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僕の事について少し喋らせてくれ。誰に?って。さあな。わからないよ。そこにいるトカゲでかもしれないし空に浮かんでる雲にかもしれない。誰にだっていいよ。風に流されてコロンビア辺りまで行ってくれたら最高だけどね。コロンビアのコーヒー畑で働いてる老夫婦が僕の話に耳を傾けるんだ。悪くないだろ?
僕はいたって平凡な人生を之まで歩んできた。30年間とちょっと。平凡な人生を歩んできた30歳の話なんて賞味期限切れのチョコレート・ケーキと何も変わらない。ただ不味くてしつこいだけだ。でも僕はそのしつこい人生の中でも何人かの変わった人間と会って変わった人間と別れてきた。或る人間はいつも風船を膨らませていた。そう。バルーン。そして彼は「この風船でオレは火星までいく」と言った。彼は本気だった。全くこんな馬鹿も世の中にはいるのかと思った。彼はひたすらに風船を膨らませていた。
「何故、そんなに風船を膨らませる?」と僕は彼に聞いた。
「オレが風船を膨らませちゃいけない理由がキミに関係あるのか?」
「ないさ。でもみんながキミの事を馬鹿にしてる」
「そんな事知るかよ。オレから見ればバスケット・ボールをやっている奴らだって馬鹿に見える。オレは風船を膨らませている。彼らはゴールにボールを入れようとしている。なにも変わらない。イーブンさ」
「でもバスケット・ボールはマイケル・ジョーダンもやってる」
「そんな事知るかよ」と彼は言った。
「火星に行ってなにがしたい?」
「恋さ」と彼は言った。
「恋?」
「そうさ。恋だよ。火星に行って火星から地球を見るんだ。そして思う。あの子に会いたいってね。でも会えない。だってオレは今火星にいるからね。周りは真っ暗。闇さ。何もない。立派なゴルフ・コースもなければマイケル・ジョーダンもいない。酒さえもない。そこで恋をするのさ」と彼は言った。
そして彼は350本の風船と好きな女の子の写真をもってビックベンから飛び降りて死んだ。
彼は死んだ。辺りには雨が降っていてその雨の隙間を塗って色んな色の風船が舞った。小さな子供が嬉しそうに風船を追いかけ。彼の死体の周りには野次馬が出来た。雨の日の風船。新鮮だった。彼の葬儀はひっそりと行われた。彼は不満そうに棺桶の中で死んでいた。「なぜ火星にいけない」とでも言いたそうな顔をして。棺の中には膨らんでいない赤色の風船が一つ入っていた。僕は彼の顔を見ると「グッド・ラック」と言ってその葬儀場を後にした。外はあの日みたいに雨が勢いよく降っていた。僕は傘を差さなかった。