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俺、死んだの?  作者: と〜や
現実編

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71.招待

 翌日はいい天気だった。

 カーテンの隙間からこぼれる陽の光に俺が目を覚ますと、目の前には銀髪の滝。閉じられた瞳を縁取る銀色のまつ毛まで綺麗で、思わずため息が出る。

 あー……うん。一応、初夜、だったんだよな。

 あれやこれやを思い出して、思わず元気になっちまった。

 だって、こんなに可愛い嫁だぞ? 滾っても仕方ねえと思う。

 そっと柔らかなほっぺをつつくと、まつ毛が震えた。ゆっくり開いたまぶたの下から紫の瞳が俺を見る。


「……ゆーと……おはよ?」

「ああ、おはよう」


 キュッと抱き込む。あ、もちろんちゃんと着替えさせたから寝巻き越しだけど。

 理央は体を強張らせてから、もぞもぞと布団の中で逃れようとする。

 その仕草やおどおどした表情、恥ずかしげにうつむくさまとか、人を煽ってるとしか思えねえんだけど。

 あーだめだ、滾ってきた。俺、こんなに性欲強かったっけ。


「起きられそうか?」

「ん……」


 くっついてると治まるものも治まらなくて、渋々体を離して起き上がる。理央も背中を向けてもぞもぞしながら体を起こした。

 ほどけて散らばる銀の簾の向こうから俺をちらりと見る、紫の瞳。薔薇色に染まる頬といい唇といい……くっそ、約束がなけりゃ一日だろうが三日だろうが籠っていられるのに。

 なんとか滾るものをいなして、ベッドから立ち上がる。


「何か飲むか?」

「うん」


 ベッドから足を下ろした理央に真紅のカーディガンを渡し、部屋を出る。

 こうでもしないとしどけない雰囲気を醸す理央をもう一度ベッドに戻してしまいそうだった、なんて気取られちゃいけない。

 そうでなくとも夕べはがっついた自覚があるんだから。結婚早々に離婚を切り出されたりしたら、マジで凹む。というか死ねる。

 キッチンに駆け込んで口元を覆う。今の俺、絶対顔がふにゃけてる。口元が締まらないし、頬が緩みっぱなしだ。誰かに見られたりしたらドン引きされること請け合いだ。

 コーヒーの準備をしながら、じわじわと湧き上がってくる幸せの実感に身悶える。

 夢じゃ、ないよな。いや、夢だとしたら今度こそ、醒めない夢でいてほしい。


 ◇◇◇◇


「いらっしゃい、遊人、理央」


 そう言いながら両手を広げて俺たちを迎えたのは、深紅のチャイナドレスに身を包んだ直斗だった。


「ナオトだ……」


 理央の声に俺も頷く。まさにナオトがそこにはいた。少し歳をとったとはいえ、神の国にいた時と変わらぬ姿に、懐かしさすら感じる。


「うふ、ありがと。向こうで着てたのと同じ柄なのよねえ」


 改めて見れば、単なる深紅ではなく、同色の色糸で刺繍が施されていた。体にまとわりつくそれは鳳凰をかたどったものらしい。

 嬉しそうな直斗に導かれて足を踏み入れたのは、繁華街から一本入ったビルの地下にあるバーだった。

 この辺りは柄が悪いからとあまり足を向けなかった地域で、直斗の店だというこのバーも初めてだった。

 足音の鳴らない分厚い絨毯、黒光りする床にカウンター。磨き上げられたグラスの向こうに、見たことのある顔があった。

 向こうも俺の顔は覚えていたらしい。軽く会釈をすると微笑みを返してきた。


「遊人は知ってるわよね、アタシの聖ちゃんよ。聖ちゃん、彼女がアタシの新しい妹で、こっちがその婿ね」


 風間聖、と名乗った彼はにこにこと笑う。風間、ということは養子縁組をしたのだろう。そうでもしないと、風間の力で守れないのだということは、理央の一件でよくわかっている。


「とりあえずカウンターでいいわね?」

「ああ……いや、ボックス席にしてもらえるか?」


 スツールを見て眉をひそめた理央に気がついてそう言うと、直斗は目を瞬かせたあと、両手を打ち鳴らした。


「ああ! ごめんなさい。そうよね、つらいわよね」


 それだけでイロイロ察したのだろう。いや、それはいいけど、わざわざ口に出すとか絶対わざとだろうっ! 理央の顔が真っ赤になっている。俺も多分赤面してるだろうことは顔のほてりでわかる。

 理央をエスコートしてボックス席に座らせると、俺も隣に腰を下ろした。対面には直斗が座る。


「今日はアタシのおごりよ。なんでも頼んで頂戴」


 そう、今日は結婚祝いをするからこの時間に来るように言われていたのだ。


「じゃあ、魔王を」

「まおう??」


 首をかしげる理央の向かいで直斗は頬を緩ませた。


「ふふ、覚えてたのねえ」

「ああ、飲ませてくれるって約束だったからな」

「わかったわ。理央はジュースでいいわね?」

「うん、お願い」


 気づかぬうちにそばに侍っていた聖さんがオーダーを取っていく。直斗も仕事なんじゃないのかと思ったけど、俺たちのコンパニオン役をするつもりらしく席から離れる様子は無い。まあ、他の客はいないようだからいいんだろうけど。

 まもなく運ばれた切子硝子の目の覚める青色に目を細めながら、軽く持ち上げる。

 夢じゃない、本物の魔王を口に含むと、向こうで飲んだのと同じ味だった。あれは夢なんだから、俺の知らない味が再現できるはずない、と目覚めてから思ったが、やはり規格外な世界だったのだろう。

 ま、そりゃそうか。他人と夢を共有できたくらいだ、味覚も触覚も自由自在だったに違いない。でなきゃこの再現率は説明がつかない。


「料理はアタシのお勧めを並べるから、楽しみにしてよね」

「ああ」


 向こうで食べた直斗の料理はどれも絶品だった。あれが夢の産物だったからできたことなのか、それともこっちで同じものができるのか、ちょっと興味がある。


「直斗は料理もするのか?」

「何言ってんのよ、向こうで散々食い散らかしたくせに」

「いやまあ、そうだけど、すっごい美味かったから」

「店で出すんなら当然よ。これでもちゃんと調理師免許持ってんですからねっ」


 腰に手を当ててふんぞり返る直斗はいつもにも増して光って見えた。


 ◇◇◇◇


 はち切れそうな腹を撫でながら、ソファの背に体を預ける。こっちの直斗の料理も最高に美味かった。向こうで食べたのよりさらに洗練されてて、腹一杯なのに手が止まらない。


「どうだった? って聞くまでもないわよね」

「うん、もう食べれない……」


 理央も苦しそうに可愛らしいワンピースのお腹を撫でている。


「うふふ、これでひとつ夢が叶ったわ」

「夢?」


 実に嬉しそうな直斗に首を傾げれば、直斗はカウンターに両肘をついて組んだ手の甲に顎を乗せている。


「そ。現実世界に戻ったら、リオに腹一杯アタシの手料理を食べさせるの」


 その言い方はいつもと同じで、何も知らない人にとっては何気ない一言に聞こえただろう。

 でも、俺も理央もあの世界を知ってる。

 その一言に乗せられた思いに、俺は目を細める。

 聖さんも、向こうでのことは聞いているのだろう。直斗に注がれる視線は実に暖かい。


「直斗……」

「……ほんと、ありがとね、遊人。アタシがここにいられるのもアンタのおかげよ」


 そう呟いて直斗は微笑む。


「やめてくれよ」


 戻れたのは俺のおかげでもなんでもない。それに、その話題は理央にとっては嬉しくない話のはずだ。

 ……昨日だって、あれほど心を痛めていたのだ。

 そっと隣を見れば、案の定理央は青い顔をして固まっていた。

 眉をひそめて直斗を見ると、直斗も口元を引き締めて眉根を寄せている。

 聖さんはこちらに顔が見えないように横を向いてしまっていた。

 そんなことを言うために、ここに呼んだのか?

 俺はそっと理央の手を握る。はっと顔を上げた理央はあからさまに不安を瞳に宿していた。

 小さいリオの顔が重なる。

 ああ、この顔だ。ナオトがいなくなった時の、あの顔。

 手に力を込めて、笑顔を見せる。

 軽く引っ張ると、バランスを崩して俺の方に倒れかかる。そのまま肩を抱き込んで、理央の耳に唇を触れた。


「ゆーと……ごめ」

「おかげで理央を手に入れられた」


 口にしかけた言葉を塗りつぶすように耳元でささやくと、見る間に頬が真っ赤になっていく。

 そうだ、それがなきゃ俺は、理央にも直斗にも会ってなかった。

 あの夢のように、ひたすら働いて、一人きりのまま生きて、死んで行っただろう。

 この腕の中に理央がいる現在なんて、どうひっくり返したってあり得なかった。

 だから、苦しんで欲しくない。

 死を選ぶほど苦しんだんだ。十分じゃねえか。むしろ生きてることの方を喜べばいい。

 養い親だってそう思ってる。……託されたんだ。幸せにして見せるさ。


「ありがとう」

「……え?」


 きょとんと俺を見上げる顔は小さなリオそのままで、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。


「な、なんなの、ゆーと」

「ありがとうって言ったんだよ」


 生きててくれて。

 続けてそう告げようと思ったけどやめた。泣く理央も可愛いけど、しおれさせたいわけじゃない。

 命いっぱいに輝く、いつもの眩しい笑顔でいて欲しいから。

 そのためなら俺は命だってかけちゃうんだぜ?


「なあ、子供は何人欲しい?」

「いっ、なっ、なに言って」


 急な話に理央は目を見開いてる。さらりとした髪に手を差し入れ、なでおろす。


「一人目女の子がいいな。理央に似て可愛いだろなあ。絶対バカ親になる自信がある」

「あら、いいわね。女の子なら可愛い服を着せ替え放題じゃない。貢いじゃおうかしら」


 カウンターの向こうからやってきて直斗が向かいに座る。


「うちの親もきっと孫馬鹿になるわねえ。理央の服も山ほど用意してたし」

「やっぱそうか。俺の親もめちゃかわいがるだろうな」


 理央でさえあれなのだ。孫となったら、下手したら入り浸るんじゃないだろうか。


「な、直斗も、ゆーとも、なにいきなり」

「もちろん、今後の家族計画ってやつだよ。結婚したんだし」

「そ、そりゃそうだけどっ」

「その前に結婚式よ。アンタ、式なしとか考えてないわよね。風間の娘と跡取り婿の結婚なんだから」

「えっ」

「母親たち、ノリノリで準備始めてるから覚悟なさい」

「げっ」


 意気投合してた母親たちを思い出して思わず顔がひきつる。

 絶対悪ノリするに違いない。

 それより何より、急な話でまだ指輪も渡してねえんだぞ?


「理央はやっぱりドレスかしら。白無垢も似合うと思うのよねえ」

「理央ならどっちも似合うだろうな」

「そうよねえ。やっぱり両方見たいわよねえ。じやあそう言っとく」


 直斗はそういいながらスマートフォンをいじっている。


「え?」

「母親たちから色々リクエストがね。理央の希望聞けってうるさいのよ」

「えええっ、ちょっとまってよ直斗っ」

「答えなきゃ今すぐアンタたちの新居に押しかけるって言ってんだけど、どっちがいい?」


 ちろりと舌を出して直斗は笑う。背後に悪魔の尖った尻尾が見えたのは気のせいじゃないだろう。


「ゆ、ゆーと……」


 断れば新婚生活に姑掛ける二が降臨するってか。

 ぎゅっと服の裾を握る理央の頭を撫でて、直斗に向き直る。


「……何を答えればいいんだ」

「ふふ、そう来なくちゃね」


 嬉しそうな直斗の顔に、思わずため息を漏らした。これぐらいは許してくれよな。

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