているかのように、動きを止めていた。
「早く、その戦闘妖精を連れて、ここから、去れ」
遠ざかっていく親父の背中に向かって、俺は、叫んだ。
「何故?」
俺の頬を涙が流れ落ちた。
「俺を」
俺を抱かないなら。
何故、俺が、産まれた時に、殺さなかった?
「早く、行け」
親父は、言った。
「そして、次に会うときは、私を殺せ」
親父は、俺を抱きもせずに、こう、言った。
「そうすれば、お前は、己の運命から逃れられる」
俺は。
この運命から、逃れたいと思ったことなんて、ないのに。
「私を殺せ」
そう、親父は、言った。
「お前が、真の夢魔の王となるのだ」
俺は、部室の椅子に腰かけて、溜め息をついた。
俺は、これから、どうするべきなのか。
俺は、己の持つ慾望を知った。
だが。
それは、叶わぬ願いだった。
ならば。
俺に残された道は、ただ一つだった。
「倒そう」
「えっ?」
見上がきいた。
「伊崎君、どうしたの?」
「夢魔の王を殺す」
「ええっ?」
いつの間にか、復活したリリアンが叫んだ。
「夢魔の王って、あんた」
「そうだ」
俺は、みんなを見て、言った。
「俺は、自分の親父をこの手で殺すんだ」
「本当に、いいのか?伊崎」
武木田が、きいた。
俺は、頷いた。
「男に二言はねぇ!」
その夜、俺たちは、俺の家の前に立っていた。
長い間、暮らしてきた我が家が、今では、まるで、魔王の城の様に思えた。
「諭吉、無理は、しないで」
アニータが言う。
「何か、他の道を探すことも、できる筈よ」
「いいんだ」
俺は、言った。
「この戦いを終らせる」
俺は、指輪をかざした。
「エンゲージ!」
みんながそれぞれの指輪をかざして、叫んだ。
「エターナル スウィーティー チェンジアップ!」
俺も。
叫ぶ。
「エターナル キューティー チェンジアップ!」
夜の住宅街に、光が溢れた。
俺たちは、それぞれ変身し、キュートなポージングを決めて立っていた。
「愛と癒しの戦士!キューティー ソルジャー!」と、見上。
「ロマンスの戦士!キューティー カヴァリエーレ!」
岡部も叫ぶ。
山田が言う。
「知と真実の戦士!キューティー イェーガー!」
最後に、武木田が、叫んだ。
「情熱の炎!キューティー クリーガー!」
四人の真ん中に、チヤイナドレス姿のキューティー ファイターがすっくと立った。
「あふれでるラブパワー!ときめく心は、無限大!キューティー ファイター!」
俺は、バラの花弁の吹雪の中で、祈るように両手を組んだ。
「あふれでる乙女心は、無限大!プリンセス キューティー ウォリアー!」
「俺たち!」
俺は、言った。
「愛と勇気の魔法乙男!」
俺たちは、全員で叫んだ。
「キューティー バスター!」
「何かと思ったら」
家の中から、西園寺と親父が現れた。
「全員お揃いで、夜這い、か?」
「ふざけてろよ!西園寺」
俺は、叫んだ。
「今日が、お前たちの最後の夜だ!」
「なるほど」
親父が溜め息をついて、片手を高くかざした。
「世界よ!闇に染まれ!」
瞬く間に、世界が光も差さない闇の中へと包み込まれた。
「来るがいい、キューティー バスターよ!」
巨大な黒い獣たちが俺たちを取り囲んで雄叫びを上げた。
俺たちは、獣へと飛びかかった。
しかし。
敵は、影から生まれでる獣たちだ。
倒しても、倒しても。
きりがなかった。
「みんな、輪になって!」
アニータが、叫ぶ。
俺たちは、手をつないで輪になって叫んだ。
「スウィート プリンセス ライジング スター!」
七色の流れ星が闇をはらう。
まばゆい光が消えた後には、西園寺と親父と俺たち、キューティー バスターだけが残った。
「貴様ら」
西園寺が俺たちを睨み付けた。
「必ず殺す!」
「それは、こっちのセリフだ!」
キューティー ファイターとキューティー クリーガーが手を組んで叫ぶ。
「プリティー ラブリー ケルベロス ファング!」
巨大なオオカミの牙が、西園寺を切り裂いた。
「く、くそぅ、こんな、ガキどもに」
西園寺の体が、消滅する。
「しびしび!」
「親父」
俺は、言った。
「約束通りに、殺しにきた」
「ああ」
親父は、言った。
「さあ、来るがいい」
「ラブリー プリンセス テンペスト!」
バラの花弁の嵐が、親父の体を包み込んだ。
親父。
俺の頬を涙が流れる。
「さらばだ、プリンセス キューティー ウォリアーよ!」
親父の体が消滅していく。
サヨナラ。
親父。
「しびしび!」
夜の闇に、親父の断末魔が響き渡った。