23.リオとクソガキ
「遊人!」
軽い足音とともにリオがやってきた。
嬉しそうに俺に飛びつこうとしたリオに、俺はおもっきし不機嫌な表情を見せる。それに気が付いて、リオは足を止めた。
「ゆう、と?」
再び無事に会えたのは嬉しい。でも、約束を破ったことにはお仕置きが必要だ。心を鬼にして、やにさがりそうになる顔を引き締めにかかる。
「……俺が戻るまで待ってろって言ったよな? ナオトと二人で戻るって」
「だ、だってっ……遊人がいなくなった途端、部屋の所有権とか変わってて……ナオトみたいにもう戻ってこねーんじゃねぇかって……」
リオはしょんぼりとうなだれて口元を歪ませるとぼろぼろ泣き出した。
「だ、からっ、自分の意志でっ……遊人追いっ……ごめっ……嫌わっ」
ああ、まったくもう。
こんなかわいい子を嫌うわけねえだろ。
くっそう、せっかく心を鬼にして怒り顔作ってたのに。リオの涙には勝てねえわ。
手を伸ばしてぎゅうと抱きしめると、すんすんと鼻をすすりながら顔をこすりつけてきた。
「もういいから、泣き止めよ」
「でもっ」
「嫌いになんかならねえよ」
旋毛にキスを落として頭を撫でる。
リオの身長が低くてよかったとつくづく思う。これがそれほど身長差がなかったら、きっと俺、我慢できてない。額に、ほっぺにキスして――止まれる自信、ねえわ。
リオを抱きしめながらなんとか気分をやり過ごす。
二人とも落ち着いたところでカメラバードを回収してからクソガキのところまでリオを連れていった。
茫然自失のままのクソガキは仕方がねえから玉座の前の階に座らせている。
「リオ。こいつ、知ってるか?」
リオはじっとクソガキを見つめていたが、首を横に振った。
「おい、クソガキ。こっち見ろ」
両脇に手を突っ込んでぐいっと立ち上がらせると、リオの前に突き出した。どこを見ているかわからなかったクソガキの目に光が戻る。
「……お、前っ……は、離せっ一人で立てるっ」
いきなり暴れ出したクソガキにとりあえず手を離すと、クソガキはリオの前に立ち尽くした。
この反応……クソガキはリオを知っている……?
「何……遊人、この子……?」
「ああ、これがリオの言ってた『カミサマ』だ」
「僕は『カミサマ』なんかじゃないっ」
「でも、俺をこの世界に呼んだのは認めたじゃねえかっ」
後ろからクソガキの頭を叩くと、涙目で俺を肩越しに睨み返してくる。
「それはっ……」
「……じゃあ、ナオト連れてったのも」
「こいつだろうな。……おい、クソガキ」
「クソガキって呼ぶなっ」
「じゃあ、名前を言えよ」
「……名前はないって言った」
「名前、ないのか?」
リオが驚いたように聞いている。ああ、また堂々巡りか。めんどくせぇ。
「あー、もういいや。お前、今からハルな」
「は、る?」
途端にクソガキは俺のほうにを振り向いて目を丸くした。
「呼び名がないと面倒だからな。……あー、面倒だから拒否権なしな」
「ハル……」
クソガキ……もといハルは、やっぱり茫然として今つけられたばかりの名前を何度も繰り返してつぶやいている。そんなにイケてない名前か?
「遊人、この子も遊人もなんか光って見える」
「ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」
俺はさっきと同じ要領で手の中で指輪を作る。リオのイメージに合わせて、リングはプラチナ、石は瞳の色のアメジストだ。
「ほれ、手ぇ出せ」
リオの手を握り、細い右手中指に嵌めると、同じように青い光がリオの体を包んでいく。
「うわ、これ、何? 大丈夫なのか?」
「心配するな。これは宮殿の支配からお前を切り離す装置だ。あー……青く光ってるのは、俺の支配下にあるってこと。ハルもリオも今は『カミサマ』の支配から離れてるって証拠だ」
「ふーん、よくわかんないけど……」
がっくりと首を垂れる。ああ、こういう説明苦手なんだよなぁ。
「要するに、店と同じ空間だってこと。だから俺の思う通りのモノが作れた」
「あー、なるほど! うん、わかった。持ち出せるナオトの店みたいなモンだね?」
リオは面白そうに指輪をいじくりまわしている。まあ、そのうちリオの支配下に置けるように変更しておこう。
「さてと、ハル」
「は、はいっ」
ん? なんだかずいぶん素直になったじゃねえか。なんで嬉しそうに俺のほうを見てんだよ。
「お前が何でこんな場所を作ったのかとか、なんで玩具を呼び寄せるのかとかいろいろ締め上げ……聞きたいことはあるが、まずはナオトを返せ」
「……ナオトというのは何だ」
ナオトの名前を出した途端に少し拗ねたような顔になった。
それにしてもずいぶんおとなしくなったじゃねぇか。自分の思い通りにならない人間が二人もそばにいるから怖くなったのか?
「……この間連れてきた玩具がいるだろう? 俺の代わりに」
「あれがナオトというのか……」
「彼は俺の恩人だ。今どこにいる」
「……地下」
地下と聞いた途端、リオが眉根を寄せた。
「リオ?」
「あそこ、やだ」
いきなり俺に抱きついた。腰に巻き付けられたリオの手が震えてる。
「リオ……もしかして地下にいたのか?」
声を出さずに小さくうなずく。
「ハル。地下には何がある」
「……玩具の居住スペース……」
ぴくりとリオの体が震えた。つまり、リオは玩具として囚われていたのだ、ネヴィに連れ出されるまで。
やっぱり、リオは玩具だった。だから、クソガキ……ハルはリオを知っていた。
「なんで……そんなこと……いや、それは後回しだ。まずはナオトを迎えに行ってくる」
リオの体を離そうとするとますますがっちりと腕に力を入れてくる。
「リオ」
「やだっ!」
「すぐ戻ってくる」
「一人はやだっ!」
はっと手の力を抜くと、リオはぎゅうぎゅうに抱き着いてきた。
こんな状態のリオを連れていくわけにはいかない。地下に降りればもっといやなことを思い出すに違いない。それは回避したい。
といっても、ここにハルと二人で待たせるのも気になる。
多少おとなしくなったとはいえ、『カミサマ』なのだ。
信用以前の問題で、ダメだろう。
「おい、ハル。ナオトをここまで連れてこられるか」
「……今の僕には無理」
そういえば、あの指輪で俺の支配下に置いたときに、宮殿の空間内に対する一切の権限を停止したんだったっけ。あの兵士の群れに襲われたら逃げようがないからな。
「一瞬だけ権限を戻してやる。ナオトをここに連れてこさせろ。……戻しても、俺とリオには何の手出しもできないことはわかってるよな」
小さくうなずくのを確認して、ハルの手にはまった指輪を調整する。宮殿の権限を戻すと、静かだった階下のほうから足音が響いてきた。廊下の兵士たちを動かしたのだろう。
どれぐらい待ったかわからないが、ナオトを担いだ兵士が上がってくるまで、リオは俺にしっかりとしがみついたまま微動だにしなかった。ハルも立ち尽くしたまま、うつむいている。
足音が止まり、床にそっと降ろされたナオトを見て俺とリオは駆け寄った。
ナオトは『神々の黄昏』を出て行った時と同じ格好のままで横たわっていた。
どくり、と心臓が脈打つ。嘘だ。俺の心臓は止まってるはずだ。脈打つはずがない。
「っ……、おい、ナオト」
リオが取り付いて乱暴に揺さぶる。グラグラと揺れる首はまるで人形のようだ。
どこにも傷一つない。今にも口元がにやっと笑って目を開きそうな表情のまま、眠っている。
「起きろよ、ナオト。もう大丈夫だ」
「……僕の支配下にある以上、目覚めない」
低く押し殺した声に、俺は顔を上げた。ナオトをはさんで向かいにいるリオの背後に、ハルは立っている。
ナオトから離れて立ち上がると、ハルの腕をつかんだ。指輪を調整して再び権限を奪う間、ハルは一切抵抗せず、されるがままだった。
「遊人っ」
焦ったリオの口調にハルから手を離して駆け寄る。権限を奪ったのにナオトに変化はない。
宮殿全体へのハルの権限は停止したけど、宮殿自体はそのままいつも通り動いている。ハルが命じなくとも玩具から糧を取り出すのは自動化されてるのだろう。
ならば、ナオトも切り離してしまえばいい。
リオがつかんでいるところから青い光が移って広がっていくのが見えて、俺は三つ目の指輪を作る。
ゴールドのダイに黒真珠の指輪をナオトの手に嵌めると、ようやくまつげが揺れた。
「ナオトっおい、起きろよっ」
「……まだ夢を見てる。夢から覚めるまでは無理」
「それ、無理やり起こせねえのか」
ハルの沈んだ声に聞き返すと、ハルは首を横に振った。
「薬あるけど壊れるのが早くなる」
「じゃあいらねえ。……このままのほうがいい」
リュックからエマージェンシーブランケットを取り出すと、ナオトにかぶせる。この世界のことだから何も被ってなくても寒くないかもしれないが、そのまま放置するのも気が引けたから。
リオをちらりと見たが、ナオトから視線を動かさない。とりあえず心臓は動いてるし、息もしている。時を待つ以外はできないのなら、有効に時間は活用するべきだ。
「ナオトが目覚めるまで話を聞かせてもらうぞ、ハル」
少し離れたところに立つハルの腕をつかむと、玉座の前の階に腰を下ろした。




