第四話「本当は優しい方なのに」
翌朝。アッサムに振られたこと。ラッサムから結婚に対する意志が感じられたこと。それらの混乱から立ち直れないままコスモは朝食の席に着いていた。何を悩んだらいいのかもわからず頭がぼーっとしている。
それに、昨夜。読むつもりはなかったのだが、ラッサムが持ってきた紙袋に入った本を取り出してコスモは目を見張った。物語などの本が何冊か入る中、あのアッサムとの思い出の童話も入っていたからだ。その古い表紙を見てコスモの心は激しく乱された。
良く考えればあの時もアッサムが童話を持ってきてくれたのだからコブルスルツ城にそれがあって当たり前だ。しかし、偶然にもラッサムがそれを手にして持ってくるなんて。流石は双子、とでも言ったらいいのだろうか。
コスモは久しぶりに見るその童話を手に取ったが、すぐに紙袋に戻した。今は見たくない。
別の本を手に取ってパラパラと見ると、お姫様が主人公のお話が何編か入ったものだった。コスモはそういったお話が大好きなので、つい遅くまで読んでしまったのだった。
「コスモ姫、おはよう。お加減はいかがかな?」
国王が入ってきて、コスモは慌てて立ち上がった。
「おはようございます、セントラ国王。昨日は大変失礼いたしました。もう大丈夫です」
「そうか、良かった。しかし、あまり無理をしなくて良いからな。しばらくはのんびり過ごすといい」
「ありがとうございます」
コスモは優雅な振る舞いで頭を下げた。国王と王妃に続いて無愛想な顔のラッサムが入ってきた。コスモは少しの腹立たしさを感じて目を合わせずに席に着いた。そして、ラッサムの目の前にアッサムが座る。アッサムは心配そうな顔でコスモを見たが、コスモがアッサムを見ることはなかった。
「いただこう」
不思議な雰囲気に気が付かないまま、国王は嬉しそうに声をかけた。
食事を終えて国王と王妃が慌ただしく出ていった後、コスモはすぐに席を立った。
「コスモ……」
アッサムがコスモを呼び止めようとしたが、ラッサムがそれより大きな声でコスモを呼び止めた。
「コスモ、約束だ。図書室へ案内しよう」
「図書室……」
そういえば昨夜そんなことを言っていた。コスモはこのままだとアッサムに話しかけられてしまうと思い、ラッサムとの約束を果たすことにした。
「わかったわ、行きましょう」
二人はアッサムを置いて食堂を後にした。
「持っていった本は読んだか?」
「えぇ」
「あれはごく一部だ。図書室にはもっとたくさんの本があるから、これからは自由に出入りして借りていって構わないぞ」
図書室は王宮の三階にあった。大きな扉を開くと、たくさんの大きな本棚が目に飛び込んできた。少しかび臭い本の匂いがする。部屋には誰もおらず、しんと静まり返っている。
「ここは王族専用の図書室だ」
「それなのにこんなに本がたくさん……」
コスモは図書室に入って辺りをキョロキョロと見渡した。
「すごい……」
「物語なんかはこっちにある」
ラッサムは慣れた様子で本棚の間をすり抜けていく。コスモはその後を小走りで追いかけた。
物語が固まったエリアにも本がたくさん置いてあった。言葉通り、昨夜ラッサムが持ってきてくれた本はそのごく一部だったことがわかった。
「好きな本を持っていっていい。手が届かなければ声をかけてくれ。俺は今日は歴史書を借りる」
「ラッサムも借りるの?」
「あぁ」
ラッサムは別の本を見に本棚の間に消えていった。コスモは視線を物語の棚に移した。ケンリウム城にも図書室はあるが、こんなにたくさんの蔵書はない。ここにある本も見たことのない本ばかりだ。
コスモは適当に本を手に取って開いた。それは少年が自由に冒険をして様々な障害を乗り越えていくという物語のようだった。他にもお姫様が王子様と結ばれるまでのお話、妖精のお話などいくつか手に持っていたらあっという間に手が塞がってしまった。
「決めたか?」
タイミング良くラッサムが現れる。
「これはまたいっぱい選んだものだな」
ラッサムはそう言ってくすりと笑った。
「笑った……」
コスモは思わずそう口にしてしまった。ラッサムが笑ったところなど、記憶にはなかったからだ。
「持つよ」
ラッサムは少し照れたような表情をしてコスモの手から半分以上の本を取り上げた。
「行くぞ」
ラッサムは無表情に戻ってコスモを置いて歩き始めた。コスモはその大きな背中を見ながらぼーっとついて歩いた。
***
コスモは日中、借りてきた本を読んで過ごした。あまりに夢中になって読んでしまったので、声をかけられるまでお腹が空いたことにも気が付かないほどだった。
昼食は国王と王子達は職務で外しているということでイリーナ王妃と二人で取ることになった。王妃は普段口数が少ないので初めは緊張したコスモだったが、思っていた以上に会話が弾んで楽しい時間を過ごすことができた。どうやら王妃は国王がいる場では発言をできるだけ控えているだけであって、実際はお喋り好きなようだった。その立ち振舞に、コスモは改めて感服させられた。
昼食が終わると部屋にメイド長が挨拶にやってきた。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はコブルスルツ城のメイド長をしておりますサーシャと申します」
「よろしくお願いします。……あら?」
コスモはどこか貫禄のあるサーシャをまじまじと見た。
「もしかして以前どこかで?」
「覚えていただけておりましたか。光栄でございます。昔、コスモ様がコブルスルツ城にいらっしゃった際にはまだ現在の立場ではなく、ラッサム王子、アッサム王子の教育係兼メイドをしておりました」
「……あぁ!」
コスモはようやく腑に落ちたといったような顔をして手を合わせた。
「思い出しました。いつも勉強から逃げ出してばかりのアッサムを追いかけていましたよね」
「あはははは、お恥ずかしいことです」
サーシャは気持ちよく笑った。それだけではない。アッサムはいつも「サーシャが怖いんだ。いつもこうやって怒ってばかりでね!」と、よく真似をしていたこともコスモは思い出していた。そんなことを言ったら今でもアッサムは怒られてしまうかもしれないので、言わずに胸のうちに留めておいた。
「何かあった際にはお声がけくださいね。コスモ様のメイドとなったロロもまだ未熟な者ですから」
ロロが後ろで少しバツの悪そうな顔をしてお辞儀をした。もしかしたら良く怒られているのかもしれない。
「いえ、ロロは良くしてくれているから大丈夫です」
「そう言っていただけると嬉しいです」
サーシャはロロの代わりにお礼を言った。
「コスモ様はコブルスルツ城に来たばかりで慣れないことも多く、不安でしょう。何か王族の方に聞きづらいことがありましたらそれも聞いてくれて構いませんよ」
「まあ、心強いわ」
「特にラッサム王子は不器用でいらっしゃるから苦労も多いことでしょう」
「不器用?」
「えぇ、いつも無愛想でいらっしゃって感情がよくわからないでしょう?そういう人付き合いに関するところが欠点なんですよねぇ。本当は優しい方なのに」
「優しい……ラッサムが?」
コスモは赤い瞳を少し見開いた。
「はい。誤解されることも多い方ですが、本当は人のことをよく見てさりげない気遣いができる繊細な方ですよ」
コスモが抱いているラッサムとは違う印象だった。コスモが首を傾げていると、
「こんなことをコスモ様に言ったとラッサム王子にバレたら私が怒られてしまいますね」
と、サーシャは笑った。
「大丈夫、言わないから」
「それはありがとうございます」
言わない、ではなく、言えない、なのだけど。言ったらコスモも怒られてしまいそうだ。それに、そんなことを言えるほどコスモはまだラッサムと仲良くもないのだから。