最終章 新たな時代のアダムとイヴ
夢魔との戦いが終わって10年の時が過ぎた。
あれから、いろいろあった。
リリアンは、妖精界を追われた。
理由は、察して余りある。
そんなわけで、俺たちは、いまだに、腐れ縁を続けている。
実は、三児の母であったアニータは、今や、妖精界の重鎮だという。
岡部は、詩人になった。
今は、世界中を旅しているらしい。
山田は、雑誌の編集者をしている。
政治家秘書の武木田とは、同性でありながら結婚していた。
二人は、真実の愛を貫いているのだ。
クリスとレオンもまた、愛を貫いていた。
二人は、街の片隅で喫茶店を営んでいる。
店の名は、『アカシア』
「バラじゃないんだ」
リリアンが言うと、二人は、言った。
「一瞬で燃え尽きるバラの愛でなく、ゆっくりでも燃え続ける愛を選ぶ」
と、二人は、言った。
そういうもんなのか?
まあ、いい。
実は、大会社の御曹司だった礼二郎は、結婚して後を継いだ。
「お前でなければ、他の誰でも同じだ」
そう、奴は、言った。
俺も同感だ。
俺と見上は、あの後、神学校に入り、神父になった。
今、俺たちは、街から離れた場所にある、小さな教会で暮らしている。
日々、祈りの中に生きる俺の元を、ある日、礼二郎が訪れた。
なんと。
子供を連れていた。
奴によく似た、三白眼の少年だ。
俺たちは、ひとしきり、昔話をした。
「あの頃、馬鹿馬鹿しいくらい、幸せだった」
そう、奴は、言った。
「いつも、俺の側には、お前がいた」
「そうだな」
俺は、懐かしく思い出して目を細めた。
あれから、俺は、変わった。
学校を卒業するまでに、30センチ、身長が伸び、リリアンが嘆いていた。
「すっかりかわいくなくなっちゃって」
しかし、どことなく、親父に似てきたことを、俺は、嬉しく思っている。
「もう、俺の愛した諭吉は、いなくなってしまったんだな」
寂しそうに言って、礼二郎は、帰っていった。
去っていく奴を見送っていた俺に、リリアンが声をかけた。
「諭吉」
リリアンが言う。
「お仕事の時間よ」
「ああ」
俺は、教会の方へと振り向き、言った。
「わかっている」
俺は、教会の扉を開け、中へと入った。
祭壇に、全裸で膝間付き俺を待つ楓の姿があった。
楓。
それは、見上の下の名前だ。
そう。
俺は、楓と魂の契りを交わした。
つまり、俺たちは、本当の兄弟となった。
俺は、楓であり、楓は、俺だった。
楓は、言った。
「夢魔の王、よ」
それは、俺の本当の名だった。
あの夜。
親父を殺した時から、俺は、新たなる夢魔の王となった。
誰も、知らぬまま。
俺は、その真実を楓以外の誰にも言わなかった。
そして。
俺と同一の魂を持つ楓は、新たなる全ての夢魔の母、となった。
「楓」
「さあ」
楓が言う。
「あなたの精を僕に注いで」
俺は、祭壇の楓の元へと歩み寄る。
夢魔は、弱い生き物だ。
人の子の存在がなければ、生きられない。
だが。
我々もまた、存在理由があるのだろう。
俺は、楓の頭に手を置いた。
我々は。
密やかに、深く、人々の中へと潜み、行き続ける。
「神は、言った」
俺は、言った。
「地に満ちよ、と」
この世界に、人が存在する限り。
我々もまた、行き続ける。
永遠に。




