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黄金竜外伝  作者: 雷帝
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黄金の料理長(前編)

 先代料理長とこの国の王家の関係は古いとかどうとかいう以前の話にまで遡る。

 かつてこの地域には小さな街があった。

 もっと大きな都市で修行したという先代料理長はふらりとやって来て、何が気に入ったのかこの地に店を構えた。

 後に先代料理長は何故この地にお店を構えたのか問われた時、こう答えたという。


 「ここが私の料理の原点だから」


 彼女曰く、人族の赤ん坊が生まれ、老いて死ぬよりずっと前にここで美味しい猪をご馳走してもらったのだという。

 そうして、彼女が店を構えたこの街はやがて、周辺の街のまとめ役を担い、小さいなれど国となった。

 この時問題になったのは人材の点だった。これが次第に大きくなっていったならまだ国として成長する時間があっただろう。ところが、この国の成立は極めて短期間に起きた話で、理由はこの頃成立した近隣の国が次第にこの近辺にも手を伸ばしてきた為だった。

 これがまだ相手の国が友好的な態度で来たならまた対応も違っていたのだろうが、少なくともその一部になりたい国ではなかった、とだけ言っておく。結果としていわば都市国家として成立していた小国が生き延びるには連合して、一つの国を成立させるしかなかった、という事だ。

 ここで問題なのはそれまでの各国を運営する人間だけでは足りなかった、という点にある。

 一つの街だけを統治する人材しかいなかった所に、更に他国と交渉を行う人材、軍なら軍でより大規模になった軍をまとめる人材、都市と都市を結ぶ道やその整備、それらの情報を合わせて財政を管理する財務などなど、ただ「前の職からスライド」させるだけでは到底足りない!という事態が続出した。

 そんな中、料理人も不足した。

 それは後回しでもいいのでは、と思うかもしれないが、これがそう馬鹿に出来ない部分がある。他国の人間を招いた時、ろくに絵も掛かっていない、料理は貧相なスープとパンだけ、という状態では「余程国が貧しいのか、或いはうちが馬鹿にされてるかのどちらかだ」と判断されかねず、侮られかねない。いや、他国でなくとも同じ国の一員となった者達を招いた際にそんな貧相な料理しか出せなかったら、それこそ盟主という立場的な新王家としては沽券に関わる。

 かといってじゃあただ贅沢な食材を使えばいいかというと、これまたそう簡単ではなく、幾ら食材が豪華でもそれらに相応しい料理に仕立てる技術がなければ「所詮は成り上がり」と侮られる危険がある。

 外交という戦いにおいては見栄もまた、立派な武器となるのだ。


 「すまんが、料理長を頼む!」

 「仕方ないですね」


 かくして、常連でもあった王に就いたばかりの人物が当時の街でそれが出来る唯一の存在として先代料理長に頭を下げ、かくして彼女は王国の料理長となった。

 以後、数百年の時が過ぎ、初代の王だけでなく国が巨大になり、そもそも連合を組んだ原因であった国も滅び、滅ぼし、大国となった後も彼女だけは健在だった。

 幾度か彼女自身は後進に立場を譲ろうとした事はあったのだが、何しろ長年の熱意ある研鑽に基づいた料理のレパートリーに調理技術だ。むしろ部下達は彼女の技の一端を教授してもらい、やがて下野して店を開き、国の食文化を豊かにするという道を選んだ。正確には、彼女の後に新たな料理長となる事に腰が引けたとも言う。次代はどうしたって、先代と比較される事になるからだ。

 何百年という研鑽の末に育まれた繊細且つ大胆な調理技術や盛り付け、味。そうしたものと比較されるとなれば誰だって腰が引けるだろう。


 無論、時には王宮料理長という「地位」を求めてバカな事をしようとした貴族もいたのだが……先代料理長は王国の始まりに開祖から直々に贈られた侯爵の地位があった。

 もっとも念の為言っておくならば、彼女自身が望んだ訳ではない。

 しかし、国がある程度落ち着いた段になり、功臣達に報いる為に爵位を授ける段になった折の事。


 『面倒だからそんなものいりません』

 『いや、君が受け取ってくれないと、他の者が受け取り辛いんだけど!』


 まだ貴族なんて階級を持つ者自体が圧倒的に少ない現状、今後の為にも貴族という階級によって王を支える立場の存在を作っていかなければならない。

 貴族制度と言われると否定する意見も当然生まれるだろうが、だからといってただ腕だけで余所から流れてきた素性の知れない者をいきなり国の政治だの軍隊だのに採用するのは不可能だ。それが他国の者だとしたら下手に採用した結果、機密情報を流されたり、果ては戦場で裏切られたりといった事態が発生しかねない。

 無論、長年仕えている貴族だからといってそれらを完璧に避けられる訳ではないのは確かだが、それでも、長年国に仕えてきた家と新参者ではどちらに信用が置かれるかは決まっている。

 しかし、同じように長年仕えてきた者の内、王宮料理長という立場にある者が一人、爵位を断ったらどうだろうか?

 平然と受け取る者ももちろんいるだろうが、やはり受け取り辛い者が出るのは当然だろう。ましてや、料理長はその当人曰く「ハイエルフ」という事が本当であれば今後も百年単位で王宮の厨房を担う事になる。最終的に当人も周囲の懇願もあって、爵位を受け入れた。

 更に言うなら、料理長という地位に長い長い年月いた事によって王宮内に知己も多数存在している。特に王家の者にとっては生まれた頃から知っている相手だ。

 さて、そんな相手を讒言なり権力なりによって、自分の配下の者に入れ替えようというのは厳しいと言わざるをえない。結果、ことごとくそうした試みも失敗してきた。

 王が口にするものを作る、というのは生半可な信用の者には務まる仕事ではない。


 そんな彼女もある一件を機に身を引いたのだが……それは彼女の逆鱗に触れた事件であり、また王国を揺るがす一大事件でもあった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王国はその成立過程の関係上、元の都市国家を治めていた領主が貴族となった大貴族が複数存在している。

 この大貴族達が厄介で、彼らの源流を遡れば元々は王家と同格の都市国家の領主達。

 無論、長い歴史の間に没落してしまったり、病気や戦争、事故。もしくは貴族同士の権力争いでの敗北や果ては暗殺などで血が途絶えてしまった家もある訳だが、そうした中で残った特に巨大な大貴族達。通称、六大貴族は大きな権限と領地と豊かな財政を併せ持ち、王家でさえ彼らには一目も二目も置かねばならない。

 無論、全ての六大貴族が王家に対立している訳ではない。事実、今の国王の祖父は六大貴族の一人であり、王妃も別の六大貴族の一門だ。

 また、次期国王の予定である第一王子は別の六大貴族の家から王妃を取る事になっている。

 当然、これら三家は王家寄りだ。


 また六大貴族の内の一つは代々王家に忠実に仕えてきた、というか彼らドワーフ一族は元々権力というものに一切の関心を持たない家だった。

 ドワーフ族は基本、そんな職人としての道を貫く。これは彼らなりの生きる為の手段でもあり、鉱山というどうしても奪い合いにならざるをえない場所に居を構える彼らが争わず、且つその地に住み続ける為に職人に徹し、その地を支配した支配者に技術を提供する職人集団としてあり続けた結果だった。

 この国に所属した際に、ドワーフ族が貴族となったのも当時最大のドワーフ族の集落の族長を代表として貴族に任じたに過ぎない。

 ただ、彼らは徹底徹尾、権力闘争から一歩以上引いた立場を保ち、またドワーフ族をそうした争いに周囲も巻き込まなかった。意味がないと理解していたとも言う。

 それ故に巻き込まれる事もなく高品質の武具の提供、防衛においては戦力を提供といった功績をコツコツと積み上げていき、更には周囲が脱落していった結果六大貴族の一角となった訳だ。ただし、今も彼らはドワーフ族の誇りとして、元来の立場を崩さず、王家が彼らの排除を企んでいない以上は反抗の意志は一切示していない。


 さて、しかし、そうなると面白くないのは残る二つの家だ。

 無論、その二家が外されたのは理由があって、先代の時はそもそも娘がおらず、現在の王の時は適齢期の娘がいなかった。これが下位の貴族だったり、王家が望んだ娘を、というなら一旦適齢の娘を養子にしてという手が使えるのだが、さすがに立場上は上にいる王家だの同格の六大貴族が競争相手の時にそんな真似は出来ない。

 結果として次期国王候補となる王子の正妃争いの時、対抗家が出してきた娘が王の一歳違いだったのに対して、他二家が出せた候補は十歳以上年上。逆ならまだしも年上ではさすがに勝ち目がない。

 無論、それでも他の一般的な貴族からすれば圧倒的な財力権力を有する訳だし、王宮とて別に冷遇している訳でもないが、二家からすれば不満は募る。人は一旦贅沢を覚えると、それより下はなかなか受け入れられないらしい。

 そして、諦められないならどうするか?

 ……答えは暗闘、非合法手段に訴えるという事になる。

 次期国王たる王子ではなく、第二王子第三王子という彼らが我が子との婚約を成し遂げた(バランスの問題上王家としてもそうせざるをえなかった)王子らを次の王位に就けさせる。その為には第一王子が邪魔となる訳で、しかし無論、やられる側も大人しくやられる訳がない。結果として、互いに暗殺と陰謀が飛び交う伏魔殿と化しつつあるのが王国の現状だった。

 お陰で、絶賛暗殺者ギルドなどが活動中だ。

 王家はこれまで幸運にもこうした争いに、王族自体が巻き込まれるという事がなかったので困惑気味だが、幸い歴代の王は備えは怠っていなかった。

 それでも今や王都は暗闘の舞台と化している。


 「お陰で私が余計な仕事までする事になった訳よね」

 「料理長?」

 「何でもない」


 ついぼやきの漏れた黄金姫こと料理長。

 通常なら厨房から出てこない彼女だが、今は配膳のというか王家の面々の食事の場までやって来ていた。


 「何か食べづらいような……」

 「でも、お陰で暖かい食事が出来るのは嬉しいですよ」


 毒味役もいるにはいるのだが、念の為にと料理長がこの場に来ている。そうして毒見の後、この場に運ばれてきた料理を温め直して即効提供している訳だ。 

 料理長自身が毒を入れるのでは、などと考える奴はこの場にはいない。建国以来厨房を取り仕切ってきた料理長に裏切られるようでは御終いだろうというのが王達の判断であり、と同時に自分達を生まれた時から知っている料理長の前で食事というのは何とも言えない気分になるようだ。普段見られながら食事をするのに慣れている王族にしても、だ。

 そうして、食事は順調に進み。


 「ちょっと待ちなさい」


 デザートの段になって料理長がそれまでとは違う声を上げた。


 「誰ですか?私の料理に毒なんて垂らすのは?」


 瞬間、周囲が一気に緊張する。

 給仕を務めるメイド達、警戒の為に詰めている近衛騎士達。当然、その視線は大きく三手に分かれる。

 一つの視線は配膳を行っているメイド達への視線。これは暗殺者を捕らえる任務を担う騎士達が多い。

 次が料理へと視線が向かう者。こちらは当事者である王族。

 最後が料理長自身へと向かうもの。これは暗殺者として疑われる事になるメイド達のものが多い。

 最初の騎士達の視線は警戒を込めた強い視線。王族達の視線は困惑、メイド達の視線は不安がそれぞれ多分に含まれているが、結果としてメイド達が真っ先に料理長の視線に気づいた。


 「そこ、出てきなさい」


 続いたこの言葉で騎士や王族も料理長に視線を向け、そこから料理長の視線を辿る。

 彼女の言葉は明らかに隠れている者に向けられる言葉であり、そうなるとメイド達はそれに当てはまらない。そして、料理長の視線は明らかに天井へと向いていた。


 「毒殺はしたいけど、それは狙った相手にだけ。ここに来るまでに毒を仕込めば同じ料理だけに誰に毒を盛った料理が行くか分からない……かといってメイドを抱き込むにしても目的の相手を給仕するメイドを抱き込めるとは限らない。だからこんな策を取ったと」


 淡々と呟くように料理長は周囲に説明を行い。


 「とっとと出てこないならとりあえず動けなくなってもらいましょう」


 瞬間、何かが飛んだ。

 ガガガガガン!

 と何かが立て続けに貫く音が響き、「がっ!?」と天井裏から抑えきれなかったのか声が響く。と、同時にポタリ、と天井から血が落ちる。……第一王子の皿へと。それが如実に誰の料理へと毒が盛られているかを示してもいた。

 慌てて、騎士達が動き出す。

 既に状況からして毒を盛った犯人がメイド達の中にはおらず、天井裏に潜んだ暗殺者が毒を垂らした結果だという事は明白だ。

 部屋にしたって幾ら王族が食事をする場所にせよ、彼らだって毎日豪華絢爛な大広間で食事をしている訳ではない。むしろ、平時はこじんまりとした家族の会話が出来る場所で食事をしている。必然、天井の高さも民家のそれよりは高いが、それにしたって普通の人でも飛び降りた所で運が悪ければ足を挫く程度の高さでしかない。

 だからこそ熟練の暗殺者が天井裏から極細の糸を垂らし、それを通じて一瞬の隙をついて毒を垂らす事に成功した訳だが……生憎、最初から天井裏に誰かが潜んでいる事に気づき、その位置を感知して、また毒に警戒していた相手には意味がなかった。警備の者がそこに潜んでいるという可能性もゼロではないので黙っていた訳だが、実際に毒を料理に垂らされれば黙ってはいない。


 「ふざけた真似をしてくれるわね」


 そんなバタバタとしていた空気が瞬時に凍った。

 それだけ小声で呟かれただけなのに、その声は部屋に響き渡った。


 「犯人をちょっと絞めてくるから、失礼するわ」


 その言葉にその場にいた一同が全員、王家の一同を含めて一斉にぎょっとした顔になる。


 「え、ええと……その、それはどうやって……分かったのでしょうか」

 「生きていたならともかく、物なら記憶読む方法があるのよ」


 そんな言葉を恐る恐るといった様子で近衛騎士の隊長が尋ねて返ってきた言葉に一同は目を剥く。

 と、同時に一部の者は苦々しい表情へと変わる。物ならば、すなわち天井裏に潜む暗殺者が逃げ切れぬと悟って自害したのだという事を理解して。

 しかし……。


 「そ、そのような魔法があるならどうして……!」

 「これまで力を貸してくれなかったか、という事?馬鹿馬鹿しい。私の魔法一つを理由に処罰が可能だとでも?そんなに国の運営は簡単なの?」


 思わずといった様子で声を出した第二王子にあっさりと答えは返って来る。

 そして、その答えに第二王子もまた困った様子で父や兄へと視線を向け、彼らが頷いた事で押し黙る。第二王子自身はまだ理解していない、自分の親達が兄の家とどのような事になっているかを……だから素直に父や兄を慕い、だからこそ二人もまた六大貴族との抗争のそれをこの王子と切り離して……。

 そこまで考えた所で、王は慌てて声を上げた。


 「ま、待ちなさい!」 

 「何でしょう?」


 王が慌てた声を上げたのも無理はない。

 何しろ、今回こんな事件を起こした背後にいるのが誰かなど分かり切っている。いや、もしかしたら直接は動いていないかもしれないがその派閥の者には間違いない。

 そんな相手を絞める、など……。


 「それは宮廷料理長の職分を超えている」

 「分かりました」

 「そうか」

 「本日をもって、辞職しますね。それでは」


 いともあっさりと切り出された言葉に今度は一斉に唖然とした顔になる。今度ばかりは王も、第一王子や第二王子、騎士にメイド。その言葉を聞けた一同全員が唖然とした顔になっている。


 「元々、私一人が延々この仕事やっている方がおかしかったのだもの。私はただ、あの子に頼まれたからやってきただけだったのにね」

 「えっと……」

 「あの子、というなら貴方達が建国王と呼んでる相手よ」


 建国王をあの子呼ばわり。

 これが料理長以外なら咎めだても出来たのだろうが、何しろ相手は建国王が王となる以前からの知り合い。この様子だと下手しなくても王がまだ子供の頃から知っている可能性も高い。となれば、自分達にとっては既に物語の人物となっている建国王も目の前の料理長にとっては既に亡くなった幼い頃から知っている相手に過ぎないのではないかと……。

 さて、何故ここで彼女が突然こんな行動を取り始めたか。

 実を言えば、宮廷料理人という仕事に飽きていたからだった。




 ◆◇




 そう、当初は最初の頃だけのはずだったのに、何で延々とこんな仕事をしないといけないのか!

 言いたい事は分かるし、引き止めた訳も分かる。誰だって、美味しいものを食べたいだろうし、立場という問題もある。かえすがえすも初期に説得に負けて侯爵なんて地位を受け取ってしまったのは失敗だったと思ってしまう。

 お陰で、新たな料理法が開発されたと聞いても自分で行く事が出来ない。

 美味しい食材の話を掴んでも自分が出かけようとするとすがりついて止められる。

 パーティなどで作ったご馳走が食べられる事なく大量に捨てられるのを見ると腹が立つ。そりゃあ立食パーティなどの席上で、食事が不足したら問題なのは分かるが、毎度毎度大量に……余りに腹が立ったのでせめて給仕などが持ち帰れるようにしようとしたら当時の偉そうな侍従長が権威がどうたら、身分がどうたらと偉そうな口調で言いだしたので半殺しにしてやったものだ。

 あの当時も責めてきた連中を口実に辞めようとしたら、必死に引き止められた。まあ、原因は当時の諸事情があるのだが、結果として侍従長の方が地位を追われる事になった。

 お陰で、しばらく自分に対して暗殺者なんかを向けてきたので、組織ごと半壊させたのも今では古い思い出だ。

 完全に潰さなかったのは、「あれを何とかしろ」という条件と引き換えに見逃してやった訳で、それに完全に殲滅してしまうと裏社会とかいう場所の力関係が大混乱になって騒動が起きるとか、怖さが伝わらない分再度ちょっかい出してくる者が出てくるとか、そうした事も考えての事だった。

 竜に生まれても、これだけ長く人の世界で暮らせばそうした小賢しい知恵も身につこうというもの。お陰で、以後は彼女への直接のちょっかいは長らく途絶えていたのだが……。


 (ああ、もう本当に……)


 こんな知恵ばかり成長してしまって。

 無論、現実にはそんな事ばかりではない。長い時間起きて、この国に根を張る形で動き続けた彼女は敢えて明確な「庭園」こそ作成していないが、この地は彼女にとっても動きやすいものになっている。そして、それは国力の増大にも影響している。

 当然だろう。

 雨が降らない?水が使えないし、水不足で作物の味が悪くなるし水不足なのは困るんだけどと風を操って雨雲を集める。

 逆に氾濫しそうな程雨が集中すれば吹き散らす。

 火をも司る彼女が長居している為に温暖で、快適な気温の地へと少しずつ変わっていく。

 これで国力が増大しない訳がない。

 彼女の「庭園」は薄く広く、目立たないようにこの国に広がっているとも言える。彼女の兄がかつて極小の範囲に集中させた時にはたかだか人の一生、それも定住した期間で言えばその半分程度の時間で魔法的な植物や鉱物が集束する地と化した。今回はその逆、何百年という長い長い時間をかけ、目立たないように広がり続けたその影響は広大なものとなった。

 結果、他国がうらやむ程、災害や飢饉の少ない国になった。それも国の中心部となればもう百年単位で災害も何も起きてはいない。だからこそ、この国は他国が災害などで力を落とした時も、飢饉などが原因で農民の反乱などが発生した時も繁栄を保った。


 だが、それが結局建国当初の気軽な立場を重くしてしまった。

 彼女は熱意を持って料理を追求していたが、だからこそ彼女の部下となった者は熱意ある者ほど、圧倒的な料理の腕の差というものを理解してしまった。

 人の生であれば生涯をかけても研鑽に励める時は精々数十年、全盛期という意味合いでは更に短い。

 如何に技術を磨こうとも、剣の道であれば肉体的な全盛期をそれで補おうとしても、本当の意味での絶頂期。肉体と技術双方を合わせた高みはほんの一瞬で以後はそれをどうやって補っていくかという事へと繋がってゆく。

 しかし、彼女は表向きハイエルフ。真相は竜王が一体。

 今ではエルフの長老でさえ会った事のないとされる上位種であるハイエルフ種族が実際にはどうであったかはさておき、竜王という「属性」の塊故に肉体面では常に最盛期にあり、技術は研鑽を積み続ける事で高みへ、高みへと常に登り続けている。何百年という年月の間研鑽を積み続ければ、その技術は到底人の短い生では追いつけるものではなくなってしまう。

 そう、結果として、なまじ自分の腕を理解出来る者ほど自分と彼女との間に横たわる絶望的な差を理解し、折れてしまう。或いは、自分が新たな料理長となる事に耐えられない。


 「でも、もういいわよね」


 さあ、存分に暴れよう。

 八つ当たりなのは分かっているが、鬱憤晴らしに付き合ってもらおうとしよう。

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