53.思い出
短いです。
僕によく似た金髪の男の人をリオは覚えていない。
それもそのはず、あの人がリオに最後に会いに来たのは一歳に満たない時だったから。僕はと言えば、見知らぬ人にのぞき込まれて泣き叫ぶリオの視界から、その人を見ただけだ。
あれが父親だということは、僕はなぜか知っていた。
リオの目を通して現実を見るだけの僕は、体だけはリオと同じスピードで成長していたが、中身はリオより少しだけ成長が早かった。
それはおそらく、リオが眠っている間も起きていたせいだろう。
だから――あの人から定期的に養い親に手紙が届いていたことも、僕は知っている。養い親が何を考え、どう思っていたのかも。
養父たちは、眠る幼子のリオを何ら警戒してなかったから。
あの人の顔を最後にリオが見たのは、葬儀の日。遺影は、泣くリオの前でさえ終始笑顔だったあの人の面影が残る、柔らかな笑みだった。
でも、リオはろくに見もしなかった。養い親以外の父親を認めようとしなかった。だから、リオの記憶の中のあの人は実におぼろげだ。――だった。
あの人の妹がリオを連れ去るまでは。
リオにとって、この顔はすべての不幸の元凶にしか見えなかっただろう。敬愛する養父母から引き離されたのも、望まない立場に追いやられたことも、それがきっかけだったのだから。
あの人やその妹に似た金髪は憎悪の対象にまでなっていた。
だから、大人になった僕の顔を見てリオが固まったとき、心底肝が冷えた。自分が成長したらあの人にこれほど似るとは思いもしなかったんだ。
記憶は残っていないものの、何か感じるところはあったのかもしれない。わざわざ僕の顔を触って確かめたほどだ。きっと、本人は意図して行動したわけじゃないだろうけど。
これ以上の刺激を与えるわけにはいかない。そう思ってすぐにでも宮殿に戻りたかったのだけれど、ナオトに引きずられてしまった。
しかもリオまで成長するとは思わなかった。その一因に僕の姿があったことは間違いない。僕を羨ましそうに見ていたのを、知っていたから。
あの時、『神々の戯れ』を壊してでも宮殿に戻るべきだったのだ。――そう思っていた。
でも。
桜並木を歩いていく三人を遠くからうかがう。
流れていく光景は、リオの記憶だ。
遊人の隣にいるために、釣り合う自分になろうとしたリオは、自ら進んで現実に戻ろうとしている。
やはり遊人が鍵なんだ。
誰がねじ込んだのかはわからない。でも、呼ばれるべくして呼ばれた存在。
リオは一歩足を踏み出そうとしている。遊人のために。
ここにいれば辛いことも悲しいことも、怒りも憎悪も知らずに過ごせる。――ちょっとした誤解はあったけど、遊人と一緒にここで過ごすことだってできるんだ。それこそ永遠に。
僕がそういうふうに作ったから。
でも、リオは選んだ。
ここにある平和で退屈な安寧より、辛く厳しい現実を。現実に戻ろうとする遊人と共にあることを。
その姿を変えてまで遊人の隣にあろうとするリオを、どうやって止められる?
嬉しそうに振り向くリオ。優しい笑顔で見守る養父母。何も知らないリオの笑顔が消えるのはもうすぐだ。
つらい記憶を見せるのは、僕だって辛い。一緒に追体験しているようなものだから。
でも――選んだのはリオだ。
僕はその手伝いをするだけ。
リオの――いや、二人のために、
「大丈夫だよ、姉さん。遊人がいるから」
小さな小さな声でつぶやく。
遊人は知っている。知ってなお受け止めようとしてくれた。
だから大丈夫。
安心して――堕ちて。
そうつぶやいて、僕は次の夢を送り出した。




