21.誰だお前
まさかこんなにあっさり遭遇するなんて想像もしなかった自分が情けない。こんなことなら光学迷彩、さっさと使っておくんだった。
何が『心臓が止まってれば見つからない』だよ。
俺の頭程度で思いつく仮定は……そう、仮定どころか希望的観測でしかなかった。
なんでナオトは俺の心臓を止めたんだ。それには必ず理由があるはずだ。そう、思ったのに。
「ねえ、玩具君。取って食ったりしやしないからもっとこっちに来なよ」
「うるせえっ」
そう答えながら、身構える。
こいつがカミサマだとしたら、宮殿内はこいつの支配下にある。
だが、目の前の小僧がただの小僧に見えるせいか、それともさっきまで感じていたすりつぶすような威圧感を感じないせいだろうか。
怖くない。
答えた声も震えなかったし、恐怖に心をねじ伏せられることもない。
目の前にいるのがカミサマなのだとしたら、別に怖くない。
「それに、俺にはちゃんと名前がある。玩具だなんだと言われたくないね」
「ふぅん。……変わり種だとは思ってたけど、面白いね、君」
見かけ通り子供のようにあどけなく笑う少年に、俺は眉を顰める。
なんだこいつは。
「お前……何?」
「なんだ、僕を倒しに来たんじゃあないの?」
「なんだと……」
「もーちょっと近くまでおいでよ。ここからじゃ君の顔、ちゃんと見えないし」
「断る」
右腕の腕輪を外して触りながらクソガキをにらみつける。
こいつの言ってることが本当なら、やっぱりこいつがカミサマなんだ。
腕輪をパチリと右の二の腕に嵌めると、かすかな音を立ててきらりと青く光る。ふわりと風が足元から上へと肌を撫でていった。
「仕方ないなあ。じゃあ僕のほうから行くよ」
玉座から立ち上がったクソガキは階を降りてきた。俺は素早く室内に目を走らせ、逃げるべき場所を探る。だが、目をそらした一瞬でクソガキは目の前にいた。
「ねえ、君の名前、教えて?」
「人に名前を聞くときはまず自分が名乗るって教わらなかったのか?」
思いっきり口元をゆがめてにらみ下ろす。――そう、クソガキは本当にサイズもリオぐらいで、身構えてる俺の視点からもずいぶん見下げる形になるのだ。
重たそうな王冠の乗ってる頭は見事な金髪で、こっちを見上げる目も黄色い。
「僕? 僕は――名前、ないんだよねえ」
「はぁ? そんなわけあるか。名前がない奴なんかいるわけねえだろ」
「別になくても問題ないよ? ここには僕以外いないし」
「いるだろーがよ。お前の世話係とか」
「いないよ。別に世話してもらう必要ないし」
「そんなわけあるか。廊下も手すりも窓もぴかぴかで、塵一つ落ちてねえ。誰かがやってんだろが。それともお前が自分で掃除してんのかよ」
「自分で掃除してると言えなくもないかな。僕の力があればそんなこと、簡単だよ」
ニコニコと笑うクソガキに俺は顔をゆがめる。
なんなんだよ、まったく。空間を支配してさえいれば、誰にでも全能になれる、自分が全能の世界ってか。
「じゃあ、客が来たらどうするんだよ。挨拶もできねえだろが」
「お客なんて来ないよ。――ああ、君みたいに不法侵入してくるのは時折いるけど、それってお客じゃないよね?」
「……ナオトはどうなんだよ」
「ナオト? 何それ」
イラッとしてクソガキをにらみつける。
お前が玩具として連れてった癖に、そいつの名前も認識してねえのか。
「お前が玩具として呼んだ男だろうがっ」
「ええ? 僕は呼んでないよ?」
「俺のことも呼んだくせに」
目を丸くしたクソガキは、すぐ目を細めた。
「うん……君はねえ、面白そうだったから」
やっぱりかよっ。俺をこっちに呼んだのはこいつだ。やっぱりこいつがカミサマかよ。
「呼んだくせに俺の名前も知らねえのな。とんだ『カミサマ』だよなあ?」
そう吐き捨てるように言ったが、クソガキはまたも目を丸くした。
「なにそれ……」
「何って?」
「『カミサマ』って、何」
「お前のことだろうが。……腹が減ったらおもちゃを召喚して食らうんだってなぁ? 俺もおいしく食うつもりなんだろう?」
「……はぁ? なにそれ。カミサマとかかっこ悪い……」
「俺が知るかよ。リオがそう呼んでたんだ」
リオの名前を口にした途端、目の前のちっぽけなクソガキからどす黒い気配が噴き出した。
しまった、と自分の口を手で押さえたときには遅かった。リオのことを知られるべきじゃなかった。
「……なんでそいつには名前があるの」
「……は?」
「僕にはないのに、なんでそいつには名前があるの」
「何言ってんだ、お前」
クソガキの反応に、思わず聞き返した。ナオトの名前には一切反応しなかったくせに、なんでリオの名前には反応するんだよ、こいつ。
しかも、嫉妬してんのか、これ。自分に名前がないことに、リオに名前があることに。
自覚してねえってのが厄介だ。
「とにかく、ナオトを返しやがれ。お前んとこの兵士が連れてったんだ」
「……気に入らない」
「気に入らねえのはこっちだっ! 俺たちはお前の玩具じゃねえっ!」
手の届くところにクソガキの体がある。おしゃれに着飾ったその胸倉をつかみ上げたが、クソガキはこちらを見もせずに右手に持っていた何かで床をとんと叩く。
あ、と思ったときには足元にぽっかりと暗い穴が口を開けていた。




