事態終焉
外伝本編自体は今回で一旦終了です
王宮料理長への対応は最終的に「交渉による打開を目指す」という事で一致した。
料理長が一人だけ、という事から暗殺も可能性はあるのでは、という考えを抱いていた者がいたのは確かだ。
『料理長とて永遠に起きている訳にはいかないでしょう。眠った所を襲撃するならば可能性はあるのでは?』
そんな主張は実際になされている。
これが単なる欲だけなら却下も簡単だろうが、彼らの主張は「どういう理由があるにせよ、これだけの被害と犠牲者を出しながら実質無罪放免では国の軽重が問われる」というものだった。力があれば何をしてもいいという前例にもなりかねない、と。
正論ゆえに話は難航した。
結局、「だからって国から暗殺組織に依頼する方がもっと問題だろう」という意見が通って、却下された訳だが。
もっとも、「はて、暗殺組織に繋ぎを取れたとして、大規模な組織を丸ごと壊滅に追い込んだ料理長を相手とする仕事を引き受けてくれるのだろうか?」、そう考えた者も多かった。ましてや、国との繋がりを気づかれないようにする、どこぞの貴族からの依頼といった形にするなら猶更だ。
もっとも暗殺自体は一理ある、というのは認めざるをえなかった。国の防諜に関しては既にそうした部門を担う者達が育っているが、今後はそうした暗部も鍛えていかねばならぬのだろうか?
正直に言えば、気が重くなるな……。だが、息子達の代になって慌てて整備せねばならぬよりは今から着手しておかねばならぬか。
だが、とりあえずは一つ一つ片づけていかねばなるまい。まずは料理長の事だな……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お久しぶりです」
あっさり王宮料理長は召喚に応じた。
正式な使者を派遣し、正式な書簡を持たせ、正式に領民を罰しないという約定を書類にして発布する。
公爵家自体はさすがに取り潰しにせねばならないが、領地は王家の直轄地として責任を持って統治をおこなう。
そうした事を書類にした上で、正式に王宮への招致状を送った所、いともあっさり戻ってきた。
「ああ……すまないが、今回の件について話を聞きたいのだが」
「どうぞ」
ああ、にっこり笑顔なのが怖い。
現在の場所は王宮内の会議室。ここにいるのは王以外はいずれも王家や国に関わる重鎮ばかりだ。
宰相。
近衛騎士団長。
他、財務相らの閣僚に、一部の公爵や侯爵といった大物。
総勢で三十名程。
近衛の騎士すらいない。というより、この場での会議が行われる場合は部屋の外に控えている訳だが。今回ばかりは部屋の中に近衛騎士を配置するべきでは、という意見もなかった訳ではないのだが、「どうせ配置した所で意味はない」という意見と、「近衛の騎士をこの部屋に置くという前例になる」という二点が足かせとなり、通常通りの配置となった。
だからこそ、出席は自由意志と決められたのだが、この状況で出席しないとなればそれこそ「次からも参加しなくてよい」という事になりかねない、それが前例になってしまうからだ。
かくして、意地の張り合いと、自家の立場の維持のために全員が出席していた。
「確認したい点なのだが、何故後続の部隊に対しても攻撃を仕掛たのだ?」
「後続、つまりガロイカ公爵家の軍勢の後に街へとやって来た集団の事でしょうか?」
王は頷いた。
実際、それが明らかにならねば話が進まない。
ガロイカ公爵家への襲撃とか、ガロイカ公爵軍の撃破などはまだ話をつける余地がある。公爵家への直接の襲撃は問題ではあるが、そもそも公爵が王家に対して毒を盛ろうとした前科あっての事。あの時点での証拠は王宮料理長自身の掴んだ情報のみとはいえ、現在ではその裏付けも取れている。
だから、まあ。そこら辺はどうとでもなる。
けれど、王国側の軍勢を叩きのめした事はどう言い訳するというのか?
誰もが固唾を飲んで、王宮料理長の反応を伺っていた。
「失礼ですが」
「うん?」
「彼らは王国側の軍勢だったのですか?」
唖然とした様子で一同がぽかんと口を開いた。
「そ、それはどういう事でしょうか?」
何とかその状態で口を開いたのは宰相だった。
「なにって、どなたも王国の軍勢だという証拠を持ってこられなかった上、拒否したら無理に通ろうとしたのですけど?」
嫌な、嫌な予感が一同の間に漂っていた。
何かしら、自分達は重大な見落としをしているのではないだろうか?そんな気持ちが拭えなかったのだ。
「証拠、とは……」
「王国側の軍勢で、あの街を統治する資格を与えられた、という証拠ですね」
あっさりと答えた王宮料理長の言葉に出席者の一人が思わず言った。
「そんな!彼らは王宮側のものだと言ったはずですぞ!!」
その言葉に頷く者もいれば、何かに気づいたように血の気が引いた様子の者もいた。
確かに言っただろう、だが問題は……。
気づいてない者達に対して、露骨に呆れた様子を示しながら口を開いた。
「それをどうやって証明するのです?公爵も王国の貴族、口で言っただけでは公爵側の増援ではないと証明する手段などないでしょうに」
ようやく理解した者達全員が全員、頭を抱えて突っ伏した。
今回、王国側の接収人員は全員、口で部隊を派遣する承認を得た後、速度が大事と我先に出発した。
そうして、あちらに到着した後でこう告げた。
『以後は自分達がここの統治を行う』
さて、ガロイカ公爵家はれっきとした王国の貴族であった。
この状況で何も正式な書類を持たずに軍勢がやってきたらどうだろうか?
普通は「先に書類を持ってこい」となるはずだ。
もし、「証拠の領収書も何もないけど、経費としてこれだけかかったから金をくれ」と言われて、「はい、どうぞ」と渡す奴がどこにいるだろうか?いる訳がない。
今回も同じだった。
国内での反乱という前例がこれまでなかったからこそ誰も気づかなかったのだが、例え相手が王国の貴族であったとしても他国との戦争の時と異なり、それが味方だと判断する理由はどこにもない。何せ、敵も味方も同じ国内の貴族同士だ。
そうなると応援に駆けつけても、やってこられた側は当然「お前が味方だという証拠を持ってこい」という事になる。
下手に城門を開けて、「馬鹿め!私はそっちに敵対する貴族側だ!」なんぞとやられたらたまったものではない。内乱では自分がどちらの陣営なのか、という事を証明するのは難しい。
で、あれば「証拠を持ってきていない上、口で味方と主張して押し通ろう」としたから敵の一派とみなして反撃した、という王宮料理長の言葉を否定するのは難しい。
ガロイカ公爵家の軍が敗退した以上、彼らが味方する可能性は低い!と主張しても無駄だ。低い、のであって皆無とは誰も言えない。過激な対応だったからこそ問題になってはいたが、言われてみれば至極もっともな理由で、誰も反論出来なかった。
『なんで誰も気づかなかったんだよ!!』
今にしてみれば誰もがそう思っていたが、当時は誰も気づかなかった。
誰もが「誰がガロイカ公爵家の持つ利権を抑えるか」に夢中で、そんな当たり前の事に誰も気づかなかったのだから誰に文句を言える訳もない。
「よ、よく分かった、確かに、その、対応のやり方が少々過激だったとは思うが王宮料理長に責任はない」
誰もが反論出来なかった。
「ご理解して頂けて嬉しいです。それに……更に責任を問われるとなると今度は誰に味方しているのか疑わないといけない所でしたから」
一瞬の間を置いて、蒼白になった者が複数出た。
言っている意味は明白だ。
『これ以上言うならあなた達はガロイカ公爵の側にあったんだと理解していいかしら?』、そう脅しをかけられているのだと理解したからだ。
違っていたとしても、そういう疑いをかけられて攻め込まれたらどうなるか……たった一人の軍勢を相手に攻め込まれたら逃げようがない。一人だからこそ、速度も何もかも速すぎて、動いた時にはもう手遅れ。敵ではなかったと後で判明しても「勘違いだったが、疑わざるをえなかった」と言われて、尚追及出来る者がどれだけいるか。いや、そもそも当主が殺された後で『証拠』とやらが出て来たらどうなるか……。それが偽物だと証明する事が出来る当主は既に死んだ後だ。
証明できるまでに、自分は死に、家の力は大幅にこそぎ落とされているだろう。
「とはいえ、『間違って』攻撃した責任は取らねばなりませんね。ですので、私は王宮料理長に関しては辞任致しましょう」
王国貴族、侯爵位維持する。
それは他国へは行かないという意志表示。
そういう意味だと誰もが認識した。
互いに視線を交わす。そこは伊達に王国でも有力者と言われてはいないというか、誰もが割り切りを見せていた。
ここら辺が落とし所。
そう納得させた彼らは王へと視線を向けた。
「……分かった。だが、料理長、いや前料理長、君は王国侯爵ではあるのだ。偶には王宮に姿を見せるように」
それは今回一番の被害者と言える王の精一杯の反論だった。
『たまにはご飯作りに来てくれよ!?』
そんな内心を押し隠しての……。
内戦って、誰が味方で誰が敵か分かりにくいんですよね
だって、敵も味方も「自分の国の人間」、今回の場合は王国貴族な訳ですから
だからこそ、互いに疑心暗鬼になって、酷いものになりかねない訳ですけど……