74話:開戦
「ピクルス様! 王都カレンダから大量の兵が出てきましたよ!」
サイ君が慌てて陣所で休んでいた俺の元へと駆けてくる。
「来たか……」
イーシオカ大陸に再上陸してから二週間、王都カレンダがようやく動きを見せる。
(思ったよりも遅かったな、待ちくたびれたくらいだ)
こちらの準備はすでに整っている。三日前から王都カレンダを囲うようにしてカタラニア大平原に各部隊が陣を敷き勇者連合軍が動き出すこの日に備えていた。
アールグレイ城の北に位置する王都カレンダ。勇者連合軍を迎え撃つこちらの陣形に隙はない。西側と空の担当は『魔王空軍』、東側の担当は『呪術軍』、そして南側の担当は『ビースト軍』を配置している。『魔王空軍』の部隊だけは通信役も兼ねて東と南にも配置しておりそれぞれの軍の上空に衛星のように飛び回っているが基本的には完全分業制だ。
俺は『ビースト軍』の陣内から全体の指揮を取る事になっているがこれだけの広範囲を口頭で指示するのは不可能な為、それぞれの軍に副官を置き空に配置している『魔王空軍』の兵による隊列サインで指示を出す手筈になっている。
副官は『魔王空軍』はモルフォ。『呪術軍』はコックリ。『ビースト軍』はサイ君とそれぞれの軍に在籍しきちんと命令に従える者を選定、事前にサインの練習も行っている。
「ピクルスちゃん! 凄いでちゅよ、お城から蟻さんみたいにぞろぞろ人が出て来るでちゅ!」
上空から興奮気味にニュウナイスが叫ぶ。
無理もない相手の総数も五千。いかに四獣王といえどこれだけの兵を相手にするのは初めてだろうからな。
王都カレンダから出て来る兵たちを見つめながら、トレスマリアも真剣な表情で俺の袖をクイッと引っ張りながら決意を述べる。
「ピクルス君、私頑張るから。頑張って勇者の首をへし折って来るから……だからこの戦いが終わったら……い、いや、今のは忘れて! ちょっと相手の数に不安になってセンチメンタルな気分になってるだけなんだからね!」
(おい、死亡フラグを立てるな)
その様子を見ていたベンガルトが余裕の笑みを浮かべながら話かけてくる。
「先輩方が不安になるのも分かりますよ。大軍相手の戦争が初めてだと気後れしちゃいますよね、でも慎重になる気持ちって凄く大事だと思うなぁ。僕はもう慣れちゃってそういう気持ちを新鮮に持てる先輩方が正直羨ましいっていうか、あぁ、そんな時代もあったなぁっていうか。なんなら僕が先に行って大人数相手の戦い方のお手本見せてきましょうか?」
「……ベンガルトはこの規模の戦闘経験があるのか?」
「え? ないですけど」
(ないのかよ。なんでそこは正直に言うんだよ)
「優しいのねベンガルト。そんな優しいベンガルトには私の緊張をほぐすためにキングジャーマンの練習台になってもらおうかしら?」
(確かにウザいが貴重な戦力の脳天をカチ割るのはやめろ)
とにかく今回の戦争は長期戦になれば不利だ。相手は『聖水結界』に守られた王都カレンダに逃げ込む事ができる。結界内では魔法が使えない為即全快というわけにはいかないだろうが一日も立てば体力と魔力は回復するだろうからな。
初日の目的は相手の戦力を推し量り削る事、そして削るのは勇者よりも寧ろ魔法使いと僧侶だ。魔法使いは魔法による範囲攻撃で雑兵を多数失う可能性があるし何より瞬間帰還が脅威だ。そして僧侶は戦場での回復役として厄介この上ない。ファーウェルの所にいた美僧侶は回復魔法で手足の切断面もくっつけていたし、このクラスが最低でも三人はいると覚悟しておいたほうがいいだろう。
あとはBランク以上の勇者が一組しか確認できていないとはいえこちらの知らない強力な戦力がいる可能性もある、十分な注意が必要だ。
(……とは言えやはり最大の焦点は勇者ノワクロか)
奴がこの戦争に参加しているのであればどこかのタイミングで必ず仕掛けて来る。そしてその仕掛けのタイミングはこちらで誘導する事ができるはずだ。
この戦争における俺の中での勝利条件……それはノワクロを抹殺する事、だ。狂気の行動で自己のレベルを最高まで上げ、こちらに策を練る知恵があると知っているこの男を野放しにしておくわけにはいかない。屈辱を受けた借りもあるしな。
俺は手持ちの望遠鏡で王都カレンダを観察する。城門前にズラリと並ぶ戦士達、ざっと見て数は二千程か、この中には当然勇者も含まれているのだろう。どちらにしても兵力の半分近くを第一陣として突撃させてくるようだ。
(ではまず先手を打つとするか)
俺は上空にいる『魔王空軍』の兵たちに開戦の合図となる隊列を組むように指示を出す。空軍兵たちはVの字を作るようにして空中で制止する。
こうして穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がり、カタラニア大平原にて静かに戦争の幕は開けた。
「さて、大戦争の始まりだ……」
魔王連合軍の第一陣は『魔王空軍』による上空からの強襲。勇者連合軍が人数過多で隊列が上手く組めていない、そして城門前も人で溢れており自ら逃げ道を塞いでいる今こそが先手を打つ最大の好機!
「勇者たちの首を落とすのだ! 掛かれぇ!!」
ピュン……
上空に一瞬一筋の光が横切る。
(……?)
ドドドドドドドゴォォォォォォォォォォン!!!!
「なっ!!?」
爆音と共に空が赤く染まり魔物が消し飛ぶ。
俺は自分の目を疑った、王都カレンダを強襲した『魔王空軍』の第一陣約五百体が一瞬にして塵と化したのだから当然だ。
(な、何が起こった!? なんだ今のレーザー砲みたいなのは? まさかノワクロ!? ……いや違う……)
俺は望遠鏡で光の出所を確認する。そこには勇者と思われる見覚えのない青年が見覚えのある道具を手に構えをとっていた。
俺はその道具を知っている、武器と言っていいのかも分からないその道具を。
「ば、馬鹿な……チェーン……ソー!?」