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俺、死んだの?  作者: と〜や
現実編

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70.眠り姫の凱旋

 それから四日ほど経って、理央は退院してきた。聞く限りでは理央の問題というよりは外的要因のせいらしかった。

 直斗は何も言わなかったが。


 迎えに行きたかったが、マンションの周囲に不審者がうろついていると言われては我慢するしかない。そんな状況の中で、理央に何かあったらと胃が痛くなる。

 だが、杞憂であったらしい。少しふっくらした理央の頬を見て、ほっと胸をなでおろす。


「あの、た、ただいま」

「うん、おかえり」


 ちなみに俺たちの部屋は直斗とはフロアが違う。これも一応新婚である俺たちに配慮した、と言っていたが、実際は聖ちゃんとの時間を邪魔されたくないだけだろう。

 そんなわけで、こんな広い部屋に二人きりだ。


 初日に直斗にしてもらったように、部屋の中を案内する。俺の荷物はほんのちょっぴりだったが、理央が退院してくるまでに一部屋は彼女のもので埋まった。

 もちろん、二人の義母の仕業だ。昔から娘が欲しかったと公言していたお袋も舞い上がってるらしい。

 理央は部屋を見回すとため息をついた。


「こんな豪華な部屋なんて聞いてない」

「俺も驚いた」


 まあそれでも、よくある嫁姑問題には苛まれずに済みそうなことだけは幸いかなと思う。

 キッチンに足を運べば、直斗が手配してくれたらしく、高級レストランのごとくきらびやかな空間に早変わりしていた。給仕の人までいるとか、どこの貴族の家だよっ!

 なんというか、落ち着かない。俺一人で暮らしてた時はこんなのなかったよな? 弁当一つだったんだけど……。

 どれだけ理央が愛されてるかを再認識する。ほんと、理央を悲しませるようなことをしたら俺、どうなるんだろ。もちろん、そんなことは絶対にありえないけどなっ!


 給仕の人に促されて席に座る。暖かい食事なんて何日ぶりだろう。あの顔合わせ以来じゃないか?

 理央は緊張しているのか、あまり話さない。

 給仕の人がいるからなのか、とも思ったが、考えてみればこうやって同じ時をゆっくり過ごすのは、向こう以来なんじゃないか?

 俺とリオなら、そんなに気負わずに済んだかもしれない。

 でも、ここにいるのは理央だ。紛れもなくこちらで生まれ育った、肉を持った立派な女性で。

 ……しかも、それなりに年の離れた相手とは、何を話していいのか惑うのかもしれない。

 食器の奏でる音と、かすかに流れるクラシック音楽だけが支配する。

 こんな息苦しい食事は、顔合わせの時だけで十分だ。しかもあの時は二人の母親が意気投合して賑わせていた。

 今は……俺と理央の二人きりだ。

 しかも。

 これからずっと、二人なんだ。

 こんな重苦しい時間を過ごしたいわけじゃない。

 メインディッシュをマナー通りに静かに平らげ、二人してそっとため息をつく。

 給仕の人は、俺たちをソファに誘い、黙って食後のコーヒーとデザートを出すと退室していった。

 はす向かいに座った俺たちは、給仕の人が去った扉をじっと見つめ、それから顔を見合わせてもう一度ため息をつく。


「……はー。こんな肩こった食事、初めて」

「俺もだ」

「なんか、息するのも忘れちゃった」

「そうだな」


 手配してくれた直斗には悪いが、明日以降は断ろう。というか、二人で慎ましく暮らせればそれでよかったはずなのに、なんでこう、色々おまけが付いてくるんだか。


「何食べたか全然覚えてない」


 ローテーブルに置かれたカットメロンをつつきながら理央は眉根を寄せている。


「食事自体は美味しかったけどな」


 同意しつつもそう答えると、理央はがっくりと首を落とす。よほど緊張していたのだろう。


「でも、全然楽しくなかった。明日以降は断るよ」

「うん。……食事くらい、ボクが作るから」

「作ってくれるのか?」


 驚いて声を上げると、理央はムッと唇を尖らせた。


「こう見えても六歳の時から母さんの手伝いしてたんだから」


 胸を張った理央は、次の瞬間には暗い顔でうつむいた。

 今まで理央の口から養父母のことが出たことはなかった。やはり、わだかまりはあるのだろう。

 あの時の養父の思いを俺は知っている。でも、代弁していいものじゃない。


「理央」


 暗い顔のまま、理央は顔を上げない。

 席を立って後ろに回ると、背後から理央を抱きしめた。柔らかくて、いい匂いがする。ビクッと肩を揺らしたものの、拒絶するそぶりはない。

 そのまま肩口に顔を埋める。さらさらの銀髪が滑ってうねる。


「遊人……」


 理央は何度か口を開けては閉じる、を繰り返す。

 ふわりと広がるのは悲しみの匂い。……涙の匂いだ。


「ボクは……卑怯者だ」

「理央」


 頬に流れる涙をぬぐいもせず、理央は言葉を紡ぐ。


「あの時、自分のことしか考えてなかった。ボクがやったことで、二人がどうなるかなんて、考えもしなかった。ただ、楽になりたかった。……卑怯者、なんだ」

 

 銀の滝を指で梳り、涙をぬぐいとる。

 理央が苦しんだことくらい、あの二人は分かっているだろう。理央を追い詰めたのは自分たちだと思っているに違いない。

 理央の目覚めは知らせたと直斗からは聞いてる。でも、合わせる顔がないのだ。理央が許していると知らされてなお、会おうとしないのは……。

 不器用な親子だ。

 親を悲しませたと後悔する娘。娘を、死を願うほどに追いやったと自らを痛めつける親。


「理央」

「ボクは……」


 するりと前に回ってその先を言わせないように唇を塞ぐ。理央は抗うように俺の胸を押す。でも病み上がりの理央の力では押しのけることはできない。

 腕の力が抜けたところで唇を離すと、理央は赤い顔で荒く息を吐きながら、俺を睨みあげた。

 ……くそっ、それさえも可愛くて仕方がない。

 分かってるのか? 一応今日は初夜なんだぞっ!


「……遊人のばかっ」

「悪い、あんまりに可愛くて」

「真面目な話、してるんだからっ!」

「俺も至極真面目だよ」

「どこがだよっ、ボクの話、ちっとも聞いてないだろっ」


 イヤイヤをするように首を振る理央を抱きしめる。


「聞いてたさ。美味しい朝食、作ってくれるんだろ?」

「ちがーうっ!」

「違うのか? 理央の手作りモーニング、楽しみなのに」


 心底がっかりしたような顔を作って……いや作らなくても思うだけで本当にがっかりな顔になるんだけどな……しょんぼりとうなだれると、理央は途端にあわあわと両手を振った。


「ち、ちがわないっ、けどっ今は、そんなことじゃ」

「理央の手作り料理だぞ? そんなことじゃないだろ」

「だからっ……」


 八の字眉で顔を伏せると、理央はため息をついて肩の力を抜いた。


「もう……わかったよ」


 俺と同じくらいしょげる理央を抱きしめて、にっこり微笑む。

 理央の話を聞いてないわけじゃない。ごまかしてるわけでも、からかっているわけでもない。ましてやバカになんかしやしない。

 ただ、理央には笑顔でいてほしいだけ。そのためならなんでもすると誓ったんだから。


「……遊人は、ボクを甘やかしすぎだよ」

「そうか?」


 理央の受けた傷を考えれば、この程度じゃ生温い。俺は、理央をスポイルするつもりはない。でも、甘やかすと決めたんだ。本来受け取るはずだった愛の分も込めて。


「好きだよ」


 耳元で囁いてキスをする。

 理央が満足するまで、いや、いらないと言われるまで、何度でも囁こう。

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