48.大人の姿、子供の心
ベッドにごろりと横になる。
今日はリオがいない。
ナオトにも釘を深々と刺された。
わかってる。
今のリオが傍にいたら……俺は何をするか分からない。
まさか、現実でなくこっちでリオが成長するなんて思ってなかった。
ナオトがあつらえたリオの服は実にかわいかった。他にもいろいろあるらしいが、リオはあんまり嬉しそうじゃなかったとナオトが言っていたのが気になる。女物の服が嫌いなのだろうか。
そういえば、リオはいつもあの姿――白いシャツに短パン、ベストの姿だった。子供だからおかしいとは思わなかったが、大きくなった姿にあれは刺激が強すぎた。
俺が作ったのも、ナオトが作ったワンピースも、実によく似合ってた。くるくるりと回ればふわりと広がるフレアースカートからなまめかしい足がちら見えする。それをリオは気にした風もなかった。
もう少し恥じらいを持ってほしいところだが、リオ自身はまだ元のまま――精神年齢は子供のままなんだ。
ハルに引きずられるように成長したリオ。
本意じゃなかったんじゃないか、とやっぱり思ってしまう。
ハルは、俺との約束があるから大人になったんだとしたら――それでよかったのか?
あれからリオと二人で話をする時間がなくて結局何も話せてない。
俺としてはすぐにでもぎゅうぎゅうに抱きしめて囲ってしまいたかったのに、ナオトとハルがさりげなく邪魔してくる。
何なんだよ。目障りだってか?
挙句の果てに、今日から別の部屋で寝るとか宣言されて、今日は広いベッドに一人きりだ。
右と左にハルとリオがくっついていたのが懐かしい。たった数日前の話だというのにな。
今からこんなことじゃ、現実に戻ったらどうなることやら。
ため息をついて、むくりと起き上がる。
今日は酒を断った。この間みたいに酔いつぶれさせられるのはごめんだったし、やりたいことがあったからな。
引き出しを開いて腕輪を取り出す。ナオトを助けに行くときに使った腕輪だ。
あの時は、俺が『神々の戯れ』の権限を握っていた。だから腕輪が作り出す空間は、俺の支配下にあったわけだけど。
今はどうだろう。
手首に装着して手のひらを合わせ、ひねるように手の上に空間を作る。
青い光を放つ両手の隙間には――果たせるかな、俺の権限下にある空間が出現した。
「やった……」
俺の部屋の権限は、気が付いた時にはすでにナオトに書き換わっていた。晩飯が終わって部屋に戻ったら、扉がなくなったのだ。初めてここに来た日、リオと一緒に閉じ込められた部屋のようだ。
こっそり扉を作ろうと思ってたのを見透かされたのかと思ったが、それなら扉を消さなくてもいいはずだ。
まあ、そんなわけで試してみようと思ったわけなんだが。
腕輪を一通り操作してみる。機能は問題ない。まあ、当然だな。
壁を触れば、青い光が部屋全体に広がっていく。
部屋の権限があれば、宮殿への扉は作れる。
『神々の戯れ』自体はナオトの支配下にあって、この部屋も基本的にはナオトから権限を与えられていただけだ。ナオトの思い一つであっさり権限を奪われてしまう。
でも、ナオトが与えた権限でなければうまく行くんじゃないか。
ハルが言っていた。俺の権限はなぜか上書きができなかった、と。
なら、この腕輪で発生した空間は、ハルにもナオトにも上書きできないはずだ。
部屋の一角、天井から垂れ下がったタペストリーに視線を向ける。
扉の権限を固定するためには、アイテムが必要だ。ハルをとらえた時に指輪で権限を書き換えたように。
タペストリーに手を触れると、青い光が移っていく。だが手を離せばすぐに光は消える。
今回は壁を四角に切り取って権限を固定させたい。扉そのものを作れれば早かったけど、手のひらの上の空間では扉を作るのは不可能だ。
手のひらの上で作り出した紐をピンで固定してみる。だが、どうしても権限を部屋全体に広げようとして許容量オーバーで力尽きてしまう。どうやらこの手のひらで作り出すアイテムにも力の上限があるらしい。
それならば、とタペストリーの四隅にピンを打つ。タペストリー自身を扉にしてしまえばいい。どこでもドアならぬ、どこでもタペストリーだ。
青い光は案の定、タペストリーの中だけでとどまった。タペストリーに触れて宮殿への道を思い描けば、タペストリーには玉座が映る。
そっと手を差し込むと、冷たい空気にさらされる。室内とは明らかに気温が違う。
これなら、宮殿へ戻ることは可能だろう。
試しに渡ってみようかとも思ったけど、これがいつまでもつのかわからない。向こうに無事出られたものの、戻る道がなくなってしまうのはまずい。
このまま開けておいても向こうから流れ込んでくるものはないはずだし、四本のピンでどれぐらい維持できるのかも見てみたい。
「とりあえず、一晩様子を見るか」
「何の?」
「そりゃ扉の……」
いつものつもりで声に応えて振り向けば、リオが立っていた。
「り、リオ?」
昼間着ていたワンピースではない、真珠色のパジャマを着たリオがすぐそばにいる。ふわりとシャンプーの匂いがして、どきりと胸が高鳴った。
いや、そんなことよりも、この部屋はナオトの支配下にあって、出入りする扉もなかったはずだ。
どうやって入ってきた? リオの背後には扉らしきものはない。
「どうやって入った?」
「遊人のところに行きたいと思っただけ」
「思っただけ?」
「うん、思いながら部屋の扉開けてみた」
はぁっ? なんじゃそれ。
リオの部屋の扉と俺の部屋がつながった? しかも、リオが思い描くだけで?
リオの部屋もナオトの支配下にあったはずだ。なのに、リオはそれを上書きしたってことか?
「……へん?」
「変っていうか……すごいな」
思わずぽろりと言葉が出た。前にもあったよな、宮殿で。自在に権限を使いこなして見せた。今回のもおそらくそれだろう。
「すごいのかな。……単に、遊人に会いたかっただけなんだけど」
首をかしげるリオがあまりにかわいくて、心臓が痛い。でも、ダメだ。
「き、今日はここに来るなってナオトに言われたろ?」
声が上擦る。ああ、どこまでヘタレなんだよ、俺は。
「えっと……その、お休みのあいさつ、してなかった、から」
「あ、うん」
お休みのあいさつって、まさかあれか? お、お休みのキスのことか?
いや、まさかな。ただおやすみって言いに来ただけだよな?
そ、そりゃリオから求められたら、仕方ないって言うか不可抗力って言うか据え膳食わぬは男の恥って言うか……。
思わず妄想が暴走してまじまじとリオを見てる間に、リオはタペストリーの前まで来ると足を止めた。
「これ、何?」
どう誤魔化そう、と思ったものの、リオに嘘をつきたくはない。結局素直に喋ることにした。
「ああ。宮殿への道、繋げてみた」
「宮殿……」
途端に声が暗くなる。リオにとっては宮殿はやはり鬼門なんだよな……克服したように見えても、たぶん根深いところに刺さってる棘なんだ。
刺激するつもりはなかったんだが、すまん、リオ。
「ちょっとした実験をしてたんだ」
リオを現実に戻すには、ハルに宮殿の全権を戻せと言われた。実際に宮殿の全権はハルが握ってる。
ただ、タイミングが悪くて詳しいことはまだ聞けてない。何をどうすればいいのか、何が必要なのか。俺には何かできないのか。
今朝聞いた話もそうだ。
リオが大きくなったことで、何が動き出すのか。俺にはとんと予想がつかない。
だが、リオとの約束だけは守りたい。
「遊人……ここがいやになった?」
背を向けたままのリオがどんな顔をしているのか、分からない。でも、その声はとてつもなく暗い。こんな暗い声、聞いたことがない。
「いや? リオがいるのにいやになるわけないだろ?」
にっこり笑ってリオの頭に手を置くと、ぱっと振り返ったリオは俺の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
そういえば成長してから一度も見てないな。前歯を全部見せる笑い方。
あれはやはり子供だったからこその笑い方、なんだろうな。大人になれば、こうやって柔らかく微笑むのが普通なのは分かってる。でも、少しだけ寂しいと思う俺は――やっぱりロリコンなんだろうか。
「じゃあ、なんで?」
「だから、実験してただけだって言ったろ? ナオトの支配下でもどうにかして外につなげられないかなって思ったんだよ」
「そと?」
「ああ。……ハルが宮殿に戻りたがってるし、ナオトは宮殿へはつながないだろ? ……でもまあ、リオが扉を作ればナオトでも止められないんだろうけどな」
実際にそれをやってのけたわけだし。
わざわざタペストリーで扉作る必要もなかったんじゃねえの? これ。
ハルだって同じ芸当はできるんだけど、自分で封じてるからなあ。
「じゃあ、遊人はここからいなくならないよな?」
そう言ったリオは泣きそうな顔で、俺は貼り付けてた笑いをはぎ取った。
「リオ、どうした? 何かあったのか?」
そういえば、子供のリオはこの時間ならもう寝ているはずだ。いつも通り寝て、悪夢でも見て起きたのだろうか。
リオは手を伸ばすと俺のパジャマの裾をぎゅっと握り、うつむいた。
「……遊人が、ここからいなくなる夢、見た」
「俺が?」
こくりと頷くリオは、空いてる手で顔をこすっている。泣いてるのだ、と思うとついいつものように胸に抱いた。抱いてから、サイズが違うことや、いつもより柔らかいことに気が付いたけど、どうしようもない。
「俺はどこにも行かねえよ。約束したろ?」
「うん」
「一人で寝たから夢見が悪かったのかもな」
「うん」
寝ているリオに働きかけるとすればハルぐらいなもんだが、それにしても俺がいなくなるなんて夢を見せてもいいことは何もないはずだ。
まさか、俺がやろうとしてた実験のことを察知して……? もしあのまま宮殿に試しで渡っていたら、戻ってこれなくなっていたのか?
「でも、一人で寝なきゃダメだって。大人になったからって。……子供のままの方がよかった?」
濡れた紫色の澄んだ瞳で至近距離から見上げられて、心躍らない男はいないだろう。
とにかく理性のタガだけは外れないよう、俺を誘ってやまない唇から目をそらしてリオに微笑み返すと、ぽんぽんと背中を叩いた。
「俺はどっちのリオも好きだよ」
「うん……」
「安眠できないって言うんなら、一緒に寝るか?」
その場合、俺は完徹だがな、と思いながら言うと、ぱっとリオは顔を輝かせた。
「いいのか?」
「ああ」
「あっ、でも、ナオトが言ってたんだ。今のオレと一緒に寝たらぺろりだって」
ナオトの奴、なんてことを教えるんだ。いやそりゃぺろりはしたいけど、したいけどっ!
「大丈夫だ。――全力で回避するから」
回避ってなんだよ俺。案の定リオは首をかしげていたが、何を納得したのか嬉しそうに俺の手を引いてベッドにさっさと潜り込んだ。――手を引かれた俺は問答無用なわけで。
子供の時にやってたように、俺の上体に乗り上げようとするリオをなだめすかして後ろを向かせる。俺の上でうつ伏せとか、やーらかいものが密着するからダメ、絶対っ!
俺の顔が見えないとかしばらくぶつぶつ言ってたが、すぐに寝息が聞こえてきた。腕はもちろん腕枕で取られてる上に握りしめられてるから俺に自由はない。
自業自得とはいえ、今まで以上に生殺し状態で辛かったのは言うまでもない。――無自覚な小悪魔め。




