第一話「アッサムではなく、ラッサム?」
「……は?」
小国、ケンリウム国の姫コスモ・モラガウスは父の発した言葉をすんなりと受け入れることができず、顔面蒼白のまま聞き返した。
「申し訳ございません、もう一度おっしゃっていただけませんか?」
父であるケンリウム国の王、サン・モラガウスは眉尻を下げたままもう一度同じ言葉を口にした。
「コスモに縁談が来ている。相手はコブルスルツ国の第一王子、ラッサム・ノートン。先方がコスモを是非、と言ってきているんだ。まずは婚約を、と」
コスモは繰り返されたその言葉を聞いて足をふらつかせた。いつかその日が来ることは姫という立場に生まれたのだから覚悟していた。問題はそこではない。
「ラッサム・ノートン。間違いないのですか?アッサムではなく、ラッサム?」
「第二王子のアッサムは時を同じくしてコブルスルツ国の貴族の女性を妃に迎えることになったらしい」
「何故……」
コスモはとうとうその場に崩れ落ちた。コスモの婚約者はラッサム。双子の弟のアッサムではなく兄の方のラッサム。
何故、アッサムではないのだろう。アッサムと約束したのに。その約束をずっと信じて来たというのに。
ケンリウム国とコブルスルツ国は隣国で、昔から交流がある。ケンリウム国の姫であるコスモも昔から父に連れられてコブルスルツ国にはよく出向いており、そこの双子の王子ラッサムとアッサムとも昔馴染みだ。二人とは歳が二つしか変わらないこともあって仲良くしてきた。
兄のラッサムは無愛想であまり喋らない。話しかけても無愛想で何を考えているのかもよくわからない。それに対して弟のアッサムはいつも優しいお調子者。コスモはそんなアッサムと言葉を交わすことが多かった。
コブルスルツ城はケンリウムよりも広く綺麗だ。中でも綺麗な花がたくさん咲いた中庭がコスモのお気に入り。昼間は何かと行事がありゆっくりと見ることのできない中庭を夜こっそり抜け出しては訪れて、そこで綺麗に咲く花を見ることが好きだった。
ある夜、コスモはそこでアッサムに出会った。アッサムも教育係でメイドのサーシャの目を盗んで抜け出してきたのだと言って笑った。
夜の中庭で出会うアッサムは夜の静かな闇に紛れているせいか昼間よりも落ち着いた雰囲気で優しかった。二人はそこで花を見ながらたくさんの話をした。それから夜に中庭でアッサムと密会することがコスモの何よりの楽しみとなった。長く時間を過ごすにつれてコスモがアッサムに恋慕を抱くのにそう時間はかからなかった。
ある夜、アッサムは古い童話を持ってきてコスモに読み聞かせてくれた。そのお話は、昔からの想い人がいる姫が想い叶わず家の都合で別の貴族と結婚させられる。それでも想い人への深い愛情は収まらず、ずっと想い続けたまま死んでいく。すると、想い人が迎えにきてくれて、天国で一緒になるという話だ。
それを読んで、コスモは悲しくて泣いた。自分もケンリウム国の姫。想い人のアッサムと結ばれる可能性は100%ではない。物語の姫と自分とを重ねてしまい、涙が止まらなくなってしまったのだ。アッサムは焦った様子でコスモに理由を尋ねた。コスモはアッサムからの追求に逃れられず、またあまりに悲しくてその場でアッサムに告げてしまった。「私は貴方が好き」と。
アッサムは驚いた顔をしたが、すぐにコスモの手を強く握ってこう誓ってくれた。
「俺の妻には必ず君を迎える。そうすればこのお話の姫みたいにならずに済む」
二人は固く約束し、コスモの涙も止まった。
年齢を重ねるうちにコスモは昔のようにコブルスルツ城に行くことは少なくなってしまった。しかし、コスモはずっと信じていた。アッサムのその言葉を。それなのに───
「大丈夫か?コスモ。そんなに嫌なら断っても……」
「いいえ」
コスモは気を取り直して立ち上がった。アッサムには何か理由があるのかもしれない。あんなに固く約束をしたのだから。
ここでラッサムからの縁談を断ってしまったらそう簡単にコブルスルツ城に行くことが出来なくなるだろう。それだけは嫌だ。アッサムに会って直接理由を聞きたい。コスモは拳をぐっと握った。
「ラッサムとの縁談、お受けいたします」
***
コスモがケンリウム国を立つ日がやってきた。綺麗な薄いブルーのドレスに身を包み、豪華なアクセサリーもつけて馬車に乗り込む。
「何かあれば帰ってきて構わないからな」
「身体には気をつけて」
「元気でやれよ」
両親と兄のグリーゼが労いの言葉をかけてくれる。コスモはそれに応えてから真っ直ぐと前を向いた。その顔はこれから嫁に行く姫というよりも戦場に赴く兵士のような顔だ。固い決意に満ちている。
ケンリウムは丘の上に国土を持つ小国だ。南には戦好きの野蛮な国と名高いシアーレリ国が控えている。そのシアーレリに攻め込まれないためにもケンリウムは東の大国、コブルスルツ国と同盟関係を結んでいる。コブルスルツはシアーレリよりも大国であるため、滅多なことでは攻め入れない。こうして微妙なバランスを保っている状態だ。
もしコブルスルツと同盟関係が解消されることになってはケンリウムはすぐにシアーレリに攻めこまれてしまうだろう。したがってコブルスルツとは友好関係を築いておきたい。血縁関係を結ぶとなればその関係は安泰といったところだろう。
そのためにも今回の縁談は重要なものになる。
馬車はコブルスルツに向けて走る。出発から七時間程でコブルスルツ城に到着した。
コスモがゆっくりと馬車から降りると、コスモの夫となるラッサム・ノートンとたくさんの兵士が出迎えてくれた。
ラッサムとアッサムは綺麗な金色の髪の毛をしている。ラッサムの髪の毛は前に会った時よりも短く刈り上げられている。白い肌に整った顔立ち。口を真一文字に結んでコスモを見つめていた。
「お久しぶりでございます」
コスモは丁寧に挨拶をした。
「そんなにかしこまらなくて良い」
ラッサムはコスモの記憶にあるよりも威厳のある声をかけた。
「まずはこちらに」
「恐れ入ります」
ラッサムとコスモは並んで歩き始めた。控えの従者や兵士達は気を利かせて二人から距離を取った。それを確認してからコスモは砕けた口調でラッサムに向けて口を開いた。
「久しぶりね、ラッサム」
「あぁ」
「元気だった?」
「あぁ」
人に会話を聞かれなくなると、コスモとは違いラッサムは口数が少なくなった。変わっていないな、とコスモは心の中で溜め息をついた。
「ご両親と…アッサムも、元気かしら?」
コスモは特別な感情を悟られないように平静を装ってそう尋ねた。ラッサムは少し間を空けてから、
「変わりない」
と、答えた。
「そう」
コスモはそれを聞くと部屋に着くまで口を開くことはなかった。このお城にアッサムがいる。望んだ形でなくてもアッサムと同じ場所で暮らすのだ。
ラッサムはコスモをある部屋に案内して、そこで書類にサインをさせられた。それは婚約のための書類だ。婚約と言ってもただ紙切れ一枚にサインをするだけ。淡白なものだとコスモは思った。
それが終わると、ラッサムは別の部屋にコスモを案内した。
「ここがコスモの部屋だ」
部屋はケンリウム城のコスモの部屋よりもずいぶんと広い。内装も豪華で白を貴重とした、誰もが憧れるような素敵な部屋だ。コスモは言葉もなく部屋の中を見回した。
「隣は俺の部屋だ」
ラッサムが指したところにドアがある。そこから廊下に出ずに行き来できるらしい。当たり前だけどラッサムの婚約者になるのだとコスモは改めて思い知らされた気がした。
「夕食まで時間がある。部屋で休んでいるといい」
「わかった。ありがとう」
馬車に長時間乗り、一人でコブルスルツ城を訪れたことに多少の疲れを感じていたコスモはありがたくその申し出を受け入れた。ラッサムは頷くと何も言わずに部屋を出て行った。
「ラッサム……何も変わってない」
コスモは一人で呟いた。
「ラッサムの婚約者に、なんて本当に大丈夫なのかしら」