71話:勇者道
「ノワクロ様―! 今日は昨日より上手にお城の人たちの前で話す事ができました!」
「そうか。偉いぞロロロイカ」
赤髪のフワリとした髪をなびかせてロロロイカがいつものように報告に来る。
「しかし前も言っただろう、この森はお前には危険だ。報告は兵士を通してでいい。もうここには来るな」
「いえ! ロロロも勇者ですからこのくらいへっちゃらです! それにノワクロ様はちっともお城に来てくれないのでロロロが来るしかないのです」
プクーッと頬を膨らませながらすねたような口ぶりで話しかけてくるロロロイカ。ほとんど記憶にないであろう父親譲りのこの仕草には懐かしさすら覚える。
「……分かった、たまには会いに行く」
「本当ですか!? やったー! 王都カレンダのベッドはふかふかなのです! ノワクロ様もきっとすいすいスヤスヤですよ!」
「そりゃ楽しみだ」
両手を広げて小躍りするロロロイカ。ひとしきり喜んだ後、唇を噛みしめて口を開く。
「それにやっと……やっとお父様の仇を討つ事ができるのです……」
「馬鹿。仇は魔王だ、今回の戦い程度で気張り過ぎるんじゃねぇぞ」
「そうでした! でもロロロは戦が初めてなので緊張と興奮で夜も眠れません!」
「誰がお前に戦っていいなんて言ったよ?」
「えぇー!? ノワクロ様が言ってくれたじゃないですか!」
「忘れた」
「ひ、酷い……で、でもロロロは正義の為に集まってくれた皆と戦うのです! 魔物を倒して人々を守る。それが勇者の使命ですから!」
勇者の使命か……あっ、今何か走ったな。あぁこれは虫唾か、虫唾が走ったんだ。
屈託のない笑顔で人々を守ると当然のように言うロロロイカ。いやロロロイカだけではない、ほとんどの勇者が誰知らぬ者の為に喜んでその命を投げ出すだろう。
それが自らの成すべき事だと信じているから、疑う事を知らないから。
まるで奴隷だな。クソッたれが。
幼い時から知っているこの少女はその筆頭だ。偉大な父を持ちその将来を嘱望された戦い方すら知らない勇者の卵。
そしてその偉大な父親が死んだ瞬間から人々の期待に応える為だけに生きる事を強制され、性格や性別すら公の場では虚偽で塗り固められる。子供として生きる事も女として生きる事もできない人々の希望という理不尽な幻想の奴隷。
稀代の大勇者とも呼ばれた勇者アクセレイ=ピュレ。俺が目指し憧れ師と仰いだ少女の父親もその一人だった。
彼は俺の知る限りでもっとも強くそして優しい勇者だった。もしもう少し力を蓄える時間があったなら本当に魔王を倒せていたかもしれない。しかし希望は立ち止まる事さえ許されなかった。
魔王軍の猛威が続く中、非難の中心にいたのは数多くの魔物を倒し数多くの町や城を救ってきた勇者アクセレイ=ピュレその人だった。
何故もう少し早く駆けつけてくれなかったのか? 何故町を救ってくれなかったのか? 何故まだ魔王を倒す事ができないのか?
何もしない民衆の不安と不満を一身に受けて勝ち目のない戦いに向かわざるをえなかった人々の希望。俺はその様子をただ見ている事しかできなかった。そして人々はその雄々しい姿に勝手に期待を寄せ、結果に絶望する。
自らの愚かしさを悔いるなら可愛げもあるが今度は何食わぬ顔で年端もいかない子供を三大勇者などと祭り上げ自らの心を安定させる。こんな事が俺が生まれて来る以前にも幾度となく繰り返されて来たのかと思うと反吐が出る。
勇者とは何だ?
疑わずに生きて来た俺の人生とは何だったのか? 勇者アクセレイ=ピュレは? その前に死んでいった勇者たちは?
その解を見出したいと彷徨い辿り着いた先は小さな村。俺はそこで『聖水結界』の散布と偽って油断させた後、その村の人間を皆殺しにした。正当化される理由もなく弁明する必要もなくただただ殺したのだ。
その結果手にしたものはただの経験値だった。魔物を倒した時と同じように手に入るソレは勇者の糧。その村は俺のレベルを1上げるだけの価値しかない、その為だけに存在したのだと理解した。
「……クロ様……」
「あ?」
「ノワクロ様! 聞いてますか!」
「あぁ、悪い。聞いてなかった」
「もう! おとぼけさんの歳じゃないですよノワクロ様。今日お城に集まってくれた皆には伝えましたけど言われた通りにアールグレイ城への進軍開始は二週間後にしましたからね、必ず来てくださいね! ふふふ~その時ノワクロ様はロロロの強さを見てびっくり仰天するのです!」
予定通りか。ぐずぐずして魔物に先手を打たれても厄介だからな……まあ弾幕には十分な数が集まっただろう。
「分かった。必ず参加する、だがお前は城から出るな。これは命令だ」
「そんな~同じ三大勇者なのにずるいです」
「俺の方が年上だからいう事聞け」
「ぶ~年功序列を持ち出すのは卑怯なのです」
これ程の規模の戦だ。おそらくあのネズミ軍師も来るだろう。邪魔ならばついでに狩ってやってもいい、だが今回狙うはあくまでアールグレイの首ただ一つ。
俺は人々の為に戦う気などない、だが人々の希望の生贄にされる人間くらいは救ってやろう。
……結局俺も因果からは逃れられないのかもな。
「え? 何か言いましたか?」
「ひゃは、別にぃ」
「ロロロはその笑い方嫌いです」
「残念。俺は人に好かれるために笑っているわけじゃないからなぁ。俺の笑い声が聞きたくなければもう来るなよ」
「……嫌です……また来るです、明日も来るです、明後日も明々後日も!」
またもプクーッと頬を膨らませる。
ふぅ、と溜息をついてロロロイカの赤髪をくしゃっと掴み上下に揺らす。
俺にも最後まで捨てられなかったものが一つ。
……やはり勇者とは奴隷だ。