19.行ってくる
「リオもいく」
「だめだ」
予想通り、リオがごねだした。
一通りの装備を準備し終えて、背中に背負う。光学迷彩服も妄想力だけで作り出せたのはちょっと驚いたけど。なんてご都合主義的な空間なんだ。
それと、よくあるマジックボックス。
なんでも収納できるあのカバンが実現できるとは思わなかった。おかげで『持っていきたいけど容量的に無理』と思ってたアイテムが全部背負ったリュックに収まった。
ああ、現実でもこんなカバン欲しい。戻ったら妄想力で作れねえかな。
カミサマの正体が何なのかは結局わからなかったけど、人の感情を糧に生きているという仮説を信用するとすれば、対人兵器は効かないと思っておいたほうがいいだろう。
今回のミッションは、ナオトの奪取だ。
もちろん、そのついでにカミサマに一発ぶちかましたいのは本心だけど、それは二の次だ。
じっとリオの顔を見つめる。
ぶんむくれて涙ぐんだまま、横を向いている。
リオは一度宮殿から出されてる。
玩具として呼ばれたのかどうか、当時のリオは幼かったからわからなかったのだろうと思う。ただ、ネヴィに連れられて出たことは覚えていた。
もしリオが玩具として呼ばれていたのだとしたら、なぜ放り出されたのだろう。
リオはカミサマに弄ばれたと言っている。
この姿ももしかしたら弄ばれた結果なのかもしれない。……考えたくはないけど、中身の通りオッサンだったりするんだろうか。
ちょっと嫌な考えになって、慌てて首を振る。
考えをリセットして、リオが玩具だったとして、外に出されるとしたらなぜだ?
玩具は壊れるか死ぬかしないと外に出られない。
となると……リオは一度『壊れた』のだ。
そんな場所にもう一度連れていきたくはない。
「どんだけぶんむくれてもだめだ。……今は少しでも時間が惜しい。こうしてしゃべってる間にもどんどん時間が減る」
ちらりと俺のほうを見て、さらにぶんむくれる。
ぷにぷにほっぺがどこまで膨れるのかも見てみたい気はするが、とにかく納得してもらわないと、勝手についてきそうな気がする。
……リオだけに。
「俺はリオもナオトも守りたい。だから一人で行く。それに一人分しか装備はない。今から作ってる暇もない。……ナオトがいつまでも耐えてくれると甘んじてたら、間に合わないんだ」
びくっと肩を揺らしてリオは俺のほうを向いた。眉毛が八の字になっている。
俺は腕を広げて受け止めるしぐさをしながらリオに頷いて見せた。
泣きそうな顔のまま、リオは俺に飛びついてきた。
「……絶対帰ってくる?」
「おう、あたりまえよ。ナオトと一緒に戻ってくる」
口にしながら、自分にも言い聞かせる。
どれだけ待っても俺以外には救いの手は来ないんだ。足が震えようが、歯の根が合わなかろうが、立てるのは俺だけ。
俺がやるしかないんだ。
柔らかな銀髪にキスを落とすとリオはきゅうと俺に腕を巻き付けてくる。
ああ、お願いだから実は男でしたなんてこと、ありませんように。
「……じゃあ、行ってくる」
そっとリオの背をとんとんと叩き、腕の力を抜く。
ぎゅうぎゅうに抱き着いたままのリオの頭を撫でて、右手を白い壁に向ける。
どこにつなげようか。
城の中につながるんなら面白いんだが、何度か試して失敗したところを見ると、外部からはつなげられない空間にあるのだろう。
それはまあ、この部屋も一緒なわけで。
そう考えるとやっぱりこの空間を誰が作ったのかは興味ある。
戻ってきたら考えることにしよう。
この部屋を出た時点で空間を切り離し、この部屋の権限を内緒でリオに上書きするよう設定して扉を出現させた。
この扉を開けて、閉じれば空間の主はリオだ。扉を閉じたらメッセージが現れるようにしてある。
今まで誰もリオに権限を渡さなかったのはたぶん理由があるのだろうとは思う。
でも、ナオトからやってはいけないと言われてない。……やるなって言われたことって何かあったっけな、そういえば。
だから、俺は俺のやりたいようにやる。
リオが腕をほどいて俺から距離を取った。目じりに浮かぶ涙をぬぐってやり、額にキスを落とす。
ぐいぐいと俺の手を引っ張るリオに、俺は床に膝をついた。同じように俺の額とほほにキスをくれた。
「気を付けて」
銀の頭を撫でて、二カッと笑って見せると俺は扉から出て行った。振り返らずに。




