俺が悪役令嬢だッ!
俺は、念願の悪役令嬢になった。
これから乙女ゲームのこの世界で、悪逆の限りをつくす。
「エリザベス様、お茶が入りました」
それはもう豪華な部屋で優雅にくつろぐ私に、侍女が紅茶を運んできた。
私は一口、口をつけると、無言でカップを床に投げ捨てた。
「エ、エリザベス様? なにか、お気に召さないことが……」
「あなた、ここで何年、紅茶を淹れているのかしら?」
「いえ、そちらは紅茶ではございません。そちらはコンドレキサの滝のエブラケという草の根から取れる養分を一週間煮込んだものにアブラシロツメグサという薬草を入れてからエンブラハスという色素を混ぜて……」
聞いてもいないのに、延々と語りだした。
あることないこと言っていびろうと思ったのに、まったく隙がなかった。
めちゃくちゃ詳しいわこいつ。プロだわ。
「あなた、むいてないわ。さっさと荷物をまとめて里に帰りなさい」
「えっ……」
超絶理不尽……しかしこれぞ悪役令嬢。
案の定、侍女はぐすっと、鼻を鳴らして泣き出した。
「この程度で泣き出すだなんて、教育がなってないわね。もうあなたの顔は二度と見たくないわ、さっさと出て行きなさい」
「うっ、うぅ……申し訳……いえ、ありがとう……ございます。私、田舎に戻って、実家のお店を手伝うか、ずっと迷っていて……。まさかエリザベス様が、こんな形で、背中を押してくださるなんて……」
なぜか感謝された。
ぺこぺこと、慇懃に礼を繰り返して、侍女は部屋から出て行った。
……まあまあ、あるあるだわ。こんなこともある。
悪役をやって勘違いされるパターン、みたいな。
でも勘違いとか、そんなのいらんのよ。しょうもない、私が望んでいるのはそんな陳腐なヤツじゃあない。
理不尽を通り越して、極悪、極楽、一週回って悪役、みたいな。
つまり悪役令嬢だよ!
俺は取り巻きの子女クリスティーナを部屋に呼びつけた。
俺とか私とか一人称がふわふわしているのはこの際どうでもいい。
「これはこれはエリザベス様、ご機嫌麗しゅうございます」
「よくってよクリスティーナ」
俺は転生と共に身につけた悪役令嬢スキルの一つ、悪役令嬢言語を使いこなしスマートに応対する。
ヒロイン、システィーナ。これから徹底的に、あの女をいじめ抜く。これぞ悪役令嬢の花。
ていうかクリスティーナっていきなり名前被ってんな。ややこしいわコイツ、まあいい。
まず、精神攻撃は基本。
手始めに、クリスティーナのアナルはガバガバ、という噂を立てるように、彼女に命じた。
「えっ、それはどういった……? ガバガバにすればいいのでしょうか……? しかし、一体どのようにすれば……」
「愚問ね……。それは少し考えれば、わかるでしょう? あなたのことは買っているのよ? 私の意図を汲んで、動ける人間だと」
「は、はっ。身に余る光栄でございます……。かっ、必ずや、エリザベス様のご意向に、お応えしてみせます……」
この女は私の命令には、絶対服従なのだ。
クリスティーナは私の鋭い眼光に圧倒されたのか、青ざめた顔で、部屋を出て行った。
にやり、と俺は悪役令嬢スマイルを浮かべる。
直接命じるのは、あくまで、噂を流すこと。
たとえその噂が、なにかの間違いで現実のものとなったところで、私にはあずかり知らぬこと。
悪役令嬢たるもの、直接自らの手を汚すようなことはしない。
――ふっ、覚悟なさいクリスティーナ。これからあなたには、地獄を見せてあげる……。
……ん? クリスティーナ?
あ、間違えた。ヒロインの名前はシスティーナだった。
う~ん……。
まっ、いいか。
取り巻き共の無能さに業を煮やした私は、自らシスティーナをシバくイベントを起こすべく、城の廊下をウロウロした。
システィーナは私の付き人という設定で、それが私の婚約者アーガスと密会している。
さらに別の男ともフラグを建てるために、勝手にフラフラ出歩いているのだ。
私はついにシスティーナを見つけた。
曲がり角で男とぶつかって倒れて、みたいなベタなイベントの最中だった。
「ああっ、ご、ごめんなさいい……」
「こちらこそ悪かった。しかし、元気な子供が飛び出してきたのかと思ったよ」
「子供だなんて、そ、そんなぁ……」
「ははは、ごめんごめん。あまりにも小さくて気づかなくてね……」
陳腐なそのやりとりに我慢の限界に達した俺は、いきなりシスティーナの背後から襲い掛かった。
転生と共に極めた悪役令嬢スキルの一つ、悪役令嬢真拳を見舞う。
――バキィッ!!
だが俺の手がシスティーナの頭をカチ割る寸前、脳がぐわんと揺れた。
クロスカウンター気味に、システィーナの拳が俺のアゴにクリーンヒットしていた。
「うぐおお……」
「あっ、エリザベス様、申し訳ありません! ヒロインの固有スキル『ドラゴニックカウンター改』が勝手に発動してしまって……」
ふざけんな、スキルとか意味わからんこと抜かしやがって。
俺以外が勝手にそんなメタ発言していいと思ってるのか?
つーかパンチ重すぎだろ……どういう設定だよ。武闘派のヒロインとか意味がわからん。
私は悪役令嬢真拳秘奥義、悪役集気法でガタガタになったアゴの回復を試みる。
「やめないかエリザベス!」
その時、唐突にアーガス王子が現れた。
システムがガバガバなんかしらないが、瞬間移動してきた。やたら怒っている。
しかし、相変わらずキモイ。というか、メイン男キャラの容姿がどいつもコイツもキモい。
キャラデザの奴の味かなんか知らないが、みんなカ○ジ並にアゴが尖っている。
アーガスというよりかはアーゴスのほうがしっくりくる。
それに等身もおかしく、顔がやたら小さく体がでかい。キャ○翼並みのアンバランスさである。
そらシスティーナも小さい小さい言われるわ。お前らがでか過ぎるんだよ。
そんなのがいきなり沸いて出て敵意たっぷりに睨みつけてくるから、もうある種のホラーゲーである。
「エリザベス、最近の君の態度には、目に余るものがある。もはや我慢の限界だ!」
なんか知らんがイベント入った。
もしやこれが話に聞く、婚約破棄イベントか。来た来た、これぞ悪役令嬢最大の見せ場。
ここはまず、悪役令嬢言語で、軽々論破タイムだ。
「これはこれはたいそうなお言葉。私が一体、何をしたというのでしょうか?」
「君がシスティーナに、取り巻きを使って陰湿な行為をしていること、私が知らぬとでも思ったか!」
「はて? 全く身に覚えのないことですけど、私が、具体的にどんな行為をしていると?」
「君のせいで、クリスティーナのアナルはガバガバなんだぞ!」
「それは正直すまんかった」
それについては反省している。
まあ恨むなら、ヒロインとダダ被りの名前を設定したライターに言ってくれ。
「あっ、違う、今のは違う。クリスティーナではなく……、そう、システィーナ! 君は彼女とすれ違うたびに、わざと肩をぶつけたり、こっそり足を踏んだり、髪を引っ張ったりしていると、数々の目撃証言がある!」
「今しがた表立ってボコられましたが何か? アゴが元に戻りませんが何か? なぜか軽く指先が痺れてきてますが何か?」
なんかヤバイ神経やられてんじゃないのかねこれ。
システィーナは障害が残るレベルの暴行をしておいて、デフォルトの立ち絵の表情でずっとにこにこしている。普通に怖い。
完全に論破すると、アーゴスが一層声を荒げて怒り狂った。
「ええい黙れ! 大体、その偉そうな態度は何だ! もはやお前の話など聞く耳もたん!」
完璧な流れだ。そう、ここで相手からの一方的な……。
「からの?」
「か、からの……?」
おいおい、なんでそこで止まるんだよ。
からの婚約破棄だろ?
なんだよこいつ、早く婚約破棄しろよ。
「もう結構ですわ、婚約破棄ですわ!」
向こうがなかなかしないので、こっちからしてやった。
「い、いきなりなにを言ってるんだお前は……」
「婚約破棄されてやんの、ざまぁ~」
そして婚約破棄からの、ざまぁ。
これぞ悪役令嬢の醍醐味。
いや~愉快愉快。よくわからんけど、大体こんな感じであってるでしょ。
「そんないけません、婚約破棄だなんて……。お二人とも、どうかお気をお沈めください。お二人が、仲たがいをされるなんて……きゃっ!?」
その時、私達の間に割って入ろうとしたシスティーナが、いきなり何かにぶつかってすっころんだ。
見ると、システィーナとぶつかったのは質素な身なりの男だった。
床に、持っていた清掃具をぶちまけている。
「シ、システィーナ……、き、貴様っ、どこを見て歩いている!」
アーゴスが清掃員を怒鳴りつける。
だが挙動不審な動きでぶつかりに行ったのは、どう見てもシスティーナだった。
なんかしらんがこれもイベントなのか。
「この、平民の分際でっ!」
「あっ、も、申し訳……」
必死に頭を下げる男の頭を、アーゴスはさらに上から足で踏みつけた。
うわ、こいつ鬼畜やな……。
しかし、気圧されている場合ではない。
こちとら天下の悪役令嬢。鬼畜さにおいて、他に後れを取るわけにはいかない。
俺は負けじと、清掃員のケツにストンピングをかます。
「オラオラ、悪役令嬢なめんなよ」
ズシズシっと蹴りつけていると、いきなりシスティーナの姿が残像のようにブレた。
バシッ! ズンッ!
システィーナはアーゴスの頬を張り、ついでに目にも止まらぬ速さで俺の腹部に鉄拳をめり込ませる。
てかなんで俺には強烈なボディやねん……。
「シ、システィーナなぜ……?」
「アーガス様は、常々、職業に貴賎はないと、そうおっしゃられてましたよね? それが今の態度はどういうことですか?」
「い、いやっ、今のは……」
「このお城には、108箇所のトイレがあります。それを、毎日誰が掃除していると思っているのですか?」
「そっ、それは……」
いやいや便所多すぎだろ。煩悩の数並みじゃねえかよ。
ゲーム世界の住人に便所なんて必要ないし、ていうかそもそも、便所の清掃員とか、乙女ゲームにそういうのいらねえだろ。
それにこいつ一人で全部掃除してんのかよ、すげえわ、普通にすげえわ。
「ああ、すまないシスティーナ……。私が悪かった。だが、やはり君は素晴らしい。本当によく出来た女性だ。ぜひとも、私の妻に……」
「いえ、お断りします」
「え?」
「だって、顔とか体型とか、色々キモいんですもの」
確かにそんなキモい奴は嫌だわな。
システィーナはそう言い捨てると、アーゴスを放置して清掃員に手を差し伸べた。
「ジェイク、今日もご苦労様。手伝うわ」
「あ、ありがとうございます」
モブはキャラデザの人が違うのか、めっちゃイケメンだった。
急にメスの顔になったシスティーナは、私達には目もくれずに行ってしまった。
どうやら、身分の高い奴は全員悪役、というコンセプトのゲームらしい。
そして、ヒロインは平民と結ばれる。
一番の誤算は、俺がこの乙女ゲームを、ていうか乙女ゲーム自体を全くやったことがなかったということか……。
だが俺は、この程度ではめげない。
さて、どうやってシスティーナからあの男を寝取ろうか……。
はやりの悪役令嬢に挑戦してみました。
こんな感じで大体合ってればいいんですけども。




