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  僕はそういう変わった人間に何人か会ってきた。その中でも一番変わっているのは検事という男だった。僕は(先ほども言ったが)いたって平凡な人生を歩んできた。セミが15年間土の中でじっとして、外に出てきて何も考えず一ヶ月間鳴き続ける。そして死ぬ。言っちゃえば僕の人生の30年間はそんな感じで進んで来た。


  裕福でも貧乏でもない普通の家に生まれて小中高と馬鹿でも優秀でもない成績で卒業し2流の私立大学の文学部に入った。今までに6人の女の子と寝て、2台の車を買った。そして今は小説を書いている。


  検事とはバーであった。バー・キッドという店。マスターは気が利く男で体格が良かった。腕は象の脚くらいあって胸は六法全書みたいな厚さだった。程よく日焼けしていて短髪で髭はなかった。年齢は謎で少なくとも僕よりは年上に見えた。検事はその店の常連の客だった。


  僕がバーの隅でチビチビウォッカを飲んでいると「見ない顔だな」と彼が言ってきたのだ。


「2回目です」と僕は言った。


「そうか、2回目か。ここはいいところだよ。色んな酒があって客もみんな面白い。空調もよく効いて、レコードのセンスもある。おまけに時計は動いてない」と彼はいって時計に視線を向けた。


  壁には埃まみれの時計がかかっていた。短針は7の少し前を指し長針は7と8の間を指していた。時計は動いてはなかった。おそらくその長針と短針は等しい距離感をこれから先、半永久的に保っていくのだろうと僕は思った。時計は正確に今自分のいるべき位置を把握していた。


「名前は?」


「カトウ」


「オレは検事。隣の町で検事をしてる」


「なるほど」


「そんなチビチビ飲んでないでもっと飲めよ」と彼は言った。


「あんまり酒に強くない」と僕は言った。


「じゃあ何故ウォッカなんて飲む?」


「1杯で酔える」


「確かに。それは重要なことだ」


「一杯で酔えることが?」


「そうさ。酒には2つ優れている点がある」と彼は言った。


「一つ目は酒を飲んでいればすぐに夜は終わっちまうこと。それもいい気分のうちに終わる。夜は人間にとって害だよ。思考は鈍るし悪い妄想だけが頭をよぎる。それに夜は暗い。真っ暗闇の中じゃどんなものも恐ろしく見えちまうものさ。夜なんて女と寝れること以外なんもいいことはないよ」と彼はセブン・スターを吸いながら言った。


「夜は怖い?」と僕は彼に聞いた。


「怖いさ」と彼は言った。


「怖いからここにくる。ここは安全だぜ。夜の闇はここには入ってこれない。どれだけでかい門番でもここには入ってこれない。世界さえもね」


「ここはどこなんですか?」


「バーさ。イケてるマスターがやってるイケてるバー・キッドさ。ちゃんと時計も止まってる。ここには夜の闇も世界も入ってきてない」


「いいところですね」


「そうだろ。それと酒にはもう一つ優れている点がある」


「それはどんな女も綺麗に見えちまうことさ」と彼は言った。


「ベリー・グッド」と僕は言った。


「検事さんが飲んでいるのは?」


「ジンさ」


「ジンは飲まない?」


「あんまり」


「そうか。まあ飲めって。今日はオレが全部払うよ。気にするな」


「ありがとうございます」


  そうして僕はウォッカを検事はジンをたらふく飲んだ。僕はチーズを彼はナッツをたくさん食べた。そしてやっぱりナッツが1番うまいよ、と時々呟いた。彼は途中で隣に座って来たとびきり可愛い女とどこかへフラフラと行ってしまった。そして僕が勘定を全て払った。こうして僕らは友人になった。



「検事はああいうやつだよ」マスターが言った。


「なるほど」僕は言った。


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