12.カミサマ
「遊人は、カミサマとか妖精とか、死神とか妖怪とか、信じるか?」
リオは至極真面目な顔をしている。思いつめたような顔、という方が正しいかもしれない。
「そうだなぁ。いたらいいな、とは思う」
「いたらいい、のか?」
前のめりになるリオに、俺はうなずいて見せた。
神社には初詣に行くし、クリスマスは祝う。
結婚式は教会で神様に愛を誓うのがいいなあとぼんやり思ってる。誓いあいたい相手はまだいないけど。
だから、そういうのがいるかどうかは考えたこともないけど、いるんじゃないかなあとは思ってる。
でなきゃ、手を合わせたり祈ったり誓ったりする理由、なくね?
「俺はファンタジーが好きだからな。実際にいるかどうかは知らないけどさ」
「いてほしい、ってことか?」
じっと見つめてくるリオの目を見つめて微笑んで見せた。
「それにほら、言ってたろ。『オレはカミサマに弄ばれた側だ』ってさ。それに神の国って言ってた」
「うん、言った」
「だからさ。カミサマはいるんだろうなと思ってる。お前は違うって言ってたから、ナオトがカミサマなのかと思ったけど」
店の名前が『神々の戯れ』だもんなぁ。どう考えてもナオトはカミサマの側の人間だろ。
しかしリオは首を横に振った。
「カミサマはカミサマだ。ナオトと違う」
「そっか。……妖精とか死神とか妖怪とかもいるんだな?」
「いるよ。ここが神の国なのと同じように、妖精の国には妖精が、死神の国には死神がいる」
「……死神の国は行きたくないなあ」
どう考えてもよくないことしか起こらなそうだから。
そうでなくとも俺の体がどうなったのか気が気でないってのに。
「行かなくていい。遊人はここにいればいい」
うれしいセリフだ。が、リオはいつものような笑顔を見せてくれない。
思いつめたような、大人びた表情に俺は胸がざわつくのを感じる。
あっけらかんと笑ってくれれば気にならなかっただろう。
でもその予感はたぶん外れない。
俺はここからどこかに行かなくてはならないのか?
それをリオは知っていて、だからこんな顔をしているのか――?
「リオ」
「……遊人はオレが守るから」
自分に言い聞かせるように、視線を外して俯いて小さなこぶしを握り締めて。
なんでそんなに悲痛な顔をしてるんだ、お前は。
「リオ」
「……絶対守るから」
俺は膝立ちしてリオの両脇の下に外側から手を差し込むとひょいと持ち上げた。
「ゆ、遊っ」
胡坐で座りなおした膝の上にリオをのせてぎゅっと抱きしめる。
「リオ。俺になんか隠してるだろう」
「隠してなんか」
「話してくれるって約束だったよな?」
黙ったまま、リオは小さく頷いた。
「じゃあ、ちゃんと話してくれ」
「……嫌わないでくれるか?」
ちらり、と上目遣いでリオが見上げてくる。くっそう、その目は反則だっ。
ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れて、柔らかく流れる銀髪に顔をうずめる。
「約束する。嫌わない」
「ほんとに?」
「ああ。……誓ってもいい」
いまさらリオを嫌いになるかよ。中身がおっさんだろうが何だろうが、俺はもうリオにすっかり落ちてるんだ。
「じゃあ、話す」
俺の肩に頭を預けて、リオは話し始めた。
◇◇◇◇
「迎えが来るんだ」
「迎え?」
「昨夜、夢をみたろ?」
「えっと……そうだったかな」
どうだったろう。リオがぼろぼろ泣いてたのとか、体の上で寝てたのとか、そっちの方が衝撃的だったからもうよく覚えてない。
「うん、遊人が白いベッドに寝てて、女の人が声かけるんだ。遊人、にやにやしながら話してた。それからご飯食べてお風呂入って寝て。それの繰り返し」
「なんか、ここ来る前の俺の生活そのままだな」
「うん、手術前の日だって言ってた。そのおんなじ日を繰り返すんだ。何回も、何十回も。……永遠に」
永遠に。いつまで経っても時は進まない。そんなアニメあったよな。
それを俺がやってた? 夢の中で。そう考えるとぞわっとする。
「あのまま夢にとらわれていれば、遊人の魂は時の檻にとらわれて、二度と戻れなかった」
幼い口調のくせに、淡々と語る。感情が欠落したようなその口調が逆に恐怖心を煽る。
「時の檻ってなんだ?」
「魂の牢獄。……ここ、神の国っていったろ?」
「ああ」
「……カミサマが時々、戯れにいたずらするんだ。退屈しのぎに人で遊ぶんだ」
リオが何を言ってるのか、わからなかった。
カミサマがいるのはいいとして。
退屈しのぎに遊ぶとリオはいった。「人で遊ぶ」と。
「それが魂の牢獄ってやつか?」
リオが小さく頷いたのがわかった。
「カミサマは人の感情を好む。喜びや幸せといった感情も好きだけど、とりわけ人の絶望を見て楽しむんだ。……そういう相手に、遊人は選ばれた」
「選ばれた?」
「そう。……あのまま夢にとらわれてたら、遊人は壊れてた」
絶望で心が壊れるほどの夢。覚えていないのは幸いなのかもしれない。
「一緒に寝てたから気が付いた。ナオトの空間にいたから大丈夫だと思ってたのに……。間に合ってよかった」
左手を動かしてリオの頭を撫で、柔らかな髪に指を差し入れて梳く。
「そっか。ありがとな」
「でも……一度カミサマに目をつけられたらいつまた迎えが来るかわからない」
俺にしがみつくリオの手がぎゅっと握りしめられる。
「だから、これからもずっと遊人のそばにいて一緒に寝る。迎えが来てもオレが蹴散らしてやるから」
「うん、ありがと」
ぽんぽんとなだめるように頭に手を置くと、リオは鼻をすんと鳴らした。俺に見えないように向こうに顔を向けて、泣いているのだ。
頭を撫でながら、カミサマに対する怒りが沸々とわいてくる。
人の絶望が好きなカミサマってなんだよ。
戯れにリオをこんな体にしたのがカミサマなんだとしたら、どういうカミサマだよ。
カミサマって人を弄ぶものだったか?
リオの口調からすると、俺みたいに夢の中に閉じ込められて狂わされた人が過去に何人もいたってことになる。
なんでだよ。
なんで、誰も何もできないんだ。
カミサマって本当に神様なのか……?
人のマイナス感情を好むなんて――まるで悪魔じゃないか。




