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俺、死んだの?  作者: と〜や
神の国編

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55/73

55.みんな揃って夢の中

「……え?」


 目を開けるとどこだかの街角に立っていた。

 まるでこの世界ーー神の国オルリオーネに降り立った時みたいで目を見張る。

 リオとハルの眠るベッドサイドで一瞬、目を閉じただけだったはずだ。

 瞬きした次の瞬間にここにいたなんて、本当にあの時みたいで不安を掻き立てられる。

 何が起こった? もしかして別の世界に飛ばされたのか?

 じゃあ――リオは? ハルは?

 あわてて周りを見回すと、見知った影があった。


「なにこれ。どこよここ」

「……ナオト?」


 思わず疑問形で声をかける。声は間違いなくナオトなのに、姿がまるで違う。

 先ほどまで一緒にいた時の姿でなく、バーテンダーが着るような黒いベストと白シャツの、きりっとした姿だ。実に似合っているのだが、なんでいきなりその姿なんだ?

 そういえば『神々の戯れ』ではいつも女物を着ていたが、もしかしたらあれもリオを安心させるための偽装だったのかもしれない。


「あら、アンタもいるのね。二人は? それにここはどこよ」


 くるりと回って俺を見つけたナオトの口から出るのはいつものオネエ言葉で、それだけで安堵するってのもまたおかしな話だ。


「わからない。リオたちもいないし」


 だが、ここはーーあの世界じゃない。まるで中世ヨーロッパのどこかの町を思わせたあの世界に、アスファルトなんて無粋なものはなかったはずで。

 それにーー。


「桜……?」


 はらりと降ってきたのは紛れもなくピンク色の花弁で、振り仰げば頭上を覆う桜の木がそよ風に揺れている。

 一瞬、あの中学校の入学式の夢の中かと思ったけれど、そばの建物は学校ではなかった。

 重々しい佇まいの建物、どこからか香る線香の匂い。黒服の人の群れ。

 俺が見た記憶より細部が鮮明なーー葬儀場。


「どうして……」


 思わず目を見張る。

 ここは、リオが一番来たくないところ。実の父親の葬儀。養父たちとの別れの……あの場所だ。


「ここがどうかしたの? 誰が亡くなったのよ。そもそもここはなんなの? さっきまでハルたちと一緒にいたわよねえ?」


 矢継ぎ早に飛んでくるナオトの言葉に答えようとして口を開いたものの、どう説明すればいいのか悩む。

 夢の中に引き込まれたのだろう、とは思う。俺はリオの、ナオトはハルの手を握っていたのだから。

 だが、ともに眠らないと夢を送れないんじゃなかったのか?

 俺は眠った覚えはないし、もし俺が眠っているとして、なんでここにナオトがいるんだ? このナオトは俺の夢じゃないらしいし。


「夢……だと思う」

「はあ? じゃあなんでアタシの夢にアンタが出てくんのよ。おかしいじゃない。それともアンタも私の夢の産物なわけ?」


 首を横に振る。俺は俺だし、これが夢なら俺の夢のはずだ。

 以前、ハルに見せられた夢も、あくまで俺の夢の中のことだった。だからこれも俺の夢だと思っているのだが。


「わけわかんないわ、もう……いいわ、とにかく二人を探しましょ。さっきまで一緒に居たんだから、近くにいるはずよね」


 アンタのその格好ならそんなに浮かないし、と言われて初めて、俺もパリッとした紺のスーツを着ていることに気がついた。

 入院以来、スーツに一度も袖を通していなかったことにも今更ながら思い当たる。

 ここに落ちてきた時は寝巻きだったし、ナオトが出してくれた服はカジュアルなものばかりで、スーツのことなんて完全に頭から消えていた。

 それまでは毎日着込んでいた、俺の戦闘服。

 だというのにどことなく着心地が悪い。サイズはピッタリだしどこもおかしくないのに。

 普段着の生活に慣れたせいだろうか。


「弔問客に紛れ込むわよ」


 どこから現れたのかわからない弔問客の集団に潜り込んで、葬儀場の入り口を突破した。


 中は広く、一番奥に遺影と祭壇が設えられている。

 ともに入ったはずの弔問客はあっという間にどこかへ消えていき、ここには俺とナオトしか残っていない。

 掲げられた遺影も記憶の通りだった。

 いや、覚えているものより鮮明で、よりハルに似ていた。ここまでそっくりなのか、と思わずにいられない。


「あれ……ハルじゃないのっ!」

「僕じゃありませんよ」


 すぐ後ろから声が聞こえてぎょっと振り向くと、子供の姿に戻ったハルが立っていた。

 遺影に悲鳴をあげたナオトは、声に振り向きーー絶望したようにその場に頽れた。


「おい、ナオト?」

「……どうして大人の姿じゃないのよっ!」


 俺は頭に手を当ててため息をついた。

 この場面でそれを言えるナオトってほんと肝が座ってる。きっと鋼鉄の心臓をしてるに違いない。


「ここであの姿をしてたら死者オヤジと間違われるからね」


 苦笑を浮かべるハルはそう告げ、視線を遺影に向けた。

 時折、弔問客がハルに会釈していく。この夢ではハルは『生きて』いるのだろう。だから、夢のーーモブのはずの人たちに認識されている。


「リオは?」

「もうじき来るよ。――遊人は知ってるよね?」


 ハルの言葉に俺は目を見張る。まさか――あのシーンを目の前で?


「悪いけど、干渉はできないから」


 ここがやはりハルの夢で、俺とナオトは招かれた異分子なのだと言外に知る。


「招いておいてそれかよ」

「招いてないよ。――夢が終わる前に僕らに触ったんでしょ?」


 子供姿のハルが眉間にしわを寄せる。だがそのサイズでは迫力は全くない。


「リオに誘われたんだ。手を握れと」

「リオが?」


 ナオトは違うけどな、と続けたが、ハルの耳には入っていない。


「一度目覚めたんだ、その時にな」

「目覚めた? ――その時何か言ってた?」

「いや、何も。何か問題があるのか?」

「そう……おかしいな、夢送りは途絶えなかったんだけど……」

「寝ぼけてたんだろうな。すまん、てっきり終わったのかとも思って、ナオトもハルの手を握ったんだ」


 そう告げると、ナオトがにっこりと微笑む。


「だって、二人並んで眠ってるアンタたちがあんまりに可愛かったんだもの」


 ……まあ、ナオトにしては我慢したよな? 触りたくてウズウズしてたのはなんとなくわかってたし、きちんと『待て』はしたもんな。


「とにかく、干渉はできないからね」


 それだけ言って、ハルは葬儀場の一番前の席に陣取った。本来なら喪主が座る場所だろう。


「ちょっと、どういう………」


 ナオトはハルの後をついて行きかけたが、突如流れ込んできた弔問客の流れに遮られて戻ってくる。

 俺はハルを見つめながら口を開いた。

 ここがリオの夢の中であること、今見えているのは過去の映像であること。

 これから繰り広げられるだろうことの内容まで語ると、ナオトは眉根を寄せて祭壇を見た。


「そう……そういうことだったの」

「ナオト?」


 なんのことかわからずに聞き返したが、ナオトは悲しげに首を振り、遺影に目をやる。

 俺たちを置いてけぼりにして、葬儀は進む。実の父親は随分と人望厚い人だったらしい。黒い頭の中にちらほら金髪が混じるのは、親戚なのだろう。

 教会式なのか、花を手に祭壇に進む人たちに視線を向ける。

 その中にリオを見つけた。

 黒いドレスに黒いベール。そばには両親の姿はなく、あの女が腕を掴んでいる。

 これは、すでにあのシーンよりも後なのだ。考えてみれば、あれは通夜だったのだろう。こんなに客もいなかった。それに、養い親たちがいない。


「ちょっと、あれリオじゃない?」


 ナオトの声に俺は足を踏み出した。

 この世界に干渉はできない。よくわかっている。以前夢を見せられた時もそうだった。あの時は養い親の目を通してリオを見つめるだけだった。

 でも、今はここにいる。自分の身体がある。

 干渉できないということは、向こうからも感知されないのだろう。弔問客の目の前を横切ってもぶつかっても、気にも留めないのだから。

 ならば、好きなようにするさ。

 何もできずに歯がゆい思いをするのは一度だけでいい。


 人をかき分けてリオのところまでたどり着くと、腕にかかったあの女の手をぐいと引っ張ってみた。干渉できないのなら、ビクともしないだろうと思っていたが、あっさりと外れた。

 女の方は、外れた手を不思議そうに見つめる。

 やはり、俺の存在は感知されていない。

 リオの手をすくい上げて自分の手を重ねると、リオはのろのろと俺のいる方に顔を上げた。

 視線が重ならないのは、やはり俺が見えないからだろう。


「リオ」


 きっと俺の声も聞こえない。隣で叫んでいるあの女の声が聞き取りにくいのも、夢だからなのだろう。


「君は一人じゃない」


 何を言うべきか迷った。

 これは夢だ。きっとリオは目を覚ませば細かいことなんて忘れるに違いない。モブに誰がいたかなんて、些細な問題だ。

 でも、これが全ての始まりなら。

 現実を捨てたきっかけなら。


 リオの視線は宙をたゆたう。音が消えてリオしか見えなくなる。


「いつもそばに君を見てる人がいる。君を大事に思う人がいることを、忘れないでくれ」


 何を言っているのだろう、俺は。

 何を言ったところで、リオの中には残らないのに。

 それでも。


「俺も待っているから」


 やんわりと手を引く。抵抗らしい抵抗もなく俺の腕の中に閉じ込められたリオは、それでも虚ろに目を開けたまま。

 そっとこめかみに唇を押し付けると、リオが顔を上げた。

 間近で見ると、銀の髪に縁取られた白い顔は透き通るようで、時折揺れるまつげも伏し目がちなところも直球どストライクに俺の胸を打つ。

 こんな可愛い子が腕の中にいるんだぜ?

 一年前の俺に言っても絶対信じないだろう。

 絡まない視線が痛い。こんなに近くにいるのに繋がらない思いとは、なんてもどかしいんだろう。


 音が戻ってきて、リオの手が離れる。

 視線は一度も絡まずに、リオの体は離れていき、俺は抗いようのない力でその場に留め置かれる。

 リオを見失わないように見つめることしかできないのがもどかしい。

 恋は苦しいものだと誰かが言ってた気がする。

 以前の俺なら、鼻で笑ったにちがいない。そんなことより仕事をしろと、恋にうつつを抜かす後輩を叱ったこともある。

 笑わば笑え。それでも欲しいんだ。

 一瞬だけちらりとこちらを見たリオと視線が交差した気がした。


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