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70話:インベーダー

 俺は椅子に座ったまま沈黙する。

 短い会話のやり取りだけだったがミュゼルワールが通常の魔物と違うのは確かだ。同族嫌悪とも言えるこの感覚。予想通りというべきか悪い予感が当たったと言うべきかまず間違いなく奴も恐らく俺と『同じ』だ。確証のない……だが確信した結論に至る。

 寝て起きたら魔物になっていたなんて馬鹿な話が起こり得るのか? 大真面目に考えた事もなかったが自分に起きた出来事が他人に起こらない理由の方が寧ろ無い。そう考えると俺や奴以外にも同じ境遇の人間がいるのかもしれないな……


 しかしその事実は決して歓迎できるものではない、少なくともミュゼルワールは俺が同類だと分かった上で釘を刺して来た。縄張り争いのつもりか何かは知らないが俺に動くなと言って来た以上好意的な目で見られているとは言い難いだろう。


 少し迷ったが俺は椅子から立ち上がると会議室から出て行ったミュゼルワールを追いかける事にした。


「どこへ行くのだピクルス?」

「……ミュゼルワール殿を引き留めてきます。これでは会議にならない」


 そう言って会議室を飛び出す俺。つい先ほど出て行ったばかりのミュゼルワールは会議室前の長廊下の角を曲がろうという所だった。


「ミュゼルワール!! っ……殿」


 俺は咄嗟に大声で呼び止める。


「……? あぁピクルス軍師ですか。意外ですね、追って来るとは」


 にこにこと明らかにそれと分かる作り笑いを浮かべてこちらへ戻ってくるミュゼルワール。俺は無意識に一歩後ろにさがる。


「おや? 警戒されているのかな。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。聞きたい事があるのでしょう?」


 ……確かに聞きたい事は山ほどある。奴は随分前からこの世界にいるようだし俺の知らない情報を大量に有している可能性が非常に高い。だがだからこそ迂闊には話を切り出せない。もし下手をうって今敵対すれば圧倒的に不利なのは俺だろう、魔王軍での立場もこいつの方が上だしな。ここは慎重に……


「ミュゼルワール殿、会議にお戻りください……今は切迫した状況なのです」


 俺はこちらから尻尾を出す真似だけはするまいと惚けて話を切り出す。


「会議に戻る? 何故?」

「え? 何故……と言われても」


 ふぅ、と溜息をつくミュゼルワール。


「言っただろう『何もしない』と。君は少し現場に介入しすぎだな」 


 ……!? 


「先程の言い方では少し分かりにくかったかな? ではもう一度言い直そう」


 コホンと咳払いをした後ミュゼルワールは見下すような目を俺に向けて言い放つ。


「死にたくなければ大人しくしていろ」

「……っ!」

「先輩からのアドバイスだと思ってくれ。あぁそうそう、私たちのような人間は過去を遡ってもほとんどいないから安心してもらっていいよ。特に魔物への同調を果たしたのは多分私と君くらいじゃないかな。勇者になった者は数人いたがそれも今はいないはずだ、今はいない理由は……分かるね?」


 冷たい笑みを浮かべて俺に問いかけてくるミュゼルワール。


「君は必要な時に私の言う事を聞いてくれればそれでいい。それが出来る賢い人物であると信じているよ」


 そう言って再度俺の肩をポンポンと叩くとくるりと方向を変えて長廊下から姿を消した。

 



 俺はとぼとぼと会議室に戻るとガタンと椅子にもたれ掛る。


「おいおい、なんだか憔悴しきってるぞ? 何か言われたのクェ?」

「……いえ、別に。ミュゼルワール殿は帰られました。会議を続けましょう」


 俺は力なくそう伝える。たった数分の会話であったが緊張でどっと疲れていた。

 警戒心からほとんどこちらから話を切り出す事はできなかったが、裏付けは取れた。やはり奴も俺と同じくこの世界の人間ではない。そしてそれを隠すことなく惜しげもなく俺に話して来た。あれは情報を与える事で俺の信用を得ようとしたのか?


(意図は分からないが変に噛みつくメリットはないよな……俺自身が別世界の人間だと認めたわけでもないし、知らぬ存ぜぬで言う事を聞いておいてこのまま平穏に過ごすのも有……)


 ……いや、ないな。それはない。

 奴は明らかに俺を下に見て接して来ている。何が悲しくてフェレットになってまで社畜のように使われなければいけないのか。邪魔ならば排除すればいい、それが元人間だろうが関係あるか! そう、いつもの事だ。



「結局そのまま帰ったというのか。まったく……勝手な奴だ」


 呆れた表情でレモンバーム将軍が口を開く。


「まぁ方法は任せるって言っていたんだから俺たちを信じているって事じゃないクェ?」

「うむ、そうだな。今はとにかく王都カレンダの件だ、早急に手を打たねば」

「ふん、今回は『呪術軍』も貸してやる。メカチックシティのような間抜けな結末はもう御免だからな」

「そうだな……同じ轍を踏んでいてはプラムジャムに笑われてしまうな」

「笑われる? あの馬鹿ブリキにか?」

「クェクェー! 素直じゃないなレモンバーム」

「ふん、私は今でも裏切り者に相応しい末路だと思っているよ。あの馬鹿が……」

「とにかくアールグレイ。ビースト軍もいくらでも使ってもらって構わない、だから無茶だけはするなよ」

「分かってるよベリー」


 長テーブルを挟んで三将軍が各軍から何名をいつまでにイーシオカ大陸に派遣するかを議論する。俺はその様子を先ほどのミュゼルワールの言葉を思い出しながら眺めていた。

 正解は『何もしない』か。あれは俺に出しゃばるなと言っていたのか、それとも……


(考えていても仕方がないな。昨日今日会ったばかりの奴の言う事を聞く義理もない。それに勇者を倒す事に尽力するのは当然であってそれ自体を咎められる謂れはない)


 俺の事を見くびっているのかもしれないが俺が多大な戦果をあげて来たのは事実だ。何が『現場に介入しすぎ』だ、偉そうに!

 半ば反骨精神のような感情に駆られながら三将軍の会話へ割って入る。


「兵力の増強は急務だと思います。しかし待つにしろ攻めるにしろバランスというものがある。配置案は私に任せてもらえないでしょうか」

「おぉ! 軍師さんがやってくれるなら心強いな! 頼めるクェ?」

「はい、お任せを。ただ少し気になる事があるのです」

「なんだピクルス。申してみよ」

「事前情報では王都カレンダにはすでに千を超える戦士が集まっていると聞いています。この集まり方ははっきり言って異常です」


 そう、いくら近隣の大国が滅ぼされて躍起になっていると言っても王都カレンダの呼びかけに対して各地から数日でこれほどまでの人数が集まって来るのは想定外だ。王都ウエディ崩壊が大事件とは言ってもたかが一国にそれだけの戦士を集める求心力があるとは思えない。


「ピクルス軍師、実はその事だがな。どうやら勇者ロロロイカ=ピュレが絡んでいるようなのだ」

「勇者ロロロイカ=ピュレ? あぁ、例の二代目勇者ですか」


 勇者ロロロイカ=ピュレ。三大勇者の一人であり数年前魔王に挑んで殺された勇者アクセレイ=ピュレの一人息子でもある。

 父親であるアクセレイ=ピュレは魔王討伐に最も近付いた勇者だと言われており魔王の前に敗れた時、人々の失望は大きかったと聞く。

 そしてアクセレイ=ピュレの死亡と同時に人々はその血を受け継ぐ当時まだ三歳だったロロロイカ=ピュレを父親の代わりに三大勇者と呼ぶようになった。つまりは希望を失わない為の飾りの勇者といった所か。


 実際に三大勇者とは名ばかりで魔王軍でのロロロイカ=ピュレの危険度は『無し』。まだ勇者の資格である『慈愛(バファリン)』すら覚えていない十歳の少年なのだ。


「元々父親のアクセレイ=ピュレは王都カレンダの近くにあった村の出身だ。所縁ある土地の危機に立ち上がったという事だろう」

「なるほど……つまり神輿として担がれているという事か……」

「神輿?」

「いえ、なんでもありません」


 ……ロロロイカ=ピュレが自ら言い出したとは考えづらい。それに王都ウエディ崩壊から勇者連合の話までがスムーズに行きすぎだ……これは裏で手引きした者がいるな。

 俺はある男の顔が頭に浮かぶ。


(十分あり得る。いやそう考える方がしっくりくるな)


「ミックスベリー将軍、私は四獣王……いや、スクエア殿を除く四獣王を引き連れて一足先に現地の状況を確認してきます。こちらも十分な兵を集めるのに半月はかかるでしょうからね」

「ふむ、では頼めるかピクルス。魔王軍選りすぐりの強力な戦士を集めてすぐにイーシオカ大陸に送り込むように手配は進めておく」

「助かります」


 しかし前も後ろも敵だらけだな。

 だが俺の殺したい人間ナンバー1はやはり前にいる。今度こそ舐めたまねをしてくれた糞勇者に格の違いを教えてやるとしよう。



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