11.俺の部屋
砂を噛むような食事を終わらせて、俺はリオとナオトの案内する部屋に移動した。
昨日リオと一緒に寝た部屋に比べたら広い。
ワンルームマンションみたいだ。
キッチンらしいものはみあたらない。
玄関の扉、玄関、それから四角い壁で切り取られた空間。
窓らしいものも一応ある。が、外を覗こうとしたら、窓は開かなかった。ガラス窓になっていて、外から光は入ってきているのだが、すりガラスなのか、外の様子は見えない。
はめ殺しの窓というやつだろう。
それ以外は何もない。
あ、ベッドだけはあった。
これは昨夜寝る前にナオトから聞かれたリクエスト通り、ベッドにふかふかの羽毛布団。
ただ、でかい。
シングルじゃねえな。ダブルよりも大きい。四人ぐらいなら一度に寝られそうだ。
そんなバカでかいベッドが、部屋の真ん中にある。
それ以外は、何もない。
「ここ、か?」
作り付けのクロゼットはあるらしい。白い壁の一部に埋め込まれてるらしいが、どこからどう開けりゃいいのか皆目見当がつかない。
それに、ソファみたいなのはないのかよ。
ベッドだと、体起こしてないとあっという間に寝ちまうぞ、俺。
「そ、ここがアンタの部屋。でもってリオの部屋でもあるわね」
「り、リオの部屋? おい、聞いてねえぞっ」
「そりゃそうよ、説明してないもの」
再びからからと笑いながらナオトはいつの間にか手にしてた扇で口元を隠す。なんだよこの扇子。ばかでかい。口元どころか顔がすっかり隠れるじゃねえか。
「リオと一緒に暮らすのか……?」
どきどきするとともに、不安が襲ってくる。
それはまだ、俺がリオのことを知らないからだ。
ベッドに腰かけてリオを見ると、首をかしげて俺の前までやってきた。
ベッドに座った状態だと、リオの顔がちょうどいい位置に来る。
「どうした? 遊人」
「お前は……嫌じゃねえのかよ」
きょとんとした目でまっすぐ俺を見てくる。
見てんじゃねーよ。恥ずかしいだろうが。
思わず目をそらすが、耳まで血が昇ってるのはわかってる。
「なんで? オレは遊人の水先案内人って言ったろ?」
二カッと笑う。ああ、この笑顔にやられるんだ。
「あ、でも遊人が嫌だっていうなら、考え……」
「嫌なわけないだろ?」
眉根を寄せてしりすぼみにつぶやくリオの言葉をぶちきって、リオを抱き寄せる。
ああ、俺どこまでリオにやられてんだろ。
さっき見せた不安げな顔でさえ、胸が高鳴るというのに。
今にも泣きそうな顔で上目遣いとか、死ねっていうのか? 俺に。
「じゃ、決まりね。リオの荷物は大してないから、あとでアタシが運んでおくわね」
ナオトはそう言うと壁のどこかを触った。真っ白に眩しいほどだった部屋の光が薄暗くなる。
おいおい、さっき起きたばかりでもう寝ろっていうのか?
「遊人、アンタにちゃんと教えとくわ。ここの部屋はね、アンタの意思に従うの」
「……は?」
おいおい、部屋に意識があんのか? てか、俺の意識を読み取るのか?
「アンタがこの部屋から出たいって思えば扉ができるし、何かを欲すればそれが現れるわ」
それはもしかして、昨日の部屋で降ってきた毛布みたいなもんか?
なら、ここでソファが欲しいと願ったら、出てくるのか?
ベッドから少し離れた位置をにらみつけて、欲しいと思ったソファを思い描く。
足は丸くて太くて、背もたれを伸ばしたらベッドになるような。カバーは白、それから真っ青なカバー布が欲しい。俺が横になっても足がはみ出ない、リオとくっついて寝ててもリオが落っこちないくらいの……。
「あら、やるじゃない」
どんな感じのソファか、を目を閉じて脳裏に細かく思い浮かべてるうちにナオトの声がした。つられて目を開けると、まさに俺がにらんでた場所に、欲しいと思ったソファがあった。
「遊人、センスイイな」
またしてもにかっと笑うリオの頭をなでる。
「やっぱり若い人の想像力はさすがよねえ。アタシたちじゃ太刀打ちできないわけよ」
「そうか?」
ナオトの言葉を素直にほめ言葉だと受け取る。
ベッドから立ち上がると、ソファにかけられた青い布を触りながら腰を下ろした。真っ白な部屋に、真っ青な空間。
ごろりと横になって足をソファに上げると、リオが面白そうに寄ってきた。
「へえ、これ、寝られるのか?」
「ああ、リオも横になってみろよ」
触ったりくんくん嗅いだりしていたリオは、素直に俺の言葉に従って俺の横によじ登るとごろっと背中を向けて寝転がった。
「へえ、意外と寝心地いいな、これ」
「だろ? 俺も気に入った、これ。そのまま寝落ちしても安心だし、体にフィットしてくれるから腰も痛くない」
「ふぅん」
「あら、いいわねえ。アタシにも試させなさいよ」
ナオトが寄ってくる。このままリオを抱っこして寝てたかったが、そういうわけにもいかない。
つい雰囲気に流されちまったけど、まださっきの話、聞いてねえんだし。
リオがぽんと起き上がってすぐ近くにあった熱源体がなくなると、寒々しく感じる。
仕方ねえ、と起き上がりかけたところにナオトがでかい図体でごろりとのしかかってきた。
「お、重い!」
「あらぁ、失礼ねっ」
リオの羽のような軽さに比べると、ナオトはずっしり重たい。俺よりガタイいいもんな。意外と筋肉質っぽいし。
のしかかられると男だってのがはっきりわかるな。
「てか、俺が下りてから試せばいいだろっ」
「あらぁ、つれないわねえ。このくらいいいじゃないよ」
「よくねえっ。てか、なんで俺にのしかかるっ」
背中見せてリオがいた場所に転がり込むならわからなくもねえ。
でも、ナオトはいきなりマウントポジションでのっかかってきやがった。両足の上に座り込むんじゃねえよっ。
「あら、だって遊人は十分アタシの守備範囲だもの」
とか言いながらぐいと手首を拘束して、俺の顔に顔を近づけてくる。
いや、さすがにオネエに迫られた経験もないし願望もないぞ、てか吐息がくすぐってぇっての。
「なにすっ……」
「リオのこと。お願いね」
不意に耳元でナオトの声が聞こえた。リオに聞こえないよう、小さな声で。
「ナオト……?」
「あら、初めてねえ。アンタがアタシのこと、名前で呼んでくれたの」
「そうだったか……?」
特に意識したつもりはなかったんだが、ナオトはうれしそうに頬を赤らめている。いや、男の照れる姿見ても俺、なんとも思わねえからなっ。
「あの子がアンタの水先案内人であると同時にアンタがあの子の水先案内人だから」
「何?」
「リオを信じて。いいわね」
「あ、ああ」
そう言って俺を見るナオトの顔は、泣きそうだった。
「おい……」
だが、声をかける間もなく、ナオトはとんと身軽にソファから降り立つと、入り口のほうへ歩いて行った。
「じゃ、あとは二人でごゆっくり。そうそう、アタシちょっと留守にするから」
「え?」
「ナオト、もう行くのか?」
リオのすがるような声に、思わず振り返った。案の定、八の字眉で半べそかいてるみたいだ。
「ええ、またあとでね」
にこやかに微笑むと、手をひらひらさせてナオトは出現させた扉から出て行った。
ナオトがいなくなっただけで部屋の中が急に静かになった気がする。俺は咳払いをすると、ぎくしゃくとソファから立ち上がった。
「店の留守番、しなくていいのかな」
「大丈夫だと思う。……ナオトが認めない限り、店には入れないから」
「そっか」
ぼそぼそとリオが答える。ナオトがここにいないことがそれほど不安なのだろうか。
「喉、乾いたな」
そう口に出してから、キッチンも冷蔵庫もないことに気が付いた。
いつもナオトが持ってきてくれてたんだ。
ナオトがいない現状で、どうすればいい?
部屋をぐるりと見回す。
キッチンとか冷蔵庫とか、作り出せばいいのか?
でも、ソファと違って電化製品だ。仕組みもよくわかってないものを作るのは難しい。
それなら、水とかを思い浮かべればいいのか?
底の分厚い大きなグラスと、それに入った水を思い浮かべる。そして目を開けた瞬間、目の前にグラスが現出し――受け止め損ねたそれは落下した。
「うおっ!」
「遊人?」
グラスは割れずに床に転がり、こぼれた水は足元に広がった。
「あちゃー、失敗」
「何したんだ?」
「いや、喉乾いたから、水を」
でもこれじゃ飲むのは難しい。テーブルでもあればいいのか、とソファの前にローテーブルを思い浮かべる。白い床と同じような素材のテーブルができあがり、続けてその上に水の入ったガラスコップを二つ、思い浮かべる。
出てきたそれを恐る恐る口に運んでみるが、においも味も水そのものだ。飲んでも大丈夫か、と言われたらわからないと言うしかない。なにせ、どこから出てきたかわからない代物なのだから。
でも、背に腹は代えられない。
思い切って飲み干すと、ようやく喉の渇きが消えた。
「リオ、いいぞ。飲んでみろ」
「ありがと」
駆け寄ってきたリオは、俺の隣に座るとグラスを手にした。
リオの手にはちょっと大きすぎるようだ。次に出すときはもう少し小ぶりのもので、ストローをつけてやろう。
リオが水を飲み切ってテーブルに戻すと、不意に押し黙った。先ほどまで多少柔らかかった空気が固くなる。
「リオ」
俺の声に顔を上げたリオは、視線があうなりうつむいた。
「話、してくれる約束だったな」
「……ん」
小さく頷いて、リオはソファの上に両足のせると正座になった。
俺もソファの上でリオに向きなおり、胡坐をかいた。――正座は苦手なんで、これで勘弁してもらおう。
「あの、な。遊人」
「ああ」
「遊人は、カミサマとか妖精とか、死神とか妖怪とか、信じるか?」




