表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金竜外伝  作者: 雷帝
2/9

黄金竜外伝その2

 大陸東部に近づくと植生も変化する。

 これは大陸中央部に存在する大山脈の存在が大きく、この大山脈を迂回するか、或いは決まった山の間をすり抜ける僅かな街道が人の用いる一般的な道となる。

 無論、そうした周知のものとは異なる裏街道も存在するが、そうした道は大きく三つに分かれる。

 一つは旧街道。

 かつては主要な街道の一つとして用いられていたが、より使い勝手の良い街道の整備によって使われなくなった街道。

 こうした街道は最低限の整備と見回りが行われている。山道である以上、大雨による土砂崩れであったり、落石であったり突発的な事態によって現在の主要街道が使えなくなる、という事態は常に発生しうる為に迂回路として用いられる事があるからだ。

 二つ目は文字通りの意味での裏街道。

 後ろ暗い所のある連中が用いる街道であり、密輸を行う者達であったり、密かに国境を越えようとする犯罪者であったりと理由は様々だが何かしらの表沙汰になると拙い事情を抱えている連中の用いる街道であり、こうした街道は国も見つければ取り締まる対象である。

 最後が裏道としての街道。

 ショートカットが出来、時間短縮を図れる街道。

 もちろん、それらが正規の街道として用いられないだけの理由があり、それらは総じて危険だからだ。

 例えばある街道は近隣に魔物が住む。

 ある街道は細く崩れやすい場所がある。

 またある街道は急流を横切る必要がある。無論、裏道故に橋など商人や猟師が作った簡易なものが存在する程度。

 それらが主要な街道として用いられないのにはそれなりの理由がある。

 そんな街道の一つを急ぐ行商人の姿があった。

 いや、正確には彼らは行商人ではなく、冒険者に分類される。

 冒険者と一口に言っても色々なタイプがいるが、彼らが主要な仕事としているのは急ぎの荷物の運搬だ。

 緊急を要する荷物を運ぶ仕事に対する需要、というのは常に存在している。

 彼らが運ぶ荷物の量は最大でも行商人が運ぶ馬車一台分程度でしかない。

 だが、疫病が発生した場所へと緊急に運ぶ必要のある薬であったり、貴族の婚礼に合わせて発注されたが完成がギリギリとなってしまった装飾品であったり、或いは親の死に目に間に合わせるべく急ぐ旅人だったりと高額な報酬を払ってもとにかく時間最優先の仕事は確かに存在している。

 ただし、これらは誰にでも依頼される仕事ではない。

 まず、信用が必須の仕事だ。預けました、持ち逃げされました、なんて事になったら目も当てられない。

 運ぶ物が特殊な物故に専門の知識が必要になる物も決して少なくない。

 例えば、直接手で触れると脂が光沢を失わせる故に手袋着用必須の宝石だったり、振動に気を配る必要があったり、火に近づけたら台無しになってしまう薬だったり……。

 きちんと必要な時間を把握した上で、間に合うように運べるかを判断するだけの力も必要だ。

 この道を通って、この街から目的地まで多少の余裕を見てどれだけ時間がかかるか、それが分からないようでは高額の報酬を支払う意味がないし、彼ら独自のショートカットを可能とする裏道を知らなければ通常の街道で馬車を走らせた方が早いという事になってしまう。危険があるなら、それらを食い破る、或いは突破するだけの技量も必要になるし、時には他者による妨害行動が入ってくる事もある。

 ここまで列挙してきた事でお分かりかと思うが、間違っても駆け出しに許される仕事でもなければ、出来る仕事でもない。

 経験を積み、信用を積み上げた実力ある熟練の冒険者にのみ許された仕事であり、そんな冒険者は数が少ない。

 結果として、需要に対して供給が不足し、その結果専門ではない冒険者に頼む事になって間に合わなかった、消息を絶たった、というケースも多々ある。


 「よし、これなら予定に十分間に合うな」


 今、ここにいる冒険者達は専門を名乗れる、きちんとギルドから認められた冒険者だ。

 大抵のそうした冒険者は大手商会が金を出し合って抱え込んでいる。何かそうした緊急の荷があった時に優先的に受けてもらえるようにしている訳だ。

 商人達は商売の安全性を高め、冒険者達にとっては緊急の荷物がなくてもある程度の収入が約束される、という訳だ。


 「保存の魔法切らせるなよ」

 「ああ、大丈夫だ」


 今回彼らが依頼された荷は特殊な食材。

 香り高く滋養強壮に効果があるというだけでなく、ある種の薬にも用いられる。

 無論、禁制品などではないが基本的に夜に用いられる類の薬だ。

 この食材の厄介な所はその効果期間の短さと採取場所。

 ある魔獣の巣近辺に生える性質を持ち、その魔獣自体は大人しく、巣の傍まで近づいてもこちらから攻撃しなければまず攻撃してこない、という魔獣なのだがそれでも魔獣は魔獣。間違って怒らせたりしたらタダでは済まないし、そもそも魔獣が人里近くに居住しているはずもない。

 必然的にそうした魔獣の住む森近くの里の特産品となり、依頼があればその里まで赴いて調達し、急ぎ運ぶという事になる。更に保存の魔法を併用する事で運搬可能な時間を引き延ばす、という訳だ。

 これらは常に一定の需要がある為に定期的に依頼される仕事であり、彼らもその手際は慣れたものだ。

 ……そんな彼らに想定外の事態が発生したのは野営を行った時の事だった。


 通い慣れた道であり、野営に向いた場所がどこにあるかを彼らは把握している。

 山賊などが出現しない訳ではないが、彼らとて熟練の冒険者に下手に手を出しても自分達が痛い目を見る可能性が高い、割に合わない獲物だという事は十分理解しているからまず手を出してくる事もない。

 無論、警戒は必要だが、そこまでの騒動は起きる事はないだろう……そう思っていた。


 「……なあ、おい……」

 「……言いたい事は分かる、分かるんだが……」


 五名より為る一同のパーティの装備品の数は少ない。

 荷となる食材、ある種の茸なのだが大量に必要な品ではない。一人が背負えるだけの荷、その程度に過ぎない。

 とはいえ、一人に全てを持たせるとその一人が何らかの事故で荷を失った瞬間に仕事失敗となってしまう為、五人が分散して荷を持ち、一人が荷を失ってもギリギリ必要量を満たせる程度の量を運んでいる。

 それ以外の荷は武具防具に簡単な野営道具と食料を合わせてもたいした量ではない。元々一気に駆けて短時間で運んでしまわなければならない荷だ。運ばねばならない荷物は余裕を考えなくてはならなくても、食料などは本当に必要最低限に多少色がついた程度の量でしかない。もっとも……。


 「……準備してたってこれは想定外だろ……」


 竜が荷となる茸の匂いを嗅いでいるという状況は考えていなかった。

 せめて下位竜ならば彼らとて何らかの対処を行ったかもしれない。


 『良い匂いがする』


 そんな声が聞こえては上位竜と考えざるをえないではないか……。

 いや、黄金に煌くその姿を見れば、嫌でも相手が上位竜であると納得せざるをえなかったのだが……。

 問題は自分達の荷物を嗅いでいる、という事だ。

 良い匂い、というのも極めてよろしくない。彼らの荷物なぞ商品を除けば少量の食料のみ。それもなるだけ軽量化する為に干し肉などの乾物中心。後は装備の手入れ道具などなので、目の前の竜が良い匂いがするとなると他にない。


 (拙い)


 全員の心は揃った。

 何とかしなければ仕事は失敗に終わってしまう。この貴重品輸送というのはとにかく信頼が大事な仕事であり、一度の失敗が後に大きく響く。最悪、信用を失っての廃業すら覚悟しなければならないのがこの仕事の大きなリスクなのだ。まあ、この仕事に失敗したからといって冒険者引退とイコールではないが、安定した収入が得られなくなるのは痛い。一般的な冒険者という仕事は魔獣の討伐による報酬、その討伐の際に得た素材の売買、各種の護衛や採取に分類されるが、それぞれにそれぞれの分野の専門家がいる。彼ら自身が貴重品輸送の専門家であるように。

 当然、冒険者に復帰した所で評価はこれまでより下がり、現在の仕事を始める前に築いた実績に基づいたものとなる……そうした意味でも収入は減るのだ。

 となれば、何とかしてこの場を乗り切るしかない。幸い、相手は知恵ある竜だ。話は通じるはず。


 「……よろしいだろうか」

 『なに?』


 一瞬、目でやり取りを交わした後、リーダーの戦士と盗賊が前に出て話しかけた。

 盗賊が出たのはこの一同で通常商人との交渉役を引き受けているのが彼だからだ。


 「ここにあるのは私達の飯の種なのでして……差し上げる訳にはいかないのです」 


 ここが運命の分かれ道、と全員が密かに緊張する。

 もし、ここで目の前の黄金竜が怒り出せば、その時は諦めて商品を提供するしかあるまい……そう覚悟を決める。全ては命あっての物種。ここで運送に失敗すれば、貴重品運搬の仕事は諦めないといけないかもしれないし、結果として生活もこれまでより苦しくなるかもしれないが別に生活出来なくなる訳ではない。まとまった貯蓄もあるし、質素に生活をするだけなら何とかなるだろう。場合によってはどこかの村に引っ込んで農業なり猟師なりしながら、これまでの冒険者として活動してきた貯蓄を切り崩して生活という手もある。

 しかし、黄金竜を本気で怒らせてしまえば確実に死ぬだろう。……上位竜をたかだか五人程度の討伐専門でもない冒険者でどうにか出来るなら今頃ドラゴンスレイヤーはもっと大勢生まれている。

 だが、現実には上位竜を討伐したドラゴンスレイヤーなど吟遊詩人の語る伝説の英雄譚のレベル、それも討伐よりは撃退した、という話が圧倒的に多く、討伐したという伝説になると果たしてあるのかどうか。あっても本当にあった事かは極めて疑問と専門家達が考えるレベルでしかない。


 『……少しでもダメなの?』


 全員内心で安堵の溜息を洩らした。

 幸いな事に黄金竜は激怒する事なくむしろ交渉に乗ってきてくれたようだ。


 「……少しであれば何とか」

 『ほんと!じゃあお願い!!』


 黄金竜の口が開く。

 人一人ぐらいあっさり噛み砕いてしまいそうな口からは、しかし、その前に進んだリーダーの鼻に特に生臭い匂いなどは感じ取れない。

 リーダー自身は少し意外に感じたが、これは別に不思議な事ではなく、そもそも属性竜という種が何かを食うという事をしないからだ。口臭にした所で食べかすなどがそもそも存在しないならば、生きている上で自然と生じる汚れでさえ普段口の中に何かをいれる事がない属性竜は違和感を感じ、各自のやり方で燃やしたり、洗い流したりしてしまう。

 そんな事は知る由もないが、巨大な、如何にも鋭そうな牙が立ち並ぶ光景は良い気はしない。

 その中に、そっとリーダーは食材を置き、それを感知した黄金竜は彼が下がるのを待って、かみ始めたが……すぐにその表情が歪んだ。


 『……なんだか微妙』

 (((((そうだろうなあ……)))))


 冒険者達一同もそう思う。

 彼らとて好奇心に駆られて少しだけ口に入れてみた事がある。

 この食材、確かに香りは良い。

 匂いを嗅げば、その味わいが思い浮かぶ。

 一口で口の中を豊潤な味わいが占領し、噛み締めるごとに溢れ出す旨味が口中を蹂躙し、何時までも噛み続けていたような気持ちを抱かせる――そんな味を想像する。

 が、それだけに口の中に入れた途端に感じるその味に違和感を感じてしまうのだ。

 不味いとは言わない。言わないが……。

 香りが素晴らしい、素晴らしいだけに実際に舌に感じる味わいに顔を歪めて、こう呟く事になってしまうのだ。そう、「……微妙だ」、と。

 だからこそ、この植物はこれまで人の領域で狙われる度合いが少なかった。今の薬、としての使い道が発見される前までは精々が香りづけ、という程度の使い道しかなく、それにした所で下手な食材を使えば味の方が力負けしてしまう。

 この香りを漂わせるのは本当に限られた時期でしかなく、おそらく野生動物にその匂いで誘って口の中に入れさせ、種を遠くへと運ばせるのだろうと推測されている。


 『もっと美味しいと思ったのに。残念』


 その言葉に内心ほっとした一同である。

 一人が運ぶ量に僅かに満たない程度の量で満足してくれた、と分かったからだ。

 少しではあった。黄金竜にとってその量は少しではあったのだが、如何せん図体が大きい、口もそれに合わせて大きい。黄金竜にとっては少し味見の量が、人からすれば一人が背負えるのに近い、ぐらいの量があったのだ。


 『ううー、美味しそうだっただけにがっかりだよ』


 響く声にどこか幼さを感じる一同。

 もしかして、この竜、見た目は立派だし、こうして会話が成立している以上上位竜である事は間違いないのだが、まだ若いのだろうか?

 そんな風に考えていたのだが。


 『何か美味しいものってないの?』


 ずいっと顔が近づく。

 そうなると思わず全員が引いた。

 さすがに竜が迫ってくると迫力がある。経験豊富な冒険者だろうとなんだろうと怖いものは怖い。


 「え、ええと……ここら辺ならメタルボアなら……」

 「「「「おい!!」」」」

 『それなに?』


 思わず、といった感じで答えた一人に他の全員が突っ込みをいれたのはメタルボアと呼ばれる魔獣が極めて危険で、同時にレアな魔獣だからだ。

 地の属性を有する魔獣で見た目は金属や宝石を毛皮の代わりにまとったイノシシといった姿をしている。……ただし、サイズ的には巨岩と言って良いだけの、全高三メートルに達する巨体を持っている。

 肉は実に滋養に富み、美味しいのだがそんな相手が凄まじい勢いで突進してくれば、巨木でも一撃でへし折られてしまう。幸いなのは、そんな高位の魔獣故に襲撃してくる相手がいない為か、ちょっかいを出さねば割りと大人しいのと、割合奥地に棲息している為に人と接触する事は滅多にないのが救い……という魔獣なのだが。


 『これだよね?』

 (((((はやっ!!)))))


 あっという間に捕まえてきた。

 もっとも彼女からすれば風の属性を用いればそう見つける事は難しくはなく、如何に地の属性を宿しているといっても別に知性を持っている訳でも、魔法を使ってくる訳でもない。ただ単にデカくて、やたら頑丈で再生能力を持ち、力が強くて、ちょっとやそっとの攻撃ではその装甲で弾いてしまう……シンプルなだけに面倒な魔獣なのだが……どうやら竜相手には勝ち目はなかったようだ。

 さて、結果から言えば黄金竜はメタルボアの肉を気に入った。

 ちょいと塩をふって焼いただけだったが(多少の工夫をとそこらに生えていた香草を使いはしたが)、それで随分と美味しさが変わる事に驚いていた。


 全ては少しずつ積み重なった偶然。

 もし、黄金竜が子供達を助けていなければ、食事という概念そのものに興味を持たなかっただろう。事実、他の上位竜達は「食事」というものを理解はしているし、香りが良い物は良い物として理解している。だが、それを口に入れようという概念がない。好奇心で入れたとしても香草はそれ単体では美味しくはない。

 かといって、竜に好き好んで近寄る魔獣などごく一部だし、竜とて自らの庭で好き勝手しないなら放置している。

 黄金竜は……子供達が食事をする事に多少興味はあった。それが今回の食事、というものに繋がり……彼女の未来に大きな影響を与える事になっていくのだった。


 なお、最後にまことに勝手ながら……毎度黄金竜と呼ぶのもあれなので、今後個体名としてルナと呼称させて頂く事をお断りさせて頂く。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ