30.秘密
部屋を出たところにナオトがいた。
二度と目の前に現れるな、と言われたけれど、これはどうしようもない。……不可抗力ってやつだ。それでも、できるだけ目に触れないようにと慌てて俯いてその場を後にしようとしたらいきなり首根っこをつかまれた。
何だよまったく。遊人もいきなり首根っこつかんだな、そういえば。猫じゃないってば。
「ちょっとっ!」
「――すぐに目の前から消えるから手を離して」
精一杯の嫌味を込めて、ナオトからも目を逸らす。
僕の恐怖イメージが先走った結果、僕はずいぶんとひどい存在だと思われてたらしいのは遊人のおかげで理解はできてる。
だから、ナオトが僕を嫌うことも、憎むことも受け入れた。僕が何を言っても届かない人には届かないし、信じたいことを人は信じるものだって、僕も知ってるから。
「――あの時は悪かったわよ、アンタに当たり散らして。でも、言ったことは撤回しないし、アンタを許すつもりもないから」
「別にかまわない。だから手を離して」
「可愛くないわね。ったく……」
ちっと舌打ちが聞こえ、手が離れた。
見た目は子供でも、僕はリオと同じだけの時を過ごしてきた。もう子供とは言えない。
「そうじゃなくて、この部屋に入らせなさい。なんでリオが入れてアタシが入れないのよっ」
「……知らないよ。僕の私室だけど、入室制限なんかかけてない」
「嘘。じゃあなんでアタシは入れないわけ?」
「知らない」
一つだけ可能性がないわけじゃない。……僕と同等の権限を持つ人間であれば、上書きができる。
遊人は眠っているから、リオしかありえない。
ちらりと見上げると、ナオトは眉根を寄せて僕を睨み下ろして来る。
「……なんか知ってんでしょう?」
「リオと喧嘩した?」
ナオトは言葉を詰まらせて口を閉じる。やっぱりそうか。
おそらく遊人を殴ったこと、知られたんだ。なら、あれはリオなりのナオトへの『お仕置き』なのだろう。
でも、僕の私室の権限が上書きされた気配は感じなかったんだけどな。
「べ、別に喧嘩じゃないわよっ。……町に帰ろうって言っただけ」
そういえば、リオは昨夜の早いうちに寝落ちしてた。ナオトが目覚めてすぐぐらいに。だから後の話は聞いてないはずだ。
じゃあ、遊人がここに残ることを聞かされて、反抗したのかな。
そのついでにナオトが殴っただろうことも知られたんだろう。
遊人がどこの部屋にいるか、どうやって突き止めたんだろう。兵士たちが動かされた気配はなかった。勘なのか?
「リオは道を開かなかったのか」
「……遊人と一緒でなきゃやだって拗ねだしたのよ。で……つい」
「何て言ったの」
「……遊人は来ないって」
気まずそうにナオトは視線を逸らす。
なるほどね。だから――『置いていかないで』なのか。
でも、遊人がここに残るのはリオを現実に戻したいから。そのために僕は協力すると約束したんだ。
それを、遊人は伝えてないんだろうか。
「ナオトって言ったっけ」
「――気安く呼ぶんじゃないわよ」
「じゃあ、あんた」
「何よ」
むっと冷たい表情を返すナオトに、僕は口を開いた。
「遊人、なんか変じゃなかった?」
「――変なんてもんじゃないわよ。あのバカ、リオを捨てたのよっ!」
「……嘘、だろ」
ナオトの言葉に僕はそれだけしか言えなかった。
なんで?
リオのこと、とても大事に思ってたはずなのに。
リオを解放するために、僕を本気で倒しに来たはずなのに。
「嘘なんかじゃないわよっ。……だからぶん殴ったんだもの」
なんで……?
昨日までの遊人とまるで違う。
まさか、もしかして――僕が見せた夢のせい?
遊人がリオを思ってくれていると思ったから、僕の知るリオを伝えたのに。
「そんなはずないっ」
「でなきゃアタシが聞いたのは幻かしらね? あいつはね、リオにはアタシがいれば大丈夫だろうって言ったのよ!」
「そんなはず……ないよ。だって、遊人は……」
言葉を詰まらせる。遊人が伝えてないことを、僕が伝えていいんだろうか、と。
「……知ってるわよ、遊人がリオにべたぼれなのは。傍から見てて赤面しちゃうぐらいにね。だから、リオを任せても大丈夫だと思ってたのよ」
なのに、どうして……?
閉じられた扉を振り返る。まだリオの呼ぶ声は聞こえない。遊人は目覚めていないんだろうけど……。
やっぱり僕のせい……?
じっと扉を見ていたら、ナオトが扉に取り付いて激しく叩き始めた。扉を開こうとノブを引っ張ったりしてもびくともしない。
リオが拒絶してるんだ。
散々叩いたり蹴ったり殴ったり、叫んだり揺さぶったりしたあと、ナオトは僕に詰め寄った。
「アンタ、どうにかしなさいよっ。アンタの宮殿でしょうがっ」
「無理だよ」
「……どういうこと? アンタ、『カミサマ』でしょう?」
「だから『カミサマ』なんかじゃないって。……僕の作った世界ではあるけど」
「わけわかんないわ。――じゃあ、なんでリオがアンタの世界で好き勝手できるわけ?」
ナオトが怖い顔で僕ににじり寄ってくる。思わず後ずさったけど、すぐ後ろが壁だった。腕が伸びてきて、胸倉をつかまれた。
遊人には話したけど、ナオトに話すべきかどうかは悩む。
彼らに帰れと言った時点で、遊人は二人を巻き込みたくないんだろうと僕は思っている。
だから、僕はこう言うしかない。「知らないよ」と。




