16.決心
ソファとふかふかクッションを創って体を受け止めたけれど、体のサイズは小さいまま。これは自分で大きくしようとしたらできるんだろうか。
でなきゃリオのいるところまでたどり着くのに一時間かかっちまう。
「リオ!」
声を限りに叫んでみても、リオの返事が来ない。ともかくも音のする方へと走る。ああ、もどかしい。
でかくなりたい。元の姿に。
そう強く思いながら床を強く蹴る。どうせなら飛べればいいのに。重力からは逃れられないのだろうか。
「遊人」
走って走ってたどり着いたのは、ナオトが出て行った扉の前だった。
「泣くな、リオ。……泣いてる暇なんてない」
「でも」
泣き顔もかわいいんだけど、そんな余裕はない。
「とにかく、でかくならないと……俺をちっさくしたのはナオトか?」
「ああ、でも、遊人なら大丈夫だってナオトが」
「俺なら?」
そういや言ってた。ここ――神々の戯れをせいぜい利用しろと。
俺が壁に穴をあけた時、なんて言ってたっけ。
さっきも、俺が思うようにモノを作り出せた。
俺の部屋と同じ、と考えていいのか?
神々の戯れはナオトが管理する空間のはずだ。
それを俺が上書きできたことになる。
なら。
「遊人」
「ちょっとまってろ。元の姿に戻る」
「だめだよっ! 遊人まで捕まる!」
「じゃあ、ナオトをほっとけっていうのか? ナオトが言った言葉、覚えてないのか?」
「え……?」
きょとんとしてちっさな俺を見降ろしてくるリオに、俺は胸を張った。
「ナオトが死ねば俺の時も動き出す。そのときにはカミサマは俺を見逃さないだろうな。……ナオトがしたことは全部無駄になるんだぞ」
「……やだっ……」
おっさん臭いと思ってたけど、泣いてるリオは見た目そのままだ。
「わがまま言ってる暇はない。……ナオトを助けに行く」
「でも、どうするんだよっ」
「リオ、ナオトが連れていかれた場所、わかるか?」
「えっと……」
涙をぬぐいながらリオが首をかしげる。
「俺の時は夢の中で捕まったけど、ナオトは体ごと連れてかれたろ? どっかに集められてるんじゃないのか?」
想像が正しいなら、俺を追っかけてきた奴らがもしあの時リオに邪魔されず、ナオトに邪魔されていなければ連れていかれた場所なのではないか。
「……わかる」
ぐす、と鼻を鳴らしてリオは顔を上げる。
「それはここから遠いか?」
「……遠いとも近いともいえる」
「どういうことだ?」
「ここ……神々の戯れは、ナオトが支配してる場所だから、つなぎたいと思う場所に入り口をつなぐ。だから……さっき迎えが来たときに、ナオトなら逃げられた。入口を別のところにつなげばよかったんだから」
「何……じゃあ」
リオはうなずいた。
「そう。ナオトはわざとここを神域の近くにつなげたの」
「神域?」
「カミサマの住まう場所。カミサマ以外入れないところ」
「ん? じゃあそこにナオトはいないんだな?」
「うん、たぶん。でも、ナオトは特別だから、たぶん神域に連れて行かれたと思う」
ナオトは特別。それはわかる。
この空間を自由にできる力。無から有を生み出しているようにも見える。
リオがナオトと同じようなことをするところを今まで見たことはない。
となると、リオとナオトは違うのか。
「リオは?」
「え?」
「リオはその神域に入れるのか?」
「無理。一度捨てられてるから」
大して悲しむ様子も見せずにリオは話す。
「一度? その前には入ってたのか」
そう口にすると、途端にリオの表情が曇った。
どうやら俺にも言いたくないことらしい。
「……わかった、聞かない。じゃあ、まずは体を元に戻す」
「だから、ダメだって」
慌てた様にリオが手を伸ばしてきて、俺の体をがっちりつかんだ。
いてえってばっ。
「力込めるな、つぶれちまうっ」
「あ、ごめん。でも、だめだ。ナオトの作ったこの空間だから、遊人はなんでもできるだけ。外には出られない」
「それを今から考えるんだよっ」
両手で何とか指の力を抑える。
それから、目を閉じて自分の体を想像する。リオの手の中にいる俺じゃなく、最初に出会った時と同じサイズの俺の体。リオを見降ろし、リオをのっけてもびくともしない、俺の体。
「だ、だめっ、遊人、だめだっ!」
「こればっかりは聞けねえ」
リオの手の感触がどんどん薄くなる。リオの手に掴まれた感触が消えたところで目を開けた。
いつも通り、椅子に座ったリオと視線が合う位置に俺の頭があった。リオの前に片膝をつき、見上げる。
「遊人……」
立ち上がるとリオの両脇に手を入れて立ち上がらせた。頭の位置もほぼ前と同じ。少し身長が足りないような気がするが、まあいい。些細なことだ。
「心臓、はっ」
口をパクパクさせながらリオが言う。思い出して頸動脈や手首に触れてみるが、時は無事止まったままのようだ。
「心臓の音、聞いてみてくれ」
床に座り、リオの手を引っ張る。恐る恐る膝の上に載ってきて、俺の左胸に耳を当てたリオは、しばらくじっとしていたが、くしゃっと顔をゆがめた。
「心臓、動いてない……」
「じゃあ、大丈夫だ」
「なんでっ、大丈夫なんて……」
泣きそうなリオの前髪を両手で払いのけると、今にも落ちそうな涙が目じりに盛り上がっている。
俺はなだめるように笑みを浮かべた。
「ナオトが生きてる証拠だ」
「っ……う、ん」
「これが動き出す前に、ナオト取り返すぞ」
「う、うん」
意外と俺、逆境には強いのかもな。
まあ、デスマーチで鍛え上げられた精神力のおかげかもしれねえけど。
心臓が止まってて、俺を助けたナオトが身代わりになってて、リオが泣いてるってのに。
こんな笑い方できるんだもんな。
いや、もしかしたらもう俺、壊れてるのかもしれない。
「リオ、いいな。お前の知ってること全部、俺に教えてくれ。俺の知らないことを全部」
リオはしばらく俺の顔を見つめていたが、決心がついたのか目尻をごしごし拭くと、顔を上げた。
「うん、……わかった」
その眼には強い光が宿っていた。




