28.拳骨
次に目が覚めたのは、ハルに起こされてからだった。
「リオたち起きたよ」
「ん……さんきゅ」
中途半端な時間に一度起きたせいだろう、寝起きがさっぱりしない。
シャワーでも頭から浴びてさっぱりしたいところだけど、着替えがないんだよな。
「飯、食ったか」
「僕は食べないから。……作るならキッチン使って。リオたちにも出すんでしょ」
それだけ言い置いてハルは部屋を出て行った。その背中をぼーっと見送った後で、ハルが初めてリオと名前で呼んだことに気が付いた。
昨日少し話をしただけだが、折り合いがついたのだろうか。
もう羨ましく思わない、という意思表示なのだろう、と勝手に了解することにする。
ベッドを降りて部屋を出ると、キッチンへと向かう。
今までほとんど使われていなかっただろうとは予想していたが、意外にもさっぱりと片付けられていて、食材がテーブルの上に置かれていた。
夢の中で飯作るってのもなんだか変な気はするんだが、まあ『神々の戯れ』ではやってたしな。
ガスコンロなんて便利なものはないからかまどを使うことになる。
あー、『神々の戯れ』だったら、思うだけでガスコンロとトースター出して、それでおしまいだったのに。
火を調整しながら調理をするんだが、難しかった。
まあ、当然だよな。子供のころの飯盒炊爨以外では初めての試みだ。バーベキューとかは経験があるけど、あれは専用のバーベキューコンロがあって、あまり火の強さを意識したことがないし。
まあ、なるようになれとフライパンを乗っけて適当にいろいろ焼いた。
パンももちろんトースターなんてねぇから焼き網の上で。盛大に焦げて削る羽目になったのは情けない限りだ。まあ、焦げたのは俺が食うとしよう。
なんとか四人分を作り上げて、ワゴンに乗せるとリオたちの部屋へ向かった。
ノックをするとすぐに反応があった。
「おはよう、遊人」
「おはよう。飯持ってきた」
出迎えたのはナオトだった。リオはと見れば、まだ寝室で寝ているのだろう。応接室になっている部屋にはいなかった。
「ありがと。……四人分は入らないわよ?」
「食うんなら置いてくけど」
「いいってば。そこに置いといてくれる? 食べたら町に戻るわ」
「そうか。わかった」
テーブルに二人分の食事とジュースの入ったガラス瓶を置くと、ワゴンを押して出口に向かう。片手で扉を開け、ワゴンを押し出したところでナオトに腕をつかまれた。
「なんだよ」
「……アンタ、どうしたの」
「何がだ?」
ナオトは強引に俺を自分のほうに向かせると、じっと目を覗き込んできた。
「……アンタ、何を捨てたの」
ずきりと胸が痛む。それを押し隠して視線を動かさないようにナオトを見返す。
「何のことだよ」
「そんなうつろな目をして、アタシが気が付かないとでも思ってんの? 何があったの。あいつに何かされたの? どうしてそんな目をしてんの」
どんな目をしてるかなんて自分ではわからない。首を横に振る。
「ハルは関係ない」
「じゃあ、アンタ自身の選択だっていうのね」
「選択?」
何を選択したっていうんだよ。俺は何も選んじゃいねえ。……そうだろ?
「……リオを、捨てる気でしょう」
「何を馬鹿な……」
笑おうとして失敗した。――くっそう、なんでこんなに簡単に暴くんだよ、あんたは。
「あんだけリオリオ言ってたアンタが、今日は一言もリオのことを聞きやしない。誰だって気が付くわよ」
「……リオには言うな」
「はっ、馬鹿にしてんの?」
ぐいと胸倉をつかまれた。
「そんなしょげた顔したアンタなんか、リオに会わせられるわけないでしょう? アタシはね、リオが泣くことだけはしたくないのよ。今のアンタを合わせたら、間違いなくリオは泣くわ」
「冗談。……リオはお前がいれば大丈夫だろ?」
声が震えそうになる。
大丈夫だ。俺はもう何とも思ってねえ。……そう自分に言い聞かせて、拳を握る。
次の瞬間、すごい衝撃を食らって俺はぶっ倒れていた。目の前が真っ暗になってくらくらする。体を起こそうとしてめまいで倒れた。脳震盪ってやつか? これ。
顎のあたりが痛くなってきて、ナオトに殴られたことを認識する。
誰かが怒鳴ってる。ああ、ナオトか。でも何言ってんのか聞こえねえ。聞き取れねえ。耳鳴りがしてる。
勢いよく扉が閉まったのだけはわかった。ちらりと目を開けると、廊下に押し出しておいたワゴンだけは無事だったらしい。
ぐらりぐらりと世の中が回る。気持ち悪い。
そのまま体の力を抜いた。誰かがやってくる。なんか言ってるみたいだけど、そのうち闇に飲まれてわからなくなった。




