黄金の料理長(悩める人達)
※誤字修正
戦争とは虚しいものである。
そんな言葉がある。
だが、勝ち組に属した権力者だの、商人だのといった口からそんな言葉が洩れる事はないだろう。精々がリップサービスの類であり、戦いである以上勝つ者と負ける者が出るのは世の常。そして勝てば、大抵の場合は美味しい思いが出来るのもまた事実。
例外があるとすれば、全員が負け組に属した場合だろう。そう、今回のように。
「ぶげはあっ!?」
「はい、さようなら」
ピクピクと痙攣する将軍の姿に笑いを堪える者も、殺気立つ者もいない。理由は単純明快、将軍と共に立ち向かった全員が将軍より前に半死半生で倒れているからだ。
一般の兵士だけに絞るならばまだ残ってはいるが、彼らは全員真っ青な顔で視線を逸らしている。
「貴方達」
「「「はッ!?な、何でしょうかっ!!!!」」」
声をかけられた兵士達は瞬時に直立不動で反応する。
そこにあるのは恐怖だ。
本来、この部隊はガロイカ公爵家の反乱に対して、その領地を制圧する為に送り込まれた部隊、の三つ目だった。
そう、三つ目だ。
「これ、誰だっけ」
「……セルバン将軍です……」
縮こまった表情で見た目は立派な壮年の文官の一人が、しかし視線を合わさぬようにして答える。
その行動は別に相手を、この場合は料理長だが、彼女をバカにしているとかではなく、ただ単に怖いから。彼の全身から「お願い!逆らわないから許して!!」と全身で訴えている。
「で、残ってる中では一番偉いのは貴方よね?」
「はい……」
「どうする?あなたは」
「え?」
「だから、最初みたいにミンチになるか、三番目みたいに灰になるか、それとも素直に従うかどれにするか、って聞いてるんだけど」
「最後のでお願いしますっ!!」
もう必死だ。
と言っても当然だろう。
本来、彼は今回来た文官の中では二番目の地位にいた。
本来の統治をおこなうトップ?それはたった今彼女が言った通りすり潰されてミンチ、というか地面の赤い染みになっている。自分の次に偉い、すなわち三番目は燃え尽きて灰すら残さず消えた。目の前の相手を怒らせれば、或いは冗談で他を選んだその瞬間に自分がそのどちらかの仲間入りをすると確信していた。
「そう、なら前に来たのと協力して統治を進めて頂戴」
「分かりましたっ!!」
その後彼は最初に来た部隊の三番目の席次であった人物と協力して必死に統治を進めていく事になる。
尚、二番目に来た部隊は?と前からいた相手に聞いた彼は聞くんじゃなかった、と後悔したそうである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………………」
王城の会議の間は沈黙に包まれていた。
はあ、と王は溜息をつき、口を開く。
「で、どうする?」
「………」
王の問いかけに対しても、周囲の、国を動かしているはずの大物貴族や官僚達はどことなく困惑した様子で顔を見合わせるばかりだ。
無理もない、と王自身も思う。
ガロイカ公爵家の反乱があっという間に潰えた。そこまではいい。手際とかやり方を考えると顔が引きつりそうになるというか、頭が痛くなりそうではあるが、それは置いておく。
問題はその後だ。
名門でもあったガロイカ公爵家に関わる利権を狙い、貴族達は早速活発に動き出した。
それも「先に現地を押さえた者が有利になる!」とばかりに、無論、王に現地治安の為と称して出撃許可得てから、ぐらいの手順は行ったものの、実態は各派閥が各個に部隊を送り出しての一番争いになり……その全てが料理長一人に叩き潰された。
国王も頭を抱えたい。
頭痛をこらえながら、報告書を手にして読み上げる。
「……一番最初に到着したダードリー将軍の部隊は部隊の半数を失い、逃げ帰る。ダードリー将軍と統治官予定のトップ、及び次席は九死一生……何故彼らが生きているのか分からない、か」
最初に見た時は半死半生の間違いではと思った王だったが、確認してみれば正に絶妙の具合で生かされていた。
おまけに絶妙に壊されていはいたものの、回復魔法と併用すれば復帰も問題なし。問題は精神面だが、さすがにそこまでは面倒見切れない。「私は神に出会った!」などと或いはそのまま宗教の世界に駆け込みそうな事を叫んでいたのは確かだが。
それでも彼がまだ命だけは助かったのは、彼が上から目線ではあったがまだ真っ当と言える対応をしたからだ。
彼も立ち塞がった相手が侯爵位を持つ、宮廷料理長本人だと気づいていればまた別の対応を取っていただろうが、立ちはだかった彼女に対して言った言葉が。
「何の真似だ。女性に乱暴する趣味はないが、妨害するというのならば手加減出来んぞ」
とやったらしい。
生真面目な男だからな……結果は大惨敗。魔法すら使わず、素手でズタボロにされたようだ。
逆にバカをやったのが二番目の……。
「そしてアルトール将軍の部隊は消滅か……」
消滅。
そう、本当に消滅だ。
功績は立ててはいるが、前から評判は悪い部隊だった。ギリギリの所で法を犯さない所、よしんば犯したとしても罰金などで済む範囲を見極めていたのがまた性質が悪い。いや、悪かった、というべきだろう……こちらも料理長を知らず、挙句に言った言葉が。
「ほほう、国の軍勢を妨害するとは!これは私が可愛がってやらねばなるまいなあ」
とイヤらしい目で見て、手を出そうとして……抹殺された。
そんな奴が率いる部隊だ。どいつもこいつも似たり寄ったりだったが、上司の為に動くぐらいは、いや、或いは将軍を倒すような相手を捕らえるなりすれば褒美なりが出るかと期待した可能性はある。アルトール将軍は腕っぷし自体はそう優れたものではなかったし。
結果、全ては凍り付いた。
それこそ部隊丸ごと。
多分、熱を奪ったのでしょう、とは状況を聞いた宮廷魔術師達の言葉だ。
たまたま、そう本当にたまたま街の手前で足を挫いた為に部隊に置いてかれた奴が愚痴を言いながら登った丘の上から見ていた事でやっと事情が判明した。
無論、そいつは足を挫いていた事を完璧に忘れて恐怖で必死に走り戻った。それで事情が判明したのだった。
「本当に容赦がないな……」
王が思わずぼやいてしまったのも当然だろう。
(考えてみれば、長年、本当に長い間この国の成立以前から料理長として働いていた訳だ。性根の腐った連中なぞ嫌になる程見てきただろうからな)
内心溜息をつきたい。
おそらくはそれが料理長が過激な行動に出ている原因だろう。何百年かけてたまったものが噴き出している可能性が高い。
「王よ、しかしいくら建国からの忠臣とはいえこのまま放置は出来ませんぞ!!」
「左様!!」
ああ、馬鹿共が何やらほざいているな。
まったく、確かに放置は出来んだろう。だがなあ。
「それで?お前達はどうするべき、いやどうしたら解決出来ると思っているのだ?」
「それは無論、軍を動員して捕縛を……」
「ガロイカ公爵家の軍勢が壊滅状態、以下三つの部隊が壊滅したな。次はお前が部下を率いて向かうか?」
力ずくで何とか出来るならしてみるがいい。
そう言葉に出さずに王が睨むと、「あ、いえ、私はその」と口でもごもご言って、座ってしまった。
同調していた他の者達に視線を向けると彼らも一斉に視線を逸らす。
そうだろうな、ここで下手に軍を動かすとなると彼らが指揮官を押し付けられるのは確定だと思ったのだろう。実際そうするつもりだし、大体数だけ揃えた所でどうにか出来るのなら、ガロイカ公爵家の反乱の際に勝つ事は出来なかっただろう。やるなら量より質だが……。
「その、料理長を解任するという交渉を行ってみるのは如何でしょう?」
それを条件に引かせるという訳か?先程よりはマシな意見だな。だが……。
「多分、当人まったく気にすらしないと思うぞ……というか、うちの料理長という最後の手綱すら外す気か?君は。彼女が解任した途端に他国に行ったら責任取ってくれるのだろうな?」
「い、いえ、それは…」
そう、それがある。
軍すら手玉にとる大魔法使いであり、またそれを差し引いても建国以来王宮に自由に出入りしていたのだ。当然、この国の内情から闇に葬られた事情含めて数多の機密情報を知っているだろう。そんな相手が他国に行ってしまったら最悪だ。最低でもやらねばならない事を考えると、王宮内の警備体制の変更、鍵の付け替え、罠の仕掛け場所の変更に罠自体の種類の変更、宮廷内における部屋割りの変更、毒見役のような一部の役職の変更などなど考えるだけで嫌になる事が山盛りに出てくる。
それどころか場合によっては王宮内部の王家すら忘れてしまった隠し通路などの情報すら料理長は持っている可能性がある。
そこら辺の話をざっと口にしただけで、誰もがうんざりした顔になったり、顔色が白くなる程血の気が引いたりしている。
「分かるだろう?彼女に通常の罰は罰にならん」
それどころか国の方が大打撃を受けるというとんでもない存在だ。
暗殺?
軍でさえ返り討ちにする相手にどうやって?
毒?
他人の食事に入っている毒でさえ一発で見抜くような相手にどうやって?
下手に暗殺者送っても、死体から情報を抜くような相手だ。怒って、こっちが依頼したとばれた日には……。
「という訳だが諸君。打つ手なんぞあるのかね?」
「「「……………」」」
そう声を掛けてみたが、返事はない。
「つまりまとめますと」
宰相がそう口を開く。
「力押しは無理。追放は論外。暗殺はこちらのリスクが高すぎて却下。しかし、何等かの処罰は与えなければならない……」
全員の顔がげんなりしたものになっている。
もうこれ、放置でもいいんじゃないか?そんな気分になりそうだ。
とはいえ、王たるもの「手に負えないから放置で」とは言えない。
しかし、正直な所どういう処罰を与えるにしても、このまま王宮料理長はさせられない、と考えるならばどうあっても王家の食生活がグレードダウンする事は必至。それどころか今後は毒見役が入って来るのは確実だろうから、当然これまでのように暖かいものは食えなくなる可能性が高い。
これが次期王位を巡る争いを放置していた王家への罰かと思いたくなるほどだ。
何せ、この会議前にどちらが次の王になるにせよ、王位を継ぐ可能性のある王子達にその話をしたら絶望的な顔をしていた。
まあ、そうだろう。今後数十年これまでのような温かい飯は食べられず、冷えた飯しか食べられませんと言われたら誰だって同じような顔になる。
(ああ、私も王位をさっさと譲って引退したい)
王という地位にあっても、真っ当に仕事をするなら毎日の楽しみは食事と睡眠。その内、食事は今後確実に質が落ちる。
かといって仕事を投げ出して、遊びに耽るような無責任な真似は出来ない。
ああでもないこうでもないと揉める廷臣達を見ながら、王は内心で深いため息をつくのだった。
という訳で一番被害を受けたのは王国と王だという
料理長自身は「もうここまでやったんだから毒喰らわば皿まで」というか、はっちゃけたというか竜としての性質が表に出てるというか……