第十六話「コスモは不安なんだね?」
華やかなパーティは大盛況のまま終わりを迎えた。コスモとラッサムは部屋に続く長い廊下を歩いていた。不思議なことにパーティの後半以降、ラッサムはコスモの顔を一切見なくなり口数も少なくなった。表情もいつもの無愛想のままだが、コスモにはいつもよりもさらに冷たい顔に思えた。
コスモの部屋の前に来ると、ラッサムがようやくコスモに顔を向けた。
「今日は疲れただろう。紅茶はなしだ」
いつもと同じ無機質な声。コスモは身体をこわばらせて何も言うことができず、その間にラッサムは挨拶もせずに部屋に戻ってしまった。答えを聞くどころではなかった。コスモは困惑した表情を浮かべてしばらくその場に立ち尽くしたが、ロロに促されてようやく自室へ入った。
ドレスを脱いで楽な格好に着替えるとコスモは窓際に立って中庭を眺めた。確かに身体は疲れているのだがパーティの高揚感とラッサムに対するモヤモヤでなかなか眠ることはできそうになかった。そして、コスモは思い立ってそのまま部屋を出た。
向かった先は客室。グリーゼが休んでいるという部屋だ。ノックをすると程なくして返事があったので部屋に入ると、グリーゼは本を読みながら果実酒を嗜んでいるところだった。
「やあ、コスモ」
コスモはグリーゼの前に座った。グリーゼはパーティの時とは違う穏やかな表情を浮かべていた。
「眠れないのだろう?僕もだよ。パーティの後というのはいつもこうだね」
グリーゼは読んでいた本をテーブルに置いた。コスモは紅茶を飲み、グリーゼは果実酒を飲んだ。静かな時間が流れる。
「ねぇ、兄様」
コスモはグリーゼの果実酒をじっと見ながら口を開いた。
「先程、兄様は結婚相手は慎重に選ばなければ、と言いましたよね?」
「あぁ、そうだね」
グリーゼは余裕のある笑みを浮かべてゆっくりとそう答えた。
「私は軽率だったでしょうか、この縁談を受けたこと」
「何故そう思うんだい?」
コスモは唇を噛み締めてから、再び口を開いた。
「私はラッサムのことをあまり知ることなくこの縁談を受けてしまいました。もっと深く考えるべきだったでしょうか」
「うーん」
グリーゼは俯いて拳を握りしめるコスモを慈しみの瞳で見つめた。
「まず、僕とコスモは違うからね。僕は積極的に女性に声をかけられるけれど、コスモはそうではない。第一、コスモは性別が女性で、しかもケンリウムの姫だ。女性が結婚相手を自由に決めにくいこの世の中だと、ラッサムはコスモにとってはよく知る人物だった方だと思うよ。顔も知らずに結婚してしまう女性もいるくらいだからね」
「そうですね……」
コスモの顔はまだ晴れず悲しげな色が浮かんだままだった。
「コブルスルツにいるコスモを見て、楽しそうだとは思ったよ。同世代の姫もいて、ラッサムだって十分にハンサムでコスモを大切にしてくれている感じがした」
グリーゼはコスモの反応を伺ったが、コスモの表情は変わらない。
「それでもコスモは不安なんだね?」
「不安、というか……」
コスモは続きの言葉を探すように一旦口を閉ざした。コスモが続きの言葉を発するまで、グリーゼは辛抱強く待った。
「これで良かったのか、自信が持てないのです。私がラッサムのことを好きになれるのかもわからなくて……」
「愛がなくとも結婚生活は続けていける。でも、コスモはそれが嫌なんだね?」
「はい……」
すっかり大人しいコスモは小さく返事をした。パーティの時と比べて一回り小さくなってしまったかのようだ。
「僕は二人の関係にとって部外者でしかないけれど、個人的な意見ではコスモとラッサムはとてもお似合いだと思うけどね」
「どのあたりが、ですか?」
コスモはようやく顔を上げてすがるように尋ねた。
「コスモは華やかで自分をしっかりと持っている。それに対してラッサムは影のような人間に思える。コスモが仮に僕のような人間と結婚するならば、きっと光同士で潰しあってしまうだろう。そう考えると、コスモにはラッサムのような支えてくれるような人がいいと思う。その方が自由に生きていけるだろう。
あと、コスモの興味のある本や花、芸術的なものにラッサムも興味を持っているように見受けられる。そういう興味関心が似た人だと一緒にいて楽しいだろう。
そして、一番大きいのは、僕から見て二人はお似合いだということさ。一緒にいる時の雰囲気が良かったよ。これは僕の勘みたいなものだけどね」
グリーゼは一気にそう説明すると優しい微笑みを浮かべた。
「そう……でしょうか」
コスモは少し躊躇ってから次の言葉を口にした。
「それでは、仮に、仮にですよ?私と……アッサム、だったらどうでしょうか?」
コスモの頬に少し赤みが差した。グリーゼは特に表情を変えずにコスモの問に答えた。
「先程の例えを使うなら、アッサムも光側の人間だ。悪くはないけれど、少々疲れてしまうように思うけどね。それに、僕はずっと疑問に思っていたのだけれど、ラッサムとアッサムであったらコスモが選ぶのはラッサムの方だと思っていた。いい友達にはなれると思うよ」
「ラッサムの方が……」
コスモは明らかに困惑した表情を浮かべた。それを見てグリーゼは小さく笑って果実酒を口に含んだ。
「それでは……最後にもう一つだけ。ラッサムは私の事を……好き、だと思いますか?」
「ははは」
グリーゼは今度は声を上げて笑った。
「笑うことないじゃありませんか」
「いや、すまなかった」
コスモが少しむくれると、グリーゼは笑うことをやめたが、顔には笑みが残ったままだった。
「それは本人に聞いてみたらどうだい?」
「聞いて……みました。でも、答えが聞けなくて」
「それじゃあまた聞いてみればいい」
「そんな簡単に……」
コスモはグリーゼを軽く睨んだが、グリーゼは余裕の表情を崩さなかった。
「コスモは一度で諦めるような人間じゃないだろう?何度でも聞いてみるといい。それでも答えてくれなければ脅してでも聞けばいいさ」
「そんなことできません!」
「ははは」
グリーゼは愉快そうに笑った。
「どうしても答えてくれなかったり、ラッサムのことをどうしても好きになれなかった時にはケンリウムに帰ってくると良い。政治のことは気にすることはない、大切な妹のために僕がなんとかしてあげるから」
急に真面目な顔に戻ったグリーゼがコスモに優しくそう告げた。
「まぁ、きっとコスモなら大丈夫だよ。ラッサムのことも、先入観を取り払ってもう一度よく見つめ直してみるといい。新しい何かが見えてくるかもしれないよ」




