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第十七話「はっきり言ってよ」

 翌朝、グリーゼはラッサムとセントラ国王と会談をした。会談では情報交換の他に、コスモの正式な結婚の前にケンリウムにラッサムと二人で訪問することが決まった。


 グリーゼは、


「またその時に。コスモ、頑張るんだよ」


 と、意味深な笑みを浮かべながらケンリウムへ帰っていった。


 それから一週間の時が経った。婚約パーティが終わるとコスモとミーティアは結婚式に向けてドレスの準備に取り掛かった。準備と言っても、コスモ達が関わるのはデザインについての意見や確認、宝飾品の選定だった。さほど大した仕事ではなかったのだが、宝飾品を持ってくる商人達は、結婚式で姫達が自分の宝飾品を着ければ世間に多大な影響があり、今後の売上に影響してくるために、必死にコスモ達の機嫌を取りに来た。おかげでコスモ達はそれに付き合わざるを得なくなり、何かと気疲れする日々が続いた。


 ようやく宝飾品が決まるとそれも落ち着き、コスモとミーティアは久しぶりにのんびりとした午後のお茶の時間を過ごしていたのだが、コスモの顔はそんな雰囲気に似つかわしくない険しいものになっていた。


「コスモ様……?」


 ミーティアが心配して声をかけるが、


「何?」


 と、コスモの不機嫌な声が飛んできて、コスモは恐れから縮こまってしまった。


「あぁ、ごめんなさい。ちょっとラッサムのことで」


 ミーティアがあまりに申し訳なさそうな顔をしたのでようやくコスモは自分の態度がミーティアを困らせていることに気がついて謝った。


「ラッサム様と喧嘩でもなさったのですか?」


「喧嘩ならまだいいわよ」


 コスモは苛立ちを隠さずに荒々しくカップを置いた。


「婚約パーティの後から私、ラッサムに避けられているのよ」


「避けて……?確かに最近忙しそうではありますが」


「忙しいなんて嘘なのよ。どうやら私と一緒にいたくないから、他の人の仕事まで引き受けて自分の仕事は夜に溜め込んでいるみたいなの。それで毎夜、紅茶の時間を断り続けているのよ」


「それは確かなのですか?」


「ちゃんと確認したわ。ロロに調べさせたの」


 血管が浮き出そうな程コスモの顔は強張っていた。


「そんなに私のことが嫌いならはっきりとそう言えばいいのに、意気地がないのよ、ラッサムは」


「はぁ……」


 コスモを哀れに思いながらもラッサムの悪口を言うことも躊躇われるミーティアは曖昧な笑顔を見せた。


「明日は一緒に初めての公務があるっていうのに」


「確かコブルスルツ古代史の発売を記念した式典に出席されるんですよね?」


「そう。それなのに、いつまでも避け続けられると思っているのかしら。こんなんじゃ私は式典で笑うこともできないわ」


「そうですよね……」


 ミーティアは首を傾げた。


「それにしても、ラッサム様は何故コスモ様を避けていらっしゃるのでしょうか」


「私の事が嫌いだからでしょ」


「とてもそうは思えませんが……」


「そうに決まっているわ!何も言わずに避け続けるなんて許せない。もう一週間にもなるのよ?」


 コスモはミーティアの言葉にも耳を貸さずに怒り続けていた。


「今日も夜の紅茶を断るようならもう我慢できない。はしたなくともこちらから乗り込んでやるわ!」


「部屋に、ですか?」


 例え婚約者であっても夜に女性側から男性の部屋に行くことは非礼であるとされている。ミーティアは目を丸くした。


「そうよ。それで、私のことが嫌いとはっきり言わせてやるわ」


 コスモは燃えるような赤い瞳でそう言い切った。ミーティアはラッサムがコスモを嫌いだなんてありえないと思いながらも、そんなコスモにこれ以上何も言うことはできなかったのだった。


***


 宣言通り、コスモは夜ラッサムが自室に戻ったと聞くと、ラッサムの部屋に通じるドアの前に仁王立ちで立った。


「本当に行かれるのですか……?」


「もちろんよ」


 浮かない顔でやんわりと引き止めるロロの言葉にもコスモの意志は揺らがなかった。コスモは深呼吸をしてドアに手をかけた。そして、ノックもせずに勢い良くドアを開けた。


「……!?コスモ!?」


 小さなテーブルで一人夕食を取っていたラッサムは目を丸くした。


「入るわよ」


 コスモは憮然とした表情で勢い良くドアを閉めてラッサムの部屋に入った。そして、ドサッとラッサムの目の前の椅子に腰を下ろした。


「何故私がここに来たか、わかるわよね?」


 棘しかない言葉をコスモはラッサムに投げかけた。


「あ……あぁ……」


 ラッサムは口をだらしなく開けたまま呻くように肯定した。


「理由をお聞かせ願えるかしら?」


 コスモは足を組んでラッサムに迫った。


「別に私のことが嫌いなら嫌いでそう言えばいいじゃない。ただ逃げるだけだなんて、卑怯にも程があるんじゃなくて?」


 コスモは恐ろしい顔に笑顔を浮かべた。


「嫌いというわけでは……」


「じゃあ何でここまで私を避けるの!?」


 ラッサムはすっかりコスモの気迫に押されてしまっている。


「私がパーティの時に尋ねたことへの回答をしたくないからじゃないの?」


「それは……」


「はっきり言ってよ」


「答え……られない」


 ラッサムは渋い顔で絞り出すようにそう告げた。


「それは、何故?」


 コスモの問にラッサムはいつもの無愛想な表情は影を潜め、頼りなさ気な子犬のような顔をした。そして、


「それも……言えない」


 と、言った。コスモは盛大に溜息を吐いたが、普段とはまったく違う可哀想な表情のラッサムをこれ以上問い詰めるのも気が咎めた。


「わかったわ、それならそれでいい。でも、もう私のことを避けたりしないで?また夜の紅茶も一緒にいただきましょう。それが約束できるなら、許してあげるわ」


 コスモは口調から棘を抜いてそう言った。


「わかった、約束しよう」


 ラッサムは顔を上げて頷いた。


「それじゃあ今日はこれで。明日は公務も一緒だからよろしくね」


 コスモは立ち上がって入ってきたドアへ向かった。


「コスモ」


 ラッサムに呼び止められてコスモは振り返った。


「……すまなかった」


「……えぇ、わかってくれたならいいの」


 ラッサムの心から申し訳無さそうな顔に、コスモは言いすぎてしまったかしらと罪悪感を抱きながらラッサムの部屋から出ていった。

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