18.連鎖
ナオトを拾った、とリオが言った。
それはつまり、俺の悪い予想が当たったというわけで。
リオのやわらかな髪の毛に顔をうずめ、静かにため息をつく。
リオに拾われ、ナオトに救われた気になってた。
でも、それはただの先延ばしだったってこと。
落ちてきたナオトは、俺の身代わりとして出て行った。
きっとナオトの前にいたやつも、同じようにナオトの代わりに自分を差し出した。
畜生。
結局、どっちにしろ帰れねえんじゃねえか。
どう考えても最悪の結果しか導き出せない。
次はいつ落ちてくるかわからない。
カミサマとやらが腹を減らすまで、次に誰かが落ちてくるまでのつかの間の自由。
そんなの、嫌だ。
そりゃ確かによ、落っこちたやつを見殺しにすれば少なくとも俺はここにいられる。俺が身代わりになることはない。
でもそんなこと……できるはずない。
なにより、俺はリオとナオトを両方とも守るって言ったんだ。
ナオトに、約束したんだ。
カミサマに一矢報いる、二人を守るって。
ぎゅうっとリオを抱きしめる。
「遊人……?」
「……大丈夫だ」
俺に勇気をくれ。
俺は好いた女ひとり守れない男にはなりたくない。約束は守る。
そのための、勇気。
ナオトは長かった、とリオが言った。
俺のようにリオとナオトは落ちてくる人を助けていたのだ。
そして、身代わりになって捕らわれ、代替わりをする。
だとしたら。
ナオトがこの部屋の主になってから俺が来るまで、だれも落ちて来なかったのだろうか。
それとも、カミサマとやらが『食事』をするまでが長かったのか、ナオトの前の『玩具』が長く耐えたのか……。
「リオ、ナオトが来てから俺が来るまで、他に落ちてきた奴はいなかったのか?」
「いたよ」
そう答えてリオは俯いた。
「そいつらは?」
残酷なことを聞くようだけど、俺は知らなければならない。
「……間に合わなかった」
唇をかみしめて、青白い顔でリオは口にする。
「見つけるのは見つけた。オレ、探すのは得意だから。……でも、なんか訳の分からないことを叫んでどっか行っちまったり、オレの話まともに聞いてくれなかったりしてさ。そのうちに迎えが来て……連れてかれちまった」
「そっか……」
俺もあやうくそっちの仲間入りしそうになったわけだしな。挙句にこんないたいけな子につかみかかって……。
ほんと、すまん。
「だから、ナオトは今度こそって思ってたんだと思う」
「え」
「……今まで間に合わなかったから、その罪滅ぼし」
勝手に罪滅ぼししてんじゃねえよ。
馬鹿野郎。
ぜってー助けてやる。言ってねえ文句、山とあるんだからな。
「最初にお前をここに連れてきたネヴィってが、ここを作ったのか?」
「んー……わかんない」
わかんない、か。かわいいじゃねえかこの野郎。
……じゃなくて。
「てことは、リオがここに来た時にはここはもうあったんだな?」
「うん、たぶん。……ここにいれば怖くないって言われたのは覚えてる」
「怖くない、か。リオの怖いものって?」
体がこわばったのが分かった。
震えるまではいかないものの、俺の腕の中でさらに小さく縮こまろうとしている。口に出すのも恐ろしい、ということなんだろう。
ぎゅっと抱きしめた後、宥めるように頭をなでる。
「……悪かった」
「ん」
やはり聞かれたくなかったのだ。それはつまり……カミサマってことだよな。
「ネヴィってどんな奴だった?」
「赤い髪してた。目も赤くて、肌の色は白かった」
「男? 女?」
リオがちらりと俺の方を見る。いや、嫉妬してるわけじゃねえぞ。うん。
「男の人。……いつも銀色の鱗鎧着てた。角があって……」
「つのっ? 人間じゃねえのか?」
ぎょっとして目を丸くすると、リオは首を傾げた。
「だって、宮殿の衛士だったから。人間じゃないに決まってる」
おいおい、そういうことは早くいってくれよ。
言われてみりゃナオトを迎えに来た奴らも青い鱗鎧を着てた。あれ、自前なのか……?
「角があるってことはしっぽもあるのか?」
「うん、よく知ってるね」
おいおいおい。
鱗があってしっぽと角があって……嫌なモンしか思いつかねえぞ。
しかも衛士がリオをここに連れてきたってことは、カミサマを裏切ったのか?
それともリオがここにいるのもカミサマの思い通りなのか。
「ときどき火も吐いたりしてたよ」
ぎゃぁ、火蜥蜴とか火竜とか確定かよっ。ゲームの世界じゃねえんだぞ。
そんなのが普通なのか、宮殿の衛士とかって。さっきナオトが連れに来たのも衛士なんだよな?
そんなのとまともにやりあって勝てるわけがねえ。
ちょっとまて。
ネヴィはいなくなったって言ってたな。
その代わりにおっぱいのでかいミーニャが来た。
「ミーニャは?」
決してエロい目的で聞いてるんじゃないぞ。
だからこっちを睨むな、リオ。
「ミーニャもネヴィが連れてきたのか?」
「うん、落っこちてきた人だった」
「で、その子に迎えが来た時に、ネヴィが連れてかれたのか?」
「……覚えてない。いなくなったことは知ってる」
いなくなった。
迎えが来たわけじゃないんだ。
ネヴィだけが特別で、そのあとは俺と同じ落ちてきた人だった?
ネヴィはじゃあ、どこにいったんだ? なぜ?
「リオ、ネヴィはここに連れてきたときに何か言ってなかったか?」
「えー、そんな昔のこと、覚えてないよ」
そりゃそうだろな……当時はもっとちびだったはずのリオが十人も前の管理者のことをつぶさに覚えてるはずもない。
「ただ、ここで待ってなきゃいけない気がしてた。……もう理由はわかんないけど」
「待つ、か」
俺を待ってたんならうれしいけど、小説じゃあるまいし。
「……ナオト、大丈夫かな……」
阿呆なことを考えてるのを見透かしたかのようにリオがつぶやいて、俺は自分をぶん殴りたくなった。
そうだよ、どこまでピンク脳になってんだ、俺は。
リオとこうやってくっついているのはあったかいし嬉しいけど、そうじゃねえだろ。
俺を逃がしたナオトの意図をちゃんとくみ取らないと。
俺がこの体になったことは俺の存在を隠す以外にきっと意味がある。そうに違いない。
リオはあの時叫んでた。約束が違うと。
「リオ」
「ん」
うとうとしていたのか、俺に凭れたリオの前髪をのけると、うっすらと目を開けた。
「ナオトが俺の心臓を止めたとき、約束がどうのって言ってたよな」
「うん……」
「どういう約束してたんだ?」
「あれは……遊人には何もしないって約束だった。必ずそのまま返すって」
寝ぼけているのか、ふわふわした口調で、視線もどこを見ているのかわからない。
「俺には?」
「うん。だからまさか遊人の心臓とめるとか思わなかった」
「今までそんなことはなかったのか?」
「ないよ」
「ナオト以外でも?」
「うん」
もしかしたらリオの目の前ではやってなかっただけで、当事者だけで話が終わっていたのかもしれない。
「今までいた管理人の心臓が止まってたってことはないよな?」
「うん、ないと思う。ナオトの心臓の音、聞いたことあるし」
じゃあ、やっぱり俺だけか。
「ナヴィはどうだった?」
「んー……覚えてない。でも人形みたいに冷たかった。他の人はそんなことなかったけど」
「人形か。……リオ、ちょっとごめんな」
俺はリオを横抱きに変えると胸に耳を当てた。
ちゃんと鼓動が聞こえている。
「うん、動いてるな」
「当たり前だろ? 生きてんのに」
そうだな、とつぶやく。
俺は止まってるから、そういう意味合いでは生きてない。
……生きてない?
「リオ……宮殿の中に生きてない人間がいたらどうなる?」
「遊人?」
そうだ。
宮殿に連れていかれる『玩具』は一度に一人だけ。
二人いたことはない。
リオも見たことがないと言っていた。
衛士たちは人外だから除外するとして、人間が。
本来いるはずのない宮殿にもう一人。
「……玩具は『生きて』ないとだめなんだよな。今の俺は『死んで』る。……カミサマからは見えない」
「うん」
「カミサマから見えないってことは、衛士からも見えない?」
「わかんない。でも、玩具だとは思われないかも」
案外いけるんじゃねえか。
ナオトが生きて、俺の心臓が止まっている今なら、宮殿に潜り込んでも見つからないかもしれない。
いや、『かもしれない』じゃねえな。
そのために俺の心臓を止めたんだ。
じゃあ、一刻も早く行動に移さねえと。
……ナオトが壊れる前に。
俺はリオを抱っこしたまま立ち上がった。
「ゆ、遊人?」
「こうしちゃいられねえ。……急がなきゃ」
リオを静かに下ろすと、俺は机にかじりついた。
探検、いや冒険か。どっちでもいいや。
こっちのセカイの武器レベルがどんなもんかわからないし、俺は当然ながら人を殺したことなんか一回もないから倒すことじゃなくて逃げることを考えて、箇条書きしていく。
こういう時、なんでも作り出せる能力はいいな。ペンだろうがメモ帳だろうが何でも作る。
もしかして、パソコンも作れる? といつも使ってた会社のノートパソコンを出してみる。が、さすがに中身をよく知らないからか、ただの箱だった。ここからネットにつながったりしたら面白かったんだけどな。
必要なものを次から次へと作り出していく。
音の出ないブーツ、薄い防刃ジャケット。あんまり重たい装備は着てるだけで俺が潰れるから却下して。
光学迷彩なんてアニメチックなものまで作れるんじゃねえかな。あとで試してみよう。
「遊人、どうしたの?」
いきなり机にかじりついた俺に驚いたのか、リオが目を丸くしている。
俺は、にやりと笑って見せた。
「ナオトを連れ戻しに行く。ついでにカミサマをぶっ飛ばしてくらぁ」




