第十三話「あのお花の名前はなんと言うのかしら」
中庭に着いて、二人はまずマボランの花を見るために中庭を散歩することにした。いつもと変わらず無言で歩いているのだが、コスモはそれが居心地が悪くてたまらなかった。
「あ、あの、ラッサム。さっきは綺麗なお花をありがとう」
「……あぁ」
コスモは顔を赤くしてラッサムの顔を伺ったが、コスモの目にはいつもと変わらない無愛想なラッサムのように感じられた。
「あのお花の名前はなんと言うのかしら」
知っているのにコスモはあえて尋ねてみた。ラッサムが本当に知っているのか確かめたかったのだ。
「プルクリアだ」
その名前を聞いてコスモの心臓はドキッと跳ねた。やっぱりラッサムは知っていた。と、いうことは花言葉も……?
それを尋ねようかしばらく悩んで、結局口にすることができないままマボランの花の前にやってきた。
「まぁ……!」
マボランには鮮やかなピンク色の小さい花が咲いていた。コスモは屈んでその花に少し触れた。
「可愛らしいお花」
「そうだな」
ラッサムも立ったままだったがそれに同意した。
「そういえば、今日父さんに言われたんだが、一ヶ月後に結婚式を挙げることになった。アッサム達と一緒に。明日の婚約パーティで発表するらしい」
事務的に告げられる言葉にコスモはピクッと身体を震わせた。とうとう正式に結婚───
本当にこれでいいのだろうか。混乱した頭では何の答えも出せずにコスモはマボランの小さな花を見つめた。
***
とうとう婚約パーティの日がやってきた。日中は王子達も職務を休んで、コスモとミーティアと四人で中庭で紅茶を飲みながら穏やかな時間を過ごしていた。
「あぁ、緊張します」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ、ミーティア」
顔をこわばらせるミーティアにアッサムが余裕の表情で声をかけた。
「そうよ、ミーティア。あんなに練習したんだもの。あとはアッサムに任せておけば大丈夫よ」
「そうだよ、心配することはないさ」
「そう、でしょうか……」
二人に励まされてミーティアはようやく少し表情を和らげた。
「それより私の方が心配ね。ちゃんと粗相なくご来賓の方々とお話できるかしら」
コスモはそう言いながらも余裕の表情で紅茶を飲んだ。
「それも兄さんに任せておけば大丈夫だよ。兄さん、ちゃんとコスモのフォローをするんだよ?」
「……わかってる」
ラッサムはいつもの無表情で頷いたが、コスモはその顔を上手く見ることができなかった。
「それより、そろそろグリーゼ王子が到着する頃じゃないか?」
「そうだった……」
コスモはうんざりしたように溜息をついた。
「グリーゼ王子はコスモ様のお兄様ですよね?」
「えぇ、そうよ」
「僕達も出迎えにいこうか」
「えぇ!?いいわよ、そんな」
アッサムの提案にコスモは眉を潜めて断った。
「コブルスルツ国の大切なお客様だからね、行ったほうがいいでしょう」
「私も、是非」
「ミーティアも来るの!?」
コスモは戸惑いの表情を浮かべた。
「いけないでしょうか」
「いけない、と言うか……まぁいいわ」
コスモは溜息をついた。
「遅れると何か言われそうだし、そろそろ行きましょう。アッサム、ミーティアのことはちゃんと守ってあげてね」
「ふふふ、そうだね」
うんざりした表情のコスモと穏やかに笑うアッサムを交互に見てミーティアは不思議そうな顔をしたのだった。
***
コスモ達が城の入り口に着いた時にはまだグリーゼは到着していないようで、コスモはホッと胸を撫で下ろした。
「グリーゼ王子に会うのも久しぶりだなぁ。コスモも久しぶりなんじゃない?」
コスモの横に立ったアッサムがにこやかに話しかけてきた。
「久しぶりっていう程でもないわよ。せいぜい10日振りでしょう」
「コスモ様は…その、グリーゼ王子とはあまり仲が……?」
ミーティアが訊きにくそうにしながらも好奇心には敵わなかったようで、そう尋ねた。
「仲が悪いわけじゃないわ。ただ……」
コスモがそう言いかけた時、入り口の扉がギーッと軋みながら開いた。その先から歩いてくる人影を見て、コスモは小さく溜息をついた。その人物は背筋を伸ばして足音大きく近づいてくる。自分に対する自信が歩き方に表れているようだった。
「あぁ、コスモ!」
コスモ達を見つけると、真っ先にコスモに声をかけて近づいてきた。
「相変わらず可愛らしい我が妹よ。元気にしていたかい?」
「えぇ、おかげさまで。グリーゼ兄様もお変わりないようで」
「あぁ、僕も相変わらずだよ。コスモもケンリウムを離れて上手くやっているか心配していたのだが、その変わらぬ美貌を見ることができて安心したよ」
グリーゼは両手を広げて大げさに喜びを表した。コスモと同じ茶色い髪の毛と赤い瞳。はっきりとした目鼻立ちは目を引く美しさだ。
「それより兄様、ラッサム達も兄様を出迎えておりますよ」
「おぉ、そうだね!久しぶりだねラッサム王子、アッサム王子。僕の可愛い妹との再会を喜んでいたばかりに挨拶が遅れてしまって申し訳ない!」
グリーゼは全然申し訳なさそうに謝りながら、まずはラッサムと、次にアッサムと握手を交わした。
「お久しぶりです、グリーゼ王子。この度はわざわざケンリウム国から出向いていただき、ありがとうございます」
「いやいや、誰であろう、可愛い妹の婚約記念パーティだからね!こちらこそお招きいただいて感謝します」
グリーゼはラッサムに綺麗な所作で礼をした。
「して、そちらにいらっしゃる綺麗なお方はどなたですか?」
グリーゼの目がミーティアに向いた。
「ミーティア・マクラードと申しまして、僕の婚約者です」
「おぉ、貴女が!」
勢い良く近づいてきたグリーゼにミーティアは驚きながらもなんとか笑顔を作った。
「ミーティアさん、お初にお目にかかります。ケンリウム国第一王子グリーゼ・モラガウスと申します」
グリーゼは躊躇いなく膝をついてミーティアの手にキスをした。
「これはなんとお美しい。我が妹も相当のものですが、それと同じくらいお綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
ミーティアは顔を赤くしてどうしたらいいかとアッサムとコスモに目線で助けを求めた。
「兄様、そのくらいに。ミーティアはアッサムの婚約者ですよ」
「もちろんわかっているよ。ただ、僕は美しい女性にはその立場に関係なく賞賛を送らずにはいられない星の下に生まれた男だからね」
グリーゼはミーティアの側を離れてコスモの元に戻ってきた。
「あ、ヤキモチを焼いたかい?もちろんコスモは僕のたった一人の可愛い可愛い妹なのだから、その立場は揺るがないよ」
「はいはい」
大勢の兵士が見ているから、と丁寧な対応をしてきたコスモだったが、それももう疲れてしまって普段の雑な対応に戻った。
「それじゃあ兄様、私はパーティの準備があるので、これで。兄様は兵士の方が案内してくれる部屋で大人しく待っていてくださいね?」
「それじゃあ僕もコスモの部屋に着いて行こうか?」
「兄様」
コスモはきつくグリーゼを睨んだ。
「ふふふ、冗談だよ。相変わらずその厳しいところも素敵だよ、コスモ」
「それでは」
グリーゼには反応せずに、コスモは背を向けて颯爽と去っていった。その様子は、本人は認めたくなくとも兄に似た堂々とした歩き方なのだった。
残されたラッサム達は一瞬呆然としたが、一礼してからコスモに続いてグリーゼの元から離れていった。




