54.双子
長らくお待たせして申し訳ありません
「で、あの子たちは?」
玉座の間に腕組みして立つナオトの声に俺は顔を上げる。
あの後、ナオトはあっさり『神々の戯れ』を宮殿につなげた。俺がつないだ穴の隣にナオトの繋げた扉がある。ナオトのは扉、俺のはただの穴。――仕方ないだろ? 繋げるのだけで精いっぱいだったんだからよ。
ナオトがつないでくれた以上、もう用済みだ。あのピンの耐久性もそう高くはないし、夕暮れまでには壊れて消えるだろう。
一応、ナオトからは『神々の戯れ』から宮殿へは消すことなく常時つなぐことを了承させた。
その理由として、リオが眠りについていることを説明せざるを得なかったが……。
いつ目覚めるか分からないリオが、『神々の戯れ』に戻ろうとした時に扉がないと困るだろう、と言えばナオトは渋々だが扉を設置してくれたのだ。
まあ、その結果として、リオのいるところに案内させられているわけだが。
しかし、ハルからはしばらく邪魔するなと言われている。この状態のナオトを案内して、騒ぎにならないはずがないよな。
眉根を寄せて悩んでいると、ナオトは不機嫌そうに俺をにらんだ。
「なによ、言えないっていうの?」
「……あんた絶対騒ぐだろ」
「はぁ? 何言ってんのよ。リオが昏睡状態なんて聞いて落ち着いていられるわけないでしょ」
「無理やり聞き出した癖に」
「当たり前じゃないの。……アタシはリオの保護者なんですからね。たとえ成長して大人になったリオがアンタを選んでも、保護者はア・タ・シ。分かったならとっとと案内しなさいよ」
わざわざスタッカートを聞かせて強調するあたり、嫌味にしか聞こえねえ。思わず顔をしかめたが、ナオトはどこ吹く風で気にもしない。
本当にナオトにとってはリオが第一なのだ。
俺やハルなんかリオに比べれば優先順位ははるか下の方なんだろうな。まあ、分かってはいるけどさ。
「……しばらく邪魔するなと言われてる」
「ちょっと、邪魔って何よ。アタシが邪魔するわけないじゃないのよ」
――落ち着いていられるわけないと言ったばかりだろうが、あんた。
俺は手で目を覆うとため息をついた。
ああ、やっぱりここに来ると言い出した時にナオトを止めときゃよかった。あの時は『神々の戯れ』と宮殿を繋ぐことばかり考えてたからなあ。うかつだった。
「とにかく、今はこのまま寝かせてやってくれ」
「何よ、眠ってるリオの顔を見るのもだめだって言うの?」
「ハルが付き添ってる」
「別にかまわないわよ。アタシは気にしないわ」
自信満々なナオトの顔に、再びため息をついた。
この様子じゃあ何を言っても聞かないだろう。
「分かったよ。……ハルの私室にいる」
「私室って……」
ナオトは言葉を濁した。ぶん殴られた俺が寝かされてた場所、リオに締め出しを食らったあの部屋だと気が付いたのだろう。
「とにかく、何を見ても騒ぐなよ」
だめ押しのつもりで怖い顔を見せながら言うと、ナオトは胡乱な目で俺を見つつ深々とため息をついた。
「……アンタねえ。そんなこと言われて心配しない親がいると思うの?」
「……いつの間に親になったんだよ」
「アタシは保護者なのよ。親も同然じゃないの」
――どこからそんな屁理屈を持ってくるんだよ、まったく。
「とにかく、そんなことを聞かされて安穏としてられるわけないじゃないの」
ナオトはジロリと俺を睨む。
そんなに心配することないんだっての。俺よりももっと強い絆で結ばれているんだ、心配ない。誰よりも安全なんだよ、ハルは。
そこまで思って、そういえばナオトには知らせてないことに気がついた。ナオトにとって、ハルはまだどこかの馬の骨、なわけだ。
――まあ、俺も同類に思われてる気がするけど。
「ハルなら大丈夫だ。――あいつは……」
「弟なんでしょ? 知ってるわよ」
ナオトはハルの私室に向かいながら、俺の言葉をぶち切った。驚いて立ち止まると、ナオトは振り返り、実に嬉しそうに俺をニヤニヤ笑いながら見る。
「――知ってたのか?」
「ハルが教えてくれたのよ。ほんと可愛いわよねえ、ハルって。できることなら連れ帰りたいくらい」
うふふとか笑ってやがる。ちくしょう、なんかムカつく。
「ほら、さっさと行くわよ。可愛いリオの寝顔、見逃しちゃう」
ほらほら、とか言いながら、ナオトはさっさと歩いていく。さっきまで恋人を想って泣いていたとはとても思えない。どこまでたくましいんだ、まったく。
◇◇◇◇
そっと扉を開けて入ると、部屋の照明は俺がいた時よりも一段階落とされて暗くなっていた。
広いベッドの上には人影が二つ並んでいる。
「やっぱりかわいいわねえ、二人とも」
そう小さな声で呟いてほう、とため息をつくナオトに、俺も不本意ながら同意を示す。
眠る二人は顔を寄せ、あどけなさの残るリオのそばに、大人びた顔のハルが眉根を寄せて寝転がっている。
確かによく似ている。
目を閉じているからか、なおさら類似点がはっきりわかる。
鼻の形、眉の下がり方。おでこの生え際、耳の形。
男女の双子だから一卵性ではありえないのだが。
……いや。ハルにとっては関係がないのだった。
彼の肉体はこの世界の中だけのものだ。もしかしたら弟でなく妹であったかもしれない。
ここにいるハルは、記憶にある実の親の姿を模したものなのだろう、おそらく。
「触るなよ」
「……わかってるわよ」
ベッドに近寄るナオトに釘を刺しておく。一応ここに来るまでに夢渡りの危険性は説いたつもりだが、今のナオトの顔を見るとすっかり忘れていたようだ。
……お願いだから唇尖らせて拗ねないでほしい。ええ歳のおっさんが。
なんてことを思うようになったのは、夢の中で病院で眠る現実のナオトらしい人物を見たせいかもしれない。
俺なんかよりずっと年上で、頼り甲斐もありそうだった。ナイスミドルというのが一番しっくりくる。
「ああん、ここに混じって添い寝したいわあ」
「やめてくれ」
ただでさえ混乱してるのに、これ以上の火種は要らない。
ベッドサイドに膝をついて二人を見つめるナオトの反対側に周り、リオを見下ろす。
今どんな夢を見ているのだろう。寝顔は実にあどけなく微笑みすら浮かべていて、苦悩の様子も見られない。いい夢を見ているのだろう。昔の記憶を。
願わくばこのまま、辛い記憶など思い出さなければいい。
だが現実に戻るには乗り越えなければならないことだとも理解している。
その時、支えになれるのか。死よりも俺を選んでくれるのか。辛くて苦しくて泣くのは俺の腕の中であって欲しい。
選ぶのはリオだ。俺には何もできない。ただ、リオが選んでくれるのを待つしか……ない。
そんなことを思いながらリオを見つめていると、不意にリオが身じろぎした。うっすらと目を開けたように見える。
「リオ?」
もしかして起こしてしまっただろうか、とちらりとハルを見るが、彼の方は起きる様子はない。
リオは寝そべったままゆっくりと手を伸ばしてきた。明らかに俺に手を握ってくれと言っている。
もうハルの見せる夢は終わったのだろうか。辛い記憶も既に……?
リオは薄く開けていた目でじっと俺を見つめた後、目を閉じていく。その目に失望は浮かんでいなかったものの、期待を裏切ったのではないかととっさに伸ばされた手を握った。
だがそのまま再び眠りについたらしく、特に反応もなく寝息が聞こえてきた。
「あら、アンタばっかりずるい。さっきは触るなって言ったくせに」
「これは……不可抗力だ」
ナオトの言葉に眉根を寄せる。まさか、もう一度寝るなんて誰が思うよ。
「じゃ、アタシも」
そう告げたナオトはあっさりとハルと手をつなぐ。目を覚ますのではないかと思ったが、ハルはピクリとも動かない。
まだ夢を送っているのかもしれない。
このまま釣られて眠りにつけば、夢に引き込まれるかもしれない。リオの左手はまだハルの右手を握っているのだから。
「寝るなよ、ナオト」
「やーよ、二人に添い寝できるチャンスなんてもうないかもしれないじゃない」
あっかんべ、と舌を出すナオトにため息をつきつつリオを見た。
眠っているのにリオが笑ったような気がした。




