66.捕まえた
眠る理央はほんのりと嬉しそうに微笑んで見える。
頬にかかる髪の毛を払いのけ、頭を撫でるとふにゃりと笑う。その無防備な姿がどれだけ俺を煽るか、わからないだろうな。
甘えるように手のひらにすり寄ってくる理央があまりに可愛くて、必死で顔を背ける。
そうでもしないと、うっすらと開いた唇が俺を誘ってるみたいに思えて……辛抱たまらん。
立ち上がり、窓に歩み寄る。外には見事な夜景が広がっているが、俺の心には響いてこない。
理央と二人きりにさせるとか、やっぱり直斗の考えてることはわからない。
理央のことについてはあのあと一通り説明を受けた。
父親がどういう血筋なのか、出奔した父親の落とし胤として引き戻された経緯、養父母の仔細に至るまで、渡された資料には書かれていた。
だから、直斗の義理の妹になることも理解はしてる。……直斗が義理の兄になることは受け入れがたいけど、仕方がないことも。
……でも。
『と言うわけだから、さっさと結婚して、既成事実作ってくれる? なんなら寝てる理央を襲ってもいいわよ』
なんて、普通言わねえだろうがっ!
仮にも義兄なんだぞ? 少しは義妹を大切にしようとかないのかっ! なんでああもあけすけなんだっ、あいつはっ!
……いや、わかってる。
たとえ直斗の義理の妹になったとしても、あいつらは諦めないこと。
あいつらにとって理央は手駒の一つでしかない、と聞いた。使えない駒はいらないと放り出したくせに、使えるようになったら取り戻そうとする。
そこに愛はない。
だからこそ、理央の実の両親は出奔したのだろう。そして、生まれた理央を彼らから隠すために養い親に託したのだ。そして、不慮の事故で亡くなるまで、隠し通した。
目を覚ました理央をあいつらがどう扱うか、想像に難くない。
そんなことさせねえ。どんな手を使ってでも。その点では直斗と意見は一致している。
その最大の手段が『結婚』で『既成事実』だってことも理解してる。
でもな。
だからって、眠る理央にあれこれしようとは思わねえ。
いや、そりゃさ? 結婚して、一緒に住むようになったら、朝から……とかやりてえけど。
まだ、互いの気持ちを確かめたところで、こっちでの理央とは二回しか会ってなくて。
なのに……ダメだろ。
事情はわかる。わかるけどっ、俺は理央とちゃんとシたいんだっ! しかも初めてだぞ?
「……ゆーと、どこ」
声が聞こえて我に返る。振り向けば、理央が探るように手を伸ばしていた。
飛んで行って手をしっかり握りしめる。
「俺はここだ、理央」
声をかけてやると、うっすらとまぶたが開いた。見たいと思って止まなかった紫水晶が俺を見つけーーふにゃりとやわらぐ。
「ゆーと……つかまえた」
きっと、追いかけっこでもしてる夢を見ていたのだろう。
握った手を引っ張られる。目覚める前と同じように俺の手にすりすりと頬ずりする理央があまりにも可愛らしくて、愛しくて。
「捕まっちまったなあ」
照れ隠しに苦笑しながら空いた手で頭をかくと。
「うん。……だから、やくそくどおり、けっこん、しよ?」
ちゅ、と手のひらに柔らかな感触。
キスされたのだ、と気がついて硬直する。
「り、理央っ?」
「やくそくしたもん。……ゆーと、やくそくやぶるの?」
寝ぼけているのだ、きっとこれは。そうでなきゃ俺の妄想が見せる罠かっ!
「り、理央、そのっ」
「もどったらけっこんしようって、いったよ?」
その言葉は嘘じゃない。嘘じゃないけど、今の俺には……理央に求婚する資格がない。
……無職の俺が、どうして理央に求婚できるって言うんだ。
「……うそなの?」
「嘘じゃないっ! 必ず迎えに来るから」
「……嘘つき」
理央の顔が歪む。目尻に浮かぶ涙に、思わず俺は理央を搔き抱いた。
「嘘じゃねえっ!」
「だって……ずっと一緒にいてくれるって言ったのに……遊人、会いに来てくれなかった」
拗ね口調のその言葉に胸が抉られる。
「……寂しかった」
「……すまん」
抱き起こし、ぎゅうぎゅうに抱きしめながら、こめかみにキスをする。
「だから、結婚して。……ボクもう、一人はやだ」
「……ああ」
頷きながら、結局プロポーズまで理央からされたことに気づいたのは、後からやって来た直斗に理央が嬉しそうに報告して、直斗に指摘されてからだった。
……ほんと、理央は俺の予想の上を行ってくれる。




