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俺、死んだの?  作者: と〜や
神の国編

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51.宮殿へ

 食事のあとナオトはさっさと奥に引っ込んでしまった。宮殿へ道をつなぐ話は、リオが起きてきたところで打ち切られたままだ。

 無理やり引きずり出したところで、ナオトが応ずるとは思えない。

 だから、あれを使うことにした。


「遊人、見せたいものって?」


 声に振り向くと、ハルが戸口に立っていた。その後ろからリオが顔を出す。

 俺は二人を招き入れ、タペストリーの前に誘った。


「これだ」


 新しく作り出した四つのピンを手のひらに乗せると、ハルは怪訝そうにそのひとつを取り上げた。ピンが帯びる青い光がハルの手に移る。


「これ、あの時の?」

「ああ。あの指輪の応用だ」


 ハルの手からピンを取り上げて、タペストリーに取り付けると、四角く空間がゆがんだ。手を触れて、つなぐべき空間を指定すると、今朝まで見えていた玉座が問題なく映る。


「ここ……」

「宮殿の中だ。……まさか本当に繋げられるとは思ってなかったけどな」

「……遊人たちは自由に立ち入れるようにしてあるから」


 なるほど、だからできたのか。それなら納得できる。宮殿側の権限設定のこと、すっかり忘れてた。

 手を差し込むと、手首から先が冷たい空気に触れる。

 ハルもゆっくり手を触れた。


「大丈夫そうだね。もう少し安定させたいところだけど」


 そうなんだよな、『神々の戯れ』の権限を与えられたナオトや、全能者のハルに比べると、どうしても俺の支配力は弱い。まあ、無理矢理支配してるのだから、当然といえばそうなのかもしれないが。

 リオもそうだ。何もないところに扉を作れる彼女なら、こんな苦労はしなくて済むんだよな。

 そこまで考えて、はたと気がついた。……こんな妙な手法を使わなくても、リオに扉、作ってもらえばよかったんじゃね?


 ……と、とりあえず、ハルでも書き換えられない俺の支配空間の方が安心ってことにしておこう。

 地味に精神的ダメージを受けながら、自己弁護する。……なんか最近、こういうの、多い気がする。


「ハルが固定すればいいんじゃないか?」

「僕が手を出したら、神々の戯れ(ここ)の権限まるごと書き換えかねないから」


 なるほど、ハルの力は万能なだけに、繊細な制御をするのは難しいのかもしれない。

 俺の場合は支配力が弱い分、きちんと調整してやらないといけないからな。細かい調整はお手の物だ。


「触っていいか?」

「ああ、構わないぞ」


 俺の答えを待って、リオはタペストリーに手を触れた。が、首をひねって自分の手を見つめている。


「……なあ、ここ、おかしかねぇか?」


 振り返ったリオは俺の方を見ている。俺は、ハルを見上げ、肩をすくめた。ハルは少し目を見開いている。


「オレでも固定できないし、なんか……自由が利かない」

「遊人の支配下にあるからだろうな」

「ゆーとの? どういうこと?」


 リオは首をかしげて俺を見上げる。

 そうか、リオは空間支配を無意識でやっているから、自分の支配下におけない空間があるのが不思議に感じられるのだろう。


「俺は特別らしい」


 そう言ってにやっと笑うと、リオはふぅん? と首をさらにかしげる。俺は手を伸ばしてリオの頭に手を置いた。

 だが、俺が特別な理由を正確には説明できない。言えるのは、俺が特別だということだけだ。だから、分かりやすくかみ砕く。


「つまり、俺はハルやリオより強いってことだ。心配するな」

「そっか、わかった」


 にかっと笑うリオの笑顔は久しぶりに見た、前歯を全部見せる笑い方だった。


 ◇◇◇◇


 宮殿内は前と変わらずひっそりと静まり返っていた。微妙に違うのは、ほこりっぽいこと。ハルがいなくなって、掃除が行き届かなくなった結果なのだろう。

 玉座に歩み寄ると、ハルはくるりと振り向いて腰を下ろした。

 そういえば、初めて会った時はまるで王様のような上等な服とマントと王冠をかぶっていたな。俺を支配下に置けないと知って怯えて逃げまくったハルを思い出して、ついくすりと笑う。

 小さかったハルには大きすぎた玉座だったが、今のハルにはちょうどいいらしい。肘置きに手を置いて、忙しなく手を動かしている。その手の先に何があるのか、俺には見えないが、何かを操作しているのだろう。


「で、なにか手伝えることはないか?」


 ハルがやっているのは、俺たちを現実に戻すための作業だ。


「今のところはないかな。……少し時間がかかるから、二人は散歩でもしてきてよ」


 ちらりと顔を上げたハルは、俺とリオを見てほんの少しだけ眉根を寄せる。まあ、確かにこの宮殿のことは俺には操作できないし、何ができるのかも知らない。そもそも手伝いが必要なのかどうかも分からないが。


「わかった。リオ、庭でも散歩するか?」


 くるりと振り向いて手を差し伸べると、リオは押し黙ったままうなずいた。

 手を引いて玉座の間を出る前にハルを振り返る。ハルはもうこっちを見ていなかった。


 廊下に居並ぶ青い鎧の兵士たちを横目に、下に降りて行く。一階まで降りれば、庭に出るのはすぐだった。

 青々とした芝生ばかりで、花をつけるような植物はないらしい。見るものがいないからなのか、殺風景だ。


「寂しい庭だね」

「そうだな」


 リオの言葉にうなずくと、ふわりと暖かい空気が庭に満ちた。地面からまるで早送りのように草花が目を伸ばし、花開いていく。

 木が生えてきた、と思ったらあっという間に見事な幹を備え、満開の桜が花びらを散らし始める。

 リオの仕業以外ありえない。息を吸うように力を振るう。何ができるのかなんてきっと考えていないだろう。寂しい庭だなと思っただけなんだ、きっと。


「すごいな……」

「へへ、綺麗だろ?」

「ああ、そうだな」


 嬉しそうに振り向いたリオににっこり微笑み返して、リオの頭を撫でる。

 桜の花なんてゆっくり見たのはいつぶりだろう。仕事が忙しくて、季節が変わったことも時々忘れていた。散り始めた桜の花びらが道を覆って初めて、桜の時期だと気づくことも多かった。

 どんだけ悲惨な生活を送ってたか、今ならわかる。でも、それが当たり前だった。ともすれば日が昇る前に家を出て、日が落ちてから家に戻る毎日。

 美しい花も月も、まったく目に入っていなかった。

 きっと、目の前にリオがいたとしても、気が付かなかったに違いない。

 それも仕方ないと、この世界に来る前の自分なら割り切っていた。恋や愛に現を抜かす暇があるなら、一行でも多くコードを書いていたい。それが当たり前だった。

 でも、今は違う。

 リオが隣にいるのなら、できる限り共に季節を楽しみながら時を過ごしたい。たとえそれがあっという間に過ぎる時であったとしても。


「この花、好きなんだ。……見てるとなんかワクワクするんだ。何かが始まるような」

「そうか」

「これ、なんて花だ?」

「桜だ」

「さくら……」


 不意に引き出しに押し込めた記憶が戻ってくる。黒髪の母親と桜の木の下に立つリオの姿。あれは確か、中学の入学式だったな。

 リオはそれを覚えていないはずだ。桜の名前すら知らなかった。なのにこの花を好きだという。

 もしかして……思い出しかけているのか? それとも、ハルが何か仕掛けているのか?

 桜の木に歩み寄ったリオは、そっと幹に手を当てた。途端に風がぶわりと吹いて梢を揺らす。花びらがちらほらと降りかかってリオの髪や肩に舞い降りた。


「リオ?」


 ゆっくり歩み寄って肩に手を置く。リオはゆっくり振り返り、俺を見上げた。目には涙が浮かんでいる。


「オレ……なんかおかしい。嬉しいのに、涙が出るんだ。胸ん中、ワクワクで一杯なくせに、すごく……切ない」


 声を上げるでなくはらはらと泣くリオを後ろから抱きしめて腕の中に閉じ込める。

 やっぱり、ないはずの記憶に感情が引きずられているのかもしれない。はっきりとは思い出せていないのだろう。それでも、感情だけが浮かび上がっているのだ。


「そうか」


 俺に言えるのはこの程度だ。リオの過去を知っていることを知られたくはない。思い出したリオから聞くまでは。


「地下にいた時に見たのか?」


 一応話を向けてみれば、地下と聞いて身じろぎする。やはり恐怖はぬぐえないのだろう。そっと頭をなでると、リオは首を横に振った。


「地下じゃない。……でも、どこだかわかんない」

「心配するな。――いやな気持にはならないんだろう?」

「うん」

「ならきっといい思い出だ」

「思い出……」

「ああ」


 リオは視線をさまよわせている。何か思い当ることがあるんだろうか。


「遊人。……思い出って、オレが経験したこと、だよな?」

「ああ」

「オレ……もしかしてなんか忘れてる……?」

「……かもな」


 リオの言葉に俺は肩をすくめてみせた。これで誤魔化せれば楽だと思ったけれど、成長したリオはごまかされてくれない。


「遊人、なにか知ってるんだ」

「知らん」

「……なんか冷たい」

「冷たくねえ」


 リオは顔を上げた。唇がとがっているのを指でつついてやると、さらに突き出してくる。思わず苦笑を浮かべて、リオの頭をがしがしかいてやると、あわてて頭を抱えて俺の腕の中から逃げた。

 なんかバカップルだ。俺ら。


「俺も知らねえし」

「ほんとに?」

「ほんとだ。……なあリオ、俺がここに来た理由、教えてやろうか」

「えっ」


 目を丸くしたリオはやっぱりかわいい。


「俺はさ。――リオに会いに来たんだ」


 心の中ではさらりと言えたくせに、口に出してみると、すっげえ恥ずかしかった。それでも声も震えずに比較的さらりと言えたつもりだけど、この顔の熱さから、真っ赤になってるに違いない。


「ゆーと……?」


 顔をあげれば、リオも真っ赤になっていた。


「だから――安心して守られてろ。俺は、どんなお前でもずっと傍にいる」

「本当に?」

「ああ」

「……約束、だよ?」


 そっと伸ばされたリオの手を握る。小指を絡めた約束をすれば、リオははらりと涙を落とし――その場に倒れ込んだ。

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